ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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「うん、寺子屋から帰るときにね。知らないおじさんに声をかけられたの。うん、おじさんのおうちに来ないかって。お腹も空いてたし、おじさんも良い人そうだったからついていったんだけどね。そしたらおじさんのお家でこわいめにあったの。なんか、服とか脱がされて、なんだろう、こわいなーって思ってたんだ。そしたらね、巫女さんが来て助けてくれたんだよ。他の子達は巫女さんのこと、退治される、って言って怖がってるけど、わたしは好きだな。だって、こわかったところを助けてくれたんだもん」

 ……。



鈴懸の風薫る(1話完結 主演:霧雨魔理沙、博麗霊夢)
鈴懸の風薫る 1/1


「ああ魔理沙。困るな、授業中に急に飛び込んできて、あんなこと言われたら。里で起きた人死に、あれは妖怪の仕業で間違いないだろう。殺され方にしたって、殺された男の経歴にしたって、それ以外に考えられないだろう。ヤキが回ったのさ、あの男はどうも、分別なく妖怪を殺して回っていたらしいから。……あ。もしかしてお前、私を疑ってるのか。勘弁してくれ、私じゃないぞ。たしかにあの男のやっていた自警団との折り合いは悪かったけれど、なにも殺そうとなんて思わないよ。それに、その日は寺子屋で、親の都合で家に帰れない子供達の面倒を見ていたんだ。疑おうっていうなら子供たちやその親達に確認してみるといい。……ああ、やっぱりやめてくれ。子どもたちにこういう事件のことを話すのは、巻き込むのは、なんというか、よくない。あんまりよくないからさ、教育上。うん、よくない。親たちに聞き込むのはいいが、子どもたちにはよしてくれ。え? もう遅いって! 魔理沙、まったくお前ってやつは……」

 

 

 

 ……。

 

 

 

 博麗霊夢が人を殺した。詳しい事情はわからないが、どうやらそういうことらしい。

 

 二日前に人里で起きた人死には、里ではもっぱら妖怪の仕業と噂されていた。無論、私もそう考えていた。

 というのも、私は男が殺された翌日、殺された男の家の前に出来た野次馬集り、その中にいた。その場には霊夢もいた。

 その日の明けはなんだか人里が騒がしかったから、なにか事件があったのだろうと思い、私は一目散に霊夢を叩き起こしたというわけだ。

 野次馬共はバラバラに引きちぎられた男の死体を前に、これは妖怪の仕業に違いない、自警団なぞやってるから妖怪の恨みを買ったんだ、などとガヤガヤしていた。男が自警団の団長であることを知ったのはそのときだった。

 

 私はそのとき、霊夢に自警団の存在を知っていたのかどうかを尋ねた。もちろん、博麗の巫女である霊夢が男の活動を知らなかったはずはない。だから、なぜ私がそんなことを霊夢に問いかけたかと言えば、それは彼女を茶化すような気持ちだった。つまり「聞いたか、自警団だって。お前、信用されてないみたいだな」と、彼女を茶化したというわけだ。

 

 すると霊夢は特にこれといった反応を示すこともなく「人死になんて珍しくもない。こんなことでわざわざ起こしに来ないでよね」なんて言って、手をひらひらさせて野次馬の集りから離れていった。彼女を追いかける際の、夜中の雨で泥濘んだ地面をよく覚えている。

 

 霊夢がそういった物言いをするのは珍しくなかった。しかし私と言えば、人死にという非日常に対する霊夢の淡白な反応がつまらなかった。その結果が、里での聞き込みなどというちょっとした“探偵ごっこ”に繋がるわけだ。

 

 里で誰彼構わずに不審なことはなかったか、なんて聞き込みをしていると、一つ或ることが判った。

 

 どうやら近頃、寺子屋の帰り道で子どもたちが不審な男に声をかけられる事件が多発していたらしい。何人かの子供に話を聞きまわっていたら、気になることを語る子供がいた。その子が言っていたのは、不審な男に声をかけられ、家に連れ込まれたところを、巫女に助けてもらったという話だ。この話のどこが気になるかといえば、それはその子の容姿に在った。

 

 その子の瞳は妖しく紅く、頭には獣の耳が在った。その子の容姿は誰がどうみても人以外と判るほどに、妖怪特有の特徴に満ちていた。

 

 好き好んで妖怪に声をかけるものがあるとすれば、破滅願望の有る者か、妖怪に対して害意の有る者のどちからだ。そのとき私の頭に浮かんだのは、やはり殺された自警団の男の顔だった。白髪の混ざった壮年の男の顔は、四肢を引き千切られ目玉をひん剥いた肉の状態で、私の脳裏に浮かび上がった。

 

 寺子屋に通う幼い妖怪特有の、知能の低さもとい純粋さを伺わせる話し方や態度からして、その子が嘘をついているとは考え難かった。だから私は、一縷の望みを持って上白沢慧音を詰問したわけなのだが。どうやらアテが外れてしまった。あの男を殺したのは、間違いなく博麗霊夢他ならなかった。

 

 里の往来を漂いながら適当な甘味などを啄んでいると、以前霊夢と交わしたやり取りが頭の中で再生される。

 

「ねぇ魔理沙、どういうことだと思う? 人殺しって」

 

 霊夢はよく、こういった質問を唐突に繰り出した。それは年相応の少女らしい感触と、彼女特有の超然とした印象の入り混じった質問で、私はそのたびに回答に困ってしまい、からかわれた。

 

「はい時間切れ。魔理沙はこういう質問されるといっつもうろたえるんだから、楽しくってやめられないわ」

 

 そう語る彼女の口調はとても愉しそうで、私はどうも、わざと口を噤んでいるふしがあったのかもしれない。

 

「じゃあ私の思うところを話すわね。人殺しっていうのは、すなわち人の時間を奪うことなの。でもそれって、人間なら誰しもがやってしまうことよね」

 

 霊夢の話はいつも妙だったし、同時に不思議な説得力もあった。その妙さと不思議さは霊夢のどんな話にも介在していて、たかが夏に削氷の売れる理由についての話にだって、霊夢らしさはついてまわった。

 

 とにかく、私はこのときまた不思議な納得の感を覚え、香霖堂の長話にどれだけ時間を奪われたか知れない、といった返答をしたのを覚えている。

 

「そうでしょ? 魔理沙がどれほどの時間を奪われたかはわからないけど、そうね。仮に五年ぐらい奪われた、と仮定しましょうか。わかってるって、仮によ、仮に」

「じゃあ、もうひとつ。仮にね、老い先短いおばあちゃんの寿命が、五年としましょう。魔理沙はそのおばあちゃんを殺しちゃうの。あはは! 仮にって言ってるでしょ、怒ることないじゃない。わかったわよ、じゃあ私が、私がそのおばあちゃんを殺したとするわね。そしたら、私がおばあちゃんから奪った時間は何年? そ、五年ね。当然私は人殺しになる。でも、魔理沙が霖之助さんに奪われた時間も五年。あはは! そう! 霖之助さんも人殺しってわけよ! 霖之助さんは長話を凶器に、人を殺してるってわけ。ふふ……もう、ほんとよ。どうかしてるわ、あの人の長話」

 

 それは霊夢と私の、いつもどおりの取り留めのない会話だった。楽しいだけのやり取りだった。今思い返すと、なにかイヤに辛辣に感じられるのは無論、彼女が人を殺したから。 

 

 里の白昼は白白と青く、私の中でせめぎ合う霊夢に対するイメージを苛んだ。

 

 霊夢が人を殺したからといって、私の中の霊夢に対するイメージに然程影響は無かった。私の中で思い出される彼女のイメージは、いつもどこか超然とした、巫女としての彼女だったからだ。

 しかしそんな彼女にもときたま少女らしい一面があって、私はそんな彼女の一面を垣間見るたびに、どこかちぐはぐな気持ちになったのを覚えている。

 道の脇で毛並みの悪い犬が一つ吠えると、たちまち霊夢との“年相応の少女らしい”やり取りの数々が目の悪い星のように明滅を始める。それは恋の話だった。恋というには幼すぎる、恋の話。

 里で縁日や何かが催されて、一通り遊び疲れると、私達は決まって変な気分になった。祭りの熱気を冷たい夜風に撫でられると、私達は妙に感傷的な、安くロマンチックな気分になった。それは霊夢と私に共通した現象だったから、私達はいつもひんやりとした川沿いを歩き、好みの異性の類型について語り合った。

 こういった話を思い返すとどこかちぐはぐとした、照れくさいような気持ちになる。私はおそらく、彼女の少女らしさに対して恋に近い気持ちを抱いていた。だから、彼女とそういった話をするときには私は決まってわざとらしく振る舞ったし、霖之助に対する幼い恋慕なぞおくびにもださなかった。

 

「私はねー……」

 

 霊夢は少し照れながら、自分の好みの異性について話した。彼女は年上の異性を好んだ。少し意外ではあったものの、前々から霊夢のどこか少女らしい一面を知っていたから、らしいといえばらしいな、なんて、そんなことを考えていた。

 

 

 むなしく空はただ青い。寺子屋からの帰途を辿る少女らの群れは無垢に姦しく、少年たちは木の棒を振り回している。大人たちはどこか駆け足になって、何かに追われるように生きている。道の脇の犬が、一つ大きなあくびをした。

 

 ああ。私は今日だって霊夢に会った。霊夢はおばあちゃんに洋菓子を貰いにいくの、なんて言って笑っていたから、私は気になって、どういうことだ、なんて尋ねたりした。

 腰の悪いおばあちゃんの家事を手伝いに行くと笑う霊夢の表情は、いつもの霊夢そのものだったのに。浮かぶ彼女の笑顔には、少女らしさが見えなくなった。

 

 ぽつり、ぽつりと。私の肩が二つ濡れる。見上げれば、それは降り注ぐ無数の雨だった。遠くのどこかで雷鳴が響いて、空は急激に色を変える。青は紺に変わって、そのままどこかしこに、不規則な雑音と化して降り注ぐ。

 気付けば通りに人はなくなっていた。犬すらどこかへ消えていた。紺の曇天をひた歩けば、目抜き通りは私だけの道に思えた。

 

 

「あ、魔理沙!」

 

 急に声がして振り向くと、そこには霊夢が立っていた。霊夢はたくさんの洋菓子を、雨からそれを守るように抱えている。

 

「もう、急に降り始めるんだもん。それにこんな大雨! せっかく人助けしたのにお礼が台無しなんて、たまったもんじゃないわよ」

 

 霊夢はいじましく息巻いて、私に数個の洋菓子を投げ渡す。

 

「ほら、あんたにも少し分けてあげるから、神社に持って帰るの手伝ってよ。ほら急いで。あ! あんまり濡らさないように!」

 

 霊夢が笑いながら駆けていくものだから、私もつられて笑ってしまった。同じようにして冷たい雨の中を走れば、さながら喜劇映画のダンスのような悲痛さだった。それは、悲痛なまでに、悲痛さのない、愉快なだけの、時間だった。

 

 

 その夜は神社で霊夢と酒を呑んで騒いだ。やれ里の甘味処の品揃えが悪いとか、やれかわいい洋服店が少ないとか。その中にはやはり好みの異性についての話もあった。今まで霊夢は一度として、私の霖之助に対する見え透いた恋慕に触れることはなかったが、今日だけは違った。しかし話し始めるとその大凡の割合を占めたのは霖之助の“至らなさ”が殆どで、具体的なこれからの行動指針等を交わすことはなかった。それはきっと、私も彼女も、これが最後だとわかっていたからだと考える。

 私達はそんな具合に、一つのピリオドを引き伸ばすように騒ぎ続けたけれど、それは酔いの眠気に勝るものではなく。

 夜半、続く土砂降りの音がやおら静まり始めた頃に、私達は、眠ってしまった。

 

 

 

 朝、目が覚めて縁側から世界を覗けば、そこにはらしく冴え渡る五月の空が在った。どこかで朝の鳥がないて、境内は薄く白んでいる。

 少し肌寒い朝の空気の中に、霊夢の姿を見つけた。霊夢は縁側に座り、静かにお茶を啜っている。そんな彼女の背中は、私になにか感傷的な心象を与えた。しかし宿酔と伴う頭痛やなんやが、私にそれを受け入れることを拒ませた。

 

 霊夢の隣に腰を掛け、縁側に両手をついて空を見つめる。どれくらいそうしていたかはわからないが、いつしか霊夢はおもむろに、しかし確かな意思をもって、口を開いた。

 

「ねぇ魔理沙。なんだと思う? 人殺しって」

 

 五月の風が、緩く吹き抜ける。

 

「おまえだよ」

 

 そうね、と霊夢は微笑んだ。私もつられて微笑むと、霊夢はまた、可笑しそうに笑みを溢す。私もなんだか可笑しくて、次第に、私達の笑い声は境内に、五月の空に大きく響いた。

 そうして私は、風で揺れる木々の音に、鮮やかな朝の気配を感じたのだった。

 

 

 

 博麗霊夢が人を殺した。詳しい事情はわからないが、どうやらそういうことらしい。

 霊夢はそれから巫女になった。以前からずっと巫女だったけれど、それを堺に彼女から少女らしさを感じることはなくなった。

 

 

 

 あー、私もそろそろ、決めなきゃさあ。




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主演:少名針妙丸、鬼人正邪
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