ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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「ねえおねえちゃん、恋ってなあに」
「うるさいな」
「あの男の人に、恋をしたから殺したの?」
「殺してないよ、私は。あいつが悪いんだ」
「変なの! えー、わたしもしてみようかな、恋」
「勝手にしろよ」
「どうしたらいいの?」
「他人と寝りゃいいんだよ」
「うえー。ほんとー?」
「ほんとだよ、ほんと。おまえならたぶん、金ももらえる」
「お金? こいし、きらいだな、お金って。稼ぐのも、使うのも。仏頂面で、代わり映えがなくって。まるでお姉ちゃんみたい」

「でもね! こいし、好きだよ、お金! ほらみて、じゃじゃーん! お金があるから、おねえちゃんにプレゼントを買えました!」
 うわ、いらね。



鵺似、有、塩味。6

 夢の内容は世界平和で、起き抜けにはいつも通りの藁の匂い。私は懐かしい声に覚醒した。

 しかしだからといって目を開けるのも、上体を起こして伸びをするのも億劫だった。だから、私は丸めた体のまま一つ深く呼吸をして、そのまま眠ろうと考えた。

 

「やあやあ、起きなよ。せっかく久々の再会じゃないか。それにしても君、この枕元のこれはパップラドンカルメじゃないか。こういうの、地べたに置いとくもんじゃないよ。不衛生だし、なにより逃げられ……あれ。お面だね、これ。パップラドンカルメのお面だ。はは」

 

 機嫌良さそうだな。こいつのこういう、耳に直接すっと入ってくる声は、嫌いじゃない。喋り方も、なんとなく聞いてて心地いい。しかし喋る内容がすべてを台無しにする。

 

「パッ、え? なに? ……知ってんの。これ」

 

 寝入りをやめるかやめまいか、目を瞑ったまま、判然としない頭のままに問いかける。パ、え、なに、なんだっけ?

 

「うん。アンアイデンティファイド・スイート・オブジェクト。君こそ、なんでこんな面持ってるのさ。あはは、ぴったりだね」

 

 あんあいで、すいーと? なんだこいつ。あーもう。

 

「お、やっと起きたね。ほら、私に地底を案内してくれよ。美味い店とか、この、お面を買った店とかさ」

 

 上体を起こして両掌底で目を擦れども、そいつとの久々の対面は叶わなかった。そいつはその顔を件の面で覆っていたからだ。まあ、面を付けたそいつと相対する私という構図は、対面のその言葉以外にしっくりくるものは見当たらない。ただ言えるのは、面の上から飛び出た人間以外を強調するわざとらしい齧歯類の耳は、何よりも雄弁にそいつの正体を語っている。

 

「知らないよ。それ、貰い物なんだ」

「へえ、もうそんなお友達が。意外とやるじゃないか」

 

 うるさいな。

 

 

 私と話す時のナズーリンはいつもこんな感じの、上機嫌というか、諧謔的というか、どこかとぼけた調子だった。というよりも、私はこいつが星以外と話しているところをほとんど見たことがない。ナズーリンはいつも、私が一人になったときを見計らって声をかけた。多人数でお喋り、なんてのが似合うタイプには見えないから、きっと、一輪や聖なんかとも、どっかでそんな風に話していることだろう。ともかくとして、私の抱くこいつのイメージは、〝星か、それ以外か〟というものだった。それはもちろん良い印象ではない。

 

 旧都の目抜き通りへ出るに至っても、案内をしてやろうなんて気は起きなかったが仕方がない。この憂いの散歩道の終点へ辿り着くまで、鼠は本題を切り出すつもりがないらしい。

 

 隣を歩くやつの表情は読めない。それも当然だ。なにを考えてるのか、未だその顔を未確認お菓子物体の面で覆っている。案内してくれ、なんて言葉といい、付けっ放しの面といい、些か、はしゃぎすぎではなかろうか。聞こえないのか? 往来の嘲笑が。私の幻聴なのか? 立派な耳は飾り物か? 私の聴覚過敏なのか?

 

「おい、いつまでそんな面つけてるんだよ。外せよ」

「お。こことかいいんじゃないか。ほら、カレーだってさ。君、好きだろ、カレー」

 

 適当言いやがって。こないだが初めてだぞ、食べたの。私が言葉を組み立てているうちに、ナズーリンは直角に進路を変え店の暖簾へと進む。仕方なく追従する私にしても私だが、最近、昼食は毎日ここだ。解釈によっては晩飯まで。

 

 一つため息を吐いて、カレーの匂いと鼠を追った。

 

 

「なんだい君のそれは。美味いのかい?」

 

 カレーを指して鼠が言う。エビフライを米ごと切断するスプーンの動きを止めたのは当惑に付随した苛立ちだった。

 

「君はあれだね。私が焼き魚定食を注文したことを疑問に思ってるんだろう。鼠はね、焼き魚が好きなんだよ。なぜチーズじゃないのか、今度はそんな顔をしているよ。説明してあげよう。ほんとをいえば、鼠は、チーズも焼き魚も好きじゃない。チーズと焼き魚には、どちらにもコニインというアルカロイドが含まれているんだ。鼠はね、そのコニインが好きなのさ。同種の物質が含まれているから、鼠はチーズと焼き魚を食べる。はは、わかったかい? そうそう、同種の物質といえば、ジョンとヨーコは同一人物なんだ。同じ映像に映ってるじゃないかって? 影武者だよ、どっちもね」

 

 店内の有象無象が鼠の妙な話に目を丸くしてこちらを見ている。中でもとりわけてアホな顔をした男は、口を唖然のアの字にして、まじまじとこちらを見つめていた。私に言わせりゃアホのアの字だ。見てんじゃねえぞ!

 

 ナズーリンは未だ面をつけている。オムレツのような、レモンのような形、ピンク色の、目玉の丸い、諧謔的な笑みを浮かべた、面をつけている。私はそいつを前に目を瞑り、溜息を吐いた。顔を上げれば、一瞬前まで焼き魚や米などで満たされていたやつの皿は忽然と空になっているからタチが悪い。アの字の男はますます目を丸くした。

 

「いやあ、ここのご飯は美味しいね。米がいいよ、いい感じに不味くてさ。なんていうのかな、ほら。故郷の味ってやつ? 母さんの味ってやつだよ。はは。ああ、懐かしいね」

 

 不思議と、嫌な気がしなかった。

 

「いいから、さっさと本題に入れよ」

 

 やつは面に隠れた顎に手を当て、とぼけた様子で店の店主に〝おかわり〟を唱えた。

 

「本題ねえ、はて。本題っていうのはあれかい? 君が、聖を好きで、連中も、聖が好きでって、そういう話かい? それともあれかい? 身に纏う程度の帰属意識すら持てない君の、内省的でよねよねっとした、水垢みたいな話がしたいのかい? いやだな、飲食店だよ、ここはさぁ。ああ、平気さ平気だよ。君は君が思うほど望まれちゃいない。みんな、君のことなんて居て当然だと思ってるんだからさ。雲のおっさんだけは君のこと、蛇蝎の如く嫌ってるみたいだけどね」

 

 ここまでふざけられても怒りが湧いてこないのはどういうわけだろう。私はこいつを好いているということもない。むしろ苦手だと思ってるぐらいなのに。それにしても雲山のやつ、私のこと嫌いなのか。なんか、ショックだな、ちょっとだけ。

 

「船の話だよ。連れ戻しに来たんだろ? 私が来ないと、あんたのご主人が悲しむから」

「な、な、な。なんでそこで、ご主人が出て来るんだよう。か、関係ないよう。どうだっていいよう、ご、ご主人なんてさあ」

 

 迅速に届けられた〝おかわり〟を面の下に運びながら、鼠はわざとらしく言葉を紡ぐ。どやって食ってんだ、どうやって喋ってんだ。どうなってんだよ、おまえはよ!

 

「で、船は? もう直ったのか」

「え、船かい? ああ、あれはね。……あれは、もうダメだよ。動かないね、もう二度と。それに動いたとしても、君はもう舵取りにはなれないよ。だって君、人を殺した」

 

 言葉に思わず目を逸らした。けれど、すぐに向き直って口を開く。

 

「まあね」

 

 非常に軽い声色だった。そしてすぐに、目を逸らしたことを後悔する。奴の皿はまたしても、空になっていた。

 

「よし、もう出ようか。甘いものが食べたいね。案内してくれよ。……あれ? まだ半分も残ってるじゃないか。君、食べるの遅いね。意外とさ」

 

 なんだこいつ。

 

 

 地底道中膝栗毛、言い換えればそれは悪夢のような時間だった。悪夢を悪夢たらしめる要因は鼠の食欲がその全てを担っていた。流石は毘沙門天の犬、金を持っていた。瞬きと同時に消える奴の食い物は私を都度打ちのめしてくれた。

 

 何時間経っただろうか、丸一日遊び通していた気がする。寝床に戻ったいまなお、ナズーリンの片手にはソーダ水と〝お菓子〟――ソフトクリーム版。ソフトクリーム版ってなんだ? 私が悪いのか? ――が握り込まれている。

 

「おい、そろそろ面を外せよ。一日中付けっ放しで、風呂入った後の指みたいになってるんじゃないか? おまえの顔」

「いやだよ。私はね、人にものを食べてるところを見られたくないんだ。これを食べ終われば、外してやらんこともない」

 

 面の下にそれを運びながらナズーリンは言う。もの口に入れながらどうやって喋ってんのかな。もの口に入れて喋んなって教わってこなかったのかな。なによりその面、私のだぞ。

 

 あんまり見ないでくれよ、十回目のそれを聞き終わった頃、私は観念してやつの手元から視線を外した。直後、今度は別種の後悔が私を襲う。面を乱雑に被せられた私の視界は遮られ、一瞬、何も見えなくなる。私はすぐに面の内側から目玉の部分を見つけることができた。面についた目玉、黒目は半透明となっており、そこから覗く地底の岩群は輪をかけて暗かった。

 

「やめろよ。つばくさいよ、これ」

「はは、狸の獣臭ってやつさ。……でもちょっと、恥ずかしいな。そういうこと、わざわざ言わないでくれよ。カッコつけようって思ってやってるんだからさ」

 

 何年振りかは覚えていない。久々に見るやつの顔は、口調って額縁にぴったりとはまる。瞳は相変わらずに凪いでいた。

 

「お前は鼠だろ」

「そう変わりはないよ。生き物ってのは基本的に卑近なのさ。狸も鼠も、猿に虎、それに蛇だって。ヒトなんかもそうだね。ヒトのことを言うとご主人は怒るんだけど、はは。我々は動物であって動物でなし、なんて理念はどんな生き物にだって根差してる。だから多種族を食らうのさ。でもね、共食いをしない生き物の方が珍しいって、知ってたかい? つまり、生き物はみんな嘘をつく。と、そういう話だよ。……分かるかい? 私はいま本当のことを話してる」

 

 調音白けたやつの声で、今日の出来事の全てが嘘になる。あー、なんか、やなかんじ。

 

「直ったのか」

「ああ、直った。計画の実行は二週間後。船は夜明けと共に月を追う。舵取りは君だよ。村紗水蜜」

 

 

「私は連中ほど、君らほどお人好しじゃない。だからほんとは、君のことなんてどうだっていいんだ。君の好きにしたらいいと思う。ただ、連中はね。みんな、君を買い出しに行ったくらいなものだと思っててさ、それで、君があんまりに帰らないから、そろそろソワソワし始めてるよ。雲山は半身を失くしたみたいに心配してる。さあ、何でもいいから聞かせておくれよ。私は連中にそれを伝えなきゃいけない。ほら、何でもいい。嘘でもいいから、なにか言え」

 

 面の中で、私の声はくぐもった。

 

「わかった。じゃ、みんなにはそう伝えておくよ。それじゃあね」

 

 

 未確認お菓子物体。たしか、アンアイデンティファイド、すいーとなんちゃら。ピンクの、オムレツの、レモンの、正体不明の面。そんな、間抜けな面越しの暗さに取り残された私の視界は、ぬらぬらと、湿った地底の岩肌を映す。天を仰げど岩ばかり。滴り落ちる水滴に気付いたのはこのときだった。音が急に気になりだして、一向に眠れない夜が来た。やつの置き忘れたソーダ水は赤い。

 

 さて、このとき私はなんと言ったでしょうか! なんてな。

 

 答え合わせは、永久に来ない。

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