ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
「あー、たぶん。もうしばらくすれば、地上に寺ができるよ。でっかいやつがね。そしたらさ、覚えてたらでいいよ。その、寺に来てくれ。私はそこにいるからさ、面を取りに来てよ。そうしたら、友達になろう。私もね、冷たくしすぎたから。謝りたいんだ、いろいろね」
「えー。いまじゃだめ? もう謝ってるみたいなもんじゃん! それに、お面はおねえちゃんにあげたんだもん。返さなくて、いいよ」
「いいよ、取りに来いって。こんなもん持ってたら、いつまでも鼠にからかわれるんだから」
そんな、話し声で目が覚めた。それは紛れもなく村紗の声だったから、私はすこし驚く。てっきりもう帰ってこないものだと考えていたが、どうやら杞憂で済んだらしい。しかし、怪訝なのはもうひとつの方の話し声だ。村紗の周辺は常にネズミたちに報告をさせていたから、殆ど漏らさず把握している。しかし、いままでの情報から推察しようにも、村紗と話している声の正体がわからない。とすれば間違いない、こいつがAだ。
ネズミから報告を受けていた人物は四人。キスメにぬえ、それとあの男。そして、もう一人がA。明瞭なはずのネズミの報告が不明瞭になるのは、いつもAのときだった。不穏さを感じていないでもなかったが、まあ。今の話を聞く限り、とりわけ注意することもないだろう。なにより、村紗は戻ってきた。なんにせよ、戻ってきたなら、それでいい。
ああ。安心した。これでやっと、計画を実行できる。
あーあー。夜空なんか眺めて。星に地底のお友達でも探してるのかい。いい気なもんだ。忙しかったんだぞ、こっちは。聖がいなけりゃ、ただでさえ生活能力の低いやつらなんだ。ご主人なんて、殊にさぁ。要の雲山だって、君のせいでほとんどカタワになっていたんだから。私がどれだけ気苦労したか。
ああ、ダメだ。夜明けは近いというのに、どうしても眠たい。
おお、そうだそうだ……君も、少しでも眠るといい。ほら、眠ってしまえ。なにをうろうろしてるんだ。布団はごちゃごちゃしてるけど、そこにそれらしい空席があるだろう。ほら、そこに、身を横たえてしまえ……そうだ、それでいい。
ああ、よかった。なんにせよ。
安心したよ、村紗水蜜。
「まったく、心配したんだから。行けたら行く、なんて、子供みたいなこと言って! それで、結局今の今までまで帰らなくて、もうどれだけ心配したことやら。わかってんでしょうね、村紗! 眠いだのなんだの言って、手を抜いたりしたら読むからね、経を、即座に!」
経を、即座に! か、いい言葉だけれども、もうすこしいい目覚め方をしたかった。あれから一寸も経っていないはずなのに、舷窓には東の空の混沌が映っている。紺に橙と緑が爆ぜて、出来の悪いヘアカラーの様相だ。そんな空にはなにやらキラキラとした粒が舞う。遠くて確認は難しいが、心当たりならある。
「大丈夫だって。わかってるよ、夜明けとともに月を追う、だろ? 空だって凪いでるし、船も機関室以外問題ない。それに、今日の私はバリバリなんだから」
「はは、バリバリってなによ。……え、機関室以外?」
バリバリねえ。なんだかな、そういう言葉は一輪の方が似合いそうだ。バタバタドタドタ、機関室まで駆けていく。うるさくて仕方ない。諦めて、私も起きるとしよう。
「……おお。村紗じゃないか。久しぶりだね、計画は覚えてるかい? ああ、覚えてるならいいよ。船は夜明けとともに船を追う。はは、シンプルで、かっこいいだろう。私が考えたんだぞ。そうだ、向こうで誰かに計画を話してはいないだろうね。外部の妨害は二、三視野に入れてるけども、妨害があったとして、それで手一杯だからね。困るよ、話されちゃ」
ああ懐かしの、じとっとした目つきだ。どうも誤魔化せないらしい。
「ようやく起きてきて、他に話すことないのかよ。なにが〝連中にはそう伝えておくよ〟だ。宣いやがって。なにが行けたら行く、だ。人を約束を守れないガキみたいにするな」
「人て。悪霊じゃないですか」
「悪霊て。村紗水蜜やぞ」
やっぱり、悪くないな。この感じ。あっ! ご主人にみられてんじゃん! は、はずかしー!
「――ちょっと村紗! なに、あれ! 飛倉が、ば、ば、ば、バラバラになって……ま、まさか知ってたんじゃないでしょうね! あー、絶対知ってた! 知ってました、みたいな顔してるもの!」
あーあー、相変わらず、ひどいやつだよ。村紗水蜜。一輪が可愛そうじゃないか。どれ、一芝居打ってやろう。知らなかったふりというのは、とりわけて、如何なる状況でも自分へと有利に働く。
「村紗、君、喋ったな! ああ、誰だ。決まってる、よりにもよって、あの妖怪……ああ!」
ほら、こうすると、超速理解した感じがでて、すごくかっこいい。ああ、ご主人から視線を感じる。尊敬の念というやつだね。いやはや。
「……いいさ、そこらに散らばってるのはあれ、飛倉の破片だろう? 現に船は飛んでるし、バラバラだって問題ないなら、いい。私があれを集めてくるよ」
そして冷静さを取り戻し、あまりある知性をアピールだ。ああ! あまりにも頼もしすぎるよぉ、私。それにしても、なんだ。ご主人は。やけにこっちをみているな。さすがにちょっと、気になってきたぞ。
「計画に変更なしだ。このまま入り口まで向かって、そしたらご主人の出番さ、宝塔を使い……なんだご主人! さっきからじろじろ見て! まったく、人が気持ちよく喋ってるところに水を差すもんじゃあ……あっ!」
終わった! ご主人のどこにも、宝塔が見当たらない! ああ、なるほどその視線。その怯えた表情……ああ、いやだ! そんな表情で近づいて来るな、こっちに来るな。耳打ちなんてしないでくれ! き、聞きたくない!
「な、ナズ、どうしましょう……。な、なくして、なくして! しまいました……」
ああ! このバカ! バーカ!
「お、ナズーリンキックだ。縁起いいなあ」
うるさいぞ村紗! ああ、みんなおまえのせいだ。ど、どうしよう。とりあえず、私が探しに行かなきゃいけないのか? あ、焦りが露呈するのはいやだ。どうにか自然に出ていける方法はないものか!
「な、なによ。どういうこと? 星も、雲山まで、青ざめちゃって。そ、そうよ村紗! あんたでしょ! あんたが喋ったとかなんとかって……だ、誰になにを喋ったわけ! いますぐくわしく聞かせなさい! この怪しい雲行きの原因を、いますぐ吐け!」
ああ、いい感じに騒がしくなってきたぞ。今のうちにスルッと外に出てしまおう。
「一輪、あ、あとよろしく。私、破片集めてくるから、じゃ、じゃあね……」
ああ、ご主人! 裾を掴むな! 離せ、このバカ!
「ちょっとナズーリン! 待ちなさいよ、どういうことなのこれ! なんか、わたしだけわかってないみたいな――」
村紗、何か言え! 君が悪いんだから、どうにか、私を助けろ!
「――計画実行の時が来た! 船は夜明けとともに月を追う。面舵いっぱい、全速前進! 安心しろよ一輪。船に後光が差す頃にゃ、聖輦船は字の如く、その役割を果たしていることだろうよ」
そうして、私は一輪の白黒する目を盗んで外に出た。恐ろしそうな表情で裾を掴むご主人を思いだせば腹が立つ。あれほど宝塔を持って外に出るなと言ったのに、どうして言いつけを守らないのか。ああ、けれど、肌身離さず持っておけと言った覚えもある。かといって、それが私の過失かといえば、そうは思えない。
まあ、しかし。散らばった飛倉に関しては、村紗に任せてもいいだろう。計画に鵺を担ぎ込んだとはいえ、船には一輪もご主人も、それに雲山だっているんだ。三人の眼前で破片を見過ごすことなんてできやしない。なにより、実行の口火を切る村紗の顔に、嘘は見えなかった。成功させたいのか、失敗させたいのか、右往左往してまるでわからないヤツの行動も、夜明けの空を見れば納得できた。
東の空は爆ぜている。紺に橙と緑が混ざって、出来の悪いヘアカラーの様相だ。振り向けば西の空は紺一色、暗闇が溶けかけの月を守るように満ちている。しかし空は凪いでいた。ぜんぶをひっくるめて、春一番の風に凪ぐ。半球状のパノラマすべてを視界に収めることなんて、常に叶わない願いだから、右往左往してまるで読めない村紗の心だって、そういうのも、アリだと思えた。
ああ、それにしてもあの台詞。村紗の言った後光のくだり。私はあれが言いたくてこの計画を練ったのに! どうも、連中に関われば損ばかりする、気苦労ばかりする。不意に浮かぶのは村紗の嘘、曰く、恋とかなんとか。
あー、行けたら行く、なんて誤魔化してなんかやらずに、村紗の言った本当を、みんなに伝えりゃよかった。なにが恋だ! 聖が復活すれば、私はやっぱり損をする。宝塔なんて見つからなければいい、鵺がすべてをめちゃくちゃにすればいい。なんて、思うけれど。
空に散らばって輝く破片は、まるで、航路を指し示しているようで。まるで、この航海を祝福しているように思えて。なんだかどうも。すべてがきっとうまくいく、そんなふうに、思えてしまう。
宝塔をみつけて戻ったら、もう一発ぐらい蹴ってやろうと。