ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
蔦巻くところ 1
私は是非曲直庁の指令で賽の河原に来ていた。
川の両脇は藪に囲まれており、川辺に敷かれた大小歪な石ころの隙間からは妙な草花が蔦を伸ばしている。
私は大きく息を吸い込んだ。すると、むせ返るほどの自然の臭気が肺一杯に広がる。それを短く吐き出し、空を見上げた。
空、とはいえ、賽の河原の空には雲すらなければ太陽も無い。なんにも無い深い灰色が広がっているのみである。
本来なら賽の河原での業務は木っ端の鬼たちの仕事なのだが、堕落した鬼の無断欠勤により穴が空いた。その埋め合わせが私に回ってきたというわけだ。
是非曲直庁所属の鬼たちは堕落している。
是非曲直庁はその昔、地獄を管理下に置くため、地獄の制圧を始めた。その際、地獄の主な戦力は鬼だったらしい、が、鬼たちは元来の楽観的、或いは刹那的な気質から統率を乱し、是非曲直庁の制圧をやすやすと許した。
しかし反発する鬼も居た。或者は地獄から逃れ、或者は是非曲直庁の制圧に抗い敗れ、或者は何処かへ身を隠した。
ともかく、大多数の鬼は殺されるくらいならば、と、是非曲直庁へ寝返った。
そういった経緯や鬼元来の気質から、直丁への勤務、業務を全うにこなす鬼は少なかった。
そんな鬼たちはこの“河原に赴き積んである石を小突く”業務すら面倒らしい。
とはいえ、かくいう私も賽の河原での業務が苦手だった。
遠方に視界を遣り目を凝らせど、灰色がどこまでも延々と続いていて。蔦を巻く草花や灰色の空は、私を陰鬱な気分に至らせるのに十分だった。
されど、業務は業務と、私は歩みを続けた。
草履を履いた私のつま先に当たる川辺の石ころ達が私の陰鬱な気分に拍車をかける。
しかし、私はこの気分が特に嫌いというわけではなかった。
死神などという種族に生まれ、是非曲直庁に所属し、こんな業務にあたる暮らし続けていると、こういった“陰鬱さ”が、感情の基盤と化してくる。それを長く続けると、この陰鬱さにどことない安心感を覚えるようになる。
それを人里の酒場等で人に話すと、それはいわゆる異常な“鬱”の状態なのではないかと問われることがある。
しかし、これは人間でいうところの“鬱”の状態とは少し違う。私はこの世の諸行無常を楽観的な視点を以て享受している。私にとって正常な状態というのは、世の無常を程よく楽しみ、程よく憂うことを差す。
私にとって陰鬱さというのはただそれだけのことだった。人より少し、元来の気質的に楽観主義が過ぎるだけなのかもしれないが、ともかくとして、私にとって陰鬱な気分というものを否定的に捉えてはいなかった。
しばらく歩くと、少し遠くの方に濃い灰色の靄を見つけた。
灰色い靄は人間の子供の体を曖昧に縁取っている。靄は屈んで、石を積み上げているようだ。すでに高く積まれた石は新たな石を積み上げるたびポロポロと崩れる。しかしそれでも、靄は石を拾い集めては積む。それをやめることはなかった。
私は深く息を吸い込み、短く吐き出して、靄に近づいた。
近づくと、靄は私に気がついたようで、ちょうど“頭”の部分をこちらに向けてくる。
頭の部分には黒い発疹のような斑点が無数に浮かんでおり、そのうちの一つが歪に形を変えた。靄は斑点の一つはどうやら口の形に変えたようで、口を模した斑点で私に声をかけてきた。
「おねえちゃん。みて。わたし、こんなに石を高く積めたんだ!」
その声は甲高い少女の声だった。
私はその声を無視し、足元に積み上げられた石を大鎌の柄で小突き、崩した。
すると、靄は無数の黒い斑点をきょとん、と、させて私を見つめるのだった。
きょとん、とした視線も無視して、私は踵を返し賽の河原の出口へと向かった。
しばらく歩き、出口付近まで来た。ふと、背後から視線を感じ振り向くと、そこには靄が立っていた。先程と全く同じ、きょとん、とした視線を、私に向けている。
付いてきたのか。全く。
靄の足元には、私が先程崩したまんまの石がこれ見よがしに散らばっている。
私は一つ息を吐き、少女を曖昧に縁取る靄に向けて言葉を発した。
「付いてきちゃあいけないよ。そのくらいのことはわかっているんだろう」
すると、靄は口を模した斑点を三日月のように広げて、また石を積み始めるのだった。
そうして、私は賽の河原を後にした。