ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

20 / 96
 それから数日が経ち、私は人里に来ていた。
 私にとっての所謂“通常勤務”のためだった。

 私は木造の小さな住居に群がる喪服を着た人々を遠巻きに見ていた。
 そんな私に、声をかけてくる人物があった。

「あのぅ、私は死んでしまったのでしょうか。いや、恐らくはそうなのだろうけど、彼らに声をかけても反応がないものでねぇ」

 おずおずといった調子で声をかけてきた人物は、あちらで執り行われている葬儀の主役。老年夫婦の片割れらしい男性だった。
 執り行われている葬儀の最中、棺桶に引っ付いて、そこから離れずにしくしくと泣きじゃくる老婦人を見つけていたので、それが分かった。

「あぁ、あんたは死んだんだよ。ご愁傷様、とでも言っておこうか。まぁ、とにかく、私はあんたを連れて行かなきゃいけないんだよ。どこに連れて行かれるかは、概ね、察しが付くだろうがね」

 私がそう云うと、老人はやっぱりか、といった様子で頭を垂れた。

「はぁ、ではあなたが噂に聞く“死神”というものなのですね。こうなっては、仕方ありませんなぁ」
「……まぁ、付いておいでよ」
「あぁ、少しだけ待ってください」

 私が歩き始めると、老人は何か思い出した様子で声を上げた。
 老人は棺桶に引っ付いて離れない夫人に近づいていき、何やら謝罪の言葉を一言二言述べている様子だった。よくあることだ。
 長引かなければ良いのだが。そんなことを浮かべる自分に、少し気分が沈むのを感じた。
 意外にもすんなりと、老人は戻ってきた。

「終わったかい?」

 尋ねると、老人は静かに頷き、私に先行して歩き始めた。
 死人は自分の向かうべき場所をなんとなく察しているのである。
 少し沈んだ気分を振り払うように頭を振り、私は自身の業務を開始した。業務というのは当然、死者を“あの世まで引率する事”だ。
 私は老人の歩みより幾分早い歩調で歩き始めた。老人はときたま私に追いていかれぬよう、早足になって後を付いて来る。

 死者より早い歩調で引率すること。私の業務における規則の一つだ。
 私は時たま早足になる老人を見て“犬の散歩”という言葉を浮かべた。
 私はまた、そんな自分の思考を恨んだ。
 本来悲しむべきことも、この仕事をしていると、その悲しみにも慣れてきてしまう。
 結局のところ他人の生き死にに同情などする余地などない。と、頭が勝手に整理をつけてしまうのだ。その結果、あらぬ比喩が脳裏に浮かび、張り付く。

 私は息を深くため、短く吐いた後、自身の歩調を早めた。
 老人は殆ど駆け足になって、私に追従した。




蔦巻くところ 2

 

 

 三途の川にて、私は、私と老人を載せた小舟をゆっくりと漕いでいた。

 中有の道を抜け、この川に至るまで、老人は一言も言葉を発することはなかった。

 おかげさまで、私は何も考えずに、ぼーっとしたまま業務をこなせていた。

 今回、川の幅はそれほどなく、私の業務はとりわけ楽な部類に入るだろう。

 それでも、私は胸中に湧き上がる陰鬱な気分をどうにか手放すまいと努めていた。具体的に云えば、賽の河原のこと等を頭に浮かべていた。死者を悼む気持ちを自身の日常の中に埋没させないためである。それは、世の無常を程よく楽しみ、程よく悲しむ、そのためには欠かせないことだった。

 私は半ば機械的に、賽の河原の景観やそこに在る“もの”を想像しては、眉を顰めた。

 すると、唐突に老人が口を開いた。

 

「いやぁ、私はね、それほど自分の人生をしっかりと考えて生きてきたわけじゃあないんですよ」

 

 どうやら老人は身の上話を始めたいらしい。これも、まぁ珍しいことではない。

 三途の川には小さな風すら吹くことはない。無風の川を、小舟がゆっくりと進んでいく。

 

「いやそのぅ、棺桶の前で泣いていた婦人がいたでしょう」

「あぁ、あんたが何か声をかけにいった婦人かい?」

「あぁ、実はあれは私の女房なんですよ」

「へぇ、そうかい」

 

 もちろん私はそれを知っていたが、あえて素っ気なく応えた。それも、業務の規則、その一つだ。

 私は元来話し好きの気質がある。しかし、規則は規則だ。自分にそう言い聞かせ、老人に悟られぬ程度に深く息をため、短く吐いた。

 

「女房と私は割合若い内に結婚しましてね。いやぁ、当時は何も考えずに結婚しましたよ。多分女房も同じだったんじゃあないですかねぇ。二人して、幸せになろう、なんてことを曖昧に考えていましたよ」

 

 へぇ、そうかい。と、私は揺れる三途の川面をぼんやりと見つめながら相槌を打つ。

 

「それでも、私達夫婦の生活は、なかなかに幸せというものからはかけ離れていました。いえ、仲が悪かったとか、特別貧しかったとか、そういうわけではないのですが」

「女房は、子供を欲しがっていたんですよ。そりゃあもちろん、私も子供が欲しかった。まぁ、よくある話で、子宝に恵まれない夫婦、というやつですよ」

 

 私とって老人の話は現在に至るまで、徹頭徹尾よくある話他ならなかった。

 

「それでも四十手前の頃、我々夫婦も子供を授かりましてね」

「へぇ、よかったじゃないか」

 

 私は老人の葬儀の様子を思い出しながら、相槌を打った。

 

「えぇ、えぇ。夫婦揃って、大喜びでしたよ。あぁ、ようやく幸せになれた、なんてねぇ。報われたような気持ちでしたよ。女房も私も、生まれてきた娘を一所懸命可愛がりました」

 

 私は話を聞きながら、やはり老人の葬儀を思い出していたが、どうしても記憶の中に老人の娘らしき人物を見つけられなかった。

 あぁ、そういう話か。老人は、私に何か、懺悔でもしようという腹積もりなのだ。

 それもまぁ、よくある話で。

 

「なかなかやんちゃな娘でしてね、お人形遊びなんかより、外で遊ぶのが好きな子でしたよ。……娘は体が弱くてね、医者の先生からも外で遊ぶのを止められるほどだったんですよ。外に出られず、そんな娘に、女房はたくさんの人形を買い与えました。退屈そうに人形で遊んでる娘が不憫でねぇ。それでも、娘は時たま、私や女房に内緒で外に出ようとするんです。しかし私は仕事の都合上、いつも家にいるものでね、娘が内緒で外に出ようとするところを発見してしまったんですよ。それ以来私は、女房やお医者さんには内緒で、娘を外に連れ出して、遊んでやりました」

 

 小舟はそろそろ岸に到着しようとしていた。

 

「……私が娘を連れ出すようになってから間もなく、娘は死んでしまいました。それからというもの、私は自分を責めない日はありませんでした」

「……私はやはり、地獄へ送られるのでしょうか」

 

 私は老人の話を聞く最中、老人に対して同情の念が浮かぶのを感じたが、老人の最後の一言を聞いた瞬間、私の頭の中には“不徳”の二文字が浮かぶのだった。

 

「さぁ、わたしにはわからないなぁ」

 

 先の葬儀、棺桶の中の老人が縊死体であることを、私は知っていた。

 そうして小舟は、岸へとたどり着くのだった。

 

 






 それから数週間が経ち、私はまたしても三途の川にて自身の業務をこなしていた。
 小舟の上には私と、どこか見覚えのある老婦人が乗っていた。

「おどろきましたよ。まさか本当に“死神”さんがいらっしゃるなんて。三途の川も話で聞いたとおりの場所ときたものだから。驚いちゃった」

 老婦人は、ふふふ、と上品に笑う。

「ははは。話で聞いたとおりかい。驚いてもらえて何よりだよ。それとも、驚かせてしまってすまないと言ったほうがいいかな」
「いいのよ。それに、そこまで驚いてるわけじゃないの。覚悟してこうしたんだから」

 私が業務を開始するべく人里に赴いた際、老婦人は縊死体となった自身の体を物珍しそうに見物していていた。私はそんな老婦人に声をかけ、引率を開始したのである。

「でもやっぱり、私は地獄に落ちるんでしょうねぇ。自分で死んじゃうと、そういうことになっているんでしょう?」

 かくいう老婦人の顔に不安の色は見受けられなかった。

「さぁ、私にはわからないよ」

 私は、相変わらず何も映さぬ川面を見やり、いつもどおりの返答をした。

「まぁ、気を使ってくださらなくてもいいのよ。私、それなりに自分の人生に満足してるんだもの」
「へぇ、そうかい」
「えぇ、若いうちに結婚してね、子供だってできたの。女の子でね。お人形遊びが好きな子だったわぁ。主人は外で遊ばせたがってたみたいだけど。もともと体の弱い子でねぇ、私がお人形を買ってやると、それはもう喜んだんだから」

 ……。

「でもね、そのうちに娘は死んじゃったのよ。まだ十いくつだったのに、ふふふ。先立たれちゃったの。それでもね、私は自分の人生に満足してるの。幸せだったって言えること、たくさんあったのよ」
「そうかい。それは、よかったねぇ」

 今回も川の幅は狭く、小舟はもうすぐに岸に到着しようとしていた。
 私は一つ息を吐き、小舟を岸につけるのだった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。