ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
「トランプぐらいしかないけど」
「ダウトやろうよ、ダウト」
数日経って、私はまた洞穴の中の桶に腰を下ろしていた。それぞれの席には互いが軽く向かい合うようにヤマメとキスメが座っている。
「三人でやったって仕方ないでしょ」
「わたしは意外と、楽しいと思うけどなー」
ダウト、と呼ばれるゲームのルールを知らなかった私は黙って二人の会話を聞いていた。別に、ヤマメやキスメと遊ぶのが面白くないわけではない。この前勝手に帰ってしまったことも別段問題にならなかったことを、私は安心しているくらいだ。ただ、私にとって最近の二人はどこか違和感があった。なにかイヤに上機嫌なのだ。今日なんて、二人は上機嫌に手を繋いで私の家の前までやってきたほどである。そんな上機嫌な二人に対して「ルールを知らない」などと言おうものなら、面倒なことになる気がして、私は極力余計な口を挟まないように努めているわけだ。
「ポーカーは?」
「いいね。なに賭ける?」
「命」
「物騒だよー」
ポーカーは知っていた。映画で見たことがある。なんなら一度、やってみたくてたまらなかったくらいだ。あの映画は、何回か見返したっけ。まあそれでも、パンフレットを眺めてた時が一番楽しかったけれど。
「わたしは桶を賭けるよ」
「じゃあ、あたしは糸を賭けよう。パルスィは?」
二人してずるかった。キスメはまだいいとして、ヤマメに関してはノーリスクじゃないか。そりゃ、何かしら負荷はあるのかもしれないけど。
私は仕方なく現金を賭けることにした。悲しいかなわたしにはそれ以外の持ち合わせがなかったのだ。
「さっすが、パルスィは大人だなあ」
「クールだね、飄々としてるね」
二人して私の金をもう手にしたような笑みを浮かべている。私はポーカーの経験こそないが、しかし何がどうして自信はあった。見てろ、桶と糸を全て掠め取ってやる。いらないけど。
「お、パルスィが何だか自信ありげな感じだ」
「わたしは負ける気がしないよ」
キスメの自信たっぷりな発言で多少怖気付いた私は或ることに気づいた。私は、三人でやるポーカーを知らなかった。特に信心の持たない私だったが、この時ばかりは心の中で祈ってしまった。ああ猿田彦よ。どうか私の財布を……。
「ぐえー。もう糸でないよう」
「わたしの桶がすっからかんだよう。まあ、元々何も入ってないけど」
勝負は私の圧勝だった。桶と糸が、私の傍に積み重なっている。三人のルールは案外すぐに解ったし、入る手によってコロコロ変わる二人の表情はもはや私を呆れさせた。神に祈るまでもなかったかな。私は先程猿田彦の膝下に置いてきた信心が何となく惜しくなって、心の中でそれをさっと取り返しては懐に収める様をイメージしてみたりした。
「うう、パルスィはこういうの強いんだなあ」
「ほんと。私たちの手、全部読まれてるみたいだったね」
勝負の最中、二人をよく観察――今となっては、〝よく観察〟するまでもなかったな、と思う。――して気付いたことがある。二人の席が、やたら、近い。最初は、なにか二人で談合して私の現金を奪う策略かと考えたのだが、一寸経つと、どうやらそうではないと分かった。そうしてすぐに、二人の席の近さこそが、最近の二人に対して私が抱く違和感の正体なのではないか、と、そう思い至った。
「ポーカーはもうだめだな、他のゲームをやろう」
「わたしはポーカー以外なら、誰にも負ける気がしないよ」
キスメの自信をポーカー同様に砕いてやることにも興味のあった私だが、一先ずは気になる二人の席の近さについて、遠回しに尋ねてみることにした。
すると二人は「あれ?」といった顔を互いに向き合わせたのち、私に向き直って「あれ?」と言葉を紡ぎ始めた。
「言ってなかっけ? あたしたち、付き合ってみることにしたんだ」
「うん。話してるうちに〝ふぃーりんぐ〟が合うんじゃないかって。ね?」
「ねー」
二人があんまりさらっと述べるものだから、私の中のあらゆる思考に先立って「なんとなく、ずるいな」という感慨だけが湧き上がった。
その後出来る限りの平静を繕って、いつも通りに二人と別れた私は一人、旧都へと歩き始めた。二人と別れて旧都へ向かうのも、半ば習慣のようなもので、旧都へ向かう最中、あれこれと考え事をするのも、いつもの癖と云っても過言ではないだろう。
ヤマメとキスメが付き合い始めたからといって、二人にしてみれば、私はひとりの友達であることに変わりはないのだろう。私にとってもそれは同じで、二人は私の友人であることに変わりはない。でも、或いはだから、私からすれば、二人はなんとなくずるかった。もちろん、どちらか一方が羨ましいとか、妬ましいとか、そんな気持ちはない。もともと〝いつもの三人組〟というわけでもなかったけど、こんな風に急に、明確に、二人と一人となってしまったのが、私にとって寂しかったし、面倒だった。
しかし実際、それほど寂しかったわけでもなければ、面倒だったわけでもない。……とは言ってみたものの、本当のところは私にも分からなかった。私は何にしたって、いつもこうだった。
例えば昔、なにかの記念日に――私の誕生日だった記憶があるが、私は自身の誕生日を覚えていない。――ヤマメとキスメが盛大にサプライズパーティーを開いてくれたことがあった。クラッカーを鳴らされたとき、飛び上がるほど嬉しかったけど、飛び上がるのはなにかが違う気がして、私はそこまで驚いていないフリをした。実際、そこまで驚いてなかったのかもしれない。
そうして始まったサプライズパーティーの中には、二人のサプライズが幾つも潜んでいた。洞穴の装飾だとか、プレゼントだとか。それは嬉しかったし、私自身ちゃんと喜べていたと思う。しかしパーティーの最後、二人がひた隠しにしてきた〝サプライズケーキ〟がいよいよもって飛び出してきた瞬間だ。私はそのとき嬉しさの反面で、やっぱりな、なんて感慨を抱いていた。二人に礼を言う最中、頭の中に「まあ正直、あるだろうなーとは思ってたよ」なんて言葉が浮かんで、その言葉が喉元までせり上げてきたのを、私は必死に堪えた。私は自分が信じられなかった。私のためにそこまでしてくれた二人に対して、こうもひどい言葉が浮かぶものかと、自分を責めずにはいられなかった。しかしまた、自分を責める私の思考の隣に、それを冷笑する自分がいたことも確かだったのである。私はいつもそうだった。
旧都へと向かう私の脳内はぐちゃぐちゃしていて、終いには〝経験豊富〟と自称する二人の〝色々〟を想像し始めていた。ときに、昔、世話になった年長者の妖怪から結婚報告の葉書が届いたことがある。その人から意中の相手がいるという話を何度か聞いていた私は素直に祝福したものだ。しかしそれからちょっとも経たないうちに、今度は子供が出来たという報告の葉書を貰った。本来、それだって祝福すべきことではあるのだけれど、私はどうしても、侮蔑に似た邪な感情を抑えきれなかったのを覚えている。私は今まさに、ヤマメとキスメに対しその時と同じ感情を抱いている。
そうして次第に、私の空想の中に在る恋というものの色は、くすんだ赤から限りなく黒に近い緑に塗れていくのだった。