ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
「実は今日、こいしはずっとあなたの後をつけていたのです」
古明地こいしと初めに会ったのは、確か、まだこの公園にブランコがあった頃だった。
「あなたは今日、友達が気付いたら付き合っていて、果物を買う可愛い恋人達と出会って、公園で自転車を蹴飛ばして、あやしい場所のあやしいカップルを眺めました」
古明地こいしはそのブランコに座って、一人でゆらゆら揺れていて。
「そうしてあなたはまた、この公園に戻って来ました。そのときにはもう、自転車はなくなっていて、公園にはあなた一人だけが取り残されました」
その時も、昼も夜もないこの地底の、照明に照らされただけの公園が、何故か夕暮れめいて見えたのを覚えている。
「あなたは一人、赤土を踏み締める自分の靴をぼんやり眺めていました」
その際に、私はこいしと何か話したっけ。声をかけた気もするけれど、何もなかったような気もする。
「果たして靴を眺めて何を考えていたのでしょう。……もしかして〜」
それから、こいしはよく私の前に現れるようになった。ヤマメやキスメと遊んでいるときなんかにも現れて、子供みたいにはしゃいでは帰っていった。でも、こいしはたまに、よくわからないことを言うこともあって。だから、私にとって古明地こいしは〝よくわからない子供のようなやつ〟或いは〝古明地の〟妹という、やはりよくわからない存在だった。
「もしかして〜……羨ましくてたまらない!私も恋人欲しいなー!みたいなこと、考えてたんでしょう? ね、そうでしょ?」
「ちがう。そうじゃない」
私は極めて冷静に答えた。だって、違うんだから。
「えー! そんなこといってさー、ほんとは考えてたんじゃないのー? あまーい運命に受動態でいたいフリしてさー、狙ってたんじゃないのー? 狙って、公園とかあやしい場所を練り歩いてたんじゃないのー?」
こいしは無邪気に、可笑しそうに私に問いかける。たまにこういう日があった。こういう日のこいしはしつこいし、面倒だ。も、帰りたいな、私。
「ええ。そう、その通りよ。それじゃあね」
「待ったぁ!」
ああ、上機嫌だ、ハイテンションだ、面倒くさいなあ。
「じゃあさ、じゃあさ」
「なによ」
「こいし、今日からあなたの恋人になってあげる」
「あ?」
「それじゃ、先にお家で待ってるから、早く帰ってきてね」
ああ急がなきゃ間に合わないよう。そう言って、こいしはその場を走り去った。家を教えたことはなかったけれど、私は心の中で神に祈った。ああどうか、彼女の言う〝お家〟が私の家じゃありませんように。
「あら?」
公園を出ると、今最も会いたくないやつがいた。そいつは果物のたくさん入ったバスケットを下げていて、買い物帰り風の出で立ちでそこに立っていた。ちなみに、バナナがやけに多かった。たくさんの黄色いそれは、妙に私の不安を煽る。
「……みてたの?」
私が言うと、そいつはきょとん、とした顔をした。私はしまった、と思った。
「……いま、視ました。こいしがご迷惑をお掛けしたようで、私から謝罪します。うちのこいしが、ごめんなさい」
今最も会いたくないやつランキング1位、古明地さとりは、そう言って、ゆっくりと頭を下げた。私は今にも逃げ出したかった。普段さとりに覗かれる分には気にしない。でも、今日だけは視られたくないものが、たくさんありすぎた。さとりは頭をゆっくりと上げて、徐に口を開いた。
「まあ、そんな。あなたが気にすることないじゃないですか。悪いのは、こいしなんですから」
ああ、もう。
「だけど、私はこいしが心配で……。水橋さん、あなたなら安心してあの子を預けられます。良ければ、こいしが飽きるまで、どうか付き合ってやってはもらえないでしょうか」
さっきまでご迷惑をお掛けして、なんて言っておいて、今度はそんなことを言うなんて、ああ、変な姉妹だなあ。帰りたいなあ。
「ええ、ええ。もし、あなたのお家にこいしが居たら、でいいんです。居なかったら、それはもう、思う存分放っておいてあげてください」
居なかったら、無論そうするつもりだったけれど、いざ帰ってこいしが居たら。そのことについては恐ろしくて考えていなかったのに、古明地さとりは有難くも私にそれを想像する余地をくれた。
「それじゃあ、私はこれで失礼します。あぁ、橋姫の子のあなたなら、私も安心です。しばらくの間、こいしはあなたの傍にいるでしょう。こいしの所在が掴めているだけで、ふらふらされるよりはずっと、安心できます。水橋さん、本当にありがとうございます。それでは」
今まで私は、彼女のことをを周りが言うほど嫌ってはいなかった。彼女が嫌われ者と呼ばれることの理由自体、いまひとつピンとこなかったほどだ。しかし、今回で古明地さとりに対する評価は変わった。やはり、嫌われる者にはそれなりに、嫌われる理由があるのだと、私は思った。