ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
似たような日常がしばらく続いた。似たような、とはいえ、おんなじ日常なんて言葉は存在しない。賽、連続して出た一の目は同一ではない。とどのつまり、虎柄のロープなどは無視されて、あぜ道の紐は日に日に、少しずつ、少しずつ短くなっていった。伴って厳戒態勢が敷かれたが、無意味だった。紐はもはやあぜ道からは消え失せて、いよいよもって人里の入り口にまで差し迫ってきている。ブン屋がなにか憶測を飛ばすかと思いきやそうでもないらしい。ともすれば、あの紐はこの世界にとって、この世界の存続にとってよほど重要なものなのかもしれない。世界は大きな地雷だと昔誰かに教えられたことがある気がする。或いは、自身で作り出したかっこつけの言葉かもしれないが、ともかくとして。あの紐は紛れもなく導火線で、果てしなく長い導火線の先にはきっと、超弩級爆弾が鎮座しているに違いない。
夜半だ。私は眠っていた。例のごとくやつが寝室をぐるぐると、犬のように徘徊するから目が覚めた。
「また盗ってきたのか。なぁ、返してこいよ。いらないんだろ、そんなもの」
「あー。あぁ……」
曖昧に返事をすると、やつは例の唐草の風呂敷からトマトをばらまいて、床に落ちたそれを自身の口内に嫌というほど押し込んだ。口元は赤にも紅にも及ばない中途半端なトマトの果汁で汚れて、トマトはやつの嫌いな食べ物であるからして、やつは嘔吐きながらもそれを嚥下した。
「おう、美味いかよ」
「……嫌いだ。嫌いなんだよ、こんなもん」
その翌朝には、目玉焼きを振る舞ってやった。
さて、あいつが革命に失敗してからの経歴を語る必要はあるのだろうか? 端的に済ませば、やつはいろいろな職業訓練をやらされた。寺子屋での補佐。哨戒天狗たちへの迎合。とりわけて続いたのは寺子屋での業務で、案外、上白沢慧音とは上手くやっていたようだ。三人で呑みに行ったこともあるが、しかしまぁ、結局なにもかも上手くはゆかず、地味な内職をこなす日々に辿り着いた。内職はもちろん、すべて私の仕事になっている。やつといえば、無心をすることはないが、まあ、いわば私のヒモのような状態になっている。自覚の有無に問わず私とあいつはソリが合わないから、あいつが家に居る時間は少ない。日中はどこぞをぶらついて、夜になれば帰ってきて、私の用意した夕飯に億面もなくありつく。しかし帰ってこない日のほうが多いかもしれない。ともかくとして、件の紐に火をつけてはビビって短縮されていく導火線を踏みつけ鎮火しているのは、あいつに間違いないだろう。
「って話なんだけどさ。ねえ、私の憶測は見当違いだと思う?」
「え、ええと、そのぅ」
とんで甘味処。買い出しに伴って翻る旗に拐かされるがまま、私は団子を啄みながら白狼天狗と話している。うっすらきょとんと眉をひそめて腕を組む白狼天狗は犬走椛という、哨戒部隊長だ。かつて哨戒部隊に仮編入させられた際、やつはこの白狼天狗に随分と世話になっていたようだった。部隊の連中は概ね鬼人正邪という不穏分子を実に不穏分子らしく扱ったが、犬走椛は違った。もっとも、それはこの部隊長の有する日和見主義とも云える穏和さに由来する事なかれの習性による事象だったのかもしれない。ともかくとして、往来を眺めながら啜る濃い抹茶と団子は平和という語句そのもので、視界の端に映る例の紐の不穏さなど取るに足らないものに思えた。
「なあ、見えるだろう? あの長い紐が。日に日に短くなってる。紐の警備は報道の通り山の仕事だろう? 実際のところ、どうなんだよ、あの紐はさ」
「えっと、ですね。……なんというか、率直に言えば、そのう。……見えないんですよね。針妙丸さんの仰るその紐というのが、私には」
不可解だった。私の視界には確かに、排水パイプが如くそこかしこに紐が見えていた。急におかしな気分になった。団子の味も、抹茶の味も、なんだかよくわからなくなった。
「でも現に、連日、ニュースでやってるじゃないか。なにかようわからんが、あの紐が短くなると困るから、山は厳戒態勢を敷いてあの紐の短縮を抑えようとしている。そうだろ?」
犬走椛はやおら眉を潜めた。組んだ腕の片方を口元にあてて、まさしく怪訝そうに考え込んだ。往来、有象無象の一人が紐を、導火線を踏みつけて歩いてゆく。不可解なイメージだ。やつの、かつての鬼人正邪の煌々とした、野心を称える目つきに乗っ取られたような心持ちになった。
「……そんなニュース、わたしは見たことも、聞いたこともないですよ」
なら私の見ているあの紐は、一体全体、どこに繋がっているのだろう。