ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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緑の瞳に映る恋~青春パンク編 10

 それからまたしばらく経った。あれからあの寝室には入らなかったけれど、私とこいしは夜抱き合って眠るようになった。私はその都度、彼女をめちゃくちゃにしてやりたい気が起きて辟易としたし、また、優しい気持ちにもなった。きっかけは、間違いなくあの夜にこいしの体に触れたことだ。私はやっぱり、そんな自分を白々と滑稽に感じながら日々を過ごした。

 

 そんなある日のことだった。私は、こいしにどうしても話したいことがあって、彼女を公園に誘った。何度もやめようと考えたが、私はそもそも〝綺麗で清潔なもの〟ではない、と自分に言い聞かせて、納得した。自分から彼女を誘うのは初めてだったので、少し緊張したのだが。しかしこいしは、然程驚いた様子もなく、

 

「ちょうどよかった、私も話したいことがあるの」

 

 と言って、準備を始めた。

 公園に向かう道中、私は例のソーダ水を買った。こいしにも買ってやろうと考えたが、こいしはそれを断った。これ、嫌い。とのことだった。

 公園の入り口は、あいも変わらず『夜間侵入禁止』の看板が貼られており、フェンスの内側には生意気に緑が茂っていた。

 いつものベンチに腰を下ろして、私は彼女に語りかける。

 

「あのさ」

 

 その言葉を、彼女、古明地こいしは、

 

「おねえちゃんに重大発表!」

 と、遮った。

 

 こいしはベンチから立って、私の顔の前に立った。私はふと、こいしにここで驚かされたことを思い出す。

 

 そしてこいしは朗らかに、その口を開いた。

「わたし、おねえちゃんの恋人をやめます!」

 

 瞬間、地底に鈍い風が吹いて。地底の風に靡いた彼女の髪は、翡翠の色とも、浅葱の色ともとれぬ色をして揺れた。公園はなんとなく、夕暮れの色をしているような、そんな気がした。

 

「理由はいろいろあるんだけどね。でも、おねえちゃん、つまんなさそうだったから。私と手を繋いで歩いてくれても、私を抱きしめてくれてるときも、おねえちゃん、上の空って感じで、なんかつまんなさそうだった。わたしね、別に、お互いが同じ気持ちである必要もないって、思ってたんだけど、でもやっぱり、わたしは同じ気持ちの方がいいなーって、思ったの」

 

 こいしは朗らかに喋り続ける。その朗らかさの裏に、なにか空元気めいた感情を察したけれど、私はやっぱり、ただなんとなく、ずるいな、と思った。

 なにより、彼女が彼女なりに、恋についての解を持っていることが、私には辛辣だったような気もする。

 

「でもね、でもね。べつに、おねえちゃんが嫌いだからやめるんじゃないよ。おねえちゃんと一緒にいるのは楽しかったし、面白かったもん。……でもね、わたし、ほかにやりたいことが出来ちゃったの!」

 

 彼女は一寸間を置いて、言い放った。

 

「わたし、僧侶になる!」

 

 宇宙みたいだな、と私は思った。

 

 気がつくと、古明地こいしは私の前から姿を消していた。あれ、私は、なにを話そうと思ってたんだっけ。忘れてしまった気もすれば、元から考えなしにここへ来た気もする。とにかく私に分かったのは、私はやはり、滑稽だということだった。

 

 




「あら?」

 公園を出ると、今最も会いたくないやつがいた。そいつは果物のたくさん入ったバスケットを下げていて、買い物帰り風の出で立ちでそこに立っていた。やっぱり、バナナがやけに多かった。たくさんの黄色いそれは、妙に私の不快を煽る。

「……みてたの?」

 私が言うと、そいつはきょとん、とした顔をした。あー、しまった。

「……いま、視ました。こいしがご迷惑をお掛けしたようで、私から謝罪します。うちのこいしが、ごめんなさい」

 今最も会いたくないやつランキング二ヶ月連続1位に輝いた古明地さとりは、そう言って、ゆっくりと頭を下げた。私は今にもこいつの瞳を潰してやりたい気になった。

「まあ、そんな。あなたが気にすることないじゃないですか。悪いのは、こいしなんですから」

 ああ、もう。

「だけど、本当に感謝しています。やっぱりあなたを信じて正解でした。こいしを一ヶ月も保護してくれた上に、次に彼女が向かった場所まで教えてくれるなんて」

 教えたつもりはなかったが、どうやら全部読まれるらしい。も、帰りたいな、わたし。

「ええ、ええ。こいしが寺に向かったのは分かりました。ああ、でもどうしましょう。こいしが頭を丸めてしまったら。でも、それはそれで可愛いかもしれませんね」

 さとりとの一方的すぎる会話の中で、私はこの姉妹に共通する要素を見つけた。

「それじゃあ、私はこれで失礼します。あぁ、なにかお礼をしなくてはいけませんね。ごめんなさい、ちょうど良いものを持ち合わせがていないので、これを一房差し上げます。後日、きちんとお礼をさせていただきますね。えっ、もう十分だ? そうでしたか、失礼しました。それじゃあ水橋さん、重ね重ね、本当にありがとうございました。それでは」

 この姉妹に共通していることは、紛れも無く。二人とも、まったく悪意がないことだった。

 古明地さとりに手渡された一房のバナナは重く、右手に握るソーダ水はイヤにぬるかった。

 そして、不快なまでに黄色いバナナも、赤い何かで割られたソーダ水も、イヤというほど甘かった。カブトムシか、私は。
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