ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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灰色の季節 4(了)

 あれから、しばらくの時間が流れた。母さんの居ない生活にもすぐ慣れた、というより、料理や家事全般は、元々僕の仕事だったから、あまり、変わりはなかったかもしれない。

 

 今日は寺子屋を卒業する日で、卒業式の終わった僕は気まぐれに、お姉さんの家に出向いた。里の白昼は相変わらずに平和で、川辺のせせらぎにしたって春だった。けれど、お姉さんの家に着いても、お姉さんの姿は見当たらず、どうやら、どこかへ引っ越してしまったようだった。

 

 代わりに、長屋に備え付けのテーブルの上には一枚、封筒が置かれていて、それはどうも、僕宛の手紙だった。僕はいま、長屋を出て川辺を離れ、桜並木の端に座って、その手紙を眺めている。

 

 

 

 ――拝啓、左くんへ。

 あたいはどうやら、あんたにいろいろ、謝らなくちゃいけないらしい。何故ってそれは、あんたにいろいろ、嘘をついていたから。

 

 まず、あたいの名前は小野塚小町。種族は死神。医者じゃない。

 

 あんたが、お姉さん医者か、なんて聞くもんだから、あたいもうっかりその気になっちまってたよ。いや、どうも、最近はぼんやりしちまっていてね。春だからかな。まあ、あんたの言う通り、あたいはどっか抜けてんだな。

 

 死神、なんて言われてもピンと来ないだろうから、まあ、あたいの今やってる仕事は引率、舟渡しってやつさ。死んだやつを舟に乗っけて、例の川を渡らせるんだ。これもなかなか大変な仕事でね。やれ死にたくないだの、降ろさないでくれだの、人殺しだの、やつら的外れなことばかり言うんだよ。

 でも、あんたの母さんはまともだったね。舟を降りるまでずっと、あんたのことを心配していたよ。

 あの子は本ばかり読んで運動なんて全然やらないから、私みたいに病気で死んでしまうんじゃないか。なんて言ってね。

 とにかく、あんたもっと外で遊ぶことだよ。お友達と仲直りしてさ。舟を降りたがらなかったり、往生際の悪い的外れなやつってのは大概、本ばっか読んで死んだやつなんだ。

 あんたと次に会うのは暫く先になるとは思うが、そのときにさ、恨み言ばっかり聞かせないでおくれよ。出来れば、あんたには笑って舟を降りてほしいって、そう思ってるんだ。

 まあ、それじゃあね。

 

 

 

 手紙に書かれている内容の真偽は概ね分からずじまいで、お姉さんは未だ、奇妙なユウジョウゲキを僕に期待しているのではないかと邪推してしまう。

 

 けれど、一つ明らかに不自然な箇所がある。

 

 それは、首を吊って死んだ母さんが、遺言の一つも残さずに死んだ母さんが、果たして僕のことを心配するなんて、有り得るのだろうか。ただ一つ分かったのは、今現在視界に映るすべてのものに、理由なんて無いということ。

 

 白んだ陽射しも、桜の木々も、舞い散る淡桃の花弁も、楽しそうな人々も、賑やかな喧騒も、屋台の匂いも、捨てられた串に群がる蟻達も、目付きの悪い犬も、それらすべて、誰のせいでもない。

 

 往来のど真ん中に立つ桜の大樹はつけた花弁の殆どを散らせて、春の宙を彩っている。行き交う人々も、立ち止まって眺めている人も、座って酒をやってる大人たちも、みんな、一様に桜を眺めている。

 僕がそろそろ行ってしまおうと思い立ち上がると、不意に、側方から声をかけるやつがいた。

 

「門じゃないか。お前が花見なんて、意外だな」

 

 聞いた瞬間、知能指数が下がったことから察するに、声の主は左だろう。僕は向き直ることもせず歩き始める。

 

「左、お前こそなにしてるんだよ。式が終わったら親の店手伝いに行くなんとか、言ってたじゃないか」

 

 いやあ退屈でさ、なんて宣って、左は勝手に僕の隣を歩く。

 

「……なあ門。お前、アガサクリスQの新刊読んだか? 今回は凄かったぞ。まさか犯人が……」

 

 僕は頭を引っ叩いて左を黙らせた。こいつは本当に学習能力のないやつで、何度言っても、新刊の内容を聞きもしないのに教えてくれる。ぶち殺してやりたくなる。

 

「左。そんなことよりさ、僕、少し前に変なお姉さんと仲良くなったんだよ」

「なんで俺に紹介しないんだ? お前、やってることおかしいぞ」

 

 僕は左を無視して続ける。

 

「それでさ、そのお姉さんが変っていうのも、この、桜があるだろ? この桜がさ、灰色に見えるって言うんだよ」

 

 言いながら、桜の大樹に首を向けると、左も僕に続いた。

 

「左、あの桜。お前には何色に見えるよ」

「何色って、そりゃ桜色だろ。灰色に見えるだなんてその女、ちょっとおかしいぜ。やっぱ、紹介してもらわなくていいや」

 

 左の軽薄な言葉に、僕は思わず笑ってしまった。何故なら、僕の視界の端にはお姉さんが立っていた。お姉さんは僕に気付いていない様子で、初めて会ったときと同じように、盃を構えて、桜の舞う宙を見上げている。お姉さんあんた、酷い言われようだよ。

 

「そんなことより門よ。俺、面白い遊び考えたんだよ。……河童の倉庫のさ、トルエンを盗りに行くんだ。……まあ、臆病なお前はきっとついてこないだろうけどさ」

「いいよ、行こうじゃないか」

「え」

「左、言い出しっぺはお前だからな。今更冗談でした、じゃ済まさないぞ」

「いや、で、でも」

「まずは腹ごしらえだ、団子を買うぞ! 何やってんだ、さっさと走れよ!」

「あーちくしょう! 俺、まだ死にたくないよぉ!」

 

 左より先に駆け出した経験はこれまでなかったけど、思いのほか気持ちがいいもんだ。振り返ってみると、心底嫌そうな顔をして追いかけてくる左がいて、視界のもっと奥、端の方にはやはり、お姉さんが立っていた。お姉さんは相変わらずにぼんやりと宙を見上げているから、僕は一つ、心の中でお姉さんに尋ねてみた。

 

 お姉さんの桜は、相変わずの色ってわけ。

 

 なんてさ。

 




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主演:東風谷早苗
登場妖物:多々良小傘 ほか
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