ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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人面樹 2

 それから、私と彼女は友達になりました。敬称の代わりにちゃんをつけさせ、彼女が訪れればお菓子を作って、お茶を淹れました。一緒にカップケーキを作ったことを覚えています。おそらく晴れ、いえ、曇り空の、お昼時でした。雨の降らない代わりに、蛇口から、水が流れていたのを思い出せます。お台所か、お風呂場か、いまとなっては定かではありませんが、つやつやと、周囲のものを捻じ曲げて反射する鉄から、蜘蛛の糸を思わせるほど、細く、また頼りのない、透明な柱が伸びていたのを覚えています。その日も彼女は傘をさしませんでした。閉じた傘を片手に下げて、ひたひたと、裸足でお台所まであがって、物珍しそうに、カップケーキの材料を見つめていました。なにもしらない彼女に手本を見せると、魔法みたい、と彼女は笑って、見様見真似を始めるのです。私は、そうして出来上がった彼女の不恰好なカップケーキを食べました。彼女に私が作った方を食べさせると、彼女は喜び、また笑います。当然、味はどちらも変わりません。けれど、彼女は私が作ったカップケーキの方が、美味しいと云うのです。わちきが作ったものなんかが、早苗ちゃんに敵うはずない、などと嘯くものですから、そんなことはないとからかうと、彼女はまた、なにもわからなさそうに、はにかむのでした。

 

 その頃には、彼女元来の威勢の良さや前向きさ、生意気さはもうすっかりとなりを潜め、殆ど別人のように振舞っていました。虫を怖がり、曖昧にはにかみ、私に肯く。ただそれだけの存在と思わせるほど、あの間の抜けた驚けの四字が、幻だったのではないかと疑わせるほどに、掴み所のない、ぼんやりとした仄暗さを纏うようになっていました。もちろん、私はそういった彼女の変貌を、多々良小傘という妖怪の習性からなる変化と捉えていました。ですが、罪悪感を覚えずにもいられなかったのです。こちらに来てからというもの、妖怪なんてその程度のもの、という考えがあり、私はその考えに則って、彼女の驚けという四字をキツく叱責していました。大袈裟な言い方をするなら、いえ、私はきっと、彼女をいじめていたのです。その日にどれだけ落ち込んでも、次の日には記憶をなくしたように振る舞う彼女を詰ることに、たのしみを見出していました。私を標的とした彼女の習性、至らなさのみならず、目の色髪の色、言葉尻までをも、彼女を追い詰める道具にしたのです。そう。私が彼女を追い詰めたのです。虫を怖がり、曖昧にはにかみ、私に肯くだけの存在となるまで追い詰めてしまったのは、他ならぬ私本人なのではないかと、そう思わずにはいられませんでした。彼女は私の言うことをなんでも聞きました。早苗ちゃんと呼ぶように言えば、それを守りました。お菓子作りなんかに誘えば、一寸も待たずに頷きました。けれど、そんな罪滅ぼしの最中にだって、私は彼女のなにもわからなさそうな笑顔を眺めれば、いじらしくって、苛々として、度々、たまらない気持ちになっていたのです。

 

 ああ、どうしましょう。そうですね。

 

 この話をするのなら、やはり、魔理沙さんの話をしなくてはいけないように思います。霧雨魔理沙さん。昔なら、よく一緒にいろいろと共にしました。いえ、今でも大切なお友達であることには変わりありません。ですが、その頃はすこし、今よりは疎遠になっていたと思います。原因という原因は、私と、魔理沙さんの双方にあったのではないでしょうか。私はもともと、彼女のことをあまり意識していませんでしたし、正直なところを言えば、苦手意識すら持っていたかもしれません。髪も言動も明るくて、軽やかな感じのする人でしたから、私はどうにも、彼女のことを考えれば、校舎の下駄箱や、階段の踊り場、鍵が開きっぱなしの屋上を思い出してしまい、すこしだけ、心がささくれるような気持ちになっていたのです。それが、私側の原因というものなのですが、彼女側の原因も、これまた妙でした。

 

 彼女はどちらかといえば、私の友人というよりも、霊夢さんの友人だったように思います。いつも、霊夢さんの隣にいて、お話をするときだって、霊夢さんの話ばかりでした。ですから、彼女も彼女で、私のことを別段意識するということはなく、きっと、霊夢さん以外の数ある交友の中の一人に過ぎなかったのではないでしょうか。ですが、いっときを境にして、彼女は変わってしまいました。どうしてでしょうね。不定期ではありますが、神社まで、ときたま足を運んでくれるようになったのです。おしゃべりの内容にしても、変化がありました。彼女は霊夢さんのお話を、一切と言ってもいいほどに、切り出さなくなりました。霊夢さんとの間になにかあったのではないかと、邪推してしまうほど、彼女は霊夢さんに関連する話題を避けるようになったのです。喋り方にしたって、以前の快活な、軽やかさはどこかに消え、訥々とした、まるで雨のような語り口に変わりました。

 

 なあ、私はさっき、中華飯店に行ってきたんだけどね。知らないかな、里に出来たんだ。それでね。餃子と、炒飯を注文した。出来上がる前に、小籠包も食べたくなった。追加で注文したんだ。それで、先に出来上がった餃子と、炒飯を食べながら、小籠包を待った。だけどね、食べ終わる頃には、小籠包はいらなかった気がしてきたんだよ。でも、小籠包は出来上がった。蒸篭で蒸されて三つ。それなりの大きさなんだ。仕方がないから、箸でつまんで、持ち上げたよ。そしたらさ、皮が底にくっついちゃって、破けちゃったんだ。それも、三つ全部。

 

 そんな話ばかりで、私は返答に困ってしまい、都度、曖昧に相槌を打つ機械のようになっていました。ですが、彼女は話が終わるが早いか、それじゃ、と言い残し、去っていくのです。あまり好きな時間ではありませんでした。やはり、思い出すのは雨の日です。境内の土に、ついたそばから水で埋まっていく、去り行く彼女の足跡です。雨に紺色く日暮れて濡れる白線上、信号機の赤に血液色で流れていく川と似た、気だるく、どこか加虐的な心象ばかりなのです。一度だけ、彼女に霊夢さんのことを尋ねたことがあります。曰く、霊夢さんは変わった、とのことでしたが、正直、私には判断のしようがありませんでした。里で会っても、神社で会っても、とてもではありませんが、霊夢さんに変わりというものは見受けられず、やはり変わったのは魔理沙さん本人なのではないかと、模糊とした感慨に包まれるばかりで、今の今まで、本当のことはなにひとつ、掴めないままでいるのです。

 

 諏訪子様におつかいを頼まれ、縁側から世界を眺め、多々良小傘、彼女と魔理沙さんが偶に来て、お茶を飲んで相槌を打つ。梅雨が明けるまで、雨の世界で、私はただただ茫然と、いつも通りの日々を送っていました。とりわけて何かが起きることもなく、だからといって、なにもないわけでもない。なんとなく、減っていくお米と増える黴に、そんな日々がいつまでも続くことを思えば、陰鬱な気が起きてくる毎日でした。

 

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