ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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人面樹 5(了)

 彼女とはそれきり、とはいきませんでした。翌朝のことです。じめじめした布団の上に眼を覚ますと、彼女の姿がありません。しかし枕元に、彼女の傘がありました。ええ、殆ど考えられない、異常なことでしたから、悪い想像にせき立てられるよう、傘を持って部屋を飛び出しました。けれど行くあてなどなく、存外緩やかな歩調で、濡れそぼる里の明朝を歩きました。昨夜の雨でどこかしこにある水溜りが霧の空を仰いで、草花が濃く匂って、むせ返るようにひんやりとした朝でした。あてもなく歩きながら、そのまま傘を持って神社へ帰ってしまおうか、とか、魔理沙さんや、ほかのみんながいるところへ混ざってしまおうか、とか、いろいろと、冷たい想像をしました。けれど、そのどれもが耐えられないほどに冷たく、到底実現し得ないことのように思えて、私はただふらふらと、もはや彼女を探すでもなく、ふらふらと、濡れた町をひた歩きました。蜻蛉が、飛んでいましたね。それから猫、猫がいました。民家の脇、小さな納屋の脇で毛をぼさぼさにして、丸くなっていました。思えば、どうして何処へも帰らなかったのでしょう。せめて、彼女の部屋に帰っていれば、二度と彼女に会うこともなかったかもしれないというのに。でも、何処へも帰れない気がしたのです。帰りたくないよりずっと強く、帰れないと、そう思って、ただ、歩いていました。

 

 気がつけば私は里の、ちょっとした広場についていました。入り口から円形に、広く山砂が敷き詰められていて、端のところどころのベンチが設置された、子供の遊び場でした。昼に行けば里の子供達や親御さんの声が賑やかなところです。入り口から直進して向こう縁まで突き当たれば、そこから先は山の麓になります。そこから森に入ることもできますが、もともと子供達の遊び場として作られた広場ですから、それほど深くまでは行けないようになっています。ぼんやりと中ほどまで歩くと、森の入り口から、小傘さんが歩いてくるのが見えました。私に気付くと、小傘さんはすぐに駆け寄って、すこし興奮した様子で、森の奥で見たものを教えてくれたのです。

 

 ねえ早苗ちゃん。森の奥にね、あの人の言ってた人面樹があったよ。すごいんだ、ほんとに人の顔でね、すごいの。こんなわちきの話でも、なんだって、笑って聞いてくれるんだよ。楽しそうにさぁ。

 

 私の持つ傘には目もくれず、一息に話してくれました。じゃあ、なんで戻ってきちゃったんですか。なんて。無駄だとはわかっていましたが、つい、またそんなことを尋ねました。彼女は。いえ、小傘さんは。

 

 だって、話してたら、実が落ちちゃうんだ。一つめは偶然だと思ったんだけど、二つめでわかったんだ。あの実は、笑いすぎると落ちちゃうんだって。かわいそうだから、帰ってきちゃった。

 

 そこまで言って、彼女は思い出したように、私の手から傘を奪い返しました。なんで早苗ちゃんが持ってるのさ。とにかく、朗らかな口調でした。私が黙っているうちに発せられた二の句はどうしたの、続く言葉は早く帰ろうよ。私は適当な相槌を打って、彼女を先に帰したのです。彼女の背中を見送って森に入れば、すぐに例の木を見つけることができました。なんてことのない細い木に、いくつもの、人の顔をした実がなっていました。おはようございます。そう言うと、実は一つ、二つ、なにもわからなさそうに笑ったのです。きっと、人の言葉なんて解してはいない。解っていながら、私はこれまでの全てを、洗いざらいに話しました。

 

 彼女を嫌っていたこと。彼女を好いていたこと。彼女がいなくなって嬉しかったこと、それでも真っ当に悲しかったこと。彼女をいじめていた主犯の子を好いていたこと、それでも真っ当に嫌っていたこと。魔理沙さんを嫌っていたこと、逆に、どこか惹かれていたこと。それから、今日話したことのすべて。

 

 気付けば実はなくなっていました。雨が降ればいいのに、なんて、そんな無味乾燥な言葉がそのまま梅雨明けとなって、本当の夏が始まりました。どれだけ願っても、もう雨は降らなかったので、私はそれきり諦めて、彼女に会うこともなく、ひさびさに帰ってきた諏訪子様と、それから神奈子様と。いつも通りの夏を過ごしていたのです。

 

 いろんな後ろめたさを忘れかけた頃です。諏訪子様がいつものように、さなえ、ちょっとおいで。と、私を呼びつけました。黴た畳まで歩けば、胡座に腕を組む諏訪子様の後ろに、また、険しい顔をした神奈子様が立っていたのです。そして始まったのは諏訪子様の、いつもの癖。お説教までの秒読みに似た、すこしばかり過保護すぎる退屈な時間でした。そのうちに痺れを切らした神奈子様が口を切って、諏訪子様はバツが悪そうに私を一瞥して、畳の部屋をあとにします。厳しく、また落ち着いた、神奈子様のさなえ、と呼ぶ声は忘れられません。さなえ。あんたわかってんだろうけど。あの、妖怪のことなんだけどね。

 

 それほど長い話にはならず、そのあとはいつも通りにお使いを頼まれて、身支度を終え、私は里を歩きました。すると、あれは巡り合わせだったのでしょうか。それとも、なにかの計らいだったのでしょうか。前方、誰かと何かを話している小傘さんを見つけました。小傘さんは私を見つけると涙目になって駆け寄って、ひとつ、私の頬を打ち、そのまま去って行きました。小傘さんと話していたもう一人はゆっくりと私に近づいて、それから言いました。なあ、私はいい友達だろう。

 

 それは魔理沙さんの声で、声の主だって、いつも通りに髪の明るい、魔理沙さんでした。きっと、あの人は彼女に、私の非を打ち明けてくれたのでしょう。何もわからなさそうに笑う彼女なら、きっと、説明するには骨の折れることだったでしょう。しかし、彼女はもう元どおりの彼女でしたから、私には、私の頬を打った彼女の涙目が、よくわかりませんでした。

 

 ええ、話はこれですべてです。ちょうど、あと一つでみんな落ちてしまいますね。どうしましょうか。時間合わせに、なにか喋らないといけませんね。

 

 ええと、彼女とはそれから会っていません。以前なら何処へでも現れた彼女ですが、こちらから会おうとなると、なかなか難しいものがあります。魔理沙さんとは、文字通りいい友達になれました。魔理沙さんがあなた方を最初に退治したとき、あの人いったい、なにを話したんでしょうね。中華飯店のことでしょうか。それとも、霊夢さんのことでしょうか。定かではありませんが、ともかく。あなた方の増え方をみると、どうでしょうね。

 

 今年の夏も、思い通りにはならなさそうで、安心します。

 

 

 

 

 

 あ。落ちた。

 

 

 

 

 




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主役:赤蛮奇
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