ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
種族はろくろ首。
友人にはばんきちゃん、なんて呼ばれてる。
私を〝ばんきちゃん〟と呼ぶのは主に今泉影狼、わかさぎ姫の二人だ。というより、悲しいことに、私にはその二人の他に友人らしき人物はない。強いて挙げるならば、働き先の大衆食堂で働く少女ぐらいか。
でも寂しがることはないよ。
影狼はいい奴だ。
まず可愛げがあるし、何より一緒に居ると面白い。
姫……、わかさぎ姫は、そうだな。まあ、なんだ。
自分で会って、話してみるといい。
そうそう、人を食べてはいけないよ。私の働いてる食堂というのは、人里にあるんだ。
私を〝おせきちゃん〟なんて呼ぶものがあれば、それは私の〝人間の知り合い〟だ。
くれぐれも、人間の前では妖怪然とした態度は取らないように。
なにより、博麗の巫女が怖いしな。
日常生活を送る上での様々なことや、働き先での業務などについて心配することはない。
必要なことは〝体〟が覚えている。〝体〟は、割合ポンコツに思えることもあるかもしれないが、まあ。信頼してもいい。
ううむ。
他に何かあったかな。
ああ。
お前の生きる季節は〝夏〟というらしい。
影狼から聞いた話によると、夏は暑いだけで何も良いことがない、という話だ。ははは。
まあ、精々楽しみにしておくことだな。
ああそれと。
これは、私の前のやつに聞いた話で、私はよく知らないが。
もし、お前の視界の端に小さなミミズのような物が現れても、それを目で追ってはいけないよ。
そんなことをすれば、お前は忽ち目を回してしまうに違いないのだから。
私の前には首から上のない体が立っていて、そんな体が、私に向かって見知らぬ生首を差し出していた。
数多の頭蓋骨が転がる部屋の中。その見知らぬ生首は、椅子に〝すわる〟私に向かって、そのような事を語るのだった。
ろくろ首の夏、飛蚊症の夏。1
次に私が目を覚ますと、私は大きな鏡の前に立っていた。
鏡を見やると、件の〝首から上のない体〟に、私の首がくっついていることが判った。不思議と、そこまでの驚きは感じなかった。〝首〟の辺りに広がるじんわりとした暖かさが、この体が自分の一部であることを俄かに確信させた。
しかし、首から下の感覚は無い。
私がどうにか首から下を動かそうとして、云々と念じていると、鏡に映った体が徐に慌て始めるのだった。
その慌て方は、私に向けて、ちょっと待って、と言っているように見えた。
体は、慌てた様子で私の頭を両の手で撫でたり、私の頬を両掌で軽く、ぺちぺち、と打ったりと、首から下を動かそうと急ぐ私を宥めるのに必死だった。
そんな体の慌てぶりを鏡越しに見て、私は首から下を動かすのを暫しの間諦めてやることにした。
すると、体は安心したようで、それを私に伝えるためかは分からないが、体は、わざとらしく胸をなでおろして見せるのだった。
それから、体はおもむろにストレッチを始めた。
両腕を上げ、背筋をぐんと伸ばしてみたり、軽く屈伸してみたり。軽くその場で跳ねてみせたりと、体は私に見せつけるようにストレッチを続ける。
体が軽く跳ねるたびに、ギシ、ギシ、と木の板が張られた床が鳴る。木の板は、とっくの昔に傷んでいるようで、その悲鳴にも似た音は、私に一抹の心許なさを抱かせるのだった。
ああ、或いはこの床は、ちょっとの拍子に抜けてしまうのではないか。私がヒヤヒヤしているうちに体のストレッチは終わった。
ストレッチが終わると、体が一つ、気持ちよさそうに伸びをした。
体の一連の奇妙な行動を鏡越しに眺めていた私は、その妙な時間から逃げ出す術はないかと踠いていた。
今やっと、首から〝私〟が外れそうな、そんな手応えを感じたところなのだが。
首から逃れようとする私の頭頂部を、ガシ、と両の掌が押さえた。その力は優しいものだったが、しかし確実に、私を首へと押し込んでいる。
抵抗はしなかった。しかし疑問はあった。この体は、私に何をしろというのだろう。
私の首がすわると、体はもう一度屈伸をしてみせた。
屈伸が終わると、体は鏡の中の私を指差すのだった。
やってみろ、ということだろうか。
一間置くと、私と繋がっている首の部分に広がるじんわりとした暖かさが全身に広がった。体全体に広がる暖かさは、首の辺りの暖かさと比べれば微かなものだ。しかし、手の先、つま先までもが確かに暖かいのを、私は感じた。
ああやはり、これは私の体で違いない。
腕を動かしてみた。動く。
指を動かしてみた。動く。
つま先を丸めてみる。よし、つま先も動く。
ストレッチか、よおし。
まず、私は伸びをしてみることにした。
両手の指を絡ませて、そのまま腕を上へと挙げる。首を両腕の間にくぐらせるように。私はぐんと、背筋を伸ばした。
ぐ、ぐ、ぐ、と伸びをすると、とても気持ちが良かった。私の口から、思わず呻き声が洩れる。
絡めた指を解き腕を下げると同時に、あぁ、と深く息を吐く。首、肩、背中、脇腹。暖かさが、じんわり広がる。
よおし。次は屈伸といこう。
私は膝に手をつき、ゆっくり、しかし確かに力強く屈み込む。が、屈みこもうとした、その時。
「あ、あれ?わ、わわ」
衝撃に、ギシッ、と力強く床が鳴る。
私は、床の上に尻餅をついてひっくり返っているのだった。
鏡に映る私のその姿は無様なものだった。
「あいたたた」
痛みに悶えていると、ふいに体の感覚が遠くなった。気分としては、体を動かす主導権を体に取られたような気分で、私は少し腹が立った。
おい、なにするんだ。返せ。私が口を開こうとすると、私の腕がやおら動き始める。腕は下半身へと伸びていき、身に付けた〝スカート〟を押さえつけた。なんか腹立つな、こいつ。
その日、私に主導権が戻ることはなかった。
体は私を首から取り外し、抱きかかえたまま、腐りかけの床の上に敷かれっぱなしの布団に入った。
布団の中で体は、体をうまく動かせなかった私を慰めるかのように頭をぽんぽん、と軽くたたいた。
布団は煎餅のように固く、酷く黴臭かった。
それからの数日間、体は同じように私にストレッチを強制した。上体を動かすことに苦は無かったが、下半身が思うように動かない。ストレッチは、主に下半身を動かすメニューに集中した。
途中、どうにも退屈になった私は反抗を試みたのだが、私が勝手な行動を取ろうとすると、体は忽ち体を動かす主導権を、私から奪った。
私があんまりに反抗すると、体はその日のストレッチを諦め、私を抱きかかえ、黴だらけの布団へと潜り込んでは、私の髪を、宥めるように撫でつけた。
それから更に数日が経ち、私が足腰を自在に動かせるようになった頃、私の体が、末端まで〝馴染んだ〟ような気がした。
その日のストレッチが終わっても、体が私から主導権を奪う気配がない。
もう好きに動いてもいい、ということなのだろうか。
私が恐る恐るボロボロの襖を開け、外へ向かうも、体はなんの反応も示さなかった。
瞬間、私の心は昂揚した。私は勢い勇んで、外へと飛び出した。
玄関の戸を開けるが早いか、私の視界は眩い光に包まれた。ギラギラと輝く陽光が、数日間薄暗い部屋の中にいた私の瞳を突き刺したのだ。私は思わずその目を細めた。
程なくして、ひやりとした黴くさい部屋の中で過ごしていた体を、むわあ、とした熱気が包む。
ああ、これが夏というものか。
私は柳に囲まれた廃墟のような我が家を一瞥し、どこへ向かうともなく歩き始めた。