ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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ろくろ首の夏、飛蚊症の夏。2

 しばらく歩いていると、里が見えてきた。ああ、あれが人里か。里の家々を眺めながら、私は里へと歩みを進める。

 里への道は、均された地面が歩くために程よい幅を為しており、道の両脇は草木に囲まれている。息を深く吸い込むと、澄んだ空気と微かな草木の香りが胸いっぱいに広がる。私は息を深く吐き、空を見上げた。

 空には恰幅の良い雲が疎らに浮かび、その青さはどこまでも澄んでいた。日差しは少々眩しすぎる気もしたが、そんな空模様は、私に、清々しい解放感を抱かさせるには十分だった。

 

 そんなとき、私は視界の中に不思議なものを見つけた。

「んん?」

 視界の端に、何やら小さい〝ミミズ〟のようなものを、私は見つけた。

 ――もし、お前の視界の端に小さなミミズのような物が現れても、それを目で追ってはいけないよ。

 私はそんな忠告を思い出すよりも早く、ミミズを目で追っていた。

 しかし、私がどれだけミミズを視界の中心に捉えようとしても、ミミズは視界の端へ端へと逃げていく。

 

 次第に、私の視界はぐるぐると、回転を始めるのだった。

 視界の端へとミミズが逃げる。

 路に建てられた立て看板が視界に映る。

 ミミズは更に逃げていく。

 立て看板を素通りし、視界に背後の道が映る。

 ミミズは更に逃げていく。

 

 視界は背後の道を素通りし、森へと続く岐路を映す。岐路に何やら人影を見つけたが、私は御構い無しにミミズを追い回す。

 ミミズが逃げる。立て看板を素通りし、ミミズが逃げる。背後の道を素通りし、ミミズが逃げる。森を背後に此方へ近づく人影を素通りし、ミミズが逃げる。

 そんな具合に、私は首から上をくるんくるんと回転させ、ミミズを追いかけた。

 立て看板、背後の道、森へと続く岐路、里の入り口。立て看板、背後の道、森へと続く岐路、里の入り口。逃げるミミズ。……。

 里の入り口、立て看板、背後の道、森への……ぎゃあ!

 

 私の回転を、ガシ、と両掌が押さえた。

 これが私の両の腕から伸びたものならさして驚くこともないのだが。視界の端のミミズを追い回す私の回転を止めたのは、見知らぬ人物の、その両掌だった。

 

「ばんきちゃん、また〝飛蚊症〟?こないだ治ったって言ってたのに」

 

 私の頭部を、ガシ、と押さえ、私の目を見てそう語る人物。この人物は恐らく――。

 

「今泉影狼、か?」

 

 私がそう口にすると、目の前の人物は怪訝そうに眉をひそめるのだった。

 

「ばんきちゃん、目、回ってるんでしょ」

 

 確かに、視界はぐらりぐらりと揺れていた。ああしまった、二分の一を外してしまったか。じゃあ、目の前のこの人物がわかさぎ姫か。

 

「私が影狼じゃなかったら、誰が今泉影狼なのよ、まったく」

 

 違った。やはり目の前の少女は今泉影狼で間違いないようだ。いやぁ、わかさぎ感が不足してるとおもってたんだ、私は(?)。

 

「あ、ああ影狼か。そりゃ、そうだよな。いや、視界の端に妙なミミズが現れてな、でも、もう大丈夫そうだ。だからその、そろそろ頭を離してくれないか」

 

 影狼は怪訝そうな面持ちのまま、私の頭から両掌を、ぱっ、と離した。

 

「……飛蚊症」

「え?」

「だから、〝飛蚊症〟でしょー?それ。ばんきちゃん、治ったって言ってたのに、またぐるぐる回ってるんだもん」

 

 ヒブンショウ、聞き覚えがあるような、無いような。

 

「まあ、ばんきちゃんが自分で『季節の変わり目に治ったり、罹ったりする』って言ってたから、昔。まあ、そういうことなんでしょうけど」

 

 とにかく、と影狼は続けた。

 

「人里の近くで首を三六◯度ぐるぐる回すなんて、そんな妖怪じみたことしちゃダメよ」

 

 おっしゃる通りである。でも、気になっちゃったんだもん。

 

「それに、ばんきちゃんは人里で働いてるんでしょうに。〝おせきちゃん〟なんて呼ばれて。余計に気をつけなきゃよ。そうでしょ?」

 

 いやぁその通りで。言いかけたそのとき、〝体〟が私から〝主導権〟を奪った。

 体は何やら慌てていて、暫し意味のない身振り手振りを経たのち、右の掌で私の後頭部を押しつけ、下を向かせた。そして、ピン、と伸ばした左手を、今泉影狼の前に突き出すのだった。

 それは、所謂〝御免!〟のポーズだった。影狼と私の間に、微妙な沈黙が流れる。

 

 あ、主導権を奪われてる時も喋るのは私なのか。

 しかし場に流れる居心地の悪い沈黙は、私に口を開くのをためらわせた。なにより、体の言わんとするところを、私はいまいち察せていなかった。

 そんな沈黙を、今泉影狼が打ち破った。

 

「こ、こわいわー。急にどうしたのよ。急用でも思い出したわけ?」

 ああ!急用か!

「ごめん!そうなんだ、ちょっと、急用を思い出して……」

 

 口に出してみると、私は私自身の発言に胡散の臭気を感じずにはいられなかった。

 急用を思い出した。それは、偶然会った友人と別れる際に使うには、どうにも頼もしさに欠ける言葉に思えた。

 急用、急用、急用。

 急用とは、果たして如何なる用なのか。私は思索を巡らせるのだが、それらしい用事が思い付かない。

 

「ああ、ばんきちゃん、仕事でしょ。人里で。もう、最近ばんきちゃん全然捕まらなくて、久々に会えたー、と思ったんだけどな」

 そうか!仕事か!

「そう、仕事なんだ。いやぁ、悪いな。折角久しぶりに会ったっていうのに」

 正直、私にとって今泉影狼は初対面他ならない。しかし。

 

 ――影狼はいい奴だ。まず可愛げがあるし、何より一緒に居ると面白い。

 

 それでも何故だか、初対面という気がしなかった。

 出会って数刻もしないはずなのに、私は今泉影狼に親しみを感じていて、そんな今泉影狼とこの場で別れるのを惜しく感じていた。

 

「仕事なら仕方ないわ。そうだ、ばんきちゃんの仕事が終わったら〝いつもの居酒屋〟に行きましょうよ。折角久しぶりに会えたんだから、いいでしょ?」

「それで、仕事は何時頃終わるの。ばんきちゃんの仕事が終わる頃、私、先にお店に入って待っていようと思うんだけど」

 

 すると、体はまた慌て始めた。

「え、ええと。何時頃だっけなあ」

 体はやはり意味のない身振り手振りを経て、漸く、ああ思い付いた、と言わんばかりに何か意味のある動作を始めた。

 まず体は右手の人差し指で空に浮かぶ太陽を指差した。次に、左の人差し指で何も無い西の空を指差す。

 ああ、これは分かりやすいぞ。

 

「そうそう、夕方頃に終わると思うよ。詳しい時刻は分からないけど」

 影狼はそれを聞くと、分かった。じゃあ、その頃に、と言って、里とは反対方向に歩いていくのだった。

 

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