ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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 外に出ると、雑木林の中だった。冷たい空気を吸い込めば少し悲しくなったから、きっと、冬の終わりだろう。
 木々の間、遠く山の端を照らす月は、なんとも言えない笑みを浮かべて、薄い雲を纏っている。あたしは嘘を宙に浮かべて、嘘の上に、両手をついて座り込んだ。
 そこから山がよく見えた。所々に溶け残った雪を月明かりが優しく照らしていた。綺麗な景色とは言い難いけど、こんな夜にはぴったりだ。
 ああ、あたしの座るこの嘘は、人からどんな風に見えるのだろう。一つ息を吸い込めば、悲しいような、寂しいような。ただ言えるのは、なにが悲しく、寂しいのか、判然としないこと。それがいっとう悲しく、寂しかった。
 だから、嘘についたこの両手を、少しずらして滑らせて、ここから転げ落ちたなら、なにかが変わる。そんなふうに、思った。





鵺似、有、塩味。(全13話 主演:村紗水蜜 他:封獣ぬえ、など)
鵺似、有、塩味。1


 

 

 地底の空気は重い。閉塞感で満ちてる。岩肌に生えた苔も気色悪い。影が落ちて、どこもかしこも紺色だ。でも、この空気がなんとなく落ち着くのは、元来の私ってやつに、起因してるんだろうね。

 旧都へと向かう裏道は、片側の端にロープが張られてるだけの断崖で、どうも、不安になる。落ちて死んだやつも少なくないはず。岩肌も、こんなに湿ってるわけだし。当然、裸足で歩けばひたひたって音が鳴るわけだけど、その音を鳴らしてるのは私じゃない。隣を歩く、釣瓶落しだ。

 

 思えば、こうして自由に出歩くってのも新鮮だ。閉じ込められてる間はこうはいかなかった。目の裏側、だだっ広い牢屋と一緒に浮かぶのは一輪と雲山と船。あー、思い出すだけで、胃がムカムカしてくる。だけど、吹き出した間欠泉に乗って地上に出たときの爽快感を思い出せば、忌々しい記憶もそれほど悪くないような気がしてくるから不思議なもんだ。あのときの一輪の顔ったら見ものだったな。聖のところへ行こうなんて、悪い夢から覚めたと思えば、また次の夢を見始めた。寝ても覚めても仏々仏々。どうにも、乗り気になれないね。あんな船は、壊れたまんま、直らなけりゃいいんだ。

 

「ねえ水蜜。わたし最近、考えてるんだけどさ」

 

 キスメの声はいつ聞いても無作為だ。どーせなんも考えちゃいないから、その点、耳にやさしい。

 

「人間が人間を食べていいのってさ、どんなときだと思う?」

 

 決まってる。善良だったって邪悪だったって関係ない。殺したけりゃ殺せばいい。そうでなきゃ、わざわざ地底に戻ってきたりしない。

 

「うーん、どうだろう。難しいな」

 

 しかし心とは難しいもので、どういうわけか、口が動く。恥ずかしいやつだね、私もさ。

 

「やっぱり、あれじゃないかな。皿の上のそれを、人肉だと知らなかったとき」

 

 我ながら腹が立つ。地底に降りてからずっと、こんな調子だ。一輪のせいだ。あいつが、仏々仏々、うわ言みたいに繰り返すから。

 

「えーと、じゃあアレ? 水蜜は人が人を食べるのは、通常許されないことって思ってるわけ?」

「いや、そういうわけでもないよ。ただ、それを話すとちょっと難しい話になるんだけど」

 

 あー、なんだかな。

 

「難しい話? じゃあ、いいや」

 

 なんか、やなかんじ。

 

 

 

 

 

 

 キスメが無作為で助かった。無作為なんてのも上品な言葉かな。単純とか、バカとかのほうが、それっぽい気もする。ときたま眉間に皺作って、なにか睨んでるように見えるけど、その実なんも見ちゃいない。込み入った話になったら面倒がって話をやめる。だからかな。キスメが友達多いのって。なんていうか、一緒にいると安心するから。

 

「わたしはご飯食べてくるけど、水蜜はどうするの?」

 

 気づけば旧都の目抜き通りだ。相変わらずに汚い。入口付近は特に。ザ・貧困層のメッカって感じ。老いも若いも正体不明の惣菜を求めて、うようよとしてる。

 

「あー、私はちょっと」

 

 しかしすでに慣れ親しんだ汚さだ。何がどうあっても、あんな牢獄より酷い場所はない。でも、目的地はここじゃない。

 

「わかった! 水蜜ってば、またあの男のとこに行くんでしょ! もう、どこがいいのさ、あんなのの!」

「いやぁ、ははは。みんな言ってるじゃん。いいやつだって」

「えー。たしかに、みんないい人だって言ってるけどさー。でも、ヒトだよ? せっかく地底に落ちてきた人間は殺していいことになってるのにさ。水蜜さえいいって言ってくれれば、わたし、いますぐにでも頭かちわりに行くのに」

 

 地底に落とされるような人間がいいやつなわけがない。折り目正しい好青年? 姿勢も正しく顔も良いとくれば、色情狂に違いないね。即席の恋をするにはぴったりだ。抱かれて抱いて暴いて殺す。想像するだけで溺れ死にそうになる。キスメになんか渡してたまるか。

 

「悪い癖だな、誰彼構わず殺そうとするの」

「水蜜だっていちおー妖怪でしょー? ないの? 誰でもいいから殺したい、って思うこと」

「ないわけじゃないけどさ」

「もう! いいよわかった。じゃあ殺してもいいよって思ったら、すぐに言ってよね」

 

 約束だよ、なんて付け加えて、キスメはひたひた走っていった。友達多いし、待ち合わせでもあったのだろう。さて、私はどうしたものか。

 

 

 旧都の路地は黴臭い。お誂え向きに湿ってる。道を縁取る旧びた木板も、ところどころに水の張った地面も、ぬらぬらと照っている。男の住居はそんな入り組んだ路地にあった。

 

「左くん、いる?」

 

 ノックをして呼びかければ応答があり、二、三分経って慌ただしく戸が開く。とすれば紋切り型の、醜悪な美辞麗句だ。お次に私のおててに手をかける。気持ちが悪いので気付かないふりでやんわりと拒んで、路地を抜ける。そうすればまた、目抜き通りだ。

 

「焼き魚がいいな」

 

 男の質問に答えながら通りを歩く。飯代はそれ目的と思われないよう、奢らせたり、奢らせなかったりだ。もっとも私は金なんて持っちゃいないから、よくキスメに借りる羽目になる。あいつも、どこからせしめたか、幾分金を持っていた。金といえば怪訝なのは男だ。人間のくせに、随分と持ってやがる。どうせ遊郭あたりのバカな女からせしめた金なんだろうけど、それにしたって随分だ。思えば、家にしたってそうだな。人間があんな立派な家に住めるのだろうか。ああ、それも、バカな女の家かもしれない。家に誘われるときと、誘われないときがあるから、なるほどそういうわけだったか。

 

 そういや、誘われないときは手すら繋ごうとしない。逆に繋いだ日は絶対誘われた。ああ、なんて露骨なんだろう。同意のサインってわけだ。道理で、手を繋いだ日に家に行けばやけに積極的だった。でもダメだな。焦れて襲ってくるぐらいじゃないと。そうして初めて本性を暴けるんだ。そのときに下手くそ、とか、馬鹿な顔、とかなんとか言って、そのあと優しく抱いて、溺れさせる。なにもわからなさそうに脈打って、死んでいくってわけ。自分で言うのもなんだけど、こんなに美しい殺し方ってのもなかなかない。娯楽の頂点みたいなたのしみだと思う。いやあ、やっぱり、楽しみだなぁ!

 

 水を差すように男が口を開く。入る店を見つけたらしい。曰く、ここは美味しいんだよ。どうして男ってのは見栄を張ろうとするのか。男はきっと、入ったこともない店を美味しいと宣った。間抜けだよね、ここは以前、キスメと入ったんだ。腰が抜けるほど不味かった。なんだか米が妙に不味い。おかずはそれなりにいけるんだけど。それにしても、ああ、見ものだな。食ったらこいつ、どんな顔するのかな。

 

 あれおかしいな。意外と美味そうにしてやがる。焼き魚定食は最低だ、食べれば必ず顔にでる不味さだ。なのに、パクパクパクパク、随分と流暢に食べる。私の口から、ほとんど初めて、興味本位の質問が飛び出せば、即座に後悔した。曰く、母親の味に似てるとかなんとか。口元を綻ばせたりなんかして、嘘をついてる様子はない。聞かなきゃよかったと、そう思う。今にも、自分のこさえたまだるっこしい手順を飛ばして、こいつを殺してやりたくなった。

 

 あー。私は人が飯を食べてるところを見るのが嫌いだ。パクパクパクパク、不味い飯頬張りやがって。なんていうんだろう、人が生きようとする醜い意志、三大欲求? 結局は、性交渉と変わらない。こいつは性欲を解消するのとおんなじに飯を食らってる。人間なんて米と汁、少しの野菜で露命を繋ぐように生きてりゃいい。それ以上は欲深い。ましてや大盛りなんて! あーやっぱり、私はいますぐにでも、こいつを殺してやりたいのだ。

 

 

 半ば強引に殺意を回復させているうちに皿は空いて、会計の段となった。苛立ちの募るやり取りを交わし折半で店を出れば、通りを行き交う往来がぐちゃぐちゃとする。

 ふと、考える。こんなにたくさん人がいるなら、一人ぐらい居なくなったってバレやしないだろう。考えてるうちに、行き交う往来に、こちらを見つめる視線に気づいた。一つは笑顔で手を振るキスメのものに違いないが、もう一つある。知らないやつだった。妖怪だ。奇妙な羽を持っている。キスメと違って、そいつの笑顔は笑顔というより薄ら笑み、含意って額縁にぴったりとはまる薄ら笑みだ。妙に、不愉快だった。

 

 誰だろ、あいつ。

 

 不快な視線の主に睨み返していると、男が口を開く。よかったら家に来ない? 行くわけがない。即座に拒否し、半ば追い返すように男と別れた。キスメたちはどうやら歩きだしてしまったらしい。でも、まだ遠くには言っていないはず。奇妙な羽、気色の悪い笑みが気になって、気づけば早足で往来を縫った。

 

 

 通りの人混みをかき分けれて進めば、背中はすぐに見えてきた。二人の話し声が聞こえてくる。

 

「そうだ、ぬえ。わたし最近、考えてることがあってさ」

「へー。考え事なんて、珍しいじゃん」

「えー。そんなことないよ。まぁ、それでね。人間が人間を食べていいのって、どんなときかなー、って」

 

 ぬえ、ってのか。何か腥い口調だ。褒め言葉に変換すれば軽妙ってところかな。でもやっぱり、いかがわしさが濃い。

 

「そりゃ、やっぱりアレでしょ。皿の上に載せられたそれを、人肉だと知らなかったとき」

「え、うそ! ……じゃあさ、じゃあさ。ぬえは人が人を食べることは、通常許されないことだ、って思ってるんだ?」

 

 ぬえ、ぬえ、鵺。知ってるぞ。

 頭は猿似、欲妊み。誰でも襲える便利な手足、虎に似て。中途半端に化ける胴、おまけ程度に尾を蛇似。結局あんたは何組か。正体不明の化物也。其れ即ち、鵺っちゅう妖怪。

 なるほどね。やつはなかなかどうして、鵺そのものだ。

 

「いや、そういうわけじゃないけど。ただその話をすると、ちょっと難しく――」

「あはは! すごい! ぬえってば、水蜜と一緒のこと言ってる!」

「え? ああ。じゃあそいつはきっと」

「あ、水蜜!」

 ああちくしょう。キスメめ、いいところで気が付きやがった。

「今ちょうどね、水蜜のはなしをしてたんだよ。ね、ぬえ」

「あー……あんたさっきの……」

 

 怪訝そうな面持ちは一寸と持続しない。やつはすぐに合点がいった様子で目を細める。口元も緩んで目も細めば、全身舐め回されてるような心持ちになる。口内、正体不明の化け物味がした。

 

「水蜜っていったよね? ねえ、水蜜。あたしたち、なかなか気が合いそうじゃん」

 

 うう、きもちわる。なんだろ。

 

「そうかな」

 

 

 あー、わかった。こいつ、敵。

 

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