ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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ろくろ首の夏、飛蚊症の夏。9

 蝉の鳴き声が殊更その勢いを落とした頃、日中、私は少女の勧めで縁日に来ていた。

 最近、食堂での業務になかなか身が入らない私を見かねた少女が、今日の縁日の存在を教えてくれたというわけである。

 しかし少女は私に、縁日に行って見てはどうだろう、と言ったのちにわ私がいまいち身が入らないのは夏バテが原因なのではないか、と私の体調を憂慮している様子だった。婆さんはそんな私と少女のやり取りを聞きつけて、少女と一緒になって、

「また体調崩されたんじゃ、困るよ、全く」

 なんてボヤいていた。

 そのやり取りの中で、少女は縁日に行かないのか、と尋ねてみると、意外にも意外な答えが返って来たので驚いた。

 少女は私の問いに何か不敵な笑みを浮かべて、

「ふふん。私はね、なんとカゲロウさんと縁日をまわることになったの」

 と言ってのけたのだった。加えて、だからおせきちゃんとは一緒にまわれないや、ごめんね、なんて同情までされてしまった。

 

 私はその日の夜に、これはどういうことか、と影狼を問い詰めた。なんでも、里で見つかってしつこく付きまとわれた、という話だった。普段〝妖怪〟という言葉そのものに尊厳めいた感情を抱いては人間をこき下ろしてばかりいる影狼が少女の猛攻撃にたじたじになっている様を想像すると、私はそんな影狼に〝らしさ〟を感じずにはいられなかった。

 ちなみに、その際例のサングラスはかけていたのか、と尋ねると、影狼は然として、かけていた、と答えた。

 そんなわけで、私は白昼の中、一人寂しく縁日をまわっているわけなのである。

 

 縁日は人で賑わっていたが、あの〝虫取り〟以来、どうにも体が重たい私は、いまひとつ縁日を楽しめないままでいた。

 もしかすると、少女と影狼も今の時分に縁日に来ているかもしれなかったが、私はそれを探すでもなく歩き続けた。射的、型抜き、輪投げ、くじ引きと、様々な出店が立ち並んでいたが、私の食指が動くことはなく。

 傍ら、河童が何やら子供向けの新製品の展示販売をしていたが、どうやら展示品が電池切れを起こしたらしく、子供達からブーイングを受けていた。それを横目に通り過ぎると、金魚掬いの出店が私の目を引いた。大きな水槽の中でたくさんの金魚が泳ぐ様は、俄かに私の心を動かした。

 

 綺麗だな。

 

 そんな言葉を浮かべた途端、私の頭に例の蝉の死骸が点滅した。

 夏が終わるまでにすくわれなかった金魚達は、夏が終わればどこへ行ってしまうのだろう。そんな考えが私の中で鎌首をもたげた。私は途端に陰鬱とした気持ちになり、踵を返して家路を辿るのだった。

 屋台の連なりを抜ける前、戯れにアクリルで宝石を模したおもちゃなどを救ってみたが、私の気分が晴れることはなかった。少女曰く、夏の終わりにもう一度縁日があるという話だが、それに私が赴くことはないだろう。

 

 その日、家に帰っていつものように買い置きの酒を呷り、夜には眠りに就いた。

 夜中に目を覚ますと、布団の中から〝体〟が消えていた。

 以前、夜中に私が目を覚ますと、いつもなら私を抱きしめて眠っている筈の体が布団の中におらず、部屋の古びた机でなにやら作業をしていたことがあった。それから、同じようなことが何度もあったので、私は今日もそうなのだろうと考えて、部屋の古びた机に目をやってみたが、どうやら今日はそうではないらしい。トイレにでも行っているのだろうと考え、家の中をそれとなく探してみたが、終ぞ体を見つけることは叶わなかった。

 

 しかし、私はこれを好機と捉えた。というのも、私は黴だらけの敷布団の下にいつも〝ノート〟のような物の感触を感じていたのだ。いつもは体が私を抱きしめている手前、それを公然と確かめることが出来なかった私だが、今ならば或いは。いや、これを確かめるのは今しかない。私はそう考えた。

 布団をどうにか無い腕でめくると、そこには確かにノートがあった。これはもしかすると〝体〟の日記だろうか。悪戯心に胸が踊るのを感じつつ、私はノートを開くのだった。

 

 しかし瞬間、私の心を戦慄に似た不安が襲った。

 開いたページには、大きく『ひみつ』と書かれているのみだったが、私はなにか、私がこのノートを見るのを予見されていたような気がしたのだ。

 

 それでも私は、ノートの続きが見たい気が起こり、ページを捲ってしまったのだった。

 そこで、先の大きな『ひみつ』の文字が、私の覗きを予見してしたためられたものでは無い、ということがわかった。何故ならば、ページをいくら捲れども、ノートにはただひたすらに、同じ文字が綴られていたからである。

 『ひみつ』、『ひミツ』、『ヒみツ』、と、表記のブレはあったが、ノートに書かれているのはどこまでも『ひみつ』の文字だけだった。

 

 私が言い知れぬ不安を感じながら『ひみつ』の文字を眺めていると、不意に上り口の木戸がガタガタと音を立てた。体が帰ってきたのだ。

 私は慌ててノートを元の位置に戻し、敷布団を被せて狸寝入りをした。

 幸い、体は何一つ勘付くこともなく、布団に潜り込んではいつものように私を抱きしめ、私の頭頂部を優しく叩いた。

 

 体の柔らかさは、私をどこか不安にさせた。腕の中で、私の頭には何故か、昼間、縁日で見た金魚が浮かんでいた。金魚達が大きな水槽の中で、その小さな体を揺らしながら泳いでいる。赤いのや、黒く斑の入ったもの、また真っ黒の金魚。

 それらが、私の頭の中を泳ぎ回っていた。そんなとき、不意に外で蝉が鳴いた。瞬間、泳ぎまわる金魚の映像の中、例の蝉の死骸が点滅を始めた。

 そんな想像の傍ら、私はぼんやりと、言葉を浮かべていた。

 




 ああ、夏が終われば、あの金魚達はどこへ行ってしまうのだろう。

 蟻は、蝉を何処に運んでいくのだろう。
 
 体は夜毎、私が眠っている間、何をしているというのだろう。
 
 私の前のやつ。
 私の次のやつ。

 ああ、私は、夏が終われば。

 不安に似た曖昧な柔らかさの中で、思考は金魚のように、いつまでも、すくわれず泳いでいた。
 私にとって二度目の、満月の夜だった。
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