ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
それから、私とわかさぎ姫は麦酒を飲みつつ縁日を彷徨っていた。今日はお酒を飲むつもりはなかったのだが、思いがけずわかさぎ姫が飲みたがったので、結局私はのんでしまっているというわけだ。わかさぎ姫が一口ずつ口を離してはちびちびとやるので、私もそれに合わせた。
そろそろ殆どの屋台をまわってしまっていた私たちは何をやるとも無くウロついていた。祭囃子の笛や太鼓の音が止んでから、人々の数は減るどころか増えてきているように思える。喧騒に耳をすますと、人々は何かを待っている様子で、それが私たちを縁日に留めた理由だった。もちろん、私がこの時間が終わるのをを惜しんだことも、その理由の一つ他ならないが。
「なんだか、騒がしいはずなのに、静かに感じるわね」
「祭囃子が止んだからかな」
「それもあるんでしょうけど、なんでかしら」
わかさぎ姫に言われると、俄然周りが静かに感じられた。そんな静けさは、私に夏の終わりを強く感じさせた。私は、少し寂しくなって。
「なあ、姫」
瞬間、辺りがパッと明るくなって、直後空から爆音が響いた。私もわかさぎ姫も驚いて、思わず空を見上げると、限りなく黒に近い紺色をした夜空を、綺麗な火花が彩っていた。
「わ。花火よばんきちゃん!」
わかさぎ姫はまた無邪気にはしゃいだ。その瞬間、散り散りになっていく火花の横に、一つ大きな火花が咲いた。続けざまに、一つ、また一つ、夜空に火花が咲いていく。爆ぜるたびに、パッと光って、花火に見惚れるわかさぎ姫の顔を照らす。
「綺麗……」
そう呟くわかさぎ姫の傍らで、その時私は、果たして花火を見ていたのか、それとも姫を見ていたのか。判然としないまま、それを見つめていた。
わかさぎ姫が麦酒にちびりと口をつけるので、私も同じようにした。そのように、私と姫はいつまでも、夜に咲く火花を眺め続けた。
「今日はほんとに楽しかった。ばんきちゃん、本当にありがとね」
「うん。こちらこそ」
霧の湖の水面を、青白い月明かりが照らしていた。そこら中に蛍がゆらゆらと飛んでいて、黒々とした水面に映る少し欠けた月は、風に吹かれて揺れていた。
「また、連れていってくれる?」
「もちろん」
体の感覚はもう無い。霧の湖にわかさぎ姫を送り届ける最中に、体の感覚は遠のいて、気がつくと、私の四肢は〝体〟が動かしていた。
「じゃあ、今日はそろそろ帰るとするよ」
私がそう言うと、わかさぎ姫は一寸、寂しそうに俯いて。しかしまたその顔を上げる頃には、わかさぎ姫はいつものように微笑んでいた。
「うん。……じゃあ、ばんきちゃん。ちょっとだけ、こっちに来てくれる?」
体が、湖の岸まで歩いていく。水面から、わかさぎ姫は私の顔を見上げていた。
「少し、耳を貸して欲しいの」
体が徐に私を首から取り外し、わかさぎ姫の顔の前に〝私〟を差し出した。
「あのね」
そう言って、わかさぎ姫は、一瞬、その唇を、私の頬へと押し当てたのだった。
「それじゃあ、またね」
少し照れた表情でそう言い残して、わかさぎ姫は夜の湖に溶けていってしまった。
帰り道、麓の山道にて、歩く体に小脇に抱えられながら、私は今までのことを思い返していた。
初めての満月の晩に響いた、影狼の聞こし召した遠吠えのこと。
食堂で、私に、暇だねぇ、と語りかける少女のこと。
ぶつぶつと、ぼやき続ける婆さんのこと。
影狼の、妙すぎるあのサングラスのこと。
虫取りに行ったのに、二人して虫の触らなかったこと。
わかさぎ姫の、綺麗で可愛い笑顔のこと。
夏の空の青いこと。
夕空の、切ないこと。
水槽の中、泳ぎ続ける金魚のこと。
けたたましい、蝉の声。
そんなことを思い返す最中、私の視界の端に例のミミズが浮かんだが、私はもう、それを追うことはしなかった。
家に着くと、体が私を抱きしめてくれた。体はとても柔らかくて、私はやっぱり泣きそうになった。でも、それ以上に幸せな気持ちだったから、涙がこぼれることはなかった。
「もういいよ。ありがとう」
私が言うと、体は私の頭頂部を、ぽんぽん、と優しく叩いた。
でも最後に、一つ気になったことを体に尋ねてみることにした。
「なあ、もしかして、私とわかさぎ姫は、その……」
そこまで言うと、体は布団の下からノートを取り出して、白紙のページに何やら大きく文字を書いて、私に差し出した。
そのページには大きくて、拙い文字で『ひみつ』と綴られていた。
「そっか、ひみつか。あはは」
「よし。今度こそ、ほんとに、もういいよ。今までありがとな」
体がない首で、ゆっくりと、頷いた気がした。
家に着いたその時には、既に次のやつが椅子に〝すわって〟いて。そんな〝次のやつ〟の前に〝体〟が〝私〟を差し出すと、次のやつの瞼が、ゆっくりと開かれたのだった。
そうだな、まずは――。
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主演:古明地姉妹