ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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山の怪事件(全4話 主演:犬走椛)
山の怪事件 1


 

 

 

 犬走椛は悩んでいた。妖怪の山、その山中にある寮の自室にて、上司に提出するための日報を前に、荒く研がれた鉛筆を構えては、うんうんと唸っている。というのも、三日前に山で起きた事件が、椛の悩みの種だった。

 事件の当日、非番だった椛はその翌日に、部隊の仲間から事件の概要を聞いた。その日の哨戒中にも、同じ事件が起きた。しかし、椛を始めとする白狼天狗達は、眼前の奇怪な事態を前にして、これといった対応を取ることはしなかった。上から「なにもするな」という指示が出ていた為である。部隊の隊長である犬走椛は、もちろんその日起きた事態をありのままに日報に記し提出した。しかし哨戒部隊直属の部署である〝校閲部〟は、椛の提出した日報を突っ返した。

 元来、一種の日和見主義的な穏和さを抱え生きてきた椛は、反発することもなく日報を書き直した。何度かリテイクを繰り返すうちにようやく受理された日報は、嘘こそ書かれていなかったものの、その報告に果たして意義があるのかと問いたくなるようなものと化していた。しかし、それから今日に至るまで、椛は真面目に日報を書いた。そうしてその度、日報は突っ返され、用紙の薄っぺらくなるまでリテイクを強要されるのだった。

 その際に校閲部の上司の放った、

「嫌がらせのつもりか」

 という言葉が、今日の椛を悩ませているのである。

 もちろん、椛は嫌がらせで〝真面目な〟日報を書いていたわけではない。その日起きた事を詳細に記録する、それが哨戒部隊の隊長に課せられた規則だった。今まで、椛はそんな規則を忠実にこなしてやってきた。それで問題はなかったのだ。しかし、今回はどうやら話が違うらしい、嫌がらせだなどと捉えられてしまっては心外だ。そう考えた椛は、日報を〝真面目に〟書くことを放棄しようと、努力をしていたわけなのだが。

 先日、先々日のリテイクの際は校閲部の上司が削るべき箇所をそれとなく教えてくれていたが、今回はそれが出来ない。そうなると、忽ち椛の握る鉛筆は途端に重みを増すのだった。

 椛は穏和で真面目ではあったが、そういった性質の元を辿れば〝荒く研がれた鉛筆〟に繋がった。椛は何より不器用だった。そんな不器用な椛に校閲部を納得させる薄っぺらい用紙をこさえるのは難しく、椛は自力での解決を早々に諦め、隣室の射命丸文の部屋に向かった。

 

「はあ、日報の書き方を教えて欲しい?日報の書き方なら、椛の方がよっぽど詳しいじゃないですか」

 射命丸文の部屋は多量のゴミ袋やらぐちゃぐちゃに丸まった原稿用紙やらで埋め尽くされていた。そんな乱雑な部屋の中、射命丸文は椛の話を自身の発行している〝文々。新聞〟の原稿に筆を走らせながら、若干面倒そうに相槌を打っている。

 文の部屋が荒れているのは大概、文が何かしらのストレスに追いかけられている場合だということを椛は承知していた。そのストレスは大抵、文の眼前に置かれている原稿が要因を担っているということも。何とは無しに文の心情を察していた椛だったが、文の部屋に入ってしまった手前、何も話さず帰るわけにはいかず、連日のリテイク問題について文に助言を求めた。

 話を聞き終えた文は、椛に向き直ることもなく、筆を走らせながら口を開いた。

「ああ、それなら、事件と関連のある出来事を書かなければいいんですよ。お仲間が阿修羅めいた怪物に見えたとか、木々が巨大な骨っこに見えたとか、そういうことを書かなければいいんです。ええ?それじゃあ日報の意味がない?うーん、それはそうなんですけどねぇ。〝検閲部〟のやつらも、今回の件が上にバレるのが怖いんですよ。それに、これを見てください」

 そう言って、文が椛に差し出したのは〝文々。新聞〟だった。新聞の日付は山で事件の起きるより前のものだった。見出しには、

『正体不明の怪事件!今度は人里にて発生』

 とある。てっきり事件は山でのみ起こったものだとばかり考えていた椛は、これはどういうことか、と困惑しながらも文に尋ねた。

「どういうこともなにも、こういうことですよ。これが中々反響がありましてね、よく売れるんです。山の看板としても、収入原としても新聞という媒体は優秀ですからね。校閲部が貴女方哨戒部隊にまで幅を利かせられているのはずばり、こういうわけなんですよ。昼間また里で事が起こりましてね、私はその傾向と対策を記事にしているというわけです。ああ、情けない情けない」

 原稿と対峙している際の文はいつもこんな調子だった。椛は今ひとつ文の返答を解さずにいたが、これはもう仕方がない、と更なる追求は諦めた。椛はとりわけ、人の顔色を見極めるのが得意な性質だった。こういう時の射命丸文にこれ以上何かを聞いても、自分には解せない、同じような返答が返って来ることを知っていたのだ。何より、あまりしつこくすると逆にしつこくされてしまう、椛はそれを避けるべく、文に礼を言い早々に文の自室を去ろうとした。

 そんな椛の思惑とは裏腹に、文が出し抜けに口を開いた。

「ああでも、上から〝なにもするな〟って言われてる以上、何もしない方がいいと思いますよ、私は。椛さんは隊長なんですから、なおさら気をつけないと。何より、白狼天狗程度じゃ太刀打ちできないでしょうからね。ああ、情けない。私もどっかのお嬢さまみたいに、好き勝手できればいいんですけどね」

 文は筆を走らせながら、情けない情けない、といつまでもぼやいていた。

 部屋を去る際、椛はなんとなく文の原稿に書かれた〝見出し〟が目についた。見出しには、

『またまた里で事件発生 傾向分析と対策』

 とあった。

 部屋に戻り、文の助言に沿い日報を仕上げている最中、椛は文の話を思い返していた。確かに、椛は上からの〝なにもするな〟という指示に疑問を抱いていた、しかし、部隊の隊長である自分が指示に逆らい勝手な行動をとっては、部隊の仲間にまでその皺寄せが行くのではないか。椛がそのことに気付いたのは、今さっき文の忠告を受けてからのことだった。それまで椛が哨戒中に〝なにもしなかった〟のは部隊の仲間達の、

「何もしなくていいなら、それでいいじゃないか」

 という半ば投げやりかつ享楽的な雰囲気に流されていた為である。文に言われるまで仲間への皺寄せについて思い至らなかった自分の浅慮を、椛は少しだけ恥じた。その日椛が書き上げた日報はリテイクをくらうこともなく受理され、椛は来たる哨戒任務に備え、早めに床についた。

 

 

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