ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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山の怪事件 2

 明くる日、椛は意気揚々と哨戒に当たった。椛は久しぶりに隊長という立場を利用し、先輩風を吹かせていた。隊長然として、

「何が見えてもなにもすることはないぞ」

 と揚々と語る椛に隊員達は引いていた。元々、椛が隊長というのも、他の隊員が椛の穏和さにつけ込んで押し付けた為だった。白狼天狗達は珍しく面倒な雰囲気を放つ椛をたしなめながらその日の哨戒を終えた。

 この日の日報を書き終えた椛は、寮の食堂にて、今日発刊された〝文々。新聞〟に目を通している。周りでは同じく哨戒を終えた白狼天狗達がやいのやいのと騒ぎ立てている。

「や、連日の任務は楽でいいな」

「酒はもうないのか」

「今日も里で事件があったらしいな」

「山でもあったよ。誰の仕業なのかしら」

「給与が少なすぎるんだよ。校閲部のやつらなんて、何もしてないくせにさ」

 哨戒を終えたあとの食堂はいつもこんな調子だった。椛はそんな中で黙々と新聞を読み進める。見出しは昨夜文の部屋で見た通り、

『またまた里で事件発生 傾向分析と対策』

 というものだった。

『連日里を賑わせている怪事件。見慣れた友人や仕事道具が正体不明の化け物や出所不明の珍奇な物に見えてくる、それがこの事件の大まかな概要である。筆者はこれを一種の集団催眠と考える。さて、ここで重要なのが、催眠にかかり、幻覚が見え始めたときの対処法である。見慣れた友人が化け物に映り、取り乱して礫を投げた結果、その後ちょっとした諍いが起きたという例をよく耳にする。はたまた自宅の家具に齧り付いてしまい歯が欠けた、なんていうのも耳にした。筆者の考えるそれらへの対処はずばり〝なにもしない〟ことである。もし目の前のものが異質な何かに姿を変えたとしても、落ち着いて、なにもしなければなんということはない。数刻経てばその催眠からは覚めることだろう』

 新聞には凡そこんな事が書き連ねられていた。椛にとって、事件が山だけではなく里でも連日発生しているという事実は意外だった。しかし、椛にとって最も意外に思えたのは、山で起きた事件については、一切なにも書かれていないということだった。椛は首を傾げながら何度か記事に目を通したが、やはり山の事件については如何なる記述も見つけられなかった。そんな椛を見つけた白狼天狗が聞こし召した調子で椛に絡んだ。

「あー!椛さんが新聞読んでる」

 その白狼天狗はなにが楽しいのか、笑いながら椛を指差した。その声を聞いた他の白狼天狗達も次々に口を開く。

「だめだめ、ダメですよ椛さん。なんか今日もやる気だったみたいですけど、校閲部の指示無視したら、面倒なことになるんですから」

「そうそう。やる気出して犯人捕まえようとしたって、あんなのどうしようもないんですから」

「別段敵意あっての攻撃とも思えませんしね」

「なにもしないことが今の私たちに出来る、出来る限りなんですよ」

「その通り!出来る限り頑張ってれば、いずれ給与も上がりますよ、きっと」

 当然、椛は新聞を読んで〝なにかしよう〟と考えたわけではなかった。しかし酔っ払った部隊の仲間達は、愚痴っぽく絡めれば何だっていいのだろう。白狼天狗達の酔宴は、全員が眠気にやられるまで続いた。椛も仲間達に呑まされ、気付けばそのまま食堂にて眠りに落ちた。

 

 それから数日後、椛はいつも通りに哨戒中の〝幻覚〟をやりすごし、日報を提出しようと校閲部に向かっていた。校閲部の前まで着くと、扉の向こうから何やら怒号が響いていた。どうやら校閲に引っかかった者がいるようで、その者と校閲部の天狗とが口論になっている様子だった。ああ、不味い時に来てしまった。椛が出直そうと考えた踵を返すと、背後の扉が勢いよく開かれた。振り返ると、そこには姫海棠はたてが憤懣遣る方無いといった具合に立っていた。

「ああ椛じゃない、聞いてた?」

 椛ははたての問いかけに、思わず、いえ、聞いてません。と答えた。椛の返答を聞いたはたては、そ。と短く答え、さっさと歩いていってしまった。ああ、咄嗟に嘘をついてしまったぞ。椛には先の口論の内容が微かながらに聞こえていたのだ。椛の不器用な穏和さが、椛に咄嗟の嘘をつかせた。そして、椛の真面目さが、椛にそれを後悔させた。謝りに行くべきだろうか、考え込んでいると、椛の耳に八つ当たりめいた怒号が響いた。

「犬走、日報を提出しに来たんだろう。早くしないか」

 椛は慌てて、校閲部の扉を潜るのだった。

 

 

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