ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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山の怪事件 4(了)

 それから数日経っても事件が収まることはなかった。哨戒部隊はもはや幻覚に慣れた様子で、仲間内で〝わたし、今日は何に見える?〟などと言い合っていた。椛もそれに参加しないでもなかったが、椛はなんとなく気が引けた様子で、哨戒の最中、いつもぼんやりと遠くを見つめていた。事件の収まることのないまま、とうとう椛に非番の日が回ってきた。休日、椛は大抵友人のところへ遊びに出かける。山で事件さえ起きていなければ今回もそのようにしただろう。しかし、事件を放っぽり出して悠々と遊びに出かけるのは如何なものか、という考えが、椛を小ざっぱりした何もない自室に縛り付けた。

 椛はなんとはなしに、自室を眺める。備え付けの机、備え付けの食卓、備え付けの布団。机の上には支給された筆記用具の類が整然と置かれている。椛が自身で用意したものといえば、シーツと枕くらいなものだった。窓の外を見やり、ふと考える。仕事のこと、哨戒部隊の仲間達のこと、事件のこと。里でも起こる連日の事件の犯人について、椛は心当たりがあった。誰か、というのは分からなかったが、何時に何処に現れて、集団催眠をかけるのか。その手法についてはさっぱり分からなかったが、出現するおおよその時刻と場所は既に持ち前の能力で把握出来ていた。やろうと思えば、先回りして、待ち伏せすることも出来るだろう。

 先日の食堂でのことを思い返す。哨戒部隊の仲間の放った言葉、なにもしないことが、今の私たちの出来る限り。果たして本当にそうなのだろうか。山で事件が起きて、校閲が厳しくなったとしても、あの人たちは、部屋の掃除も忘れて新聞を書いている。椛は再度、自室を見渡してみる。部屋はやはり、小ざっぱりとしていた。椛は悪戯に、机の中をひっくり返してみたり、布団をぐちゃぐちゃにしてみたりして、部屋を散らかした。それでも、部屋は依然として、小ざっぱりとしていたし、退屈から抜け出すこともできなかった。椛は、後ろ髪を引かれる思いもしたが、仕方なく、外に出て気晴らしすることにした。

 

「ええと。じゃあ、3二金打」

 椛は友人である河城にとりの工房にて、にとりと将棋を指していた。にとりから、やろう、と始まった将棋だったが、当のにとりは対局が始まるやいなや機械を弄り始めてしまった。それからはチラチラと盤面に振り返りながら、椛に口頭で手を伝える始末だった。尤も、椛はそれをあまり気にしていない。縁日を二ヶ月後に控えたこの時期、にとりはいつもこんな調子で、発明に熱中することを椛は承知していたのである。そんなにとりの部屋も、やはり用途不明の機械や工具や部品やらでごった返していた。椛はにとりに次の手を尋ねるも、なかなか反応がない。椛は一間置いて、何を造っているのかを訪ねた。機械いじりに熱中している際のにとりは、殊こういった質問を聞き逃さない。

「ああ、これかい?なに、簡単なおもちゃだよ。去年はいろいろとコストが嵩んでね、今年はそれを回収しようと思ってるんだ」

 確かに、にとりの作業机の上には、可愛らしい〝カッパのおもちゃ〟が幾つか並んでいた。

「これはね、音に反応して喋るおもちゃなんだ。なにを喋らせようかはまだ決まってないけどな。なかなか子供に人気が出そうだと思わないか?あはは。まあ、この形に落ち着くまでいろいろと試作してさ、その試作に大分コストをかけちゃったから、首尾よく捌けたとしても、結局とんとんなんだよねぇ。あーあ、これなら〝偽造通貨生産ロボ〟でも造ってたらよかったな」

 椛は相槌打ちつつ、にとりに次の手を尋ねた。

「ああ、ごめんごめん。そうだな……。じゃあ、2一銀打で」

 椛が盤面を睨んでいると、にとりが何か思い出したように口を開いた。

「そういえば聞いたよ。山も大変なんだってな。なんでも、犯人はあの鵺らしいじゃないか。そりゃ、白狼天狗にゃ荷が重いよなぁ」

 椛はにとりの口からするりと飛び出た言葉に驚いた。あれから毎日かかさず山の新聞には目を通していたが、山で事件が起きたことを記事にしてる新聞は存在しなかった。山での事件を知っている哨戒部隊と校閲部、それと一部の天狗ぐらいだらう。どうしてにとりがそれを知っているのか、なにより、椛は〝犯人の鵺〟が気になった。

「え?鵺って言ったらあの、命蓮寺のぬえだよ。ああ、こないだ文が取材に来て、私はその時に聞いたんだ。でも、他の河童達にももう知れ渡ってるみたいだよ。なんでも、里で命蓮寺の連中が封獣ぬえを探し回ってるとかなんとか。それより椛、それ、もう詰みじゃないかな」

 椛はいろいろと慌てながらも盤面を見やった。すると確かに、盤面はにとりが言う通り詰んでいて、それを理解した瞬間、椛はすっと、体が脱力するのを感じたのだった。

 それから暫くの間、椛はにとり部屋に敷きっぱなしにされた布団の上でごろごろしたり、外の景色を眺めたりしていた。にとりの工房には大きな窓が在った。それは縁側に繋がっており、縁側のすぐ先には川が流れていた。そんな川沿いを、緑々とした木々が取り囲む。椛はいつも、大きな窓からそんな景色を眺めては和やかな気持ちになっていた。にとりの工房は用途不明の機械やらに埋め尽くされていたが、椛にはそれが不思議と、周りにある自然と調和を織りなしているように思えるのだった。そうして、椛がぼんやりと景色を眺めている最中も、にとりは黙々と作業を続けている。静かな空間に、カチャカチャと、作業の音だけが浮かんでいた。

 椛は、そんな音を聞いているうちに、にとりに或る事を尋ねたくなった。それはまるっきりなんとなくの思いつきだったが、気付けば椛はにとりに問いかけていた。

「なんで機械を造るのか?うーん、そうだなぁ。まあ、やっぱり河童に生まれたからっていうのもあるけど、一番は、私にこれが出来るから、かな。そりゃもちろん、他のことだってやろうと思えば出来るんだろうけどさ、でも、それを始めちゃうと、今出来ることが出来なくなっちゃうだろ?ああ、うん。時間の問題もあるんだけど、そうじゃなくて。出来なくなっちゃいそう、というかだな。とにかく、それが嫌なんだよ。今出来ることが出来なくなるのは、嫌だな、やっぱり」

「じゃあさ、椛も教えてよ。椛はどうして哨戒やってるのさ」

 ……。

「ふうん、そっか。ま、いいんじゃないか」

 

 

 

 寮に帰ってきた椛は、外へ出る前に散らかした部屋を片付けた。忽ち部屋はより小ざっぱりとして、椛はそれを眺めて満足気に微笑んだ。帰途、里で件のぬえを探す命蓮寺の一行を見かけたことも、椛の満足気な微笑みに助力した。椛が食堂へと赴いた頃には、ちょうど今日の哨戒を終えた哨戒部隊がちらちら帰ってきてる様子で、食堂はいつも通りに騒がしかった。

「おい聞いたかよ。校閲部のやつら、今度は〝犯人を捕まえろ〟なんて言ってさ。何考えてんだか」

「聞いたところによれば犯人ってあの鵺だろう?あんな大妖怪、私達に捕まえられるはずないじゃないか」

「どうせ新聞の売れ行きが怪しくなってきたから、私達にネタ作らせようってんだろ」

「うちの隊長なんか、放っておけばいい物を、なんだか息巻いててさ」

「ああ、うちもうちも。犯人なんか一回も見たことすらないのに、捕まえるぞ!なんて言って」

「結局、下は上の意向に引っ掻き回されるのが世の常なんだなぁ。あーやだやだ」

「まあ、やると決まったからには、出来る限りやるけどさ」

 この日、椛は珍しく自分から酒を飲んだ。帰ってきた椛の部隊の仲間達がそれを見つけると、やいのやいのと一緒になってはしゃいだ。明日の意気込みなどを皆で喚き散らしては歌った。椛も柄に似合わず、アルコールに溺れながらも、明日はやるぞ、やってやるぞ、と息巻いていたが、そのうちみんな眠たくなって、そのまま、食堂で眠った。

 

 その翌々日、

『犯人は封獣ぬえ 哀れ山の哨戒部隊』

 という見出しの新聞が発刊されたが、売れ行きはさほど芳しくなかった。

 しかし、さらに翌日に発刊された、

『里の怪事件これにて終結!お手柄!博麗の巫女』

 という見出しの記事は、それは飛ぶように売れたという話だ。

 

 

 

 




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閑話集、オールキャラ

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