ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
洞窟の外で猫が恋人を取り合っている。吹き込む風は生暖かく、私の足元を舐めていく。
「ダウト」
キスメの住居だ。岩壁には白いロープが張り巡らされて棚代わりの桶が括られている。何から何まで桶だ。テーブルだけは普通かと思いきや、よく見りゃ桶だ。キング桶って感じ。いや、桶キング?
対面睨めば鵺が腰を下ろしてやがる。視線を逃がしゃあでましたキスメ。鵺の一声でテーブルの上、疎らに重ねられたトランプが、すべて私のものとなる。アホか。なにからなにまでキスメの提案だ。せっかくだし三人で遊んでみようよ、だとか、トランプぐらいしかないけど、だとか。なんにせよこれは三人でやるゲームじゃない。互いの手札が判然とする時点でおかしいんだ。私も私で、どうして参加しちゃったんだろ。ばか!
「A。それで、水蜜。さっき一緒に居たあの男だけど。あれ、どうするつもり?」
私のKを暴いた鵺は相変わらず、ニヤニヤ、ニヤニヤと、実に不愉快だ。愉しそうにしやがって。
「2。水蜜はね、あの男と仲良くしてるんだよ。いいやつだからってさ! 変だよね、人間なのに!」
キスメは無作為だ。こういうときに好き勝手喋られるとヒヤヒヤする。こんなつまらない遊びに、私がどうして参加したと思ってるんだ。拒否しないために参加したんだぞ、私は。
「3。それよりこのゲームさ、全然、終わる気配がしないんだけど。ほんとに三人でやる用のゲームなわけ? ほかに、もっとこう、ないもんかな」
「4。まあまあ、おしゃべりの手慰みにはちょうどいいじゃん。なんかさ、トモダチ、って、感じがしてさぁ……で、どうなの、あの男のことは」
なんてわざとらしい口調なんだろう。どうやったらこんないかがわしい喋り方に至ってしまうのか。詐欺師の子なのか? かわいそーなやつ。
「5。まぁ、でも。わたし、水蜜のことちょっとわかるかも。なんかさ、まわりの子たちがいいやつって言ってると、いいやつなんだ! って思ってさ、仲良くしたく、なるよねー。なるなる」
あまりにもな薄っぺらさにキスメの顔を思わず見やれば、キスメのおめめは手札のカードに釘付けとなっていた。ゲームに集中してくれるのは結構だけど、ほんとにアガれると思ってんのか? かわいそーなやつ。
「6。キスメは適当だなぁ。だけど、概ねそんなところだよ。あの人間と付き合うのはさ」
えー。って言葉、この声で聞くのはもう何度目だろうか。キスメのそういうバカっぽい発音を考えるだけで心が凪ぐ。船に乗せりゃ航路も凪ぐかも。さて、概ねなんてのは便利な言葉だが、鵺のやつはどうでるかな。
「7。概ね、なんてまた上手にはぐらかすね。なんだろ、後ろめたいことがあるのかな。だからそんなに、隠したがるって、そういうこと?」
やっぱりやなやつ。他人に自分を決めつけられるってのはどうも不愉快だ。人間に恋する純真なやつなんて思われたくないし、人殺しをやめられない純粋なやつとも思われたくない。特にこのニヤケヅラには、私のこと、なんもわかってほしくない。気持ち悪いもん。
「8。後ろめたいこと? なにそれ、ちょー聞きたい!」
キスメのおめめは手札にくっついたまんまだ。
「あっ! そういえばさぁ! そういう鵺はなんで地底にいるのさ! だって、鵺ってあれでしょ? 大妖怪ってやつでしょ? なんで、そんな大妖怪ともあろう鵺様がさ、地底なんかで私達とトランプなんかしてるわけ? そっちのほうが気になるよ! なぁ、キスメ! ……ああ、9。ごめんごめん」
地底にいる以上なんかあるのはお互い様でしょ。キスメともそんなに深い仲っていうふうにも見えないし、降りてきたのは最近なんだろうけどさ、私よりよっぽど不可解だよね。なぁ、キスメ!
「いやぁ、あたしはほら。気まぐれってやつ? 10。ほらキスメ、あたしもうすぐアガっちゃうよ」
えー、うそくさ。そんなんでいいのかな。私にはあんだけしつこく詮索しといてさ。なんだろ、こっちの反応を伺ってるんだろうな。納得した顔しといてやるか、ふむふむ、って具合に、頷いたりなんかして。キスメはどうでるかな、追求してくれたら面白いんだけど、そうはいかないかな。
「ふふーん、ぬえはあと二枚でしょ? J! 残念でしたー! わたし、あと一枚だもんねー!」
楽しそうでなによりだ。どうしようかな。ちょっと露骨な気もするけど、いいや。確認の一手といこう。
「Q。気まぐれねえ。じゃあ普段は地上なんかにも出るんだ? 私さ、こないだ一瞬地上にでてみたんだけど、すごいね。あの、湖のそばの、青い館はさ。あんなに目立つ建物、はじめてみたよ」
あーちょっと。露骨すぎたな、やっぱり。目立つ建物、の部分が殊にまずかった。含意ありありって感じで、失敗したな、どうも。でも、これに対する返答で、鵺がどんなやつか、ってのが、だいたい掴めるはずだ。やっぱ、鵺だから、尻尾は蛇なのかな。ひー、おそろし。
「あー……。あれはたしかに、目立つな、目立つ。……K」
あれ、意外。適当に誤魔化しゃいいものを、こんな素直に応えるなんて。とりあえず二つだ。一つ、鵺は地上にあんまり出ない。一つ、他人に、地上に出てると思わせたい。やっぱ、尻尾は蛇だね。結論、正体不明を気取りたいだけの、なにもかもが中途半端な妖怪。決まり。
「A!あがりー!」
鵺の舌打ちが忌々しげで、心が踊る。タイミングを見計らおう。あー、今だ。
「ダウト」
「……ダウト」
ばっちり決まった。私の手元にAが三枚、もう一枚は鵺が持ってる。キスメのAは必然アウト。ゲームはさておき、なかなかに愉快だ。
「ふぁいなるあんさー?」
あら地底住まいの桶妖怪にしては難しい言葉知っておりますな。感心しちゃうね、ふっふーんなんて指振っちゃって。カード捲れば恥かくぞ、ほらいまに。
「あ?」
「あれっ」
鵺と声が重なっちゃった。はずかし。いやでも、どういうことだろ。
「残念でしたー! わたしは嘘なんかつかないよーだ!」
テーブルの上、捲られたカードはAだ。
「ダウトはね、こっからが楽しいんだよ! 二人になると全然終わんなくてさ、ザ・泥仕合って感じで!」
おかしい。ほんと、どういうこと? まず、私がAを四枚持ってて、一回全部鵺に渡って、それから三枚戻ってきたから、私に三、鵺に一、で合計四枚。キスメのAに対してダウトを発音したってことは、鵺の手元には確実に一枚あるはずだ。私が間違って切っちゃったかな。いや、ある。三枚ある。じゃあ、キスメのAが間違っているのでは? うーん、何度見てもAだ、そりゃ、見間違えるはずがない。とすれば、私の目がおかしいのかな。でも、鵺も驚いてるから、やっぱりAで、間違いない。
「ちぇっ、もういいよ。二人でやったってしょーもないじゃん」
鵺が顔の横でパッと手を広げた。はらはら、はらはら、手札が落ちる。
「あーっ! ぬえ、カードバラまかないでよー!」
キスメがせっせとカードを拾う。鵺がばらまいた二枚のカード、中には間違いなくAの姿があった。とするとやっぱり、キスメのAはありえない。えー、不思議。不可思議。不可解だなあ!
「ぬえってば大人気ないんだから! まったく! 水蜜も見てないで、なんか言ってよー!」
「あ、ああ、ごめんごめん。こら! ダメだぞ!」
鵺は無視をする。頬杖をついて、なにやら、考え込んでいる。
「……あれぇ? なに、水蜜。ニヤニヤしちゃって。わたしに負けて、そんなにうれしい?」
「……いや、そういうわけじゃあ」
「……」
「じゃあなにが楽しくて笑ってるのさ!」
「別に、笑ってないったら」
「……」
「笑ってるじゃん笑ってるー!」
「うるさいな、はやくカード拾わないと、汚れちゃうぞ」
「……」
鵺を除いて、私とキスメはえらく騒がしかった。キスメが喚けば喚くほど、鵺の沈黙は際立った。なに、考えてんだろ。鵺の表情は真剣そのものだ。なんだろ、拗ねてるようにも見えなくない。なんにせよ、まあ。いいだろう。今日のところは、こんなもんだ。