ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
†神意† 1 曇りのち雨
煙草の煙がそのまま雲になったような空の下、古明地こいしは神を探していた。
探している、といっても、彼女は人里の往来を行く人々の中に彼女にとって神らしき人物を見つけ「あなたかみさま?」と声をかける程度なものだった。彼女が声をかけた人物の中には妖怪もいれば非人間的人間も在った。しかし、彼らは古明地こいしの問いかけに「はい、私は神です」と答えることはしなかった。
彼女の問いかけは問いかけられた側からすれば素っ頓狂で、ちんぷんかんぷんなものに聞こえた。よもや古明地こいしが本当に、この世の凡ゆる因果に説明をつけてくれる神を探しているとは露とも思わなかった。当然といえば当然だが、彼らの返答は古明地こいしを打ちのめした。
――ああ、つまんないの。
古明地こいしが人里を離れ、森の入り口周辺をふらつき始めたころ、ぽつぽつと雨が降ってきた。降り始めの雨は透明で、腕や顔に冷たく小さな感触が当たらなければ気付くことも出来ないほどだった。しかし、乾燥した土や草木に雨が染み込み、それまで忘れられていたものを思い出すかのように自然の香りを醸し始める。
古明地こいしは退屈と共に降り出した雨に、噎せるような雨の匂いに、やはり神の存在を感じずにはいられなくなった。
どこかに神はいないものか。
辺りに目を配ると、茂みがガサガサと音を立て揺れ動いているのを見つけた。目を凝らすと、茂みをかき分けて道へ出ようとする者が在った。
――もしかして、かみさまかも!
古明地こいしは胸を高鳴らせて、その者が茂みから出てくるのを待った。
一寸の間、茂みはガサガサと音を立てて古明地こいしの心を急かした。
そうしてその者は茂みをかき分け、いよいよもって古明地こいしの前に姿を現した。古明地こいしは直ぐに駆け寄って、問いかける。
「ねえ、あなたかみさま?」
その者は古明地こいしの問いかけに一瞬キョトンとした表情を見せたが、直後自嘲めいた息を一つ吐いてこう言った。
「まあ、神様といえば、神様だけど」
古明地こいしは目を輝かせた。
「ほんと! じゃあ、あなたが全部を決めてるの? この雨も、あなたが降らせたんだ!」
古明地こいしと向かい合う者――依神紫苑はまた一つ自嘲めいた息を溢して答えた。
「ええ、そうね。そういうことに、なるのでしょうね」
もちろん、そういうことにはならない。一介の貧乏神風情に決定付けられる事象などは殆どない。ましてや天候を操るなど、依神紫苑にはもちろん不可能だった。
「ねえ、じゃあかみさまのいろんなお話聞かせてよ。どこか、雨宿りできるところまで歩いてさ。あ、雨は止めなくていいよ。だってかみさま、必要だから雨を降らせたんでしょう? ほら、早く行こうよ。それで、いっぱいお話聞かせてもらうんだ」
「……ええ。私なんかの話でよければ、いくらでも」
依神紫苑。
彼女はこの数日何も口にしていなかった。空腹のせいで睡眠もままならなかった。飢餓状態に伴うフィロソフィー・ハイが、彼女に一種の万能感、或いは錯覚を与えていた。
――万物に与えられる幸、不幸の因果は、ともすれば私に在るのかもしれない。
依神紫苑は空腹と目眩と出所不明の昂揚をもって、古明地こいしの後に続いた。
やおら勢いを増す雨すらも、古明地こいしにとっては賛美の伴奏のように聞こえていた。
――ああ、なんて楽しみなのかしら! まさか、かみさまのお話が聞けるなんて!
古明地こいしはワクワクして、後ろをひたひたと歩くかみさまの語るおはなしを想像しながら、歩きはじめた。