ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
射命丸文が宴会を企画した。今年はもう春になるが、去年の忘年会からそれらしい宴会は一つもなく、皆も何となくソレを待っていた。射命丸文が企画したのは花見だった。しかし、山のお偉方や知人止まりの同僚達と宴会の際まで顔を合わせたくなかった射命丸文は、知る人ぞ知る花見のスポットを用意し、内々だけの宴会にする、予定だった。
妖怪の山からも人里からも離れた侘しい広場にて、それなりに実った桜の葉の下、ブルーシートの上に集まったのは射命丸文を除き四人。
犬走椛。姫海棠はたて。河城にとり。星熊勇儀。
そのうちの三名は急性アルコール中毒で既に事切れていた。ブルーシートの上、はたまた地面の上に横たわる友人の無残な姿を、射命丸文は尋常ではない嘔気と共に見つめていた。
ああ、どうしてこんなことに。
考えるまでもなく、星熊勇儀の仕業ではあったが、射命丸文はもっと根本的な事柄に対し悔恨の念を送っていた。
なぜ、今日に限って鬼に見つかるのか。
射命丸文は神を呪っていた。
それなりの場所に、それなりの風が吹いて、それなりの桜吹雪が舞う。今の射命丸文には、そんなそれなりの綺麗な光景すらも、神が与えたもうた皮肉のような嫌味のように映った。
皮肉といえば射命丸文の胸ポケットだった。彼女の胸ポケットには鬼さえコロリと眠らせる睡眠薬が在った。それは、射命丸文が家を出る際、本当に戯れに胸ポケットに忍ばせた代物だった。
誰かにこっそり飲ませれば、なにかひと笑い取れるのではないか。
河童と天狗二匹が吐瀉物に塗れ転がるこの惨状は、自分が抱いた邪な感情に対する罰のようにも思えた。何より文は、その睡眠薬を星熊勇儀の盃に盛ってやろうと、何度も考えた。かつて鬼が山にいた頃、射命丸文は星熊勇儀と殆ど面識がなく、今日が久々の再会だった。射命丸文は考えたのだ。
――どうせ名前も顔も覚えていないだろうから、ここで薬を盛ったとしても、後腐れはないのではなかろうか。
しかし、射命丸文には確証が無かった。星熊勇儀が自分達のことを完全に忘れている、その確証が。
星熊勇儀が花見に乱入してからというもの、射命丸文は何度も確認を試みた。
――いやぁそれにしても、お久しぶりですねぇ。私達のこと、覚えていますか? あはは。
あー? 別にいいだろ、そんなこと。どうだって。それより呑もうじゃないか、さあほら、注いでもらおうか。
あはは。それもそうですよね、注がせていただきます。あははは――。
射命丸文の試みは悉く失敗に終わった。切り札の睡眠薬は射命丸文の胸ポケットに眠ったまま、一人、また一人と吐瀉物に沈んでいった。
比較的酒の強い文は自分の体質と、友人達の酒の弱さを呪った。
「なんだよやつら、酔いつぶれちまって。河童はともかくとして、あの二匹は天狗だろう? 情けないったらないね、まったく」
「いやぁ、仰る通りで、あはは……」
「しかし。お前はなかなか見込みがあるな。いい飲みっぷりじゃないか。気に入ったよ」
「そ、そうですかねぇ。恐縮です……」
「そうだ。今度はサシでやろうじゃないか。なあ……」
「え、そりゃあもう。勇儀さんが仰るならば、喜んで……どうされましたか?」
「……いや、実のところ、お前の名前を思い出せなくてな。……というか、天狗共が呑んでる、と思って参加させてもらっただけで、ほんとは顔も覚えてなかったんだよ、今日は。黙ってて悪かった、すまない。だから、ちょっと、名前を教えてもらえないか? 酒席で会った奴の事は大概忘れてしまうんだが、お前、ペン持ってるだろ? 名前書いて、渡してくれ。そうすれば忘れずに済むから」
「ええ、喜んで!」
射命丸文はやはり神を呪った。神はどうして、自分にこれほど残酷な選択を強いるのか。彼女は吐瀉物の海に転がる友人達を眺めて考えた。
そうしていると、ひらひらと舞う桜の一枚が、姫海棠はたての顔の上に落ちた。
「どうぞ。私、こういうものです」
「んん? 〝かかしねんぽう ひめかいどうはたて〟か。わかった、ありがとう。じゃあ、 はたて、桜の散らないうちに山に行って、お前を尋ねるとするよ。ああ、楽しみだなあ。よおし酒を注いでくれ、今日は呑むぞぉ」
「ははあ、仰せのままに!」
射命丸文は星熊勇儀の盃に、目にも留まらぬ早業で睡眠薬を盛った。盃に一口でも口をつければ、鬼だろうと何だろうと忽ちコロリだ。ああ、やっと解放される! 文は昂ぶる気持ちを堪えつつ、星熊勇儀に盃を返した。
「ああ、ありがとう。……んん? なんか、変な味が……。あ、ああ眠い! お前、盃になにか盛ったな……! くそ、鬼を嵌めたな……! 姫海棠はたて、名前は覚えたぞ……覚えておけ……ぐう」
射命丸文は席を立ち、家路につくことにした。
帰りしな振り向くと、犬走椛、姫海棠はたて、河城にとり、星熊勇儀が、ブルーシートの上、ぐちゃぐちゃに重なり合って眠っていた。その光景は、まさに宴会そのものだった。みな、楽しく呑み、酔いつぶれ、なにも考えず幸せそうな顔で眠る。舞い散る桜の花びらが、そんな架空の宴会の後を縁取っていた。
射命丸文は悲しくなって、泣きながら家路を辿ったのだった。