ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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†神意† 4 教師として

 上白沢慧音は寺子屋での業務を終え、帰宅の為資料を纏め、残っている子供がいないか、教室以外にも幾つかある事務室や用具入れ等を確認して回っていた。

 ――しかし今日は我ながら、なかなか良い授業をしてしまったな。

 慧音は上機嫌に、童謡なぞを口ずさみながら、寺子屋をチェックして回る。

 今日、慧音は教え子達の中でもとりわけ幼い子供達に対して道徳の授業を行った。幾つかの童話等を読み聞かせたり、感想の浮かんだものに手を挙げさせたりしたが、中でも反応が良かったのが〝金の斧〟という寓話だった。木こりが泉に斧を落とすと、ヘルメスという神が現れ、あなたが落としたのは、という質問をし、正直に答えた木こりの正直さが報われる、というその寓話は、子供達に正直であることの美徳を伝えてくれたように慧音は感じた。

 ――みんな、良い子に育ってくれるに違いない。

 ここ最近天狗の新聞で、貧困から窃盗などの非行に走る子供達が取り沙汰されていたが、慧音は今日の自分の授業が、子供達を非行から遠ざけた、と、そこまで大げさではないが、良い影響を与えたことには違いないと確信していた。

「教師冥利に尽きるとはこのことだな……と、ん?」

 上機嫌が余って独り言を口走らせながら教室のチェックをしていた慧音だったが、教室の机の上に幾つかの〝忘れ物〟を発見した。

「なんだ忘れ物か。……筆箱と……筆箱と……筆箱だ。全部筆箱だ。まったく、弱ったな」

 筆箱を忘れたことに気付いた子供が戻ってくるかもしれない。慧音は教室で、そんな子供達をしばらく待つことにした。

 ……。

「なんだ、この筆箱は、なになに〝象が踏んでもこわれない〟……おお、高そうだな。どれちょっと、踏んでみようかな」

「こっちはどうだろう、うーん……。まあ、割合ふつうの筆箱だな。うん、ふつうだ。ふつーすぎて、特になにもいうことがない」

「最後のは……おお、ぼろっちいなあ。もう、もはやただの布だもの。ああ、こういうの見てると、ちょっと心が痛くなるな。いやいや教師として、子供達は平等に見なければいけないな、うん。いや、にしても、ぼろっちいな」

 待っている間の暇つぶしに、慧音は忘れ物の筆箱三つを観察していた。しかし一つ、問題があった。

 

「それにしても、誰が誰の筆箱なのか、さっぱりわからないぞ」

 

 慧音が腕を組みそんなことを呟くと、不意に、教室の扉がガタガタと音を立て、開いた。

「先生ごめんなさい、わすれものをしちゃって」

 継ぎ接ぎだらけの衣服を着た、背の低い、痩せた少年だった。

「あ、ああ、入ってこい。ちょうど忘れ物を見つけてな。待っていたところだよ」

 慧音が言うと、少年は、よかった、見つかった、と喜びながら、少し駆け足になって、筆箱三つが並べられた教卓まで近付いた。

「まったくダメじゃないか。忘れ物なんてしちゃあ、物は大事にしないとな。……ああ、でも。先生はどの筆箱がお前のかわからないんだ。嘘ついて他のやつの筆箱を持っていったらダメだぞ。これと、これと、これ。さあ、お前の筆箱はどれだ?」

 慧音は教卓に並べられた筆箱、高そうなのと、ふつうなのと、ぼろっちいのを順番に指差して、少年に尋ねた。すると、少年はどこか悲しげに押し黙ってしまった。

「どうした? ……もしかして、この中に無いのか?」

 

「……ううん」

 

「あるんだろ? じゃあほら、どれがお前の筆箱なんだ? 先生お前に筆箱渡したら今日は帰るからさ、ほら、早く先生を帰らせてくれよ。なんてな、ははは」

 

「……じゃあ、これ」

 そう言って少年が指差したのは、高そうなのとふつうなのの間に挟まれた、一番ぼろっちい筆箱だった。

 ――しまった! 配慮に欠けていた!

 慧音は後悔した。しかし、極力教師然と堂々とした笑顔を崩さずに、ぼろっちい筆箱に手を伸ばし、それを少年に渡した。

「おお、よかったじゃないか。見つかって。いや、なかなか大事に使ってるみたいじゃないか、その筆箱。もう、忘れたりしたらダメだぞ。物は大事に、な!」

 

「……。」

 

 受け取った筆箱を胸あたりに両手で抱えた少年が、じっと、慧音を見つめる。

 まさか。

 慧音の頭に過ったのは今日の授業、その最中に聞かせた寓話〝金の斧〟他ならなかった。

 「いや、渡すことはできないぞ。これらは他のやつのものだからな」なんて言葉が慧音の喉元まで込み上げたが、慧音はすんでのところでそれを堪えた。

 ――この子にそんなつもりがなかったら、私はどうするつもりなんだ!

 

「……。」

 

 しかし、少年は尚も慧音を見つめ続ける。

 ――ああ、やっぱり欲しいのかな、正直さに対する報酬が! どうしよう、いや、私はヘルメスじゃない。高そうな筆箱は金の斧じゃないし、フツーの筆箱だって銀の斧なんかじゃ断じてない。ただ、この子の身なりといい筆箱といい……この子からすればこれらの筆箱は、金の斧、また銀の斧に、見えるのかもしれない……ああ! 私は何を考えているんだ! 教師たるもの、教師たるもの……。

 

「なあ「先生」」

 慧音の言葉を、少年が遮った。

 

「先生、僕、先生の考えてることわかるよ。おはなしはおはなしであって、現実とは違うってことでしょ? いいんだ、僕。この筆箱、お母さんに作ってもらって、とっても大事にしてるんだもん。だからね、先生は気にしないで。金の斧も銀の斧も、僕は全然欲しくないから。ちっとも欲しくないんだから」

 少年はそう言って、すたすたと教室を去っていった。

 教室に残された慧音は、教育というものの難しさを、一人、噛み締めていた。

 

 

 

 

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