ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
座りっぱなしで痛む関節が、咲夜と妖夢に過ぎた時間の長さを教えていた。
――だからさー! ばんきちゃんはそういうところが――あの時にしたって――首がまわらないのはあんたのぐうたらが――だいたい人里で働いてる時点で――。
「……。」
「……。」
…………。
咲夜と妖夢は、特に何か取り決めを行ったわけではないが、二人とも無意識のうちに、同じ事柄に集中していた。
――夏に二人で虫取りにいったときだって!――付き合いが悪いのよ付き合いがー!――。
交わされている、というにはあまりにも一方的すぎる〝ばんきちゃん〟への不満打ち明け大会に、二人は耳を澄ましていた。二人は隣のテーブルに座る妖怪二匹とも、二匹の語る〝ばんきちゃん〟とも面識はなかったが、もはや二匹の人柄も、この場に存在しない〝ばんきちゃん〟の人柄すらも、概ね把握してしまっていた。
初めは二人とも、狼の妖怪の余りある声量で発せられるソレを聞いていないふりをしていた。従者としての振る舞いが染み付いているということもあったが、何より人として、二人は聞き耳を立てるという行為に良いイメージは抱いていなかった。そして互いが互いに、聞き耳を立てていることを勘付かれたくなかった。
「……。」
「……。」
…………。
しかし、二人には話題がなかった。鈴仙を待ち兼ねて注文した食事も摂り終えてしまった二人の間に残ったのは、筒抜けの、赤裸々な、隣のテーブルから響く声のみだった。
――絶対家に居るはずなのにノックを無視したりして!――来ないって言ってたのに急に行くって言ったり!――自由すぎるのよ、行動が!――。
そんな声に、初めに反応を示したのは咲夜だった。隣席の〝かげろうちゃん〟と呼ばれるその妖怪の話は概ね〝ばんきちゃん〟への不満に終始していたが、当の本人である〝かげろうちゃん〟の行動も、疑問点が多かった。
――でも、影狼ちゃんも深夜三時にいきなり尋ねるなんて――。
〝かげろうちゃん〟から〝姫〟と呼ばれるその妖怪は割合〝ばんきちゃん〟擁護派だった。咲夜も初めは〝かげろうちゃん〟の語る〝ばんきちゃん〟のマイペースさに引いていたが、〝姫〟の合いの手が入るたびに、咲夜は〝かげろうちゃん〟の人格にも難があることに気がつき、とうとう首を傾げるに至ったのだ。
咲夜が腕を組み怪訝そうな面持ちで首を傾げると、妖夢は咲夜に同調するよう、やおら二度頷いた。それから二人は公然と、聞き耳を立てる事が可能となった。聞き耳を立てるのは鈴仙が来ない所為であって、私達のやじ馬根性に由来するものではない。それが、二人にとっての謂わば免罪符、暗黙の了解と為ったのだ。
――まあ、私も悪いところはあるんだけどね。だけどそれでも、ばんきちゃんのアレは異常よ。日常生活をまともに送れてるのが不思議なくらい、マイペースすぎるんだもの。
うーん、本人に悪気がないのが憎めないところよね。
そう! 悪気がないの、一切無い! え、憎めないかしら。私は憎たらしくってしょうがないと思うんだけど。
でも、友達でしょう?
そりゃあ、そうよ。友達よ。でも、友達だから言ってるんじゃない。そんなんじゃ友達失くすわよ、って。
影狼ちゃん、ばんきちゃんと友達やめちゃうの?
……やめないけど! やめないけど、よ! ……ああ、もう。まあ、喋ることも無くなってきたし、ご飯も食べ終わっちゃったし、そろそろ帰りましょっか。
そうね。……ああ、ばんきちゃんも来ればよかったのに。カレー、すっごく美味しかったね、影狼ちゃん。
洋食食べに来てまでカレーってのも、どうかと思ったけど、まあ、美味しかったわね。
カレーは洋食でしょ?
そりゃ、そうなんだけど――。
二匹の妖怪が帰り支度を始めたことを受け、咲夜と妖夢の間には妙な緊張が走った。二人同時に、すっかり冷たくなったホットコーヒーにちびりと口をつける。
「……。」
「……。」
…………。
「……ねぇ、私たちもそろそろ……」
咲夜が口を開いた、その時だった。
――あー! 姫、入り口! 入り口みて! ばんきちゃん、いまさら来た!
ほんと! もう帰ろうとしてたところなのに、いまさら!――。
妖夢は何か得心のいった様子で、また徐に二度頷いた。咲夜も感じたことは同じだった。
――いやーごめんごめん。なんか、来たくなっちゃった。
来たくなっちゃった、じゃないわよ! こちとらもう帰るところだったのよ!
影狼ちゃん、まあまあ。ほら、ばんきちゃんも座って。とりあえずなにか注文したら? 何にする?
いやあ、ごめんごめん。えーっと、洋食でしょ? なんか、肉系のやつがいいなあ。
あー? だったらほら、ハンバーグとか、あるけど。
うーん……。やっぱ、カレーで――。
「……私たちも、もう少しだけ、待ってみましょうか」
「……そうですね!」
咲夜と妖夢は今日初めて、互いの心が快く繋がったのを感じた。二人は少し微笑みながら、コーヒーに口をつける。
「あのー、申し訳ないんスけどー」
しかしそこに、臨時雇われと思しき黒髪の河童が現れた。
「困るんスよね。出店早々、コーヒーだけで粘られるっていうのは。外の行列を見て、痛みませんか、心。まあ、なにか注文してもらっても、よろしいでしょうか」
咲夜と妖夢は不意に冷水を浴びせられた気がして、ウェイトレスの声にしゃんと応えることが出来なかった。二人して、いや、あの、えっと、等々、それらに類する言葉をあむあむとさせた。しかし、しっかりと発声するタイミングというのは、不思議と揃った。
「「じゃあ、カレーで」」
「はい、カレーが二つっスね」
黒髪の河童が気怠げに去って行くのを見送った二人は、顔を見合わせて、ふふ、と笑った。
二人はなんだか、今にも鈴仙が来るような気がして、ワクワクし始めた。そうして、二人の会話はこれまででは考えられないほど弾んだ。二人は楽しく談笑を交わしながら、朗らかな心持ちで、注文したカレーと共に、鈴仙を待つのだった。
それから三時間が経過した。
鈴仙は、未だ来ない。