ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
「いやー、不思議だよなあ。妙に、変だなあ」
今泉影狼は、席に着いてからというもの延々と話し続ける赤蛮奇の、どこか間延びした口調に辟易としていた。
「姫もカレーを食べていたなんてな、私はそれを知らないのに、偶然、同じものを注文したわけだ。や、不思議だなあ。妙に、気が合うんだよなあ」
影狼は眉間にしわを寄せ、頬杖をつきそっぽを見ていた。
――それは、あんたが姫の好物がカレーだってこと、知ってただけのことでしょうに!
赤蛮奇の大袈裟な論調に、わかさぎ姫もでまんざらでもなさそうに、ほんと、不思議ねえ、なんてはにかむものだから、影狼は救われなかった。
赤蛮奇とわかさぎ姫は殆どデキていた。影狼がそのことに気がついたのは約一年前。影狼はそれからずっと、二人の煮え切らないぐずぐずのジャムのような関係に、辟易とする日々を送っていた。
本人の居ない間に、影狼がわかさぎ姫の前で赤蛮奇の性格的問題を指摘し続けるのは、かつて影狼がわかさぎ姫に恋心を抱いていた頃の名残でもあった。されど赤蛮奇の間の悪さ、自由奔放さは確かにあまりある問題ではあったので、わかさぎ姫が赤蛮奇に抱くイメージを是正するために、というのもあった。
しかし、そんな赤蛮奇も影狼にとっては〝仲の良い〟友人だった。仲の良い友人が、自分なりのペースをもって歩む道程を真剣に阻むことは、〝友人思い〟の影狼には難しいことだった。
――でも、こんなてきとーろくろ首の、どこがいいのやら。
わかさぎ姫は遅れてやってきた間の悪い赤蛮奇を責めることも無く、ただひたすらに繰り出される赤蛮奇の〝なんか、妙に気が合うよね〟に、はにかみながら同調している。わかさぎ姫は多少、蚊帳の外の影狼を気遣うような素振りを見せてはいたが、当の影狼にとっては、それが逆に辛辣でもあった。
影狼の瞳に映るわかさぎ姫の表情は、なんだかんだ言っても〝まんざらではなさそう〟だったし、それは〝止めないでほしい〟という表情にも見えた。実際、わかさぎ姫は、陽炎に申し訳ないのと、止めてほしくないので、半分半分の心持ちだった。
なので影狼は二人の煮え切らないやり取りを聞き流す他出来ず、ただただ頬杖をつき、辟易とした面持ちで、右方の虚空を眺めていた。
――しかしそれにしても、ほんと。ムカムカしてくるわ。ばんきちゃんのアプローチは相変わらずズレにズレまくってるし、わかさぎ姫はわかさぎ姫で、まんざらでもなさそうだし。とっとと付き合ってくれたなら、この惚気も多少マシな気分で聞けるんだけど。
赤蛮奇はカレーにパクつきながら、今度は「なんか、妙に目が合うようね」なんてことをわかさぎ姫に宣っている。わかさぎ姫はやはりまんざらではなかった。
爪切りで爪を切って、僅かに繋がった爪がぷらぷらとしたなら、誰だって、それを放っておくことはしない。影狼はいっそ、とっとと〝二匹と一匹〟になって仕舞えばいいと考えていた。
「いやあ、最近なんだか、目が合うんだよなあ。なんでだろうなあ」
「ど、どうしてかしらねぇ……不思議ねぇ……」
――たんに、目が合うまで見つめてるからでしょ!
影狼が内心で二人のやり取りに突っ込みを入れた、その時だった。
「なあ影狼、なんでだと思う?」
――あ?
それは、影狼にとって衝撃だった。赤蛮奇はこれまで影狼の眼前で、何度もこういった惚気を展開してきたが、影狼に意見を求めたことはなかった。影狼はいつも蚊帳の外だったのだ。不意の「なんでだと思う?」の一言で蚊帳の内側へ引き摺り込まれた影狼は、酷く狼狽した。
「なんで、って、そんなの……」
「……そんなの?」
わかさぎ姫はおずおずと、影狼に発言を促す。
ついにこの時がやってきた。赤蛮奇とわかさぎ姫は、いよいよもって二人の関係の進展、そのきっかけを、今泉影狼に求めたのだ。
二人が影狼に求めている言葉を、影狼は理解していた。
もう、付き合ったらいいじゃない。二人はこの言葉を私に求めているのだ。
――だからってそれを私に言えっての! たまったもんじゃないわ!
影狼は憤った。この一年近く地獄のような惚気に耐え、挙句二人の関係の〝裁定者〟に祭り上げられるなど、影狼には堪えきれなかった。
「そんなの、私に分かるわけないでしょ」
……。
影狼が裁定者の鉄槌を下さなかったことにより、三人のテーブルの上は混沌で溢れかえった。
「うーん、影狼もわかんないなら、私にはやっぱり、わかんないんだなあ。姫、わかる?」
「私もちょっと、影狼ちゃんにわかんないなら、その、わかんないかも、しれない」
「だよなあ、影狼にわかんないんだもんなあ。わかるわけないよなあ」
「影狼ちゃんにわかんないなら、ねえ。その、わかるはず、ないものね……」
二人はどういう気持ちで喋っているんだろう。影狼には分からなかった。ただ影狼にわかるのは、二人は未だ、自身に二人の関係の裁定を委ねようとしていることのみだった。
「なあ影狼、やっぱりわかんないかな? どう思う?」
「でも、ばんきちゃん。影狼ちゃんはさっき、わかんないって……」
「いやでもさ、なんか、やっぱり分かってるんじゃないかなって思って、影狼なら」
「そ、そうなの?」
「うん、なんとなく。そんな気がする」
「いえ、でも……」
「……ああ! もう! いい加減付き合ったらいいじゃない!」
影狼は堪えきれず、裁定者の役割を果たし、その役割からとっとと解放されることを選んだ。
「……えっ、そんな、付き合うだなんて! な、なあ姫。影狼はこんなこと言ってるけど……」
「か、影狼ちゃんたら、急に、何言い出すのよ、そんな、急に!」
「……。」
役割から解放された影狼は、スッとした心持ちで頬杖をつき、右方の虚空を見つめていた。
――やってたらいいわ。私は言うべきことは言ったし、もう、あとは二人で、勝手にやってたらいいわ。
「いやでも……姫。影狼の言う通り、ちょっと、ちょっとだけ付き合ってみるっていうのも、その、アリなんじゃないか」
「ば、ばんきちゃん……」
「姫、その、どうだろう。ほんと、ちょっと、ちょっとだけ」
「……ちょっとだけって、どのくらい?」
「えっ、と、どうだろう。この秋いっぱいとか、そこらへん? いやでも、もし、もし姫がいいなら……」
「ばんきちゃん……」
こうして、赤蛮奇とわかさぎ姫は結ばれた。しかし、二人は気付いていなかった。今までの表面的な馴れ合いの中に埋没していたさまざまな問題。住む場所の違い。本質的な価値観の違い、それに伴う互いへの苛立ち。種族の違い。同性のジレンマ。現在、二人の思考にはただ、一条の光が在った。
愛さえあれば大丈夫。
これからの二人は、これからの二人にのみ作られていく。
――また、影狼にも二人の痴話喧嘩の都度、裁定者の役割を担わされる未来があったが、役割から解放されたばかりの、半ば全てがどうでもいいような、投げやりな気持ちで頬杖をつき欠伸を噛み殺す影狼には、そんな未来を、知る由もなかった。