ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
雲ひとつ無い黒い空に、星が疎らに散らばっていた。閉店したレストランの外、その入り口そばに二人は立ち、黒く広い空に浮かぶ、美しい星々を眺めていた。
「星って、こんなに明るかったのね」
「……本当。きれいです」
薄く欠けた月の鈍い光よりも、散らばった星々の方がずっと明るい夜だった。咲夜と妖夢は今日、レストランの開店九時から閉店の二時まで、ずっと、鈴仙を待っていた。しかし、鈴仙は来なかった。なぜ、来ないのか。二人はその理由を考えることは、もう、しなかった。
外は少し肌寒く、妖夢は薄ら白い息を吐いた。
「……この季節になると、そろそろ冷えるわね」
咲夜は自身の両の手を擦り合わせながらも妖夢を気遣った。妖夢は「いえ、慣れてますから」と微笑んで、両掌を吐息で暖める。
気付けば、二人はまともに会話を交わせるようになっていた。互いに、それがいつからかは分からなかったが、二人の間に、気まずい沈黙はもう無い。
テーブルとドリンクバーとレストルームを行き来することのみに終始した一日ではあったが、二人は、どこか心地よい疲労感に包まれていた。
妖夢は、幼い頃、主人とその友人達の宴会に初めて連れていかれた時のことを思い出す。酒などはまだ呑めず、大人達のよくわからない会話や、笑い声といった喧騒の中、眠気に耐え、やっと外に出たときの感覚が、妖夢の胸中を過ぎった。
「この夜の匂い。……なんだか、小さい頃のこと、思い出しますね」
同意を求められた咲夜は、微笑みながら頷き、応える。
「……ええ、そうね」
咲夜に、そんな経験はなかった。しかし、心地よい疲労のせいか、咲夜は、自身にもそんな小さい頃の思い出があったような錯覚がしたのだ。
咲夜は星空を見上げる。そこには、やはり眩い星々が在った。星々の中に、咲夜は一瞬、鈴仙の顔を見たような気がしたが、それこそ本当に錯覚だった。それでも、咲夜は一つ確かなものを見つけた。それは、本当に僅かかもしれないが、魂魄妖夢との〝友人の友人〟以外の関係、そのとっかかりだった。
咲夜は薄く微笑みを浮かべながら、妖夢に問いかける。
「……ねえ。今度二人で、どこかに行かない?」
妖夢はゆっくりと、頷きながら、応える。
「……ちょっと、いやです」
妖夢はちょっといやだった。
咲夜も冷静になって考えると、同じくちょっといやだった。
何せ咲夜と妖夢には話題が無い。否、無いわけではないのだろう。ただ二人は、鈴仙ほどお喋りが得意ではなかった、と、いうのも少し違うかもしれない。二人に共通する話題はたしかに有った。
――鈴仙・優曇華院・イナバ。
二人にとって共通の話題といえば、それだった。けれど、咲夜と鈴仙が会う際は、当然、妖夢もいるし、妖夢と鈴仙が会った際にも、当然、咲夜がいた。互いに全容を把握している会話を交わすというのも中々妙な気がして、二人は鈴仙をダシに会話をすることは出来なかった。無論、鈴仙がなぜ来ないのか、なんて言葉を口に出すのは、その何倍も有り得ないことだった。
「じゃあ、また、鈴仙を待ちましょうか」
「はい。……今度、鈴仙さんが声をかけてくれるのは、いつになるのでしょうね」
「……さあ、いつになることやら」
二人はまた、ふふ、と笑った。
「それじゃ、帰りましょうか。一人で帰れる?」
「はい、大丈夫です。咲夜さんこそ、風邪をひかないよう、お大事に」
では、と妖夢がレストランを去るのを見送って、咲夜も歩き始める。それは静かな夜だった。人の気配も無ければ、風も無い。ただ少しだけひんやりと、空気が肺を湿らせた。
帰り道、咲夜と妖夢は今日を辿った。不思議と、悪い気分ではなかった。ただ少しだけ、妙だった。
――どうしてこうも、清々しい気分なのか。
二人にとって、それだけが妙だった。されど二人はそのまま、妙に清々しい気分のまま、家路を辿るのだった。
鈴仙は来なかった。
朝、目が覚めると休日は終わり、咲夜と妖夢は瞬く間に日常に戻った。
咲夜は吸血鬼の主人や、降り積もるタスクや埃の山々と。
妖夢は腹ぺこの主人や、積み重なっていく食器や食材の山々と。
二人は、小さな幸福と、小さな不仕合わせが星のように散りばめられた日常を、ゆっくりと、また、忙しなく、送り続けた。
そう。
鈴仙を、待ちながら。