ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
夜半。
昼から降り続く陰鬱な雨はやおらその勢いを増し、草木生い茂る森の中を湿らせていた。
静かな森の中、雨はじんわりと、森の静寂を縁取っている。森の中には一つ、柔らかな灯りが灯っていた。それは屋台の灯りだった。屋台では、網の上に八目鰻が焼かれていたが、煙と香りは雨に溶け、小さな灯りだけが屋台の輪郭を曖昧に縁取っていた。
そんな、柔らかく心許ない灯りの中に、二つの影が在った。
影は幾分情緒無く、朗らかに会話を交わしていた。
「なんだ。貴女、神様じゃなかったのね」
「そう、私はただの貧乏神。あなたの探してる神様とは、ちょっと違ったかもしれない」
古明地こいしと依神紫苑。二人は何度かの雨宿りを経て、ようやっと、腰の落ち着ける屋台を見つけ、言葉を交わしていた。
ようやく〝神様のおはなし〟が聞ける。期待に胸を躍らせたこいしが紫苑から告げられたのは、〝あのときはちょっとどうかしてたの、ごめんね〟系の、謝罪とも、開き直りともつかぬ文句だった。やっと神様を見つけた、と胸を躍らせていたこいしにとって辛辣な貧乏神のカミングアウトは、こいしを子供らしく憤らせるには十分だった。
「あーあ。こいし、騙されたんだ。全部を決めてる神様だ、って言うから、ご飯だって食べさせてあげたのに」
「ごめんね」
「お酒だって、のませてあげたのに」
「ごめん」
八目鰻と日本酒で空腹を満たして心の落ち着いた紫苑は、日中こいしと出会った際の自身の言動を、多少後悔していた。
「あーあ。やっぱり、神様なんていないのかな……」
紫苑は思うところがあった。
「神様ってさ、いないから、いるんじゃないかな」
「……よくわかんない」
紫苑の思うところはこいしには伝わらず、ただただこいしの遣る瀬無さを助長させるのみだった。
そして一人。
二人のやり取りに憤ってる者が在った。
――早く帰ってくれないかな。
屋台の店主、ミスティア・ローレライである。
ミスティアは今日の雨天に客足の減ることを確信し、暮れもそこそこに店を閉めようと考えていた。そこにやってきたのが古明地こいし、依神紫苑の二人だった。それから二人はこの夜中まで居座っていた。ミスティアとしてはたまったものではない。
ミスティアも何もしなかったわけではないが、お客さん相手に〝帰ってくれ〟と言えるほど豪胆ではないミスティアにできたことといえば、二人分の茶漬けを提供することぐらいだった。茶漬けを完食した二人は「しょっぱいものを食べたら甘いものが食べたくなる」と言い、ミスティアに八橋を要求した。ミスティアは引いた。
しかし、何も二人が普通のお客で、普通の会話をするのであればミスティアもそういった手段を講じることもなかっただろう。ミスティアに茶漬けを出させる要因となったのは二人の会話だった。
――神様がどうのこうのって、馬鹿げてる!
ミスティアは神様が嫌いだった。原因は間違いなくかつてミスティアが組んでいたバンド、その解散理由にあった。バンドメンバーが宗教にハマったのだ。ライブ当日、読経があるから、と土壇場キャンセルされたことが、解散の直接的な原因となった。
「その、神様なんてみつけて、どうするつもり?」
紫苑がこいしに問いかける。
「……お姉ちゃんに、カレーを作ってもらうの」
「そんなの、神様じゃなくてそのお姉ちゃんに頼んだらいいのに。私だって、妹に頼まれたなら、いくらでも作るもの。……お金さえあれば」
「帰れないんだもん」
「どうして?」
「だって、こんなに雨が、降ってるもん」
屋台の侘しい灯りの外で、雨は既に泥濘と化した地面を、また、草木を、打ち続けている。
「雨が止んでから、帰ったらいいじゃない」
「帰れないの!」
「……どうして?」
「……帰りたく、ないんだもん」
「……そう」
三人は神を探していた。
古明地こいしは、なんでも出来る、雨だって止ませられる、絶対的な神を。
依神紫苑は、自身の貧困に、不可逆的なケリをつけてくれる神を。
ミスティア・ローレライは、二人を帰してくれる神、……かつてのバンドメンバーとの仲を再び取り持ってくれる神を。
しかし、屋台の灯りの外側では粛々と、雨が降り続けるのみだった。
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主演:宇佐見菫子、東風谷早苗