ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
すみれこのなつ 1
「菫子さん。今日、うちに泊まっていきませんか」
私は夏休みの間、その殆どを眠って過ごしていた。
特に傾眠の傾向があるというわけでもなければ、通っている学校にも友人らしき人物もある。
しかし、冷房の効いた部屋の中、炎天下に焦がされた路傍を窓から見やると、どうにも外出する気が起きず、私は忽ち眠ってしまうのだった。
そんなわけで、私は炎天下真っ盛りの幻想郷、守屋神社に居る。
何か目的があって守屋神社を訪れたわけではなく、寝て、目が覚めたらここに居たというわけだ。
守屋神社の境内に、夏の燦々とした陽光が照り付ける。
私の眼前には妙に照れ臭そうな顔をした、東風谷早苗が箒を握りしめ立っていた。
「今日から数日間、諏訪子様も神奈子様も神社に居ないんです。何でも新開発の打ち合わせで、河童さんたちのところへ行くとか……」
わたし、さみしいんです。とでも言いたげな上目遣いで私に〝泊まっていかないか〟と懇願する早苗に、私は困惑していた。
私が幻想郷で目が覚める際、目が覚めると誰かと話をしている最中だった。なんてことがよくある。
それというのも、眠りにつき、幻想郷に来てからの数十分の間、私の意識は曖昧なのである。
気がつくと妖精達と共に紅い館を襲撃する計画が出来上がってたことがあった。
目が覚めた私は困惑し、なぜそんな計画の渦中に自分がいるのかをリーダー格の妖精に尋ねた。妖精曰く〝そちらからノリノリで話しかけてきた〟とのことだった。
それから、眠りにつき、幻想郷にやってきては夢現に妄言を撒き散らす自分の姿を時たま想像してはゾッとするようになった。
気をつけようがないことではあるが、気をつけようと、そう考えていたのだが。
今回のこれは、一体どういうことだろう。向こうの茹だるような暑さを避けて眠ってみると、やはり私の体には暑い日差しが照りつけ、加えて、熱い視線までもが私を焦がしている。
寝ても覚めても、という慣用句が何となく私の頭に浮かんだ。
「あの、菫子さん。もしかして嫌ですか……?やっぱり、お泊まりなんて急過ぎますか……?」
東風谷早苗の手に握られた箒を見て、早苗は恐らく境内の掃除をしていたであろうことは想像に易かった。ああ、私はそんな掃除中の早苗に、何を言ってしまったのだろう。
私はやおら二枚目の仮面を下げて早苗を口説く自分の姿を想像して、首筋が寒くなるのを感じた。
面識だって、あんまりないのに。
恥ずかしさと浮かばぬ返答でしどろもどろになる頭の中の混沌は、あの、や、そのぅ、や、ええと、という形になって私の口から零れだした。
「菫子さん。嫌、ですか?」
「えっと、そのぅ……」
「嫌、ですか……?」
「う」
「う、伺わせて、頂きます……」
私は殆ど寝惚けたままに、そう答えてしまった。というわりも、答えさせられてしまった、というのが正しいか。
私が早苗の誘いを承諾すると、早苗の妙にしおらしい態度は一変した。早苗は途端に可笑しそうに笑い出し、私に謝罪するのだった。
「ごめんなさい。掃除をしていたら菫子さんの姿が見えたものだから、声をかけてみたんですけど、菫子さんったら、ぼーっとしてるもんだから少しからかっちゃいました」
ふふふ、と笑いながら、早苗は話す。
ここに来て漸く私の寝惚けた頭も次第に冴えてきて、降り注ぐ陽光の暑さや、疎らに雲の泳ぐ空の青いことを鮮明に知覚し始めたのだった。
ああ、東風谷早苗は起き抜けの私をからかっていたのか。まあ、急に境内に現れてはぽけーっとしている人間をからかいたくなるのも分からないではない。ましてや早苗は〝現人神〟なのらしい。神が人をからかうのも、うん。道理だろう(?)。
ともかく、此方へきたばかりの夢現の私が妙な事を口走ったりしていないようで、安心した。
そもそも、東風谷早苗とはあまり面識がなかった。完全に無い、というわけではないが、数回話したことがある程度で、友人、と呼ぶには憚られる程度の関係だった。実際早苗について私が知っていることと言えば、先ず早苗が現人神であること。次に、早苗は元々〝此方側の世界〟の学生だったということぐらいなものだ。正直、心中で東風谷早苗を想像するとき、敬称を付けずに彼女の名前を浮かべると後ろめたさを感じる程だ。
私にとって東風谷早苗、さん、は、そのくらい微妙な立ち位置に立っている人物だった。
人物というより、神仏というか(?)。
「いやぁ、早苗……さんは私をからかっていたんですねー。いやぁ、早苗……さんも人がわるいなあ」
もっと正直に云えば、私は早苗、さんが苦手なのだと思う。
早苗さんは、一見私と同い年くらいに見えるが、やはり明確に幻想郷に生きる人物で、住む世界が違って。しかし、元々は此方側に居て、私と同じように学生生活を送っていたという共通項が、何だか妙に引っかかるのだ。
時に、幻想郷には私と同じくらいの年齢に見える人物が多い。
その中でも、霧雨魔理沙や博麗霊夢とは、それなりの友好関係にあると自負している。
タメ口で話せるし。霊夢さんは、たまに霊夢さん、だけど。
私が魔理沙や霊夢さんと博麗神社で談笑していると、偶に早苗さんが神社に訪れることがある。
魔理沙や霊夢さんとの〝お喋り〟を早苗さんに聞かれると、私は不思議と〝友人と喋っているところを親に聞かれた〟ような気分になるのだった。
やはり、元々は同じ世界で暮らしていたという共通項が、私をそんな気持ちにさせるのだろう。
そうして、実際に早苗さんと話してみると、敬語を使うべきか、タメ口で話すべきか、迷ってしまうのだ。なんだか、どちらも失礼な気がしてしまうし、なんにしたって、何処か面映さを感じるというわけである。
早苗さんはふふふ、と笑いながら、私の二の矢を待っている様子だった。
幸い、早苗さんは私をからかってみただけのことで、泊まりがどうこうというのは本意ではないのだろう。
こんな気まずい空間からは、さっと離れてしまうに限る。
そうだ。人里の茶店に、かき氷でも食べに行こう。
「ええと、じゃあ、私はこれで……」
早苗さんは少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐに和かに微笑むのだった。
「お昼はどこかに用事があるんですね。わかりました。じゃあ、晩御飯を作って待ってますから、それまでには帰って来てくださいね」
ううむ。
「私、実は楽しみだったんですよ。菫子さんとは何れもっと仲良くなりたいなーと思ってて。それが今日偶然、神奈子様も諏訪子様も外出する今日に、菫子さんが神社に来てくれて。このれは神の思し召しに違いありませんね」
ふふふ、と笑いながら、早苗さんが話す。
どうやら今日、私はやはり守屋神社に泊まるらしい。
「でも、少し不安だったんです。菫子さん、私と話す時いつも少しよそよそしいから……。でもよかった。夜が楽しみです。晩御飯、気合い入れて作っちゃいますから、お腹空かして帰って来てくださいね」
あはは、と笑いながら、早苗さんは言った。
最早断るには遅すぎることを理解した私は、観念して守屋神社への宿泊を覚悟したのだった。
「はい!夕飯までには戻ります。それじゃあ!」
私はとりあえず、人里へ出て、夜、守屋神社での立ち回りについての作戦を立てることにした。