ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
守屋神社に入るなり、買って来たお酒は早苗さんに取り上げられてしまった。
高校生がお酒を買うなんて。と、少し怒られた。
でも、せっかくだから、と早苗さんが夕飯の際に一杯だけ、とお猪口を用意してくれた。
晩御飯は、思った通り魚の煮付けだった。
魚はカレイだった。それも中々上等なナメタガレイらしかった。
煮付けには刻み生姜とシシトウが添えられていて、とても美味しかった。
他にも汁物や漬物等、副菜にも事欠かない食卓だったことは言うまでもない。
私は殆ど一口食べるごとに、美味しいとか、それに与する言葉を早苗さんに述べたが、早苗さんは終始笑って応えてくれた。
特に株や胡瓜等の漬物が絶品で、それを早苗さんに伝えると、早苗さんは少し照れたような表情で、漬物を漬ける事の上手い訳を弁明し始めた。
元女子高生らしくないでしょう。なんて言って。
それが私には可笑しくて、ついつい笑ってしまった。
食事が終わると、早苗さんがお風呂まで用意してくれていた。
流石に一番風呂は申し訳ないと思ったが、早苗さんに言われるがまま頂いてしまった。
お風呂に入る前、もし良かったら一緒入りますか?なんて言われたけど、それも流石に遠慮した。
お風呂は神様が入るものだけあって、中々に立派だった。
先ず露天なのだ。
早苗さん曰く、二柱の内の片方が無理を言って作ったものらしい。
聞けば、神社の中にふつーのお風呂もあるらしく、わざわざ手間のかかる露天風呂を用意してもらったことを申し訳なく感じた。
早苗さんは、お客さんが来るなら当然です。なんて言ってたけど。
お風呂を上がると、寝巻きまで用意されていた。用意されていたのは、所謂パジャマだった。
この辺りで、私はいよいよ早苗さんが今日私を誘った意図が読めて来た。
現在、早苗さんがお風呂からあがるのを寝室で待っている。
昼にここに来たばかりの私だったら、私は或いはこれから襲われてしまうのではないか、などと邪推したかもしれないが、今の私の頭には、そんな考えは全く浮かばなかった。
それと言うのも、お風呂からあがった早苗さんは、恐らく私に用意されてものと似たパジャマを着用してくるであろう確信があったのだ。
早苗さんは、多分〝お泊まり会〟がしたいのだろう。普通の女子高生がするような〝お泊まり会〟を。
確証はないが、私はそう確信していた。
早苗さんと話していて、気が付いたこと。
早苗さんは、ふふふ、と笑う。
落ち着いた笑い方。早苗さんに対して、私が思わず敬称を付けずにはいられなくなる理由の一つが、この落ち着いた笑い方だ。
そして、早苗さんは、あはは、とも笑う。
快活で、少女らしい笑い方。
早苗さんに対して、私が敬称を付けるのを思わずためらってしまう理由の一つが、この快活な笑い方だった。
霊夢さんから、早苗さんはかなり呑む方と聞いていたけど、今日は口をつける程度にしか飲まなかったり。
パジャマなんて、用意されてたり。
私の中の根拠はそれくらいだ。
しかし、もし本当に早苗さんが〝女子高生らしいお泊まり会〟を望んでいたとして、私はそれに応えられる自信があまりなかった。
私がそれを望まないわけではないし、敬語だって、もうきっかけがあればやめられる。多分。
でも、私には経験がないのだ。
小学生の頃、修学旅行には行ったが、中学生の時は行かなかった。それからだって、そういうものには参加しなかった。
そういった催しが嫌いなわけではない。むしろ好きな方だろう。しかし、私は〝普通の女子高生〟からは些かかけ離れている女子高生である。
そんな私に、早苗さんが望む普通のお泊まり会を演出することができるのだろうか。
「お待たせしました!見てください、ペアルックですよ。いやぁ、やってみたかったんですよね、パジャマパーティー」
私の不安を他所に、いやに上機嫌な早苗さんが寝室に訪れた。
思考に耽っていた私は、少しレスポンスが遅れてしまい、布団の上に座ったまま、不自然に硬直してしまった。
「あれあれ?菫子さん、もしかしてもう眠たいんですか?」
「いや、そんなことは、ありませんけども」
思わず変な語調になってしまった。
「それは良かったです。いえ、このパジャマなんですけど。いつかこんな日が来ると思ってこっちに来て以来大事に保管しておいたんですよ。向こうでやり残した唯一のことが〝お泊まり会〟でして、お泊まり会をするならパジャマパーティーにしようって決めてたんですよ」
「いえ、友達がいなかったわけじゃないんですよ。女子高生でしたからね、バリバリの。写メだってめちゃくちゃに送りあってましたよ。ただ、お泊まり会だけはなかなか機会に恵まれず……」
上機嫌に喋り続ける早苗さんを他所に、私は予想が的中したことに少し面食らっていた。
ああどうしよう。私はそんなバリバリの女子高生然としたお泊まり会を知らない。
「あれー?菫子さん。やっぱり眠たいんじゃないですか?それとも、お泊まり会、好きじゃありませんか?」
あははーと笑いながら、早苗さんが私に尋ねる。
「そんなことはないです、けど」
夕飯を食べていた時のように、普通に話せばいいのだろうが、先ほどより幾分か上機嫌な早苗さんに面食らってしまって、どうも上手くいかない。
「そうですよね。女子高生が、嫌いなわけありませんもんね。お泊まり会」
「となると、菫子さんが無口な原因は」
「あんまりお泊まり会をしたことがない!違いますか?」
ずばり、言われてしまった。
「ははーん。でも大丈夫ですよ。パジャマパーティーマスターの私がいますから」
早苗さんがふふん、と笑って語る。私はその語気に、だんだんと気が楽になるのを感じた。
よし、パジャマパーティーマスターに質問してみよう。
「はい。私はパジャマパーティー初心者であります。早苗さん、パジャマパーティーとはどういうものなのでしょう」
言ってみると、少し楽しかった。本当はお泊まり会とパジャマパーティーの違いや、お泊まり会の機会に恵まれなかった早苗さんがどうしてパジャマパーティーマスターなのか、そこらへんについて尋ねたかったが、まずはジャブを打つことにした。
「んー、そうですね。まずは敬語をやめましょう!ね、菫子ちゃん。ずっと思ってたんですよ。私たち、同い年くらいなのに、変じゃないですか」
「はい。私もそう思っていました。しかしマスターは漬物や煮付けなど、ものを漬けるのが上手であります」
「それは関係ないじゃないですか!それに、まだ敬語だし」
早苗さんは照れ笑いを浮かべながら言った。
尤もである、と私は思った。
それと、これは、楽しいかもしれない、と思った。
「じゃあまず、さなえちゃんって呼んでみてくださいよ」
さなえちゃん。
今ならすんなり言えそうだ。
「早苗……」
あれ。なんか。
早苗、ちゃんが私を悪戯っぽい目付きで見つめてる。
「早苗……」
ああ。私は気付いた。
これはなかなか、恥ずかしいぞ。
「あ、ごめんちょっと無理っぽい」
「えー」
早苗、ちゃんがわざとらしく落胆してみせる。
「じゃあ、呼び捨てでいいですよ」
呼び捨てでもまだ恥ずかしいかもしれない。
面と向かって呼び方を変えるって、こんなに恥ずかしいのか。
私は小、中学生の頃同級生だった男子のことを思い出した。
その男子は小学生の頃は自身の父親を〝パパ〟と呼んでいたはずだが、中学生に上がると、その呼称はしれっと〝おやじ〟に変わっていて、私はそれに違和感を抱いたものである。
そのことを件の男子に直接指摘したら、少し嫌われてしまった。
しかし今この状況になっては、あの男子の厚顔さを見習いたいものである。
しれっといこう。しれっと。
「ああ、面と向かって言われると恥ずかしいよ。そのうち勝手にやめるから、なんか他の話しない?」
「あ、タメ口だ」
一秒しないうちに指摘されてしまった。恥ずかしい。
「あはは。照れてますね菫子ちゃん。他の話ですか。うーん。菫子ちゃんは普段友達とどんな話をするんですか?」
マスター、意外と主体性がないぞ。
ふふん、しかし勢いに乗った私には当然次の話題が浮かんでいる。
女子高生、お泊まり会といえば、やはり。
「教師の悪口とかは?」
「えー」
思ったより良い反応が得られなかった。
学校の中では割合ポピュラーに親しまれてる話題を選んだつもりだったのに。
「もっと、こう、綺麗な話をしましょうよ。好きな男の子の話とか」
「えー」
「菫子ちゃんはいないんですか、好きな男の子」
生憎、私には好きな男子なんて居なかった。
しかしながら、同級生の話を聞いてる限りでは、好きな相手一人選ぶにも色々と問題があるらしい。例えば、クラスの中心的な女子が好意を抱いてる男子と被らないように自分の好きな男子を選ばなければならないとか。人気の男子に声をかけようものならば、抜け駆けとみなされ村八分の憂き目に逢うとか。
好きな異性の話とは、そ ういったケレン味を含んだ話題であることを、私は知っていた。
それを考えれば、教師の悪口の方がよっぽどピュアな話だと私は思う。
けれど、どうしたものか。ここで、いないかな、なんて言おうものなら、折角盛り上がり始めたこの〝お泊まり会〟が白けてしまうのではないか。
「そりゃあ、私も女子高生の端くれですから。憧れの男子の一人や二人、いるけどね」
「えー、本当?ね、ね。どんな人なんですか」
えっとね、と、私は架空の男子像をでっち上げつつ、早苗、に話して聞かせた。
先ずは、一学年上の先輩ということにしてみた。
それから、その先輩の容姿等について言及してみると、早苗はきゃーきゃーとわざとらしくはしゃいで見せるのだった。
作り話を聞かせていることには心が痛んだが、はしゃぐ早苗の顔を見ると、なんだか嬉しいような照れくさいような気持ちになった。
私に仲のいい同級生がいたのなら、こんな風に笑い合うこともあったのだろうと、なんとはなしに思った。
「じゃあその先輩は何部だったんですか?あと名前、名前も教えてくださいよう」
早苗は目を輝かせて聞いてくる。
しまった。名前までは考えていなかった。
「ええと、サッカー部だったかな。マラドーナが好きっていってた気がする」
私は名前についての質問を無視して答えた。
すると、早苗の目の輝きが、俄かに滲んだような、そんな気がした。
まずい、作り話だと勘付かれてしまったかも。
「……マラドーナ、ですか?」
「う、うん。マラドーナが好きって、いってた気がするけど」
「あの人、私と同じなんですよね」
「え?」
「現人神なんですよ、あの人」
初耳だった。
「えっと、それはどういう」
「やっぱり、まだ人気なんですか?マラドーナ」
「う、うん。人気だと思うけど」
「そうですか。まだ人気なんですね、マラドーナ」
私はマラドーナについて詳しくは知らないが、何やら早苗はマラドーナをライバル視しているらしい。ああ、私は、どうしてよりにもよってマラドーナをチョイスしてしまったのだろう。
それにしても、一塊のサッカー選手が現人神とは、一体どういうことなのか。私はポケットのスマートフォンを弄りたい衝動に駆られたが、幻想郷でネットは使えないし、何より人と話している時に携帯を弄る事に抵抗があったので、その衝動をぐっと堪えた。
「じゃ、じゃあさ。早苗は誰か憧れの人いないの?早苗の話も聞きたいな」
「えー。私ですか?それはもちろん向こうにいた時はいましたけど……」
「こっちにはいないの?里のアイドル!みたいな人はさ」
「うーん。里の中で人気な青年も、いるにはいるんですけどねえ。どうも、身近さに欠けるといいますか」
言われてみればそうだ。
早苗はここでは現人神で、里の人間は早苗にとって、基本的には〝お客さん〟なのだ。
どちらかといえば、アイドルは早苗の方だった。
「んー、そっか。じゃあ身近な男の人といえば……」
「うーん」
早苗と一緒になって暫し思索してみたが、この幻想郷においてそれらしい身近な青年ら思い浮かばなかった。
苦肉の策で香霖堂の店主の名前を出してみたところ、憧れの異性の話をしているときにその名前が出てくる菫子ちゃんはおかしい、と引かれた。
それから暫く好みの異性の話をして盛り上がった。
他にも色んな話をした。好きな食べ物の話から、苦手だった教師の話など。
ときに、私は幻想郷の女の子は全員同性愛者だと勘違いしていたことを打ち明けた。昼間、早苗に泊まらないかと誘われたときに少し身構えてしまったことと合わせて話すと、早苗はお腹を抱えて笑っていた。
それから、早苗と私は布団に入って、現代の〝写メール〟の文化について話したりしているうちに、外の世界の新しい技術について話し合った。
最新の映画館では、映像に合わせて匂いがしたり、席が揺れたり、水が飛んできたりすることを話した。
その中で3D映画についての 話をしたが、早苗はなかなか信じなかった。
飛び出す映画、というアバウトな私の説明が良くなかったのだと思い、再度〝専用の眼鏡をかけると、映像が飛び出して見える〟ぐらいなものだと説明すると、早苗は、それならわかります。青と赤のやつですよね。なんて言っていたが、私は逆に、その青と赤のやつ、がピンとこなかった。
それから、互いの好きな映画の話になった。早苗が〝幽幻道士〟が好き、なんて言うものだから、私は思わず〝あんな映画〟という形容と共に驚きを口に出してしまった。
しかしそれについては早苗はそれほど気分を害さなかったようで、バツが悪そうに微笑むばかりだった。
それから幽幻道士に出てくる好きなキャラクターについて話し合った。早苗はデブ署長が好きらしい。私はフルメタルキョンシー。
そんな他愛もない話で盛り上がっていると、次第に私の体を心地よい眠気が襲い始めた。
「でもやっぱり、〝あんな映画〟ですよ」
ふふふ、と笑いながら早苗は言った。
「まあ、〝あんな映画〟だよね」
私も笑いながら、相槌を打った。
「少し眠たくなってきちゃいました」
「うん。私も」
「じゃあそろそろ。電気、消しますね」
私が消すよ、と口にする前に、早苗は立ち上がって、紐を引っ張って電気を落とした。
忽ち部屋は真っ暗になって、微かに差し込む月の光が寝室の静寂を縁取った。
……。