ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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機械(全2話 主演:小野塚小町)
機械 1


 

 

 外の世界勤務のやつらがどっかに飛んで、穴埋めの鉢があたいに回るのはよくあることで、そんな勤務の最中だった。

 あたいはどうも、全てがなにか陰鬱になってしまって、業務も何もほっぽりだして、何処かへ行ってしまおうと決めた。何度目の遁走になるかはわからないけれど、今回は決断までのうだうだ悩む時間が短かった。

 いつもならこうするより先にあらゆる事柄の有意義と無意義がいたちごっこを始めるのだが、今回は虚無が介入する余地もなく。あたいはさっさと逃げてしまおうと考えた。

 仕事を始めたばかりの頃は――といっても、生まれた瞬間から死神てなもんだから、生まれたばかりの頃、と言い換えても差し支えはない。――こういった遁走にあたって罪悪感や後先の叱責や罰に押しつぶされそうになっていたけれど、それももう、だいぶ薄れた。

 今回はごみごみとした街中での勤務だったから、あたいは早速洋服屋に入って、適当なジーンズとシャツを買ってそれに着替えた。元々着ていた辛気臭い服は更衣室に置き去りにしたし、髪留めだって解いてそこに置いてきた。

 髪留めに癖のついた髪をひんやりとした晴天の下で一つぶんぶんと振ってみると、それは清々しい気持ちがした。真新しくパリッとして肌に擦れるシャツの感触も、ジーンズのちょっとした締め付けだって、全てが寒空の空気めいて新鮮だった。

 あたいは電車って乗り物が割合好きで、こんなときはよく乗った。今回も、入場券だけ買って、宛てもなくどこまでも行ってしまおうとしている。

 ホームから僅かに覗く青い空が、ホームの柱に座り込んでいる故知らん青年と酷似しているような気がして、青年が何故座り込みぼんやりとしているかは知れないが、なんとなく、励ましてやりたいような心持ちになった。

 けれど、あたいはもう電車の中で、電車の扉も閉まっている。

 あたいはせめてもと思い、やおら動き始めた車窓から、青年に向かって緩く手を振ってみた。そんなあたいに気づくと、青年は少し驚いたような表情を浮かべた後、何か諦めるようにふと笑って、あたいに手を、振り返すのだった。

 電車が街を離れてからは、あたいは自然と、何も考えないようぼんやりとしていた。

 野山が増えて空が広くなった頃、周りの若者たちの会話を聞くともなく聞いているうちに、車内の人間はだんだんと減っていった。

 車内を刻んでいた晴天の日差しは、気付けば爆ぜた黄色とすり替わっていた。

 それは静かな夕暮れだった。ほんとうに、屋台が笛でも鳴らしていそうなほどに、穏やかな夕暮れだった。車内の揺れに伴う不規則な衝突味の雑音は、静寂の輪郭を一層際立たせている。

 あたいはそんな、記憶ごと黄色に焼かれてしまいそうな窓辺で、広い空を、広い世界を、なんだかとても身近なもののように感じた。

 そのようにぼんやりしていると、短い睡眠の予感を覚えた。それから間もなく、あたいは穏やかな眠りに、落ちていく。

 

 

 夢を見ない短い睡眠に思えたけれど、あたいは存外長いこと眠ってしまっていたようだった。目を覚ましたときにはもう、世界は漆黒の緞帳に包まれていた。

 とっぷりとして液体めいた闇の中に、ぽつりぽつりとしずくのように燈が灯っている。僅かでぼんやりとした灯りに目を凝らせば、草木が鬱蒼と蔦を巻いていた。ここはどうやら山中らしい。

 現在の木々と闇の間を小さな灯りが次々と流れていくその様は、あたいに妙な強迫的な焦燥を与えた。一瞬前の穏やかな夕暮れと現在との差異も、そんな焦燥感を助長させているように思えた。

 とにかくあたいは、電車の扉が開いた瞬間、車内から逃げるように転がり降りた。

 

 無人の改札を潜って駅から飛び出すと、空は星一つ灯らない完全な夜だった。あたいはそんな空がどうも恐ろしく、できるだけ空の見えない狭い道を探した。

 この場所は想像以上に閑散としており、先程見たような草木が何処にでも蔦を伸ばしている。

 殆ど駆けるような歩調で闇の中を這いずれば、いつしかやっと、空の狭い道を見つけられた。

 そこは住宅地だった。

 雑に舗装された路面や、響く自分の足音、冷たい夜風やカーテンの向こうの暗がりが、あたいの心を落ち着かせる。

 落ち着くと同時に、逃げ回ったツケがあたいに追いついた。ツケは空と同じ暗さで、電車の扉が閉まるのと同じ速度で、あたいの心を蝕んでいく。

 そのうちに、あたいの中で有意義と無意義のいたちごっこが始まった。そうすればいつしか虚無がやってきて、あたいをまたいつもどおりの日常へと回帰させるのだろう。

 耳を片手で塞ぎながらぼんやりと歩いていたら、自分の髪がくねくねと手の甲を滑った。

 緑色とは正反対にくせのついたあたいの髪は、あたいの日常に酷似していた。手で何度か櫛をかけても、くせのついた髪の毛が綺麗になることはなかった。

 何度も何度も繰り返したけれど、結果は同じで。

 そろそろ帰らなきゃ。なんてことを考えていると、曲がり角の向こうから鉄を鉄で打つような高い音が何度か響いた。あたいはこの音をよく知っていた。それは、電車の通過を告げる警報だった。

 角を曲がると、ちょうど列車が通過した。列車はあたいの目の前を霞むような速度で通過していく。目についたのは列車よりも、紅く点滅するライト。その光に照らされた少女だった。

 少女は規則的に点滅する紅い光を浴びながら、列車が通過していく様を羨むような、また怯えるような面持ちで睨みつけていた。

 その表情があんまりに悲痛なものだったから、列車が通過したあと、あたいは少女に話しかけてしまった。

 聞けば少女は死にたいらしく、死ねる列車をずっと待っていたという。語る少女の表情は、これまた絶望と希望が綯い交ぜになった、悲痛なものに思えた。

 冥福の前借りに飽きたと語るその少女は、次の列車が通る際、文字通りあたいに背中を押してほしいと言った。

 警報音が鳴り響く。

 どうも、少女が羨ましいような、悲しいような気がしたけれど。結局、どうも判然としない心持ちのまま、あたいは少女の背中を押した。

 少女の最期の言葉はありがとうで、続く言葉は、ほんとは死にたくなかった、だった。

「やぁ、あんた。さっきぶりだね。さぁ、いやいや言ってないでさっさと行くよ。あんたは死んだんだ。……いいじゃないか、死にたかったんだろう? 輪廻って冥福が欲しかったんだろう? 地獄だろうが天国だろうが、どちらにせよおんなじさ。そんなに責めないでおくれよ。そんな言い方しないでおくれ。それじゃあまるで――」

 救えないのは、あたいは舟に乗った死神を見たことがないってことと、あたい自身は、踏切を超えられないってこと。

「――あたいが悪いみたいじゃないか」

 

 

 

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