ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
けーね先生はお元気ですか、わたしは元気です。漢字を調べながら書くので、変なところがあったら、ごめんなさい。
最近、寺子屋が楽しいです。特に、みんなと、遊ぶのが楽しいなー、と、思います。鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたりするのが、とても、楽しいです。
鬼ごっこをしてるとき、リグルくんが一人だけ、鬼ごっこなのにかくれんぼをしてて、ミスティアは必死に、リグルくんを探していました。先に捕まっちゃったチルノちゃんと私は、ケヤキの下で休みながら、リグルくんに文句を言っていたのが、面白かったです。
でも最近は、勉強も、楽しいです。寺子屋で、けーね先生はいいました。
いいかおまえら。学問とはずばり、我々の世界のコウキョウなんだ。
わたしがチルノちゃんに連れられて、初めて寺子屋に行ったときから、しばらく経ったときのことです。けーね先生は覚えてないかもしれないけど、わたしはよく覚えています。だって、意味がわからなかったから。
意味がわからなかったから、漢字を探すこともむずかしく、わたしはたくさん悩みました。でも、とうとう諦めて、これを書いているわけなのです。
でも、なんとなく思うのは、わたしはこの言葉を聞かなかったら、漢字を探そうとも思わなかったんだろうなあ、と、思います。
けーね先生はそのあと、続きを話そうとしましたが、チルノちゃんは寝てたし、リグルくんもそっぽ向いてたし、ミスティアもなんだかよくわからなさそうにしてたので、続きを話してくれませんでした。
今度、続きを聞かせてください。そのとき、コウキョウ、の、漢字も教えてね。
ルーミアより。
……。
日々は槻を濁すよに 1
「あー、暇だな」
晴れでもなければ、雨でもない。その中間の様な空の下、リグルはいかにも退屈そうに言う。
「鬼ごっこでもする? それか、かくれんぼとか」
おずおず、と言った様子でミスティアが言う。
空の下、とはいえ、木々に囲まれた森の中。私たちの視界は殆ど枝葉に覆われていた。僅かな木漏れ日に照らされた白い靄は湿気を孕んでいて、湿気は私たちの健やかな運動への熱を奪い去るには十分だった。
「鬼ごっこ? かくれんぼ? あーあー、今更そんなことして、楽しいわけないよ」
リグルは半ば八つ当たりをするかのようにミスティアに答えた。
リグル、リグル・ナイトバグは寺子屋でもいつもこんな調子だった。昔はもう少しマシだったのだが、最近では腹を空かした子供のように〝楽しさ〟に貪欲だ。私は最近、そんなリグルを少し軽蔑している。遊んでばかりいるわりに、勉強はそこそこできるし、数学なんかは私よりよっぽどいい点を取る。私がリグルを軽蔑するのは、そこにも原因があるのかもしれない。しかし、かくれんぼや鬼ごっこなぞ今更面白くない、というリグルの主張には同感だった。
「ミスティア、他。他になんかない?」
私が尋ねると、ミスティアはなにかもじもじし始めた。ああ、またか。
「じゃ、じゃあ。みんなで歌をうたうとか……」
ミスティアはさっきよりも、おずおず、として言う。
「誰が! みすちーが歌いたいだけだろー。僕はどうも苦手だな、歌は」
リグルは正直だった。私はこんな、リグルの歯に絹着せぬ物言いがどうも最近、苦手だった。主張としては全く同感なのだが、どうも。
「そ、そうだよね! ごめんね。最近、わたし前よりずっと歌に夢中で……」
はにかみながらミスティアは言う。
ミスティア、ミスティア・ローレライは、初めて会ったときからこんな感じだった。いざ遊びが始まったり、それこそ歌をうたうときなんかは、私たちの誰よりも声が大きいし、快活だ。私はたまに、引く。
とはいえ、私はミスティアのことが好きだった。彼女は勉強こそ出来ないものの、なにか、私とリグルが持っていないものを持っている気がして、羨ましかった。ああ、勉強ができないなんていっても、音楽の成績は私とリグルに比べたらずば抜けて高い。もっとも、私とリグルがダメすぎるだけかもしれないが。
そうだ。音楽に関していえば、リグルは私よりもずっと不真面目だ。リグルはみんなで何かを歌うとき、頑なに蛍の光しか歌わない。とおりゃんせを歌うときも、荒城の月を歌うときも、頑なに蛍の光を歌う。リグルは、
「マッシュアップだよ」
なんていうけど、正直邪魔で仕方がない。私の音楽の成績がこうも低かったのは、全てリグルのせいなのではないだろうか。
「じゃ、じゃあ……」
私がリグルを内心で罵っていると、ミスティアがまた口を開いた。
「なにさ」
リグルが全く期待を含めない声で聞き返す。
「……久しぶりに、チルノちゃんのところでも、行かない?」
ミスティアの提案に、リグルは大きくため息を吐いた。
「だからさ、ミスティア。今更鬼ごっこやかくれんぼなんかしたって楽しいわけないって、言ってるだろー」
なあルーミア? と、リグルが私に同意を求める。正直、リグルのいうことは尤もに思えた私だったが、リグルの奔放な物言いにそのままの同意を返すのも癪だったので、まあ、と曖昧に答えた。
「う、うん。そうだよね」
と、ミスティアが呟く。
ミスティアの気持ちも、私には分かった。というのも、私たちはチルノとしばらく会っていなかった。妖怪の私たちと妖精の彼女では心身の成長の速度が違ったのだ。リグルは背が伸びて、ミスティアは背こそあまり伸びなかったが、以前より胸が膨らんでいる気がする。私はといえば、背も伸びたし、自分で言うのもなんだが、頭が良くなった。これも、自分で言うのはなんだけど、三人の中で一番〝大人〟なのは私だと思う。多分それは、私たちの中で一番成長の早い妖怪が私だったから、というのもある気はするが。リグルは子供がそのまま大きくなったように、小狡いまでに楽しさに貪欲だし、ミスティアはずっと優しいままだった。ミスティアはきっと、そんな彼女特有の優しさからチルノを気遣ってあんな事を言ったのだろう。私はミスティアのそんな優しさが好きだけど、だからといってチルノに会うなんて、そんな残酷な提案に乗ることは、できなかった。
しかし私だって、チルノに会いたくないわけではない。わけではないが、もはや私たちにとって下級生のような彼女に会うには、それなりに、なにか特別な機会がなければいけないような気がしていた。
「あーあー。……僕たち、あともう少しで卒業だっていうのに、なんとも浮かない毎日だなぁ。なんか、楽しいことはないものか」
リグルは右上の方を見ながらぼやいている。ミスティアは何か楽しいことを捻り出そうと腕を組んでしかめっ面で悩んでいるが、きっと名案は浮かばないだろう。
「慧音先生は『卒業したあとも来い。来たらもっといろんなことを教えてやる』なんて言うけどさ、行くわけないよ。勉強、あれはちっとも面白くない。やればやるほどつまんないよ」
リグルが言うと、ミスティアのしかめっ面は少し寂しそうな表情に変わった。
「でも、寺子屋に行かなかったら、みんなで集まれないよ」
腕を組んだままミスティアが言う。
「いいよいいよ。ここら辺で集合したらいいじゃん。決まり。次から集合場所はここな」
「……わかった」
「じゃあそういうことで、今日はもうお開きにしようか。どうせやることないしね」
リグルはそれじゃ、と言うが早いか踵を返して走っていってしまった。
「あ、リグル……またね」
ミスティアが手を振ると、リグルが振り返って、おう、またな、と声を上げる。私も軽く手を挙げて、それを見送った。
私がどこへ行くともなく再び歩き始めると、ミスティアも少し後ろをてくてくとついてくる。しばらく静かな時間が続いて、私は口を開いた。
「ね、ミスティア。帰ろっか。私たちも」
「……うん、そうだね」
ミスティアは一瞬俯いて、そう答えた。
「えっと、じゃあリグルの言う通り、次集まるときはさっきの場所ね」
私は歩いてきた道の方を指差して、ミスティアに言う。そのとき気がついたことだけど、指差した方、道の脇の木々の葉が、ほんの数枚、黄色く染まっていた。
「うん、わかった。……また会えるよね?」
「当たり前じゃん。寺子屋だってまだ行かなきゃいけないわけだし」
「そっか、そうだよね」
でも、私は言いながら、なんだか永い夏休みが終わってしまうような気がして、少し寂しくなった。だから、
「歌、続けてよね。私、ミスティアの歌好きなんだから」
なんて、言ってみたりした。ほんとは、ちょっとどうでもよかったけど。
「うん、ありがとう。……それじゃあ、またね」
ミスティアがそう言って手を振るので、私はそこそこに背を向けて歩き始めた。しばらくしてちら、と振り向くと、ミスティアの歩く後ろ姿が見えたので、私もそのまま、歩き続けた。
帰り途、私は寺子屋のちょっと広い裏庭について考えていた。子供の足で十秒も走れば端から端までを辿れるその庭を、慧音先生は〝校庭〟と言い張って聞かなかった。そこは驚くほど狭かった。鬼ごっこをやるにも、かくれんぼをやるにもどうにも狭すぎた。というのも、元から〝ちょっと広い〟程度の庭の中心に、そのちょっとした広さを圧迫する要因があったのだ。
それは大きな槻だった。私が初めて寺子屋に行ったころからあの槻は大樹だった。私がもっと小さい頃はそれほど気にならなかったけど、背が伸びるにつれて、槻は邪魔で仕方がなくなっていった。
けれど、そんな大樹の構える狭い〝校庭〟にて、みんなと遊んだのをよく覚えている。チルノもリグルもミスティアも私も、飛べるのに木登りをしてみたり、意味もなく周囲を走りまわってみたり、隠れる場所の限られたかくれんぼを何度もやったりした。あれは夏だったか、木陰で涼んで、西瓜を食べたのも覚えている。
そんな槻が、私たちが卒業して間もなく切り倒されるという話だった。そこまで思い入れがあるというわけでもないが、なんとなく寂しい。
そんなことを考えながら、私は帰路を辿った。
そうしてその後、チルノはもちろん、リグルやミスティアに会うこともなく、いつのまにか、木の葉は朱く染まってしまった。
……。
それから何年か、私は勉強を続けた。けれど、寺子屋には行かなかった。慧音先生は、
『一人で勉強するな。学問が人を不幸にしてはいけない』
なんていっていたけど、今ひとつピンとこなかったし、なんとなく寺子屋へ行こうとも思えなかった。気付けば勉強も、一人でなんだってできる程度にはなっていたのだ。
リグルやミスティアとは、里でばったりと会うことがあった。しかし会ったとしても、二、三分、近状を交わすのみで、遊ぼう、なんて気は起こらなかった。
リグルはどうやら人間相手に商売を始めたらしい。なんでも、害虫駆除のマッチポンプだとかなんとか。どうしてそんなことを、なんて聞くとリグルは、これがなかなか楽しいんだよ、なんて言って笑っていた。私はやはり、リグルのああいうところが好きじゃない。楽しければなんでもいい、と言いたげなリグルの笑い方は、私の中のリグルへの侮蔑をチクチクと刺激した。しかしだからと言って、リグル自身のことが嫌いなわけではない。なんたって、友達だし、久々に友達に会えば、私も嬉しかった。けれど、何度会ってもリグルは相変わらずに笑う。私はそれが、どうもチクチクする。
相変わらずといえばミスティアだ。ミスティアも、相変わらずに歌が好きらしい。最近ではなんでも仲のいい山彦とバンドを始めたとかなんとか。頑張れよ、なんて言うと、ミスティアは、観にきてよ、と私にチケットを差し出した。しかし、私はどういうわけか、それを断った。その後も何度か会って同じようなやり取りを交わしたが、その度に私はチケットの受け取りを何かと理由をつけて拒んだ。
私は日々の中で、リグルに対する侮蔑に似た感情と、ミスティアのチケットを受け取らない理由について考えた。考える最中に、寺子屋の槻や、チルノのことが頭を過ぎった。なんども、或いはずっと、考えていたけれど、答えが出ることはなかった。
もっといろいろ勉強すれば、何かわかるかもしれない、と考えて、本当にいろんな勉強をしたけれど、結局、日々は相変わらずに過ぎて行った。
……。
…………。
あー。
そうしてまあ、いろいろ考えた結果、私は勉強をやめたってわけ。