ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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鵺似、有、塩味。4

 カレー。ない方がマシ味の飯を出すこの店には、カレーという食べ物があるらしい。珍しいもの好きの有象無象は、寄ってたかってそれを食べたがる。私は違う。しかしキスメは私を叩き起こして、この店まで連れてきた。無理やり。

 

「ねえほら、とっぴんぐだって。水蜜どうする?」

「私は、いいよ。何もなしで」

 

 品書きと言う名のボロ切れに釘付けとなって、キスメは私に問いかける。

 

「えび、ふらい。エビフライだって、わたしはこれをつけるよ」

「いいんじゃないか」

 

 特にこれといって添え物に惹かれることもなく、椅子に座って、じっと、カレーを待つ。そもそもキスメの金でものを食べるわけだから、添え物を望むのは傲慢というものだ。

 

「わ、もうきた。なにこれ! おいしそーじゃん!」

「こんなのがおいしいのかねぇ」

 

 そもそも、人間以外の我々が普通の飯を食らう時点で傲慢だ。我々は飯を食わずとも慎ましく、人さえ殺していれば生きていける。それをカレーライス? トッピング? 馬鹿げてる。

 

「どれさっそく、いただきまーす! ……水蜜、どうしたの?」

 

 しかし、添え物の有る無しでこうも見栄えが変わるものか。キスメの皿に盛られたカレーは、私の皿のそれよりも、なんだかとても豪勢に思えた。あー、欲深きは罪。欲深きは罪なのだ。私はキスメのそういった、浅ましい、無作為な、強欲さが、大嫌いだ。なにが、エビフライだ。なにがエビフライだ!

 

「……あのさ」

「だめ! あげないよ。そんなに物欲しそうな目するくらいなら、はじめから頼んでおけばよかったじゃん!」

 ああ、ちくしょう!

 

 

 どうしたって美味しいカレーライスの余韻を憎みながら店を出れば、通りは相変わらず塵芥どもで溢れかえっている。そんな中、キスメはどこへ行くともなく歩いて行くから、私は仕方なくキスメに追従した。

 大衆と苔と黴臭さに慣れるということはなく、眉間あたりに力を込めて歩きながら、私はキスメと別れるための口実を練っていた。そりゃそうだ。やることがないにしたって、私はキスメの本当の友達なんかじゃない。キスメがどう思ってるかなんて知らないが、私は、こいつを友達だなんて思っちゃいないのだから。

 

 ちょうどいい口実の浮かんだ頃に釣瓶落としの歩く背中に声をかけると、口実を切り出す前に、キスメは私に嘯いた。曰く、腹ごなしに少し歩こう、なんて。それから尚、私がキスメに追従する理由といえば、ずばりそれが、私にとって有益だからだ。キスメの、「少し歩こう」は、いつも私の知らない場所を教えてくれる。この地底とは、キスメと違って、長い付き合いになる。知らないことは少ない方がいいに決まってる。

 だから、人混みの中、私はキスメの背中を追った。

 

 しばらく通りを歩いていると、私はどうにも、キスメの機嫌をとってやらなくてはいけないような気がしてきた。それは、利用するのならある程度の信頼関係を築くべきであるという、打算的な腹積もりから出た軽薄な言葉だった。

 

「なあキスメ。ええと、最近は、どうよ」

「どうって。そりゃ、バリバリだよ」

 

 通りには露店を張ってる商人が数多にのさばっている。露店にはどこもぽつぽつと客らしきダニどもが群がっていたが、視界の遠く奥の方、その中でもいっとう景気の良さそうな露店があった。なにを売ってるかは知らないが、キスメはおそらく、そこに向かってるのだろう。

 

「はは。バリバリってなにさ」

「バリバリっていったら、そりゃもうあれだよ。ぱっかーん! 頭蓋骨陥没! バリバリっていうか、パカパカ? なんて! あはは! ……水蜜?」

 

 聞かなきゃよかったな。

 

 

 例の露店に近付くと、露店は思うよりずっと賑わって、長蛇の列が出来ていた。唇を結んだ私を尻目に、キスメは、「ここだよ、ここ」なんて言って最後尾に並ぶから、仕方なく、私もキスメの背後についた。

 

「私はいらないよ。お面なんて」

「え! 水蜜、まさか知らないの!」

 

 露店の正体はお面屋だった。ブルーシートの上にはさまざまな面が平積みにされており、水垢どもはそれらを買い求めるために群れをなしている。なんだってんだ。

 

「食い物か?」

「え、どういう意味? ……いや、水蜜の譫言は置いといてさ。地底にはね、毎年、お面の日っていうのがあるんだよ。その日はみんなお面をつけるの。その日がね、近々来るってわけ」

 

 譫言て。あー、選ぶほどの言葉すら持ってないってわけだ。つくづく嫌になる。……でも、もしそうじゃなかったとしたらどうしよう。いや、別に、それはそれで、構わないけど。

 

「なるほどね。祭りやなんかだ。だとしたって、私はいらないよ。お面は」

「ダメだよ! お面つけてないと、殺されちゃうよ! まったく、鬼みたいなこと言わないでよね。水蜜なんてひょろっちいんだから、お面つけなかったら狙われて、すぐに殺戮のカモにされちゃうんだから」

 

 殺戮て。

 

 

 キスメの話によれば、その物騒な『お面の日』という祭りは、年に一度、地底に住む人外どものガス抜きのために敢行される催しらしい。他にも地上から降りてきた人間の数の調整だとか、参加しなければ死ぬ祭りに参加しないほどの横着者――言い換えればアホ――を炙り出すという名目もあるとかなんとか。まあ結局、地底で隠居を決め込んだとしても空腹には抗えない人外達のための徳政令だ。

 

 基本的には、面をつけてないやつは無条件に殺してもいい、それだけが『お面の日』のルールだそうだが、対象がもし人間なら、そいつが面をつけてたとしても暴力を行使してもいいらしい。相手を間違うとえらい目に遭うとかなんとか言ってたが、まあ、旧っても地獄ってわけだ。

 

「ほんとに買わなくてよかったの?」

「いいんだよ」

 

 側頭に面をつけたキスメはようわからん困り顔で私に尋ねる。

 結局、お面は買わなかった。祭りなんてものには端から興味はないし、参加する気もない。要は外に出なけりゃいいんだ。

 

「……ふうん。すごいね、水蜜。狙われたって大丈夫な自信があるってことでしょ。ひきかえ、わたしはこそこそお面をつけて、こそこそ人間を探して、こそこそ不意をついて殺すわけじゃん。なんだか自分が、恥ずかしくなってきたな」

 

 そんなことで卑屈になられたって、困る。適当な言葉を探すにしたって、通りを離れた私の視界には水気を帯びた岩しか映らない。

 

「わたし、正直言うとさ。水蜜って、人を殺せない臆病者なのかもって、疑ってたんだ。でも、なんか見直しちゃった。見直したっていうか、尊敬するっていうか。すごいよね、鬼みたい。だって、お面をつけないってことは、襲ってくるやつ全員殺すってことでしょ? すごいよ、ほんと」

 

 キスメは珍しく、どこか思い詰めたような表情で訥々と語る。口を開けば、誰々を殺したとか、こうやって殺したとか、そんなことばかりを楽しそうに語るやつが、友人の蛮勇一つでこうもしょんぼりするものだろうか。もしかするとキスメは、普段嘘をついていて、本当は、誰一人殺しちゃいないのではなかろうか。だから、こんなにしょぼれくれて。

 

 馬鹿馬鹿しい。仮にそうだったとしても、それがなんだってんだ。キスメとトモダチになろうってのか? 馬鹿げてる。化け物に友達なんていらない。化け物は化け物らしく、人を殺すことだけ考えてりゃいいんだ。

 

「よおキスメ。そんなに褒めてくれるなよ。どうだ、ここはひとつ。お面の日は私と二人で歩いてさ、人間どもの頭をバカバカかち割ってやろうじゃないか。お前が怖がるなら、そのときは私もお面をつけるよ。それにさ、こそこそ不意をついて殺すのは、正面切ってやるよりも、よっぽど愉快じゃないか。何も知らないまま死んでいく人間ほど愉快なものはないよ。お前のやり方はなんも間違っちゃいないよ。なあ、キスメ」

「そ、そうかな。えへへ」

 

 ああ、そうだよ。

 

「とりあえず、なんか甘いもんでも食べようよ。お面はさ、後で勝手に買っておくからさ」

「いいね、行こっか。オススメのとこがあるんだ!」

 

 まあ、お前の金で食うんだけどな。いつか返すよ、いつか。

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