ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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日々は槻を濁すよに 5

「うわ、懐かしいなあ。昔と全然変わってないね。あ、でも、昔はもうちょっと物があったね」

「最近減らしたの。全部お金に変えたってわけ」

 埃っぽい部屋の中、リグルが懐かしそうに部屋中を見渡す。リグルは一瞬、部屋を物色するような素振りを見せたが直ぐにやめた。触るまでもなく、其処に何もないことを察知したのだろう。

「じゃ、僕は上の段ね」

「お好きにどうぞ」

 金を貸してくれないか、その問いに、リグルは二つ返事で応えた。それどころか、返さなくてもいいとまで言う。曰く、暇だから。私がなるほどなぁ、と相槌を打つと、リグルは、

『そっちも暇なんでしょ?』

 と、聞いてきた。私はどうしても、はいその通りです、と答えるほかなく、実際、はいその通りです、と答えた。するとリグルは唐突に、じゃあしばらく、一緒に暮らそうよ、なんてことを言った。私は少し驚いたが、やはり暇だったから、承諾したというわけだ。会うこと自体久々のリグルとの暮らしに頭がかき乱されそうな予感はあるけれど、なにもないよりはずっとマシに思えた。そして家の前まで着いた際、私は片手に下げた馴染みの酒瓶を見て、どうせなら高い酒を持ってくればよかった、なんてことを考えながら戸を開けたのだった。

「あー、天井が近い。寝惚けて起き上がったら、頭打ちそうだ」

「下の段使えば?」

「いいよ、上で。せっかく勝ち取った場所だし」

 リグルは早速上段のベッドに上がって、寝心地を確かめている。私は床に敷かれた布団の上で、それを見るともなく見上げていた。断続的に、布と布とが擦れる音が上の方から聞こえてくる。暫くそんな静寂が続いて、リグルが唐突に口を開いた。

「それにしても、意外だな。お前は教師にでもなるのかと思ってたんだけどな、僕は」

「まさか」

 リグルが起き上がったようで、二段ベッドがけたたましく悲鳴を上げた。ラダーを軋ませながら降りてくるリグルに私は言う。

「私が寝てる時はゆっくり起き上がってよね」

「まかせてまかせて、よっと」

 床に足をつけたリグルは続けざまに口を開けた。

「じゃ、僕。一旦帰るね」

「あ、なんか持ってきてくれるってわけ?」

「うん、いろいろ。ここ、何も無さすぎて結局暇だし。いいよね」

「いいけど。ご覧の通り狭いから、あんまりでっかいのはダメ」

 私が言うと、リグルは分かった、と答えて家を出て行った。

 私は自分の言動に対し、これから生活費等を工面してもらう相手に対して随分な物言いだな、なんて思ったけれど、不思議と、罪悪を感じることはなかった。リグルと久々に会ったこの短い間に、もはや以前感じていた友人というソレよりも、もっと近しい間柄を感じていたのだ。言い表すならばそれは、共感とか、共鳴とか。そんな薄暗い軽薄な言葉だろう。リグルがどう思ってるかは定かでは無いけれど、なんとなく、リグルは私と同じな気がした。

「いや、私が寄せていったのかな」

 あはは、と笑って、酒を呷った。ともかくとして、これからは、なにかと忙しなくなるのだろう。それならそれで、いいやと思い、私はそのまま仰向けに、寝転ぶ。

「こうして見ると、なかなか新鮮な気もするけど」

 短い睡眠を予感しながら、天井の木目を眺め続ける。瓶の中は未だ、たっぷりと、琥珀色に、満ちていた。

 

 それから私は、何やら話し声で目が覚めた。工事がどうとか、代金がどうのとか、そんなやり取りが戸口の方から聞こえてくる。とにかく起き上がって部屋を見渡すと、床の上に一台、テレビがあった。ラジオなぞが普及し始めた昨今の人里でも中々お目にかからないソレからは一本の線が伸びていて、なにか壁に突き刺さっていた。うちに、コンセントなんてないはずだが。

「うわ、小銭ばっかりだなあ。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……。はい、丁度ね。じゃ、またなにかあったら。それじゃあ」

「はい、ありがとーございましたー」

 人の声や物音で起こされると、寝起きの割には音がハッキリと聞こえてくる。家の狭さもあって、リグルが戸口から部屋に向かってくる足音もしっかりと聞き取れた。

「なに、誰か来てたの」

「ああ、河童だよ。電気工事を頼んだんだ」

 私はさして驚くこともなく、ふぅん、と相槌を打って、床の上に置かれたテレビの周辺を見やった。テレビの横にはこれまた見慣れない機械があった。それは恐らく、DVDプレーヤーというものだろう。プレーヤーからはやはり何本か線が伸びていて、いずれもどこかしらに突き刺さっていた。未だ寝ぼけた私にとって、勝手に電気工事を敢行されたことや、河童の技術力の逞しさよりも、まず頭に浮かんだのは突き刺さった線のことだった。突き刺さった、という言葉が、やけに、無意味に思考に張り付いていた。

「あんた、なに。これ、どこから持って来たの」

「拾ったんだ。無縁塚で。河童に修理を頼んでたんだけどさ、いやあ、取りに行くのが面倒でね。この機会に、と思って、電気工事のついでに持って来てもらったんだ」

 当然、此処ではテレビが見られない。リグルはきっと、プレーヤーを使って何かみようというのだろう。

「ええなに、なんか、みるの」

「うん。この日の為に色んなところ回ってさ、集めてたんだよ。無縁塚で拾ったものとか、拾った奴から買ったのとか、怪しい露店に並んでたやつとかさ。結構な量あるから、しばらく退屈しないと思うよ。ああ! 楽しみだなあ!」

 リグルが思いのほか本当に楽しみそうに話すので、じゃあ何故今まで一人で観なかったのだろう、とか、修理を頼むだけ頼んで取りに行かなかったのだろう、とか。その辺りの疑問が浮かんだ。しかし答えはすぐに出た。すばり面倒だったのだろう。私は勝手にそう決めつけて、気怠さに苛まれながら上体を起こした。

「じゃあ、酒とツマミを買ってこないとだ」

「当然! あ、一緒に行く? 準備に時間かかったりするかな。僕はもう待ちきれないよ!」

 イヤに上機嫌なリグルに感化されて、私はよっしゃと目紛しく外出の準備を急いだ。

 

 

 

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