ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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日々は槻を濁すよに 6

 

 

 ……。

 

「はえー面白い」

「なあ、オレンジは結局死んだのか」

「うーん、どうだろう。どっちでもいいけどな」

「言えてる」

「僕はホワイトが好きだな。こいつが居たから映画がオチた」

「オチたかな」

「ルーミア、お前は?」

「うーん。ブラウンかな」

「誰だっけ、そいつ」

「一番最初に死んだやつ」

「あー……? ところで、どうだった? この映画」

「なんだろうな、よく分かんなかったよ。面白いって言ったら、馬鹿にされそうな感じの映画」

「そっか。いやー僕はさ、この映画。夢みたいな映画だと思ったよ」

「あー、夢。夢ねえ」

「なんか下らない話しててさ、場面が飛んで、ショッキングな状況。時系列が前後してぐちゃぐちゃ。でも、最後に死ぬのは決まってる。夢ってそういうもんだろ? いつも、死ぬ瞬間には目が覚める。少なくとも僕はそうだった」

「なるほどねえ、んー。じゃあ、誰の夢さ。死ぬ瞬間に目が覚めるってんなら、オレンジの夢?」

「あー……。……ブラウン、かな」

「そりゃ、監督だからな。オチ考えてから喋んなさいな」

「いや、オチただろう」

「そうかな」

 ……。

 あれから暫くが経ち、映画も見慣れて来た頃だ。私とリグルはいつも通りで床に敷かれた布団に座し、同じく床にくっついたテレビモニターに張り付いていた。家には椅子がなかったので、私とリグルは大抵、動かない二段ベッドの下段の柵にもたれて、それを観た。リグルはごく稀に〝ご贔屓さん〟の所へ出向く程度で、他に外出といえば酒とツマミを買いに行くぐらいだった。私の場合はそれだけだ。

 そして、かつてリグルに対して感じていた軽蔑、或いは侮蔑、それかその両方は、もう完全になりを潜めていた。それは、気付けば私もリグルを笑えなくなっていただけのことかもしれない。マッチポンプで享楽を送るリグルと、その金で悠々と暮らす私。どちらにせよ、ろくでもないということは確かだった。

 というかぶっちゃけ、私の方が下じゃないかな。あー、やだやだ。

「ところでさ、あんた。なんで無縁塚なんてとこに行ったのさ」

「あー、探し物かな」

 リグルは映画のディスクをケースにしまいながら答えた。ディスクをケースにはめるとカチ、と音が鳴るし、ケースをたたんで閉じるときにも同じ音がする。

「探し物ってなにさ」

「いやあ、失くしものがあってさ。それを探しに行ったんだよ」

 また、カチ、と音が鳴る。リグルと暮らし始めてから意外だったことが二、三あり、この音はそのうちの一つだった。リグルは深く息を吸い込んで、吐き出した。灰色をした煙が部屋の薄暗さに溶けて行く。意外なことに、リグルは煙草を吸っていた。別に、リグルの楽しいことに貪欲な、一種の軽薄さを感じさせる性格から考えれば、それほど不自然ではないような気もしないではない。しかしリグルは虫の妖怪なのだ。勝手なイメージには他ならないけど、虫の妖怪は煙が苦手なものだとばかり思い込んでいたのだ。けれど、リグルが初めて懐から煙草を取り出した際に気になって尋ねてみたところ、苦手だよ、なんて言っていた。謎は深まるばかりである。

「それで? 見つかったの、その失せ物は」

「うーん。あそこってさ、要は忘れられたものが落ちてるわけじゃん。一瞬、見つけられたと思ったんだけどねぇ、手を伸ばそうとした途端、消えちゃった。それから、なに探してたかすら思い出せないけど、代わりにコレが手に入ったから。いいんだ、別に」

 リグルは言いながらプレーヤーの電源を落とした。私は私で、リグルの左手の煙草から伸びる煙が消えていくのを眺めつつ、ふうん、と口を動かした。

「じゃあまた、少し行ってくるよ」

「あいよ。酒はいつものでいいんでしょ? つまみ、なんか食べたいのある?」

 聞くとリグルは、特にないよ、と言って、そのままふらふらと部屋から出て行った。

「特にない、とか言うわりに、文句言うんだよなぁ」

 下段のベッドにてきとーに撒かれた金をてきとーに握って、私も家を出た。

 外は肌寒かった。木々はすでに葉を落とし、秋は終わりを迎えようとしていた。外気は冷たく、冬服を売ったことを後悔させる。自分の体を抱くように、二の腕辺りを互いの腕で掴んで、うとおの間辺りの発音で唸ったところで、白いシャツの袖口は私に心許なさを運ぶのみだった。

 ぽつり、ぽつりと、人とすれ違う。その中から、一等暖かそうな服を着たのを見つけて、私は心中でそいつの身ぐるみを剥ぎ、着た。やはり寒さは拭えずに、私は雲の薄い、秋空の下をとぼとぼ歩いた。

 目的の品を買い揃えて、私はまたまた道を歩く。婆ちゃんの営む酒屋は未だ開くことはなかった。私は仕方なくあの男が店番をする酒屋に行ったが、男はやはり左上辺りを見ながらぼんやりとしてあたし、私は右上の方を見ていた。その後、適当な店でてきとーなつまみを買った。両腕に袋を提げているせいで、さっきみたいに体を抱くことができないので、とても、寒い。

 見上げれば、空は相変わらず白かった。雲を引き延ばして、引き延ばして、引き延ばし続けたものをいくつかばら撒けば、きっとこういう白になるのではないか。そんなことを考えると、私は猛烈に酒が飲みたくなったし、映画が観たくなった。

 今にも雪が降りそうだから、冬の映画がいいな、なにか、ちょうど良さそうなタイトルはないものか。リグルが帰ってきたら聞いてみよう。と、そんなことを考えていると、不意に、見覚えのある格好をした人物が向こうから歩いてきている。向こうも私に気がついたようで、少し駆け足で向かってくる。どこか嬉しそうな面持ちでこちらへ向かってくるミスティアを見て、私はなぜか、強盗団に潜入した囮捜査官のような気分になった。

「ルーミア! 久しぶり、元気だった?」

「うん。元気元気。ただちょっと寒いけど」

「あ、ほんと! こんな寒いのに、上着一枚じゃ風邪引いちゃうよ」

 ミスティアが自身の羽織る上着を脱ごうとするので、私は慌てて制止した。

「だって、寒いでしょ? だいじょうぶなの?」

「うん。だいじょうぶだいじょうぶ。すぐ帰るからさ」

 言うと、ミスティアは、そっか、と少し寂しそうな顔をした。私はハッとして、何かちょうどいい話題を探した。

「あ、いやえっと、そうだ。ミスティア、最近何やってるのさ。まだ、歌うたってるの? そうだ、ずっと前に会った時さ、バンド組んだって言ってたよね。なんだっけあの、山彦の子とさ」

「……うん、まだやってるよ。バンドね、最近調子良いんだ。八橋さんって人がいてね、いろいろ教えてくれたりして、絶好調って感じ。……チケット、あるんだけど、よかったら……」

 ミスティアは相変わらず、おずおず、として言う。そうか、まだ、やってるんだ、歌。なんだか少し安心する。なんてことを考えながら、私は一方でチケットを受け取らないための言い訳を考えていた。

「いや、そのう。私、最近忙しくてさ。チケット貰っても行けるかどうかわかんないし、行けなかったら悪いからさ。その分、他の人にあげてよ」

「……そっか」

 ……。

「いや、でもさー。すごいよねミスティアは。子供の時から好きだったものまだ続けててさ、なんか、こっちまで勇気湧いてくるよ。あはは、ちょっと言い過ぎかな。でも、ほんと、なんか嬉しいんだ。ミスティアが歌続けてるの。とにかくさ、頑張ってよ、応援してるんだから。ね!」

 ミスティアが「うん、ありがとう」と返した後、もう一度、頑張ってね、なんて言葉を吐いて、私は歩き始めた。しばらくして振り返るってみると、ちょうど、ミスティアも振り返って、目があった。私は軽く手を振って、前を向いて、歩いた。

「応援してるんだから、か」

 家までの道筋の中、囮捜査官に自分を重ねてみたり、右上を眺めたり、積雪を願ったり、した。

 

 ……。

 

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