ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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 ……。
「はえー面白い」
「ゾンビものかと思ってたけど」
「な。全然違ったな」
「けどワンとツー、殆ど同じ内容だったね」
「どっちが好き? 僕はツーかなー! 右手との死闘が笑える。血飛沫ももはやアホだね」
「わたしはスリー」
「あれはスリーなのかな」
「さあ」
 ……。




日々は槻を濁すよに 8

 

 最近なんだか暖かい。そんなこんなで春は終わり、気付いたらもう夏だった。蒸し暑い部屋の中、肌にシャツを張り付かせながらリグルのタバコを拝借していると、二段ベッドが悲鳴をあげた。リグルが起きたのだろう。リグルはいつも、私の後に起きてくる。バレて困るということもないので、私はゆっくりと煙を吸って、ゆっくり吐いた。

「おはよ、ルーミア」

「おはよーさん」

 今日何観る? 覚束ない身振りでラダーを下るリグルに尋ねる。リグル動くから、部屋に差し込む僅かな光芒の中、埃が舞っている。

「え、っとね。今日は、どーしよっか。よっ、と」

 リグルは最近、仕事に行かない。正確に言えば去年の冬、ちょうど二人で雪合戦なぞに興じた辺りから、リグルは仕事に行かなかった。理由を聞けばその都度、冬だからとか、春だからとか、夏だから、とか。毎度、要領の得ない答えが返ってくるのみだった。

「うぅ、う、ん、うーん、と」

 リグルがラダーを使って、猫のように体を伸ばす。背骨等の軋むくぐもった音が、私の聴覚にさえ聞こえてくる。リグルがこの柔軟体操をやる日は、大抵外出を提案する日だ。雪合戦のときもリグルは起き抜けにこれをやった。だから私がこれまでのことを回想できる時間は残り僅かだろう。あと十秒もしないうちに、リグルはその口を朗らかに開くに違いない。

 去年の冬、私たちは一日だけ酒を飲まなかった日があった。腰の悪い婆ちゃんの店も例の男の店も閉まっていたのがその日だ。その日私はいつものように右上らへんを見やりながら腰の悪い婆ちゃんの店へ向かった。するとやはり、婆ちゃんの酒屋は閉まっていた。婆ちゃんの酒屋が閉まっているのは、その時には既に当たり前のようになっていた。だから私はいつも通りに、仕方なくあの男が店番をする酒屋に行ったのだが、閉まっていた。酒を買わずに帰ってはリグルに顔向けができない。そう考えた私は、しばらく待った。数刻、待ったと記憶している。そして、空に朱が差した頃、男が喪服を着て帰って来たので、その日の酒はそこで諦めた。後日、男は聞きもしないのに教えてくれた。腰の悪い婆ちゃんは腰の悪いまま、逝ったそうだ。

 それからもう半年も経つが、やはり婆ちゃんの酒屋が開かれることはなかった。親族間でどんなやり取りが為されたかは分からないが、きっともう、二度と開くことはないのだろう。外でけたたましく鳴く蝉が、聞きもしないのにそれを私に再確認させてくれたわけだ。なんともまあ、殊勝なこって。

「よし、ルーミア。早速買い出しに行こう。昨日の話、覚えてる?」

 二度、首を鳴らしてタバコに火をつけたリグルが口を開いた。

「昨日の話? なんだっけ。ああ、どの作品のゾンビが一番強いかってはなしだ」

 多分、違う。幻想郷にショッピングモールはないし。

「違うよ。夏らしいことしようって言ってただろう? バーベキューだよ、バーベキュー。水辺でさ」

「……ああ、言ってたかも」

 本当は覚えていた。霧の湖、その湖畔でバーベキューをしようというリグルの提案は、忘れられるはずもなかった。私はもう何年も霧の湖に行っていない。というよりも、避けていた、という方が正鵠に近い。何故なら〝特別な機会〟がなかったからだ。しかしだからと言って、今回の〝バーベキュー〟なぞが特別な機会足りえないことは、リグルも承知しているだろう。

 だから、

「いやあ楽しみだね! ちょっと良い肉買っちゃおうか」

「いやいやこういうのはさ、やっすいのがいいのよ、やっすいのが」

 私たちは、イヤに元気だった。

 

「おいルーミア、野菜も買わないと」

「正気? 肉だけでいいでしょ」

「お前の気持ちは正直分からんでもない。けどルーミア、お前が肉のみを所望する理由を考えてみろよ」

「野菜が邪魔だから……あー」

「そう、野菜が邪魔だから、肉が欲しいんじゃないか。な、野菜は必要だよ。野菜も買う、いいね?」

「うーん。まあ、あんたの金だし、好きにしたらいいわ」

 食材を買い込んで、湖畔に来た。リグルが自分の住処からそれっぽいグリル(私は悪くない)を持ってきたところで、バーベキューが始まった。

「おお、いいね。さっそくジュージューいってるよ、なあ。湖面が風に揺れてキラキラして、うーんなんとも夏っぽい!」

「全くだなあ! 吹く風一つとっても夏だね、いやはや!」

 私にとって懐かしい湖畔の景観は、恐らくリグルにとっても懐かしいものに違いないのだろう。互いに酒を持参しなかったのがその証明に思えた。網の上では食材たちが競うように身を焦がしていく。なんとも、もどかしい気分である。

「ああ、もどかしいなあ! ときにルーミアよ、お前、一口目はどうするよ」

「一口目! 大事だね、一口目は。でも、やっぱ肉だよ。肉しかない」

 お、もう食べられるぞ、とリグルが肉を箸で摘む。ここで、リグルと私は調味料を買い忘れたことに気がついたが、そんなことは私たちにとってさしたる問題ではなかった。私もやけになって、焼けた肉を口に運ぶ。

「うん、安い肉の味がするよ。調味料がなくても全然いけるな。なんてったって夏だもの」

「ほんとほんと。湖畔で夏の風を感じながら肉を食べる。なんて夏らしいんだ!」

 私は尚更、一刻も早くこの馬鹿げた催しをやめたかった。それは、リグルもきっと同じだろう。

「ははは、楽しいなあ、ルーミア」

「ほんと。愉快で仕方ないわ、あはは」

 その後も、二人して「ははは」と笑いながら箸を動かした。野菜も食べたし、肉も食べた。ただ、そのうちに口数は減っていった。無論、互いに食べることに専念したとか、そういうわけじゃない。妙な沈黙の中、私たちはきっと、互いに、同じ言葉を吐き出せないままでいた。

「おいおいルーミア、肉が焦げちゃうぜ。早く食べないと」

「わかってるよ。そっちこそ、野菜ばっか食べてさ」

「いやあ最初に肉ばっか食べちゃったから、ちょっと胃がやられちゃってさあ、ははは。ははは……はぁ」

 リグルのため息によって、一瞬にして、空間が静まり返る。空気は重たく、息を吸えば肺らへんがどこかひんやりとするのを感じた。安っぽい畜肉の水分がしみ出して、網の上で蒸発する音だけが、私とリグルの間を滑っていく。

「……なあ、ルーミア」

 先に口を開いたのはリグルだった。リグルの声は、普段の軽い声色とはうってかわって真剣な色を帯びていたから、私は気が滅入った。リグルが何を吐き出そうとも、私にはそれを飲み込めるよう刻んでやることはできないし、何より聞きたくもなかった。

「帰ろっか」

 私の口から溢れた声は、思うよりずっと軽い声色をしていて、自分自身、驚いた。リグルはおずおずといった具合に、うん、と頷いたけれど、下を向き眉を潜めて、視線を泳がせている。どうやらまだ、何か言いたいことがあるようだ。

「……違うんだ、僕……。僕さ、あの頃のこと」

「いいから、帰ろうって。いいからさ」

 やはり私は、リグルの言葉に懺悔めいた予感を感じた。私はやはり、それに付き合うことはできない。リグルのことは嫌いじゃない。友人だし、一緒にいると楽しい。ただ、一緒にいて楽しくなければ、当然、一緒にいたいとは思わない。そんな、当たり前のような、血の通わないような、どちらともつかぬコトの是非を自問しているうちに、リグルは、うん、と、頷いた。

 

 家に帰って、私たちは酒を飲んだ。それは、いつもより緩やかなペースで進んだけれど、いつもよりずっと、長い間、飲んでいたように思う。夕暮れ、外にポツポツと雨が降ってきた。雨は時間が経つにつれ勢いを増し、一向に止む気配は見えなかった。

 そうして、気がつけば眠りに落ちていた私は、大きな雷の音で目が覚めた。時刻はわからないが、リグルと共に瓶を空にしたのが夜だったから、恐らく朝だろう。私は布団を頭から被って眠っていたらしく、瞼を開けど視界は真っ暗だった。外から地面を鞭打つような激しい雨音が聞こえてくる。布団からはみ出た足を布団の中へおさめようともぞもぞさせると、爪先が何か人体を蹴った。リグルはどうやら胡座をかいているらしく、私の爪先が蹴ったのは太腿のあたりだ。しかし、蹴られた本人は声を上げることもなく、特にこれといった反応を示さなかった。

 いや、違う。声は上げていた。起きた時から、雨音に混じって、リグルの声が聞こえていた。それは小さな声だったけど、この狭い部屋の中、聞き取るには十分な声量だった。

「『じゃあ久し振りに、チルノちゃんのところでも、いかない』」

「だからさ、今更鬼ごっこやかくれんぼなんかしたって、楽しいわけないって、言ってるだろ」

 布団の中から隙間を作りリグルを見やると、リグルは灰皿辺りの遠くを見つめながら、空いた酒瓶に手を添えて、その口を小さく動かしていた。

「ああお婆ちゃん、待って、待ってください。お婆ちゃん、もしかすると部屋に害虫などは出ていませんか? ええそうでしょう、そうでしょう。先程御宅の玄関先を通りかかった際にですね、妙に気に掛かったんですよ。なんだかやけに目に付いた。きっと、虫の知らせというやつでしょう。ときにお婆ちゃん、ワタクシ害虫駆除を生業にしてますこういうものです」

「人間も、意外にチョロいなぁ」

「『あたいの家より、よっぽど上等だ』」

「ええ? お婆ちゃん、また虫が出たんですか? おかしいなそんなはず、ああいやいや、やらせてもらいますよ」

「『トランプで決めようよ』」

「え、お婆ちゃん、また虫が出たの。わかったわかった、じゃあ、お昼頃、お茶を買っていくからさ、待っててね」

「『婆ちゃん、腰悪いまま逝っちまったとよ』」

「次から集合場所は……。『雪合戦であたいに勝とうなんて』……。ああ、暇だな、何か楽しいことはないものか……」……。…………。

 妖怪の体と心は人間のそれほど密接でなかったり、ときに密接であったりする。あの頃、人間の体と心の仕組みについて必死で学習したけれど、分かったのは妖怪の心身の成長、その不可解さのみだった。だから、私は一つ、意味もなく。わざとらしく自然な寝返りをうって、そのまま眠った。起きて酒を買いに行った際にようやく、私は昨夜の雨が酷い嵐だったことを知った。

 

 

 

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