ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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 ……。
「なあ、この映画の主人公みたいにすぐ記憶がなくなるとしたら、ルーミア、お前はどんな刺青いれるよ?」
「桜吹雪」
「ナンセンスなこと言っとらんと」
「あんたの名前」
「おー、じゃあ僕もそうしようかな」
「お揃いね」
「うん。『リグル・ナイトバグ』。僕は明朝体にしようかな、やっぱ明朝体だよ。お前は?」
「ゴシック体」
「かわいー」
「カリグラフィーで」
「かっくいー」
 ……。
 …………。
「クリスは死んじゃったのか」
「かなしいなあ」
「ね。いやでも、テディはもっとイイとこに勤めるんじゃないかと思ってたけどなあ」
「なんでさ」
「なんとなく。いやあ、面白かったね、この映画は」
「まあね。……ああ。あの子は今頃、なにやってんのかな」
「あの子? ああ〝あの子〟か。僕、こないだ、あの子に会ったよ」
「ふうん。どうだった?」
「忘れてたよ、僕たちのこと」
「ふうん」
 ……。
 …………。



日々は槻を濁すよに 9

 そんな日常にも次第に飽き、私はまた日柄里をふらつく日々に戻っていた。プレーヤーやらモニターやら、吸い殻の詰まった灰皿やらは、まだ私の家に在ったが、リグルは段々と、私の家には帰らなくなっていた。

 里をふらついていたら、ミスティアに会った。ミスティアは歌をやめるらしく、私に最後のライブのチケットを手渡した。ミスティアの最後のライブとあっては受け取らずにいられなかったチケットは今も二段ベッドの下段に置いてある。どうやらライブは明日らしい。私はどうも、行かなければならないような、いよいよもって終わりの日が訪れてしまったような、何かそんな、後悔に似た焦燥を胸中に感じていた。

 とはいえ。

「とはいえ」

「何かしようとも思えないけど」

「リグルは帰ってこないし、映画ももう面白くないし。酒を飲むほど体調も優れない。これが、暇というやつなのだよ。全くもって、諸行は無情である。なんて、私は何を言ってるのやら」

 

「『やればやるほどつまんないよ』ねぇ。あいつもあいつで、悩んでいたってわけだ。あー、どーも、ダメだな。素面のはずなんだけど。……素面だからかな」

 

「『私達も帰ろっか』か。なんだか、昔のことばっかり思い出すなぁ。あんなこと言わず、二人でチルノのところでもいきゃよかったかな。いや、どーだろ」

 

「チルノ、チルノねぇ。あー、ダメだ、ダメだな。ミスティア、結局歌やめるのか。なんだかなぁ。……ああ、人間の増える理由は分かったよ。『では何故、妖怪は成長するのか。』教えてほしいよ、慧音せんせー」

 

「公共、交響、孝経、虹橋。……いやあ、どうもさっぱりだな。あの人さては、思いつきでテキトー言っただけなんじゃないか。なんか、ありえそーで、ははは。笑える」

 

「ああそういや、大妖精なんてのが居たなぁ。たまにしか、遊ばなかったけど。いやでも、いい子だったな……たしか。あの子らは、いや、みんな……ああ、もう。ダメだな、こりゃ」

 

 ……。

 

 私は、かつてリグルが指定した〝次からの集合場所〟に来ていた。全くもって馬鹿らしいが、ここに来ればまだ終わらない気がしたのだ。何が終わらないのかはわからないが、とにかくそんな気がした。晴れでもなければ雨でもない里の白昼を抜けるのには苦労した。思いもよらず半分ほど残っていた瓶の中身を空にしてしまったほどだ。

 木々に囲まれた森の中。私の視界は殆ど枝葉に覆われていて、僅かな木漏れ日に照らされた白い靄は湿気を孕んでいる。汗と湿気で額に張り付いた前髪を少し整えて、私はまた、歩き始める、

「ここ、昔はもう少し明るかったと思うけど。ああ、木もでかくなったのか、そりゃそうだよな。背も伸びてて、気付かなかった」

 口から出る言葉よりずっと、内心は落ち着かなかった。こんな所を歩いていると、今にもチルノがそこら辺から飛び出して来そうで、ドキドキしていた。

 ああ、今そんな事が起きたら、私はきっと声を上げて驚いてしまうかもしらん、およそ起こり得ない空想をへらへらと揺蕩わせていると、目の前を背の低い妖精が左から右へと横切った。私が思わず、あ、と声を上げると、妖精もこちらに気付いたようで、妖精は私の視界の右らへんで足を止めた。妖精は私をじっと、見つめている。

「あ、あのさ。今、なにやってんの?」

 先に口を開いたのは私の方だった。酒のせいで、少し呂律が怪しかったかもわからない。とにかく私はへらへらと、訝しげに私を見つめる妖精に、そんな言葉を投げかけた。

「かくれんぼ」

 妖精はそう言って、森の深い方へ走り去った。

「……あー、やっぱり……」

 一人残された私は、そうなのか、なんて言葉を舌の上で燻らせた。枝葉に覆われた森の空気は、嘘のように澄んでいて、あの妖精の髪の色は、私が引き延ばして来たあの夏と、同じ色をしていた。

 

 家に帰ればリグルがいた。てっきりもう帰ってこないものかと思っていたけど、そんなこともないらしい。まあ、さして驚くことでもない。

「おかえり、随分疲れてるみたいじゃん。……チルノにでも会った?」

 リグルは窓のそばの壁にもたれて、タバコを吸っていた。窓枠に置かれた灰皿にぐちゃぐちゃに丸められたタバコのパッケージが見えるから、どうやら最後の一本らしい。

「私さ、知ってたんだ。本なら何でも読んだから、妖精の一回休みがどんなもんか、知ってたんだよ」

 ……。

 タバコの火を消して、リグルは窓を閉めながら口を開いた。

「あいつ、やんちゃだったからな」

 そう言って、リグルがはははと笑うから、私もつい笑ってしまう。

「覚えてるはず、ないね」

「全くだよ」

 乾いた笑いを互いに交わしたのち、リグルは一息置いて話し始めた。

「僕もさ、薄々、知ってはいたんだ。ほら、大妖精っていただろ? よく遊んだじゃん、たまに」

「あー、覚えてる。よく遊んだ。たまに」

「でもあいつさ、住んでるところ絶対教えてくれなかっただろ?」

「気にしてたの、あんただけだったけどね」

「いやあ、それでさ。気になって、つけてみたことがあったんだよ、あとを」

「あんたらしいわ」

「それで、あいつの住処までつけたんだ。もうどこだったかは忘れちゃったんだけど、場所なんてどうでもよくてさ。部屋の中が凄かったんだよ」

「入ったの」

「うん、後日出かけたのを見計らって。いや、何が凄かったってさ、日記だらけだったんだよ。紙もあったし、紙じゃないのもあった。とにかくすごい量だったよ。それで、悪いかなとは思ったけど、何冊か開いてみたんだ。そしたらさ、書かれてる内容が、大妖精の日記のはずなのに、まるでチルノの日記みたいなんだよ」

「なるほどね。やんちゃだもんなあ、チルノは」

「そう。だからさ、それからさ、その……何となく、つまんなかったんだよ。ずっと……いやあ、僕ね……悪いと思ってるんだ。お前にも、ミスティアにも。……みんながこんなに集まらなくなったのは、あの頃の僕のせいだよ。ごめん、ごめんな」

「そんな、話のついでに謝られてもなあ」

「いやあ……ははは」

「冗談だって、気にしないよ。なにより、もう終わったことだしね」

「……うん、そうだね。……明日、ミスティアのライブ、どうする? ルーミアもチケット貰ったんだろ?」

「あんたも貰ったわけ。うーん、そっか。じゃ、行こうか。明日。最後だしね」

「うん、最後だ」

 話終わると、リグルは部屋にあった自分の荷物を纏めて帰っていった。とはいっても、プレーヤーも金も、もういらないから、とすべて置いていったから、リグルが持ち帰ったものと言えば自身の僅かな衣服ぐらいなものだった。二段ベッドの下段にばら撒かれた金は以前より随分疎らになっていた。私にとってももはや必要とは思えなくなったそれらを処分する気も起きず、私はただただ、引き延ばしすぎてぷっつり途切れてしまった水色の先の、空白をイメージし続けた。横たわる視界の不可解な明瞭さが曖昧になった頃、私は意識を手放した。

 そして、電気のついた明るい部屋の中で暮らす、妙に生活感のある夢を見たけれど、ただそれだけの夢ですら、今の私には寂しく思えたのを、覚えている。

 

 

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