ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
私がそいつに会ったのは、逆さまの城の中だった。
城の最下層に位置する天守閣。
広くて狭い檻の中で、そいつは本を読んでいた。
そいつは牢の中から血まみれのわたしを見つけても、驚く様子もなく再度、視線を本へと落とした。
そいつの名前は少名針妙丸。
小槌の魔力に溺れた、忌まわしき小人族の末裔。無知で愚かな小人族の、唯一の生き残り。
わたしはそいつを姫と呼んだ。
牢の鍵を開けてやると、少名針妙丸は流石に驚いた様子でわたしの目的を訪ねてきた。
計画の「一部」を聞かせてやると、少名針妙丸は瞳を輝かせて言うのだった。
お前の計画に協力したい。
そうして、少名針妙丸は、わたしを「せーじゃ」と呼んだ。
革命前夜 1
「せーじゃ?せーじゃってば、聞いてんのかよー」
そう呼びかける小人の声で我に帰る。
「ああ姫、すみません。少し、姫と出会ったときのことを思い出していました」
針妙丸とわたしは森の隠れ家の中にいた。
素晴らしき革命を明日に控えた幻想郷の視察のためだ。
しかし、既に空は黒く染まり、そこには大きな丸い月と、小さい星の屑がチカチカと疎らに散らばっているのみだった。
ところで、わたしは天邪鬼だからって常に嘘しか言わないわけではない。そんなの、頭がこんがらがって仕方ないし、なにより嘘を相手に信じ込ませるには、程よく正直でいるのが一番だ。
「そうやって、またすぐ嘘ついて。天邪鬼ってみんなそーなの?」
しかし、先入観というのは恐ろしいもので、天邪鬼であるわたしの言葉を信じる者は少なかった。
木々の立ち並ぶ森の中、重なり合う枝葉の隙間から青白い月明かりが漏れ出して、微かな虫のざわめきが、穏やかな夜を縁取っている。
「せーじゃ、また壁の中から音がしたんだ。これはもう間違いないよ」
わたしたちの住まうそれは隠れ家とはいっても、森の中でとりわけ大きな木の「うろ」をみつけて、それを簡単に掃除をしただけの空間だった。針妙丸は初めこそ「虫が出る」などと言って嫌がっていたが、わたしがそこらへんから拾ってきた防虫剤を設置すると、信じられないものを見るような目でわたしを凝視したが、そのことについてそれ以降は何も言わなくなった。
「間違いない、とは?」
そんなの、虫に決まってるだろう。
「虫に決まってるだろ!やつら、やっぱり私が眠るのを待ってるんだよ。間違いないね。おいせーじゃ、このままじゃ計画実行を前にして、私は虫に食われてしまうよ」
針妙丸とわたしは輝針城を出て直ぐに幻想郷の視察を始めた。計画を実行するにあたって、使えそうな〝道具〟を探すためだった。
もちろん針妙丸には他の理由を用意した。
あれ?
あのとき、わたしはなんて説明したっけな。
どうにも思い出せないが、それは思い出せないほど下らない理由だからだろう。
兎も角、それから三ヶ月程の日々を視察に費やした。ちなみに、この隠れ家をみつけたのも、視察を始めてすぐのことだった。
そんな中で、少名針妙丸という小人が、案外冗談の通じることが分かった。
「差し上げた防虫剤が、あなたを絶対にお守りしますよ。だから今日くらいは針などは手離し、安心して眠ってください。姫には明日が控えてるんですから」
例えば、わたしが防虫剤を設置したにもかかわらず、針妙丸はこの隠れ家で眠る際、自らの武器である針を手放すことはなかった。
「お前が川で汲んできた水に、防虫の効果があるとは到底思えないんだなぁ。わたしには」
正直、気が合うと感じていた。
「何を仰いますか。姫さまがご存知ないのは仕方ないかもしれませんが、どうやらこの世界には〝ぷらせぼえふぇくと〟という法則が存在しているらしいんですよ。なんでも、たとえ、その水に防虫の作用が無かったとしてもですね、姫自身がその水の防虫の作用を信じていれば、その、なんの変哲も無い水は確かに防虫の効果を発揮すると、そういう話らしいですよ」
似た話で〝引き寄せの法則〟なるものがあるらしいが、わたしはどちらも信じていない。なぜなら、針妙丸が虫と戦うところをどうしても見たかったわたしは、この三ヶ月間眠る前には必ず、針妙丸の寝床に虫が現れることを願って眠ったのだが、結局今の今まで何も起きていないからである。
それは、この世界にそんな法則の存在を否定してること他ならなかった。
仮に法則が存在していたとするならば、小人族は虫も寄らないほどに忌み嫌われているという事になるだろう。
それは、天邪鬼にも同じことが云えるが。
そもそも、そんな〝願えば叶う〟ような法則が存在しているのなら、わたしは逆さ城から針妙丸を解放しようなどとは考えない。
「そんな法則が存在していたら、せーじゃとわたしの〝弱者が虐げられることのない平和な世界〟って目標はとっくに叶っているはずだろ?欲するだけで手に入るなんて、そんな都合の良い話あるわけないよ。欲しいものを手に入れるなら、対価を払わなきゃ」
小人族のように。と、続くかと思われたが、針妙丸の言葉がそれ以上続く様子はなかった。
針妙丸は、何時も一切の皮肉を口にする事はない。防虫剤の話にしたってそうだ。わたしが、防虫剤を半ばただの水であることを認めても、その嘘について言及することはなかった。嘘か本当かわからない言葉に対して懐疑的な姿勢を示すことはあれど、確実に嘘だとわかるものについては徹底的なまでに言及しなかった。
恐らく針妙丸は、そういった数々の言葉の裏を〝敢えて〟無視している。
自己防衛の一種か何かは知らないが、言葉の裏の意味に気づいた上で、針妙丸はそれを無視しているようだった。
何度か分かりやすい嘘を吐いて試してみたが、やはり絶対的な嘘に対して針妙丸の姿勢は頑なだった。
そういった針妙丸のある種一貫性のある態度は、わたしに或る事を確信させた。
少名針妙丸は、わたしの本当の目的に気付いている。
「対価ですか。いやあ、さすが。小人族らしいお言葉ですね」
「……どういう意味だよー!まったく!せーじゃはたまにズレた返し方するよなーほんと!」
ほら、やっぱり。
針妙丸の表情が一種曇るのを、わたしは見逃さなかった。
「ははは。ちょっとズレてましたか?やっぱりなー。わたしもズレてるかなーとは思ってはいたんですけどね。ははは」
かつて一人の小人が、小人族全体の繁栄を願った。小槌が一人の小人に求めた対価は、小人族全体の衰退だった。
ははは。
「あーもういいよ!やっぱりさ、今日は寝ないでさ、こないだ呑んだ人里の居酒屋に行こうよ。そうして朝まで飲み明かすんだ。前祝いだよ、前祝い。なー?行こうぜせーじゃー」
あー、そんなこともあったな。
「姫、それはなりません。何度も言うように、姫には明日大事な役目があるのです。それに、あの店にはもう出入りできないじゃありませんか。姫のせいで」