ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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鵺似、有、塩味。5

 地底には一つ公園があるらしい。その公園は、なんでも四方がフェンス囲まれていて、どこから入ればいいか知るものはいないという、風変わりな公園だ。加えて、フェンスには『夜間進入禁止』の看板が括り付けられていると来た。ちょい待てや、まずどう入ればいいかもわからないのに、夜間進入禁止て。それに、地底じゃ昼も夜も判然としないじゃありませんか、私の問いかけにキスメは首を傾げて答えた。

 

 ――それも、そうなんだけどね。でももっと不思議なのはさ、夜間進入禁止、なんて言うわりに、一日中、絶えることなく照明がついてるんだよ。

 

 あーもーなんにもわかりません。嫌がらせ?

 

 私が無様なまでに混乱しているうちに、キスメの言う『オススメのとこ』に辿り着いた。その店は旧都の閑散とした路地に在った。ちなみに件の公園もこの近くにあるとかなんとか。そのせいで、店に着くまでの道中の話題が意味不明な公園に染め上げられ、私は無様に混乱を晒してしまったというわけだ。あっ! 思い出すだけで混乱しちゃう! 忘れろ、忘れろ!

 

 店は地上やなんかでいうところの甘味処で、店頭には様々な甘味の名が貼り連ねられていた。しかし、この店にしたって風変わりな箇所がある。というのも、客席が路上にあるのだ。人通りの少ない広めの路上には、いくつもの丸い卓が設置され、それぞれの卓は二、三の椅子に囲まれていた。どうやら、店頭で甘味を注文し、路上に設置されたいずれかの卓でそれを待つらしい。

 

「飲み物はどうする? って言っても、ソーダしかないんだけどね! しかも、みんな同じ味!」

「ええ? じゃあこの、『赤』とか、『青』とか、『緑』とかってのは、一体なんなんだよ」

「それは色だよ。ソーダ水の色。みんな同じだから、好きな色を選ぶといいよ。あっ、でも、赤はやめといた方がいいね。みんな同じはずなんだけど、赤だけは妙にまずいんだ」

 

 甘いもんでも食べに行こう、なんて言ったのはどいつだ? おまえが余計なこと言ったせいで、それから私は、妙にあべこべな世界に迷い込んでしまったんだ。許さんぞ。

 

 しかし、色ねえ。なんだっていいけど、赤がまずいって話だ。最近どうも、まずいものを出す店に縁がある。そのせいか、まずいまずいと言われると、どんなもんか、気になってしまうようになった。

 

「じゃあ、赤にしようかな」

「げー! 水蜜がゲテモノ食いになっちゃった。蛮勇〜」

 『蛮勇〜』?

 

 

 注文を終え席に着く。キスメは何故か、私の正面ではなく、隣に座った。何の気なしに周りを見渡せど、路上に設置されたいくつもの卓が、そこそこの客に埋められているのがわかるのみだ。

 

「なんで隣に座るんだよ」

「水蜜、向かい合ってお喋りするの、苦手なんじゃないかと思って」

 

 そうこうしているうちに、店のやつが甘味とソーダを運んできた。注文通り、ソーダは赤い。キスメのは緑だ。

 

「おい、こんなもんほんとに食べられるのか」

「大丈夫だよ、お菓子だもん。おいしいよ」

 

 キスメの言う通り、運ばれてきたのはお菓子だった。しかしその『お菓子』をお菓子たらしめる要素は品書きに書かれた『お菓子』という名前のみに思える。奇天烈なお菓子を前にして、思わず、赤いソーダに口をつけた。

 ソーダの味は至極普通だ。普通すぎて、特に何も言うことがない。すると、先程のキスメの発言が非常に気掛かりとなってきた。

 

 ――げー! 水蜜がゲテモノ食いになっちゃった!

 

 こんな普通のソーダ水をゲテモノ呼ばわりするキスメの味蕾を、私は果たして信用してもよいのだろうか。疑念は、キスメのソーダ水と同じ、緑色をしている。

 

「よっしゃ、食べよ食べよ。おいしいんだよ、これ! いただきまーす!」

「……いただきます」

 

 さて、そろそろ皿の上の未確認物体を直視しなければならないらしい。まず、形状についてだが、率直に言って、それはオムレツそのものだった。いささか平べったいレモンと言ってもいいだろう。問題は色と目玉だ。私の視覚に異常がないのなら、その色はピンクで、ピンクの中には二つ、丸い目玉が埋め込まれていた。よくよく見れば口のような切れ込みも入っているから、ますます自分の視覚に自信がなくなる。

 皿の横にはスプーンとフォークと箸とナイフが置かれており、私がそれらを睨みつけていると、キスメは、「どうしたの?」なんて口を開く。どうしたの? じゃないよぉ。こわいよぉ。

 ビビっていても仕方ない。キスメは箸でそれを摘んでいる。私はフォークとナイフを選ぶ。

 う、動きゃしないだろうな。

 恐る恐るに不思議な感触の物体を切り、切れ端をフォークで口に運んだ。

 

「どう? おいしいでしょ! なんかさ、プリンみたいな、ケーキみたいな味がするでしょ?」

「……まあ、悪くないかな」

 

 悪くなかった。悪くはなかったが、私はキスメのいう、プリンというのも、ケーキというのもよく分からなかった。なんだろう、私の味蕾に言わせれば、それはやけに塩味の効いたメロンのような、或いは、バナナのような……。

 

 

 しばらく、正体不明のお菓子に舌鼓を打っていると、不意に、キスメがあっと声をあげた。それは中々にでかい声量で、ともすれば、私は小さく悲鳴を上げてしまったかもしれない。続けざまに、キスメは他所の席を指差して大きく、「ほら見て!」なんて声をあげるから、キスメに指をさされた人物もこちらに気付き、席を立ち、ニヤニヤと歩み寄ってきた。

 

「おお、奇遇だね水蜜! それにキスメも。……あ? なんだ、この変なお菓子。一口ちょうだいよ。……なんだこれ、バナナのような、メロンのような。それにしても、やけにしょっぱいな」

 

 そいつは、近くなり私の皿の上の正体不明をつまんでは、今度は元々座ってた席に振り向いて、「おおい、こっちこっち」なんて手招きをする。

 おずおず、といった具合に遅れてやってきた間抜けは例の男で、後頭部を掻く男の腕に抱き着くアホは鵺だった。

 

「えー! ぬえまでその男の人と遊んでんの! なんだろ、わたしが、ズレてるってやつなのかな。妖怪ってふつー、人間なんかと……」

 

 当の人間を前にゴニョゴニョと続けるキスメをよそに、私はいやらしく細む鵺の瞳から目を逸らしては、不の快感と対峙した。

 

 

 それから数分経って、鵺と左はどこかへ消えた。数分間に交わされた会話といえば、奇妙なもので、おどろおどろしく白々しい、友人同士の会話だった。

 それは鵺の提案だった。簡単な話だ。

 

 ――今度、三人で遊ぼうよ。キスメはイヤでしょ? だからさ、あたしと、このヒトと、水蜜の、三人でさぁ。

 

 そう言って、ヤツはその場凌ぎの相槌を打つ私を眺め、満足そうに去っていった。集合場所はアホの、男の家に決まった。

 会話において拒絶は常に明確な感情として顕現する。だから私はヤツの誘いを拒むことはできなかった。しかし、重要なのはそこじゃない。あいつが、どの程度私を把握しているか、それだけが重要だった。

 

 けれど、よくよく考えればヤツの提案は万能だ。私がもし、人間に焦がれる純真な人外であったとしても、人殺しをやめられない純粋な人外であったとしても、ヤツの行動はどちらにせよ、実に不愉快だった。恐らく男は指定した日時、指定した場所で、鵺の手により肉か裸になっているだろう。その現場を見てしまった私の表情を眺めては、鵺は私を決めつけて、嘲笑おうと、そう考えているに違いない。

 

「――どしたの? 水蜜。今日はやけにぼーっとするね。ほら、お菓子まだ残ってるよ」

 

 拒絶は常に明確な感情だ。私は約束を守らなきゃいけない。

 

「残り、おまえにやるよ」

「ほんと! やったー! ……あれー? やっぱり全然、プリンじゃん。ケーキじゃん」

 

 キスメはソーダの緑に口をつける。底には妙に緑が凝って、私の脳裏で化け物の瞳が点滅する。不愉快なのはいつも目玉だ。管に繋がった醜悪な目玉、鵺の腥い目玉、ピンクに埋まった奇妙な目玉!

 

「それとさ、キスメ。あいつ、もう殺していいよ」

「え」

 

 キスメの、キョトンとした目玉。

 

「あ、あいつって、さっきの、あの人間? え、いいの? で、でもさ。殺していいってことは、あの人間ともう仲良くしないって、きらいになったってことでしょ? そしたらさ、ふつー、自分で殺しちゃおうって思うんじゃないの? ほんとに、ほんとにわたしが殺していいの?」

「いいんだよ」

「でも、なんで? どうして自分で殺しちゃおうって、ならないのさ!」

 

 バカだなキスメは。私が殺しちゃ意味ないだろ。鵺は私を船幽霊だって、知ってんだから。

 

「それはさ、あれだよ。……恋ってやつだよ」

「こ、恋……」

 

 恋だってさ。アホらし。

 

 

 数日経って、鵺との約束の日が来た。私は物陰から鵺が男の家へと入っていくのを確認して、その後、鵺に続いた。玄関をあけ放ち呆然とした鵺の表情は一寸と持続せず、次の瞬間には得心のいった笑みを浮かべるから、とても不愉快だった。

 

 玄関の奥の、変わり果てた男を見るのは私もこのときが初めてだった。男は頭頂の綺麗に陥没した髑髏となって、廊下の上に鎮座していた。廊下に首が〝すわってる〟ってのは、どうもシュールに思えた。

 

 キスメの仕事に間違いはないのだろうが、どことなくシュールな髑髏に、私は大胆にも泣き縋りついた。それはもはや鵺に対する当てつけ他ならず、私は内心で、鵺は顔で、とにかく、笑いあった。不思議なことに、雨が降っていた気がする。鵺がそれをキスメの仕業だと分かっていようがいまいが、もうこうなったら関係がなくなった。私の泣き声と鵺の笑い声は、明確な感情の発露だった。

 

 

 どう思うよ、聖。

 

 

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