ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
暮れ。
計画の実行から一週間が経ち、私は次々とやって来る追っ手から逃げ回る日々を送っていた。
計画は失敗した。
わたしの計画は半ば未遂で幕を閉じたが、結果、わたしは指名手配を受ける身となった。
たった今も、緑の髪をした巫女を撒いたばかりで、わたしは枯れた木の陰に隠れて、乱れた呼吸を整えている。
どいつもこいつも、楽しそうに人を追いかけやがって。どうやらやつら、誰がわたしを一番に捕らえられるかで賭けているようだ。
今は防戦一方だが、いずれは攻勢に打って出てやる。
そうして、木陰で気力を回復させていると、ふいに、空から声が響いた。
「おい!」
もう次の追っ手がきたか。
わたしは即座に木陰から逃げ出した。
「おい、待つんだ!」
背後からする声に脇目も振らず、一目散に駆ける。
「おいせーじゃ!もうやめにしよう!」
あぁ、誰かと思えば。
「これはこれは。誰かと思えば、姫じゃありませんか。こんなところで油を売っている暇があったら、あの紅白の人間に胡麻でも擂ってきたらいかがですか」
計画の主犯であるわたしに利用されていた針妙丸は、一応共犯者であることには相違ないとのことで、わたしが逃げ回っている間、その身は博麗の巫女の預かりになっていた。
その針妙丸が、いまさらわたしに何の用があるというのだろう。
「まだ私を姫だなんて!計画は終わったんだよ。せーじゃ、お前だってわかってるだろう。お前の願いは、ここでは叶わないよ」
わたしが、何をわかってるというのだろう。
針妙丸、計画が一度失敗しただけでそんな風に諦められるお前に、わたしの何がわかるというんだろうな。
お前のいうことの何一つ、わたしにはわからないね。
「何を仰いますか姫。計画が終わった?たかだか一つ失敗しただけではありませんか。尤も、小槌の力はもう使えませんが、わたしは至って健全ですよ。心に諦めのあの字も浮かばないほどにはね。見ていてください。あなたの協力を得られずとも、きっとこんな世界はひっくり返してみせますよ」
針妙丸の眉間が歪む。
「どうしてお前はそこまで計画に執着するんだ!」
どうして?何を、今更。
嘘つきめ。
お前だって復讐がしたかったんだ。
お前だって、わたしたちを種族という理由だけで虐げ、無視してきた奴らを。小槌欲しさに集ってくる現金な悪党どもを、殺したかったんだろう。それを今更、どうしてだって?
お前が小槌を振ったらどうなるか、何もかもわかっていながら協力しておいて、何を今更!
「どうしてって、楽しいからに決まってるじゃないですか。わたしはね、それをすると、楽しいんですよ。ははは」
「違う。せーじゃはそんな風に思ってない」
針妙丸の声は震えていた。それが怒りによるものなのかどうかは、わたしにはわからない。
「姫、あなたにわたしの何がわかるというんです」
「わかるよ。せーじゃは、私と同じだろう?」
そうだな。
「違いますね」
「お前は寂しかったんだ。自分を、天邪鬼だからという理由だけで虐げられて、無視されて、決め付けられて、寂しかったんだ。許せなかったんだ。それでもお前はお前を無視する世界に認められたかった。天邪鬼である自分を肯定して欲しかったんだ」
きっと、そうなんだろうな。
「違う」
「私だってそうだ!だから、お前が私を解放しにきてくれたとき、血にまみれたお前を見ても何も感じなかった!輝針城から出るとき、私を幽閉していた奴らの亡骸を見て心が踊ったさ!ざまあみろって!だから、私はお前に協力しようって決めたんだ。私を小人というだけで私を無視してきた、虐げてきた世界をめちゃくちゃに壊してやりたかったから!」
ああ、なんだろう。
なんだか腹が痛むなぁ。
「でも、お前といた三ヶ月間、楽しかったんだ。初めて見た広い空も、生い茂る木々も、でっかい木のうろも、虫も、賑やかな人里も、酒場でクダを巻く妖怪たちも、二人で川を汚したことも、夜の湖も、全部。全部、楽しかったんだ。お前が私をからかって笑ったり、怒ったり、たまに、嘘かもしれないけど、褒めてくれたり、嘘かもしれないけど、優しくしてくれたり」
チクチクと痛む腹に、わたしは手を添えた。
「楽しかったんだよ。だから、お前と一緒に過ごせるなら、わたしを無視してきたこんな世界も許せるんじゃないかって、思えてきてさ。そんな風に思えるなんて、夢みたいだったよ。ほんとは、計画なんて、その時にはもうどうでもよかったんだ」
なのにお前は、小槌を振ったじゃないか。
「それでも私は、小槌を振った。……不安だったんだ。そうしないと、お前は私を置いてどこかへ消えてしまうんじゃないか、って」
そんなこと
「それは尤もでしょうねぇ。小槌を振らない小人族に好んで付き合う者はいませんよ」
わたしの口は勝手に動く。
わたしはわたしに、不可逆的に復讐を課したがっている。引き返せないところまで、行きたがっている。
ああ、でもそんなことをしたら、また一人になってしまう。
針妙丸は、わたしの言葉を無視して続ける。
「それでも私はね、私やお前を無視してきた汚い世界が、めちゃくちゃになるように願って小槌を振ったんだ。でも、失敗した」
「私はね、やっぱりか。って思ったよ。汚い世界をめちゃくちゃに壊したい、なんて願い、叶うはずないよなって。だって、三ヶ月、お前と一緒に過ごした幻想郷は、涙が出るほど綺麗だったから」
「私はね、わかったよ。輝針城から出た時のように、自分から一歩踏み出せば、幻想郷は私たちを受け入れてくれる、って。ここが、この綺麗な幻想郷が、私たちの生きていく世界なんだ、って」
そう語る針妙丸は、わたしの嫌いな表情をしている。
わたしのことを無視してきたやつらと、同じ表情。真っ直ぐで、瞳は希望に満ちていて、わたしのことなんて視界に映してくれないあいつらと、同じ。
ああ、もう既に一人だったのか。わたしは。
お前に、そんな表情をさせた奴が憎い。
殺してやりたいよ。
そいつのせいでわたしはまた
「ねえせーじゃ、降伏してよ。せーじゃが逃げ回ってる間、せーじゃのことを許してくれるようにいっぱい謝ったんだ。けど、やっぱり本人にその意思がないとダメだって言われた。それって、本人が謝れば許してくれるってことだろう?今ならきっと、まだ間に合うよ」
ここを越えれば、わたしはもう
「お願い。私はこの綺麗な幻想郷に、お前と一緒にいたいんだよ」
「私も一緒に頭下げるからさ、ね?二人ならきっと楽しくやれるよ」
「だからさ、お願い。お前と一緒じゃなきゃ、つまんないんだよ。お願いだよ、せーじゃ。降伏、しようよ」
こんなこと言ったら、どうなるかな。
「わざわざそんなことを聞かせにきてくれるなんて、光栄ですよ。姫」
針妙丸は一瞬の間逡巡したが、意外なほどにあっさりと、口を開いた。
「……わかったよ。もう、お前のことは諦める」
ははは。
こうなるよな、やっぱり。
「ご理解いただけたようで何よりです、姫。それで、どうする針妙丸。わたしを捕まえるのか?尤も、小槌なしのお前にそれができるとは思えないが」
これでわたしは、ようやく引き返せないところまで。
「それも諦めるよ。悪いけど、お前はここに置いていく。あぁ、やっぱり、手に負えないな。私には」
でも、もしもう一度やり直せるなら。
今度は、上手くやるよ。
わたしたちを無視してきた奴らを殺して。
お前にそんな風に変えた奴も殺してさ。
上手くやるから。
その時はどうかまた
「逃してくれるってわけだ。そりゃありがたいねぇ針妙丸。ただ一つ、わたしがお前に置いて行かれる?違うね。わたしがお前を置いていくんだ。お前の顔なんて、二度と見たくないね。それじゃ、またな」
「……」
黙って俯いたままの針妙丸に背を向け、わたしは歩き始めた。
数歩歩くと、わたしはなんだか視界にチラチラと映る赤い前髪が気になって、それを指先で弄っていた。
すると、ふいに後頭部に強い衝撃が走るのを感じた。その直後、わたしは意識を手放したのだった。
……。
「またな、って、お前は次、いつどこで私と会うつもりだったんだよ」
枯れた木のそば、落ち葉が疎らに敷かれた地面の上、針妙丸が横たわる正邪に寄り添い、少し切なげな笑顔を浮かべている。
「痛かったろう。ごめんな、不意打ちなんて卑怯な真似して」
正邪の頭を優しく撫でながら、針妙丸は尚も正邪に語りかける。
「正面からやりあったって、お前に勝てないことなんて分かってたんだもん」
そこは少し冷たい風が吹いていたが、肌寒さを感じるほどではない気温だった。
「だからちょっと嘘ついたんだ。お前を置いて、一人でいけるわけないじゃないか」
空に浮かぶ雲は薄く、今にも消えてしまいそうだ。
「でもお前は、卑怯なことが好きな鬼だろう?まぁ、きっと、お前は正直者だから、許してはくれないんだろうけどさ」
沈みかけの太陽は鈍く橙色に輝いて、少し照れたような優しい笑顔を浮かべる針妙丸と、遊び疲れた子供のように眠る正邪を、煌々と照らし続けた。
三日後、暫しの眠りから目覚めた正邪を待ち受けていたのは、後頭部に刻まれた全治三ヶ月の傷と、包帯。そして、賑やかで緩やかな、更生の日々の始まりだった。
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主演:鬼人正邪、少名針妙丸