ハイカラさんが通る【完結】   作:代理投稿者サクマ

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 正邪も居酒屋の件から眠っていなかったようで、目が覚めたのは次の日の夜、即ち彗星落下まであと数刻という頃だった。正邪が寝ぼけた様子で布団からでないので、私はリビングに行って、あのミサイルを、隠してやることにした。とはいえ、完璧に見つからない場所に隠してしまうのは癪だから、風呂敷からはみ出した赤い先端を小槌で叩いてやるだけだ。小さくなったミサイルは風呂敷のなかにすっかり収まって、一見すると、部屋の隅にはしわくちゃの風呂敷があるだけに見える。
 こんなもんだろう。私は小槌を寝室の、やつの枕元に置いて、アパートを後にした。




†破滅† 4

 

 彗星の落下地点に着くと、そこはまさにこの世の終わりだった。ひしめく屋台からはどこもめちゃくちゃに煙があがり、チンドン屋がしっちゃかめっちゃかに何やらを鳴らしまくっている。至る所はげろまみれ、死んだように眠る遺体まみれで、焚き火なんかをしている連中もいた。笑い声ばかりが響いて、不思議なことに、泣き声はひとつも聞かなかった。 けれど、人混みの中立ち尽くし、空を見上げて、ぶつぶつと弱音を吐いている女ならいた。女は額のあたり、赤い髪を片手でぎゅうと掴んでは、仕事が増えるのはいやだ、仕事が増えるのはいやだ、と念仏のように繰り返している。世界の破滅に仕事の心配をするなんて、おかしな女もいたもんだ。それに、空に向かって念仏を唱え続けることに、何の意味があるというのか。一瞥して、そのまま女の横を通り過ぎた。

 そうして、ブルーシートの海を泳いでいると、そのうちに声をかけられる。

「あ、針妙丸じゃない。あんたもこっちにきて、呑みなさいな」

 紅白の言葉に従って、ブルーシートを跨ぎ座る。広いブルーシートの上にはもみくちゃになった吸血鬼の遺体があり、白黒のひとも、山の巫女も、庭師も、見知らぬ犬も、みな一様に、遺体に酒を強要している。遺体は微かに拒絶の意を示し、ぐったりとしたまま吐き気を堪えるそぶりを見せた。ああ、吸血鬼のゾンビだ。

「月見酒よ、月見酒」

 その言葉で、私はようやく夜空を仰いだ。そこには一面の青白い鈍光があって、目を凝らすと、随分遠くの方に彗星の正体がぼんやりとしていた。しかし私は、その正体を間近でみても、それが月に似ているとは、どうしても思えなかった。

「でも、霊夢。いいの、なにもしなくて」

「いいのよ。紫も寝てるのかなんなのか、何も言ってこないし。それで世界が滅んだとしても、私のせいじゃないわ」

 朗らかに笑って、紅白は酒をかっくらった。ほら、あんたも呑みなさい。あんたのせいなんだから、とゾンビに酒を強要する姿は、ほんとうに楽しそうだった。私も酒を少しもらって、ちびちびとそれをやる。夜空とあたりをチラチラと見れば、いろんなことに気がついた。

 向こうの方で、鬼たちが和やかに酒をやっていること。あっちでは、生中継で見た三人組が、みな酔いつぶれていること。そっちでは、これまた生中継で見た天狗が、おそらく終わりに備えて、書き終えたであろう原稿を地面に埋めようと、必死になって穴を掘っていること。正邪の姿が見当たらないこと。チンドン屋の中には、そこそこ有名なバンドや、楽団が紛れていること。青白い光の向こうに、いつもと変わらぬ星が出ていること。彗星が、さっきから全く動かないこと。

「ねえ霊夢。なんで動かないの、あの彗星。こっちに向かってるようにはみえるのに」

「さあ。きっと、誰かが頑張ってるんでしょ。知らないけど」

 それから、賑やかな時間がしばらく続いた。けど、白黒のひとが発した「あ、動いたぜ」の一声で、あたりは急にざわめいた。そのまま伝播するように、ざわめきがわっと広がって、この世の終わりの宴会場は、これまで以上の狂熱に包まれた。

 チンドン屋は楽器をがむしゃらに鳴らして、有象無象は手を打って、叫んで、笑って、楽しいままに吐き散らかした。鬼たちはいっそう和やかに呑んでは歌い、生中継で見た三人組はいっそういびきを大きくした。天狗は目を渦巻きにして、穴堀を急ぐ。

「あはは、みて。すっごい綺麗」

 隣では、紅白がそんなことを嘯いて、白黒のひとも、山の巫女も、庭師も、見知らぬ犬も、頷いては、お猪口にちびりと口をつける。

 しかし、不意に怒声があがった。それは、聞き覚えのある声で、言葉はきっと〝ちくしょう〟だった。驚いて立ち上がり、辺りを見回すと、少し遠くの方に、正邪の姿を見つけた。正邪の手には野球ボールほどの大きさになった迎撃ミサイルが握られていて、私がそれを確認するが早いか、正邪は駆け出して、声を上げた。

「世界の終わりだってのに、どいつもこいつも! ああ、くそお!」

 有象無象にぶつかりながら走る正邪は、どうやら彗星の落下地点の真下に、出来るだけ近付きたいらしかった。それに気がついたチンドン屋の誰かが大音声で叫んだ。それは、そのひと、彗星になにかしたいんじゃないかな、的憶測だったが、この世の終わりに出来るだけ楽しみたい有象無象は、そういうことなら、と喜んで道を空けた。殊勝というかなんというか、世界の終わりって、みんなこうなの?

「ちょいとそこの小人。なあ、たしかあれは、あんたの知り合いだろう。あいつが手に持ってるあれは、なんだ。花火か」

 不意に、一角の鬼が私に声をかけた。鬼は走る正邪を指差しながら、愉快そうに笑っている。

「さあ。でも多分、花火とか、そういうものだと思うよ。そうじゃなくても、いまから、どうせそうなっちゃうんだ」

「へえ。だってさ、萃香。よかったな、この世の終わりに、花火が見られるぞ」

「よっしゃ。そういうことなら、もっと近付いて見なきゃ損だね」

 鬼の二人組は笑い合って、そのまま正邪を追いかけに行った。なんで、私と正邪のことを知ってるんだろう。鬼も新聞、読んでるのかな。ざわめきの中、そんなことを、ぼんやりと考えていると、みんながわっと声を上げた。どうやら正邪が何かしたらしいが、人混みが邪魔で、何も見えない。

「ほれ針妙丸、私の肩に乗るといい。いやあ、霊夢がやってるのをみてな、前々から、一度乗っけてみたいと思ってたんだ」

 白黒のひとが胡座をかいたまま、私に言った。

「霊夢の肩に乗ったことなんて、あるかな。あるとしても、異変直後の、縮んでたときだと思うんだけどな」

 白黒のひとがいいから、と急かすので、私は仕方なく、その肩に跨った。白黒のひとは私を乗せたまま胡座を解いて立ち上がるので、私はどうしたってひっくり返りそうになってしまい、思わず白黒のひとの顔を掴んだ。

「いて、目はやめろよ」

「そ、そっちが無理な姿勢で立とうとするから……あっ」

 開けた視界には正邪を囲む有象無象と、地面に両膝と両肘をつけて、空を睨む正邪の姿があった。

「せーじゃ、投げたみたい! あの、手に持ってたやつ!」

「ほんとか。ああ、人が邪魔で私には見えないぜ。お前がみて、教えてくれ」

 夜空にミサイルを探すと、すぐに見つけることが出来た。大きさこそ、私が小槌を振ったままだが、ミサイルはミサイルらしく、彗星に直撃せんと火を噴いていた!

「あ、すごい! ほんとに花火みたいだよ。魔理沙、みててね。今に花火があがるから、正邪が投げたやつがさ!」

「だから、私は見えないんだよ。なあ、いい加減手をどけてくれ」

 白黒のひとが見えないのは、ほんとうは、私がその目を、手のひらで覆っていたからだ。私に目を覆われて、やおらそわそわし始める白黒のひとをみて、みんな、笑っていたけれど。ほんとは、みんなの目だって覆ってやりたかった。正邪の投げた賽の目を見るのは、私だけがよかった。けれど、仕方ない。誰もが夜空を仰いでミサイルの軌道を追ってるし、たまやとか、かぎやとか、そこらへんのことを叫びだしたくてたまらない人たちは、直撃へのカウントダウンまでしてる。こうなったらぜんぶ、白黒のひとにもちゃんと、教えてやることにしよう。

「あとね、もう少しで、彗星にあれがぶつかるよ! そしたらきっと、うんと大きい花火が上がるんだ」

「いいから、もう手をどけてくれよ。頼むから、私だってその、花火とやらを自分の目でみたいんだよ」

 紅白がいいのよ、そのままにしときなさい、と言うので、私は手をどけてやることをしなかった。白黒のひとはもはや私を振り払おうと体をよじったが、無駄だ。そんなことをしても、私の手のひらがその眼窩に食い込むだけなんだから。

「ほら、魔理沙。しっかりみててよ、もうすぐ、もうすぐあれが彗星に直撃する! ほら、さん、に、いち……あれっ」

 そのときだった。彗星に直撃寸前まで接近したミサイルはぴたりと動きを止めてしまった。瞬間、そこかしこから落胆の声をあがり、宴会場はどよめいた。

「……そんな、おかしいわ。あの迎撃ミサイルは彗星に直撃するまで絶対に動きを止めたりしないはず……。なにか、他の、なんらかの力が干渉しない限り……」

 うつ伏せで地面に這いつくばるゾンビのひとが有り難くも私の非を教えてくれた。ミサイルが動きを止めたのはどうも、私のせいらしかった。

 宙で動きを止めたミサイルは不意に巨大化した。というよりも、小槌の力が切れて、元の姿に戻ってしまったのだ。ミサイルはそのままゆっくりと下を向いて、落下を始める。

 宴会場は静まり返った。さっきまであんなに騒いでいたのに、どうしてだろう。やっぱりなんだかんだいって、みんな、世界の終わりは恐ろしいのかもしれない。ああ、私もようやく、なんだか恐ろしくなってきたぞ。

 落下するミサイルを尻目に、彗星は地上への接近を続ける。そのうち、あたりに地鳴りのような音が響きだした。しかし、誰も、なにも言葉を発さない。みんなただ呆然と、接近する彗星を見つめるのみでいる。

「あ、ああ! いやだ、いやだ! 仕事が増えるのはいやなんだよお!」

 瞬間、どこからか声が響いて、彗星の動きが止まった。止まったというよりも、前進しながら後退してるような、そんな感じなのだが、とにかく止まった!

 私だって、正邪のせっかくの選択が、中途半端で終わるのは嫌だ!

「せーじゃ!」

 私が叫ぶと、正邪は這いつくばったまま、片腕を地面に振り下ろした! すると、周囲がざわめく。ミサイルの落下はグンと止まり、またゆっくりと、上を向き始めている。

「……くしょう……ち……くしょう……ああ! ちくしょう!」

 あいつはもう一度、握りしめた片手を勢いよく地面へと振り下ろした。すると辺りはいっそうざわめいた。ミサイルはもう完全に上を向いて、彗星へと落下を始める。誰もあいつなぞ見ちゃいないが、宴会場の全員が、きっとそれを理解したに決まってる!

「くそ、くそ! ちくしょう! ああ! 畜生!」

 正邪は叫びながら何度も何度も地面を叩く。その度に、ミサイルは勢いを増して彗星に急接近するから、みんな、軽薄にも、カウントダウンなぞし始めて、正邪の声は聞こえなくなった。

『さん! にい! いち……』

 けれど、正邪が口を大きく開いて、血まみれの左手を強く振り上げた瞬間を、私の瞳は、確かに捉えてみせた。ああ、私はどうも、あいつに意地悪をしすぎてしまったかもしれない。

『……ぜろ!』

 瞬間、終末の宴会場は眩い光に包まれた。

「魔理沙、下ろして!」

「え。あ、ああ……」

 光の中、私は方向だけを頼りに正邪の元へと走る。人混みを抜けて、何度も抜けて、やっと、足元にそれらしい気配を感じた。

「おいせーじゃ。よくやったじゃないか。おい、聞いてるのか。おい、おいったら!」

 何度呼びかけても、何も、答えない。もしかすると周りの歓声で聞こえていないのかもしれないから、何度も呼びかける。しかし、満ちた光を夜が塗りつぶすまで、返事は帰ってこなかった。

「あ、あ、あんまり揺すんないでおくれよ。こちとら大仕事の後で、疲れてるんだ」

「ご、ごめんよ」

 それもそのはず、私が呼びかけていたのは先程の、名も知らない赤い髪の女だったのだ。他人の名前で呼びかけられて返事をするものはいない、当然である。

 辺りでは、彗星があんまりに綺麗サッパリと消えるものだから、味気なさに落胆の声をあげる者達がいたようだ。しかしそれでもおおよその割合を占めていたのは笑い声で、チンドン屋だって、再び楽器を鳴らし始めていた。

 祝杯を屋台に求める人々が動き出して、私はそれにもみくちゃになりながら、正邪を探す。だけど、すぐに見つけられた。和やかな喧騒の中で泣いてるやつなんて、あいつぐらいしかいないから。

 近づくと、正邪はまるで少女のように泣いていた。ぺたん座りとか、女の子座りとか呼ばれる例の座法で、掌底や手の甲で涙を拭っているものだから、私はおかしくて、つい笑ってしまった。

「おいせーじゃ。泣くほどいやだったんなら、あんなもの、探さなければよかったじゃないか。せっかく隠してやったのに」

「う、うるさい! あんな、元の場所から動かさずに、何が隠しただ! くそぉ、くそぉ……」

「あはは! いやいや、よくやったじゃないか、せーじゃ。おかげでほら、みんな楽しそうに笑ってる」

「だーもう、うるさいよ! こちとら、こちとら最後のチャンスだったんだぞ! この機を逃したら、もう二度と、下剋上なんて! お前の、お前のせいだ針妙丸、全部お前の!」

「まあまあ。願ったものが物が手に入らなくて傷付くなんて、私たちには慣れっこじゃないか。それに、最後のチャンスなんて、そんな世界の終わりみたいな言い方するなって。世界は救われたんだから、お前のおかげでさ」

「ちくしょう、ああ、ちくしょう!」

 正邪はわーっと泣き出すもんだから、私はどうしても面白くて、笑い転げてしまった。そのうちに正邪は走ってどこかへ行こうとするけど、そうはさせない。

「は、離せ!今はこれ以上皮肉を言われるのはごめんなんだよ!」

「離すよ、私が、話したらね。……その、おまえは今日、自分の心に従って、やりたくないことをやり遂げたわけだろう?だから、その、私も話したくなかったことを、ずっと、話したくなかったことを、話してやろうと思ってな」

 それはなんというか、私にとって恥ずかしい話ではあったから、話すのにはなかなかに勇気がいるのだけれど、いい機会だし、話してしまおうと、私はそう、思ったわけだ。

「いやだ!聞きたくない!」

しかしこいつはそう言って、掴んだ手を乱暴に振りほどいては、走って逃げていく。やっぱ、腹立つな、こいつ。

「じゃあいいよバーカ!死んでしまえ、二度と帰ってくるな!死ね!」

 死ねは言い過ぎかもしれないが、私は振り返ることもなくバカとかアホとかそんな返事を叫ぶあいつの背中に、思いつく限りの罵声を浴びせ続けた。だけど。

 ああ、やっぱりいいや。言わなくたって。

 

 りんご飴でも、買って帰ろう。

 

 

 

 

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