ハイカラさんが通る【完結】 作:代理投稿者サクマ
滅亡を逃れてからしばらくの間、世界は連日お祭り騒ぎを繰り広げていたが、一ヶ月も経てばすっかり元の落ち着きを取り戻して、誰もが日常へと帰っていた。
私にしたってそれは同じだ。ダイニングテーブルの上にはスパゲッティなんかが置かれて、寺子屋帰りの子供達の声が響き、長屋はテレビの音が混じって、とても静かな午後に揺られている。そういえば、私がスパゲッティと呼んでいるこの麺は、どうやら、ほんとうはパスタというらしい。そして、今食べている料理はナポリタンとか呼ぶらしいが、たぶん、嘘だと思う。スパゲッティはスパゲッティだし、何より、あいつの話が本当なわけがない。
あいつは、やっぱり今も帰らない。
けれど、代わりに今現在、私の視線の先、四角形の画面の中に映っている。なんでも世界を救ったヒーローとして、インタビューなぞを受けているようだ。
口先では綺麗なことばかり宣っているが、その手はきっと薄汚れていた。だって両手に、何やらずっと、靄がかかっているから。靄はたしかモザイクといって、映してはいけないものを隠すためのものらしい。
まあ、世界を滅亡の危機に追い込んだ手だ。モザイクをかけるのが、妥当だろう。
『いやあ、どうですか! 世界を救って、インタビューを受けるためにスタジオに来た気分は!……へえ、へえー。なるほどー! あっ、すいません、ちょっとその手をやめてもらっていいですかね。それモザイクかけなきゃいけないんですよ。なぜか私が編集をやらされるので……え? むかし溶接の仕事をやってたときの後遺症で? 手がその形から動かない、ですか。へえ、それはまた月に似――』
アホか。何が溶接だ、まっとうに働いたこともないくせに。
しかしまあ、テレビというものはつくづく、一方的なものだ。つけてればなんとなく寂しさが紛れるけど、どうも、腹が立ったときは電源を消して、こっちが泣き寝入りするほかない。ああ、そうか、あいつはテレビと似てるんだ。
私はそんなことを考えながら、置き忘れた牛乳を取りにキッチンへと向かう。ああ、いかん。スリッパを履いていかなければ。じゃないともっと、腹が立つ。
再び席について、スパゲッティを食べ進める。牛乳だって、ちびちび飲む。
しかし、部屋があんまりに静かだから、私はどうしても、テレビの電源を入れてしまう。
『――きに似たこの世界を救うにあたって、なにか、支えとなった人物等はいらっしゃるんでしょうか。……へえ……へえ。通ってる定食屋のおっちゃんですか!なるほどぉ。それでは、カメラに向けて、そのおっちゃんに向けてなにか一言を!……あっ、すみません、その手をカメラの前に突き出すのはやめてもらえませんか。モザイクいっぱいじゃ、流石に使えなくなっちゃいますから――』
はは、定食屋ね。
「ハイカラさんが通る」 了