中央暦1644年某日某所
敵艦発砲!!
艦橋が凍りついたのは言うまでもない。此方の最大射程よりも遠方から撃ってきたのだ。予想外、それに尽きる。
先手を取られた墳進弾攻撃は確かに厄介だったが、戦艦を戦闘不能に陥らせるには力不足だった。
敵はこの艦の主砲を知っている。
だからこそ砲戦時に少しでも有利に、あわよくば戦闘の主導権を握るために仕掛けてきた姑息な手段だと誰もがそう思っていた。
この艦が今なお健全であることがそれに拍車をかけた。
しかし敵は撃ってきた。
「げ、現在距離47000!!敵速21kt!!」
「司令!敵に丁字を描かれています!!」
「全艦に伝え!!最大戦速!!取舵5度!!」
命令が伝えられ、戦隊最大戦速である26.5ktで進撃する。
ドゴォォォォ!!!
「なっ!?」
着弾した水柱の巨大さに46cm砲の威力を知る者も愕然とする。
「て、敵戦艦の主砲は46cm以上ですっ!!」
「なんといことだっ」
「水雷戦隊の状況は!?」
「一水戦、三水戦共に敵巡洋艦に足止めされています!!」
「8戦隊は何してる!?海軍の連中は!?」
怒号が飛び交う中、再び射弾が降り注いだ。
多数の弾が飛来する中1発が至近弾となり、ビル15階に匹敵する艦橋を越える極大の水柱が聳り立つ。
「距離38000で本艦とラティカは同行戦に移る。残りは30000まで近づけさせろ。」
「しかし閣下、遠距離の砲戦ではとてもっ」
「何のためのレーダーと46cm砲だ!さっさと伝達しろ!!」
「りょ、了解しました」
幸運にも砲戦距離に達するまで被弾した艦は無かった。しかし主導権を握られているのは変わりない。このまま砲戦を続ければジリ貧であるのは明確である。
「戻ーせ!!当て舵10!!」
「右砲戦!用意よし!!」
「交互撃ち方、てえっ!!」
二隻の46cm砲搭載艦が唸る。
「敵戦艦の詳細は?」
「はっ、4番艦はダンケルクですが、1、2、3番艦は例の新型かと」
「ちっ、厄介な」
ブーーー...ゴゴゴゴゴゴ!!
「第一射弾着!!...近、遠、遠!」
「修正急げ!!」
「砲術長慌てるな!」
敵は見えないのに目の前で銃を突きつけられている様な錯覚、前世界でもこの様な有様は無かった。
心臓がバクバクと煩い。緊張している、恐怖?いや興奮だ。胸が高鳴っているのだ。今までに感じたことのない高揚感、それは一種の麻薬のような。自然と口が吊り上がる。
「カルティアス被弾!落伍してます!!」
カルティアス
一六艦隊計画にて建造されたアルド・マーフェラス型戦艦の改良型。
41cm砲12門という大火力を持ち、GA型と並びポスト一六艦隊計画艦の1隻として君臨した巨艦が、無様に黒煙を吐きながら艦体を傾斜させていた。
更に一隻、同型のエンテルトが被弾し、隊列を離れたことで数で優位にあった態勢が同数となり崩れてしまった。
此方も既に敵弾を喰らっている。いまだ致命傷ではないが確実に戦闘力は削られつつある。
「敵艦にも命中弾を与えていますが未だ砲戦能力が落ちていません。」
「一度離れて仕切り直しましょう閣下」
「どうやって仕切り直しとするのだ?すでに此方の戦艦は2隻も撃破された。下手に下がったところで執拗な追撃に遭うだけだ。」
「しかしこのままでは」
議論をしていると通信参謀が電文を持って駆け込んできた。
ゴゴゴゴゴゴ!!
砲声の後、通信参謀は言った
「閣下!!海軍より入電です。《新タナ敵艦見ユ、戦艦6隻ヲ含ム大艦隊、敵ハミリシアル、真方位100度、距離45000》」
「この状況でか!?」
「海軍の現状は?」
「既に戦艦1隻撃沈、2隻撃破されたようです。巡洋艦駆逐艦も損害多数と」
海軍の戦艦群を含めればまだやれない事はない。しかし制空権は辛うじてこちら側が維持しいているがミリシアルの艦隊が加われば包囲される恐れがある。
今が潮時だった。
「...撤退する。機動部隊に攻撃隊発進を要請しろ、撤退を支援してもらうのだ。」
「...了解しました」
反論する者はいなかった。みな現状がどれほど辛いものなのか理解していたのだ。認めたくはないが、負けたのだ。
後の撤退戦で更に一隻の戦艦が撃沈されたが、ミリシアル艦隊の統率が乱れた隙を突いて監察軍と東部方面艦隊は撤退に成功した。
この戦いで監察軍は戦艦6隻中2隻を失い、1隻大破、3隻中破、海軍は戦艦9隻の内3隻撃沈、1隻大破、2隻中破となり、戦果は戦艦1隻撃沈、2隻大破、1隻中破、ミリシアル戦艦2隻撃沈破となった。
その他の空母、巡洋艦、駆逐艦等の被害を含めれば戦術的敗北は明らかであり、更に当該海域の制海権を失い大陸での戦線を一部縮小せざるを得なくなった。またこの海戦の情報は全世界に発表され帝国恐るに足らずとプロパガンダを流される始末。
戦術戦略両面において決定的に敗北したのである。