ちょっと、モミジが見たくなった。
10月上旬の昼下がり、アズミが大学の遊歩道を目指しているのはそんな理由だ。
今日は至って普通の日で、別に感傷的になったわけでも、逆に嬉しいことがあったわけでもない。普段通り、信頼する仲間と一緒に戦車に乗り、敬愛する隊長に打ちのめされて、気の置けない親友と昼食を摂って、実に代わり映えのない半日を過ごしたところだ。
そんな『いつも通り』の日常に、アズミはちょっとした変化が欲しくなったのだ。その結果、もう秋だしモミジを見てみたいなぁ、と不意に思ったのである。
「風が気持ちいい・・・」
穏やかな風がアズミの肩を撫でていき、独り言つ。
季節は秋になり、酷暑が続いた夏とは気候も大きく変わった。ぎらついていた太陽の光は落ち着き、生ぬるかった風は程よい涼しさを含んでいる。もう少ししたら、秋服や冬服の出番になるだろう。
(静かね・・・)
目指している遊歩道は、大学の校舎の西側、少し離れた場所にある。そのため、平日のこの時間帯は、その遊歩道近くはあまり人気が無い。そのおかげで、穏やかな気候と自然を静かに楽しむことができる環境が出来上がっていた。
「ここ、かしら」
やがてアズミは、校舎から数分ほどのところにある遊歩道の入り口に辿り着いた。
この遊歩道は全長200メートルほどで、季節によって彩りを見せる木と、鮮やかな花を植えてある花壇が人気という触れ込みだ。管理しているのは大学と、園芸サークルらしい。
そんな場所に、アズミは早速一歩足を踏み入れる。
「―――っ」
その瞬間、空気が変わった。
校舎から聞こえる喧騒や、道路を走る車の音。それらが、まるでフィルターの向こう側にあるように静かになる。
そして、風に揺られる草木のざわめき、鳥の鳴き声が鮮明に聞こえるようになる。自然が身近にあるこの場所が、他の場所とは違う性質を持っているのだと、アズミは感じ取った。
そんな他とは違う場所である遊歩道を、アズミはゆっくりと歩き出す。
(・・・いい香り)
草木に囲まれていると、緑の香りと言うべきか、独特な香りが漂ってくる。雨上がりのアスファルトの匂いのように、どこか心地よさを覚えるようなその香りを、アズミは静かに楽しむ。
アズミが歩いている遊歩道は、ウッドチップでできた道が敷かれている。だが、園芸サークルが丁寧に手入れをしている賜物か、雑草など生えていないし、落ち葉やゴミも見当たらない。とても清潔に保たれていた。
「?」
だから、アズミは気付くことができた。
道端に落ちている『それ』に。
(カメラのキャップ・・・かしら)
黒くて薄く、丸いものをアズミは拾う。手に取ってみると、とても軽く、プラスチック製なのが分かった。
戦車道の試合会場や、働いているモデル系のアルバイトの現場でも似たようなものを見かけたことがあるから、アズミはそれが何なのかが大体分かった。アズミ自身はカメラを持ってはいないが。
ともあれ、このキャップは傷もなく、放置されて大分時間が経っているようには見えない。まだ近くに持ち主がいるかもしれないので、一応拾っておくことにした。そのままにしておけば、持ち主が気付いて取りに戻るかもしれないが、一度落とし物を見るとどうしても放っておけない。もし、持ち主が見つからなかったら、警備の人に預ければいいだろう。
差し当たり、アズミはそのキャップをポケットにしまって散策を再開する。
今日は雲もそんなに広がっていない晴天のため、木の葉の隙間から木洩れ日が差し込んでいる。その光景は、気持ちを穏やかにさせてくれるような謎の力があるような気がした。
「あら、素敵・・・」
ほどなくして、アズミは色とりどりの花が咲く花壇を見つける。園芸サークルが手塩に掛けているその花はどれも瑞々しく、萎れているものなど1つもない。花の根元には、親切に『コスモス』や『パンジー』など花の名前と学名が表記されたプレートも挿してある。
(撮っておこうかしら)
そう思ったことに深い意味はない。綺麗なもの、滅多に見ないものを見ると写真に収めたくなるような、そういう簡単な心理が働いただけだ。
スマートフォンを取り出して、その咲き誇る鮮やかな花たちを撮る。小気味良い電子音が響き、撮った写真を確認してみると、花壇が少しだけ見切れていたが花はほぼ全て写っていた。細かい点は気にせず、『まあいいか』と気持ちを区切って再び歩き出す。
アズミのそもそもの目的であるモミジは、遊歩道の少し奥の方にある。そこまでの間に、桜や梅の樹も見かけたが、オフシーズンだったために緑の葉だけだったり枝だけだったりと、寂しげな感じだった。ちゃんとした季節に入れば、もっと見栄えも良くなるだろう。
そうして自然を堪能しつつ歩いていると、紅い葉が混じる木が見えてくる。あれこそ、本来の目的だったモミジだ。
しかし、そのモミジの近くに来ると、先客がいるのに気付く。
「・・・・・・」
その人は、アズミよりも少しだけ背が高く、オレンジのジャンパーにジーンズという装いの男だった。髪は黒で短めだが、前髪が若干跳ねている。
そんな彼は、黒くてごついカメラをモミジに向けて、シャッターを切っている。時折、カメラや自分の身体の向きを変えて、色々な角度からモミジを撮影していた。
アズミは、その男の手にあるカメラを見て、さっき拾ったキャップは彼のものではないかと予想する。
「・・・・・・・・・」
だが、アズミは声をかけることができない。
アズミの目が、真剣にモミジを撮る彼の姿に集中していたから。
アズミの心が、彼の邪魔をしてはならないと静止していたから。
(・・・こんなにじっと見たことなんてないかも)
モデル系のアルバイトで、カメラを向けられていることは意識していても、カメラを撮っている人をじっと見たことはなかった。そして、ただ写真を見ることはあっても、撮っている人のことまで深く考えたことは全くなかった。
だから今、こうして名前も知らないカメラマンが熱心にモミジを撮っているのが、新鮮に思えた。先ほど軽い気持ちで花を撮っていた自分など比べ物にならないほど、1枚1枚を丁寧に撮っているその姿が、強い印象を残す。
「・・・よし、よし」
やがて男は、納得いく写真が撮れたのか、カメラをモミジから外して小さく頷く。
そしてモミジを見上げて、小さく笑った。彼も、モミジが好きなのだろうか。
そこでアズミは、ポケットの中のキャップの存在を思い出して、声をかける。
「あの、すみません」
「ん、はい?」
いきなり声を掛けられて驚いたのか、男は少し上ずった声を出す。
そんな男にアズミは、ポケットからキャップを取り出してそれを差し出して見せた。
「これ、さっき拾ったんですけど、もしかして落とされましたか?」
「え?えーっと・・・」
問われて男は、自分のジャンパーのポケットを叩いたり、中を探る。さらに、足元に置いてあったカメラのケースの中も確かめる。
やがて、男の表情は疑問から焦り、そして安堵へと変わった。
「あー、すみません!ありがとうございますー!」
丁寧にアズミからキャップを受け取り、ペコペコと頭を下げながらキャップをカメラのレンズに嵌める。
「助かりました。これが無いとレンズが傷ついちゃうので・・・何とお礼を言えばいいか」
「いえいえ、お礼なんて」
アズミとしては本当にお礼を言われるほどのことでもないので、手を横に振る。
男は『すみませんでした』とお礼を言いながら、ケースにカメラを戻す。そこでアズミは、その男が着ているオレンジのジャンパーに縫い込まれている文字に気付いた。
「写真サークルの方、でしたか」
「あ、はい」
アズミは詳細は知らないが、写真を撮ることを主な活動としているサークル。カメラにも詳しいであろうそのサークルのメンバーなら、先ほどの素人とは思えない姿勢にも納得がいく。さらに、見るからにこの男はアズミと同年代。
何かの縁というのもあって、少しだけ話してみたくなった。
「随分熱心に撮られていましたけど、モミジがお好きなんですか?」
「ええ、まあ。今日は、今度の展示会で出展する写真を撮ってたんですけどね」
「展示会?」
「はい、サークルの展示会です。たまーに、大学の会議室で」
そう言えばそんな話を聞いたことがあるような、ないような。
首を傾げていると、男は『まー、大々的に告知しているわけでもないですしねー・・・』と苦笑する。何とも気の抜けたような話し方が特徴的だ。
「しかし・・・モミジはあまり赤くなくて」
そして男は、さっきまで撮っていたモミジを見上げる。
アズミも同じようにモミジを見ると、確かに葉は完全な赤ではなく、うっすらと緑が混じっているような半端な状態だった。
「自分は『良い』と思ったから撮ったんですけど、これが果たしてウケるかどうか・・・」
自分の感性と技術で満足いく写真は撮れたが、それが周りの人にどう見えるかはまた別の問題だ。男はそこを気にしている。
しかし、アズミはその男の『良い』と思う気持ちは分かるような気がした。
「でも私も・・・このモミジも悪くないと思います」
「本当ですか?」
同意を得られるとは思っていなかったのか、男は嬉しそうに声を弾ませる。表情も明るくなる。
「あっと、失礼・・・」
だが、そこで男はポケットに手を突っ込みスマートフォンを取り出す。どうやらメールが届いたらしく、画面を見て『ありゃ』と声を洩らした。
「すみません、ちょっと呼び出されちゃいまして。これで失礼します」
「ああ、はい。お気になさらず」
アズミに向かって、もう一度お辞儀をする男。アズミから勝手に話しかけたので、謝られることもなかったのだが、律儀なものだと思う。
最後に男は、『キャップ、ありがとうございました~!』と言いながら、ケースを肩に提げて遊歩道を戻っていった。
「・・・さて」
アズミは、男が遊歩道を去っていくのを少し見送ってから、改めてモミジを見上げる。
その中途半端な色のモミジは、真っ赤なモミジを想像していたアズミからすれば、少し肩透かしな感じがした。
しかし、これはこれで逆に『良い』と思う。赤いモミジも確かに綺麗だが、緑から赤へと変わりつつあるその様は、季節が移り変わる様子を表現している様にも見える。だから、さっきの写真サークルの男に『悪くないと思う』と言ったのは嘘ではない。
アズミは、自分が美的センスはそれなりにある方だという自負はある。人前に出る機会がそこそこ多いために見た目には気を使っているし、自分の出身校が芸術関係に力を入れている所でもあったからだろう。
そのせいか、アズミはこうした一見何の変哲もないものに、小さな美点を見出すことができるのだ。
だから、先ほどの写真サークルの男が、この色が変わりつつあるモミジをわざわざ写真に収めたくなる気持ちも分かる気がした。
「・・・・・・」
そんなモミジを見上げながら、アズミはまたポケットからスマートフォンを取り出す。
カメラを起動させるが、今度はさっきの花壇の時のように適当な感じで撮ろうとはせず、ちゃんと画面に収まるようにカメラを引いて、色合いが良い感じになるように調整する。あの写真サークルの男ほどではないが、向きを考えて、いい位置で撮れるように。
そして、シャッターを切る。変に見切れたりはせず、先ほどの花壇とは違った感じの出来栄えになった。
「ん、いいわね」
画面の中のモミジを見て、アズミは小さく笑う。普段は被写体になることが多い自分にしては珍しく、自分で撮る写真に拘った。
スマートフォンをポケットに戻し、どうせならさっき撮った花壇ももう一度撮り直そうかな、などと考えつつ色が変わりゆくモミジを眺める。
これだけなら、まだ日常の一コマに過ぎなかっただろう。
□ □ □
その数日後の昼休み。
食休みにアズミが校内を当てもなく散歩していると、入り口に立て看板が置かれている会議室を目にした。その看板には、『写真サークル展示会』と書かれている。
「ここって・・・」
思い出すのは、先日モミジの木の下で出会った写真サークルの男。確か、展示会を行うと言っていたが、それがこれだろうか。
入り口から少し中を覗いてみると、パーテーションボードがいくつも置かれ、大人の目線ほどの高さにいくつも写真が飾られている。ここからでも、多くの写真が展示されているのが分かった。
(ちょっと、見て行こうかしら)
予定があるわけでもなかったので、アズミは見学してみることにした。
中に入ってみると、見学している人は他に何人かいたが、『静かにするべき雰囲気』なのを感じ取っているのか皆静かに写真を見ている。
さて、そんな場所に飾られている写真は、アズミからすればどれも『見事』と言うべき出来栄えのものばかりだ。
テーマが定められているわけではないらしく、写っているものに統一性はない。青空の下に咲くひまわりや、真夜中の高層ビル群。アーチ橋の上を走る列車や、雪原を駆けるキツネの写真まであった。
「へぇ・・・」
感嘆の息を吐く。
こうして人前に出せるほどの写真を撮ることは、決して簡単ではないのは分かる。この写真を撮った人たちも、裏では挑戦と努力を繰り返していたのだろう。それこそ、あの日出会った青年も同じなのかもしれない。
戦車乗りとして日々研鑽を惜しまないアズミからすれば、そんな努力を続けるカメラマンたちのことは素直に尊敬するし、応援したくもなる。そして、親近感さえも抱ける。努力を欠かさない点は、戦車乗りもカメラマンも同じだ。
(モミジの写真は・・・ないわね・・・)
ざっと見回しても、モミジらしき写真は無い。あの日出会った青年が撮っていた写真があるものと思っていたが、この様子ではどうやら採用されなかったらしい。あの撮っていた現場に居合わせていただけに、少し残念な気分だ。
だが、そんな気持ちもほどほどに、アズミは他の写真を楽しむことにする。
本当に色々な写真が展示されていて、飽きることが全くない。色とりどりの花畑の写真は見ているだけで癒されるし、猫が日向ぼっこをしている写真は心が和む。綺麗な星空の写真は吸い込まれそうになるほどの魅力があり、木洩れ日が綺麗な森林の写真は幻想的だ。
そして、1枚の写真を見て。
「―――」
アズミの足が止まる。
瞬きを忘れそうになる。
ただその写真にだけ意識が向く。
それは、1輌の戦車を写した写真だった。砲塔を横に向け、砲口から火が噴き、硝煙と土煙、そして青草が巻き上がっている様子を捉えている。
その写真に写るダークグレーの戦車は、アズミにとっても馴染みが深い重戦車・M26パーシング。しかもその車体には、砲弾を模した水色のマークが描かれており、それは紛れもなくアズミの所属する大学選抜チームのものだ。
いや、それだけではない。
「・・・これって」
目を凝らしてそのパーシングを見ると、履帯周りの装甲に黄色いひし形のマークも描かれているのに気付いた。
そんな車輌は、大学選抜チームにおいてはアズミの搭乗するパーシング以外に存在しない。
つまりこの写真は、アズミのパーシングの写真だ。
「・・・すごい」
口ではそうとしか言えなかったが、胸の奥の気持ちはそれ以上に掻き立てられている。
砲撃の音や硝煙の香り、戦場に吹く風さえも感じられそうなほど、この写真は躍動感がある。『生きているようだ』と表現したくもなる。自分の乗っている戦車が、戦っている最中の戦車が、こんなにもカッコよく表現できるなんて。
まるで、宝物を見つけた船乗りのように、今のアズミの心は舞い上がっていた。
「・・・・・・・・・」
眺めているだけで、実際に戦場でよく聞く履帯が地面と擦れる音、砲塔が動く機械的な音、砲弾が装甲を掠める音までも感じられそうになる。それは自分の記憶が呼び起こされているからだが、まるでアズミが今まさに戦場にいるかのように錯覚してしまう。
『撮影者:笠守聡』
昂る気持ちが落ち着いたところで、この写真を撮った人の名前を確認する。
ほうほう、とアズミはその名前を見て頷く。この人が誰なのかは知らないが、初見のアズミの心をあんなにも揺るがした写真を撮ったこの人物はすごいなと感心する。
そして、この人の撮った写真は他にもあるのかな、と歩き出そうとして。
「あっと・・・」
誰かとぶつかってしまった。
視界がオレンジに染まり、聞き覚えのあるような声がしたが、反射的にアズミは謝る。
「あ、ごめんなさい・・・」
「いえ、こちらこそ・・・」
目線を上げると、ぶつかった相手とも視線がぶつかり合い、その顔を認識する。
その相手は、アズミにとっては赤の他人ではなかった。
「あ、この間の・・・」
「あー、先日はどうも・・・!」
朗らかに挨拶をする向こうも、アズミのことは覚えていたらしい。
その相手は、少し跳ねた前髪が特徴的な、あのモミジの木の下で出会った写真サークルの青年だった。彼は今日もオレンジのジャンパーを着ているが、その手にあるのはあの日見たごついカメラではなく小さなデジカメ。どうやら、サークルの部員として展示会の撮影に来たらしい。
意外な再会に、アズミだけでなく青年の方も驚いたようだが、周りの迷惑にならない程度の声量で話しかける。
「展示会、来てくれてありがとうございます」
「ええ、まあ・・・たまたま近くを通りがかって。それで、何だか良さそうだなって思ったんです」
ここを明確な目的地とはせず、ただ偶然通りがかっただけなのが、何だか申し訳ない。だが、男は首を横に振って『それでも嬉しいですよー』と笑ってくれた。その心遣いにはアズミも助かる。
挨拶を終えたところで、改めてアズミは部屋の中を見回す。
「それにしても、どれも綺麗な写真ばかりですね・・・」
「恐縮です・・・ウチのサークルのみんなが聞いたら喜びます」
その男もまた嬉しいのか、頭の後ろを照れ臭そうに掻く。
アズミはそんな男を横目に見ながら、先ほど魅了された戦車の写真の方を向く。
「どの写真も違った魅力があるんですけど、私はこの戦車の写真が一番気に入りました」
「本当ですか?」
アズミの言葉に、男は心底嬉しそうな反応を見せる。
さらに。
「いやー、万人受けするかどうか不安だったんですけど、頑張って撮った甲斐がありました」
最初アズミは、その言葉を軽い気持ちで聞いていたが、数秒も経たぬうちに『ん?』と引っかかりを覚えて、怪訝な顔を男に向けていた。
その口ぶりでは、まるでこの男がこの写真を撮ったようではないかと。
「・・・もしかして、これを撮ったのって」
「あー、はい。自分です」
訊ねると、男はうそぶく様子もなくあっさりと明かす。
アズミがぽかんとしているのも知らず、男は『あ』と何かに気付いたように声を洩らしてお辞儀をした。
「すみません、自己紹介がまだでしたね。写真サークルの、
あの時出会った男が、アズミの心を大きく動かした写真を撮った人だなんて、意外過ぎた。
そして、あの写真を撮った人が目の前にいるのだから色々と話がしたくなったが、展示室は立ち話をするような場でもなかったので、すぐ近くのカフェスペースに場所を移す。
「改めまして、アズミです。先日はどうも・・・」
「いえいえ、こちらこそ」
アズミの方からも自己紹介をしたことで、お互いに他人ではなくなる。
そして名前を知ったことで、以前は感じていた遠慮や僅かな警戒心も薄くなった。
「驚きました・・・。まさか、あの時のあなたがあの写真を・・・」
「いやー、自分も驚いてます。偶然にも、自分の写真を気に入ってくれるなんて」
本当に驚くべきことだ。あの時の出来事を、アズミは単なる日常の一コマとしか思っていなかったのに、今こうして思いがけない形であの時の男・・・笠守と再会できたのだから。
「えっと、自分の写真を気に入ったって言ってくれましたけど・・・アズミさんは戦車がお好きなんですか?」
自分の写真を気に入ったと知った時から気になっていたであろうことを、笠守が訊く。アズミは、一も二もなく頷いた。
「好きって言うのもあるんですけど・・・私、戦車道をやってるんです」
「戦車道を?」
「はい」
笠守は、『へぇ~、戦車道を・・・』と感心するように呟く。戦車の写真を撮るような人物なので、もしかしたら戦車道に詳しいのかもしれないし、逆にからきしなのかもしれない。
だが、アズミは知っている体で話を進めることにする。
「さっきの写真を最初に見た時、とても心に響きました。だって、花とか星とかの写真の中に、戦車の写真がドンって構えてたものですから」
「あー、あの配置はみんなで相談した結果なんです。ああした方がインパクトがあるって」
その相談の結果、こうしてアズミの興味を引くことができたのだから、写真サークルの思惑通りに行ったと言っていいだろう。
そしてここからは、『ただの興味』の話ではない。
「それで、実はですね・・・」
「?」
「あの写真の戦車、私が普段乗ってる戦車なんです」
「はぃ?」
アズミの言葉は、確かに笠守には聞こえただろう。
だが、あまりにも衝撃的すぎるカミングアウトに、笠守の口からは空気が漏れたような声しか出ない。それは、アズミと笠守の出会いの経緯を考えれば仕方ないだろう。
「ええと・・・何か、ごめんなさい」
「あ、責めてるわけじゃないんです」
切羽詰まった時は謝っちゃうものよね、とアズミは共感を覚えつつ否定する。その事実を伝えたのは、何も意地悪をするためではない。
「私の戦車が写っていたから驚きましたし、何よりも嬉しかったんです」
「?」
「私の乗ってる戦車を、こんなにカッコよく撮ってくれるなんてって」
あの写真を一目見た時、アズミはそう思わずにはいられなかった。
「正直、あなたの写真には、一目惚れしたんです」
伝えると、笠守はハッとしたような顔でアズミのことを見る。少し図々しすぎたかな、とアズミは思ったが、それでもその気持ちは伝えておきたかった。それに、あんなにも一目見ただけで心を動かされて、克明に脳裏に焼き付いて離れない。一目惚れでなければ何なのだ。
「・・・ありがとうございます。そう言ってもらえたのは、初めてなもので」
照れ臭そうに笑い、頭を下げる笠守。あんなにいい写真が撮れるのに、褒められたことがないとは意外だと、アズミはほんの少しだけ思う。やはり写真の世界も、甘くはないらしい。
そこで、アズミはふと思い出した。
「そう言えば・・・あの日撮ってたモミジの写真、ありませんでしたね・・・」
「あー、あれは部長から『色合いが悪い』ってダメ出し受けちゃって」
「あら・・・」
写真は撮った本人だけが『良い』と思うだけではなく、その写真を見た人にも刺さらなければ駄作になってしまう。
残念ながら、アズミも良いと思っていたあのモミジの写真はボツ、そして選ばれたのがあの展示されている数々と言うことか。とはいえ、そのおかげでアズミは自分の心を動かす1枚を見つけ、笠守とこうして知り合えたのだから結果オーライだろう。
「あのモミジ、私は良いと思ったんですけどね・・・」
「本当ですか?それならきっと、センスありますよ」
「え、そうですか・・・?」
アズミはその笠守の言葉がどういう意味かを訊こうとしたが、それを遮るようにアズミのスマートフォンが電話を知らせる。相手は同じパーシングに乗るメンバーで、アズミは一言断ってから電話に出る。
「もしもし?」
『あー、アズミ?ゴメンね、今大丈夫?』
「ええ、まあ・・・大丈夫だけど」
本当は今は少しお取込み中だったのだが、もしかしたら何か緊急の用事でもあるのかもしれない。
『実は愛里寿隊長から、今日の模擬戦でちょっと聞きたいことがあるって言われて。悪いんだけど食堂に戻ってきてくれる?』
「分かったわ、すぐ行く」
敬愛する隊長の招集とあらば、行かないわけにはいかない。申し訳ないが最優先事項だ。
電話を切ると、アズミは笠守に頭を下げる。
「ごめんなさい、ちょっと戦車道のことで呼び出されて・・・」
「ああ、大丈夫ですよー。自分のことお気になさらず」
笠守は笑ってアズミを見送る。
そんな彼にアズミは、踵を返しながら。
「それでは、笠守さん。
そう言って、アズミは笠守に背を向けて食堂へと早歩きで急ぐ。
また、と言ったのは、なぜか笠守とはまた会うかもしれないという予感が働いたからだ。それに、笠守の写真を好きになり、こうして名前も知ったのだから、出会いがこれっきりなのも少し寂しく感じる。
だからアズミは、次の再会をほんのわずかに願っての『また』を告げたのだ。
そして今は、笠守のことも気になるが愛里寿の呼び出しもある。だから、一体何の話なんだろうなと考えながら、アズミは食堂に向かった。
アズミと別れた後、廊下を歩く笠守は、周りに誰もいないのを確認するとガッツポーズをとる。頭の中では『よっしゃあよっしゃあ』と連呼していてお祭り状態だ。
これだけ喜んでいるのは、もちろん先ほどのアズミと言う女性との再会が原因である。
あの時、モミジの木の下でキャップを拾ってもらったことは覚えているが、あの時のことはせいぜい『優しい人が落とし物を拾ってくれた』としか認識していなかった。
しかし、今日になってまた再会できたことは驚いたし、何より自分の写真を気に入ってくれたことがよりびっくりだ。
―――正直、あなたの写真には、一目惚れしたんです。
あんなことを言われて、カメラマンとして嬉しくないはずはない。
写真とは、『じっくり眺めて分かるような魅力』よりも、『一目見ただけで惹きつける魅力』の方が重要視されやすい。だから、アズミの『一目惚れした』という言葉は、文字通りアズミの興味をすぐに惹くことができたということ。カメラマンとして、誇らしいことだ。
笠守自身、そう言われたことは親しい人以外無かったし、どうしたものかと悩んでいることはあった。だから、ああして自分の写真の魅力が伝わったことがとても嬉しい。
そしてそれを差し置いても、異性から自分の写真に興味を持ってもらい、あまつさえ褒められるなんてことは男としては悪い気がしない。そんな経験もなかったものだから、ことさら笠守は舞い上がっている。
「よし、よし・・・」
笠守は張り切って、サークルへと戻っていく。
この後は部室で、サークルのブログ用に掲載する写真の編集だが、褒められたから腕が鳴ると、気合が十分入っていた。
どうもこんばんは。
初めましての方は、初めまして。
続けて読んでくださっている方は、どうもありがとうございます。
今回のお話は、アズミの恋物語です。
大学選抜チームの2人目の作品となりますが、最後までごゆっくりと楽しんでいただければ幸いです。
感想・ご指摘等がございましたらお気軽にどうぞ。
それでは、今作でもどうぞよろしくお願いいたします。