2人のフォトフレーム   作:プロッター

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大変お待たせいたしました!
何分、戦車の試合を一からすべて自分で考えたもので恐縮ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。


ハイアングル

 目蓋に強い光を感じ、笠守の目が開く。

 視界が整うと、外に広がる景色が素早く後ろへと流れていくのが見えた。一定間隔で伝わる振動と音が、おぼろげな笠守の意識を覚醒させようとする。

 

『間もなく長野、長野です。お乗り換えのご案内です・・・』

 

 耳に入ってくる、電子的な音声で意識が完全に覚醒する。

 降りる駅が間近なのに気付いて思わず勢いよく体を起こす。隣の座席に座っていた同い年ぐらいの男性が、首から提げた猫のペンダントを揺らしてびくっとする。笠守は、『失礼・・・』と謝りながら立ち上がって、愛用のカメラが入ったケース、三脚、そして望遠レンズを荷棚から下ろして降りる準備を始めた。

 新幹線は、駅に停車するために減速し始めている。気の早い乗客は既にデッキまで歩き始めていた。

 窓から駅のホームが見えてきたところで笠守も降りる準備が終わる。隣に座っていた青年も、ここで降りるようだ。

 やがて静かに駅に停車すると、乗客はいそいそと新幹線から降りていく。笠守もそれに倣って降りて、ホームから空を見る。

 陽が昇り明るくなった快晴の空は、大学選抜の大切な試合の日に相応しい天気だ。

 

 

 今日は、大学選抜チーム対ことぶき工業の試合当日だ。

 松代演習場の観戦会場には、試合開始1時間前から多くの観客が詰めかけている。少し前までは、全国大会の決勝でもない限り空席がまばらだったが、満員状態の今をとても嬉しく思う。しかも、会場近くには食べ物や記念品の出店が多くあるから、事情を知らない人の目も引きやすい。なるほど、上手い具合に考えられているようだ。

 

「向こうは賑わってるなー・・・」

 

 だが笠守が用があるのは、メイン会場より少し離れた場所にある撮影用席だ。『席』とは言っているが、撮影の為だけに用意されたも同然な場所なので、通常の観客席のように席が並んでいるわけではない。申し訳程度に数個椅子が置いてあるだけだ。そして、そこは高い場所に位置し、風も容赦なく吹き付けてくるので耐久力がものを言う。

 笠守がそこに着いた時には、既に何人かのカメラマンがそれぞれ準備を済ませており、試合会場にカメラを向けている。

 そのほぼ全員が笠守よりもずっと年上で、若者は皆無だ。しかし臆することは無い。今この場では、誰もが戦車に魅了されている同じカメラマン。雄々しく戦う戦車を捉えようと情熱を注ぐ人たちだ。

 笠守も同じように三脚を立て、カメラを取り付けて撮影の準備を整える。

 辺りを見回すと、特別に設置されているモニターがあった。撮影しているのは日本戦車道連盟だろうか、開会宣言を行うメイン会場の前方が映っている。そこには既に両チームの選手が並んでおり、開会宣言の時を静かに待っている。

 笠守がその映像を観ていると、準備を終えた他のカメラマンも同様にモニターを眺めていた。

 

「・・・頑張れ」

 

 カメラの位置からははっきりとは見えないが、笠守も十分知っている愛里寿たち。

 そして自分にとってかけがえのない人であるアズミ。

 彼女たちの健闘と幸運を、祈らずにはいられない。

 

 

「両チーム隊長・副隊長、前へ!」

 

 審判長が宣言すると、大学選抜チームからは愛里寿とアズミ、メグミ、ルミの3人が。ことぶき工業からは、3人の女性が前へ歩み出る。ことぶき工業のユニフォームは、紺色のコートに黒のタイトスカート。大学選抜よりもさらに暗めの色を使っていて、シックな印象を与える。

 

「これより、大学選抜チーム対ことぶき工業の試合を行います」

 

 審判を挟んで並ぶ両陣営のメンバーの表情が、ぐっと引き締まる。

 

「礼!」

『よろしくお願いします!!』

 

 両チーム百名余りの選手が、一斉に頭を下げ、声を張って挨拶をする。戦車乗りにとっては当たり前のことだが、この戦車道が礼儀正しい武芸であることを観衆に示すには十分なことだった。

 両チームともに頭を上げると、愛里寿たちの前にいた、ことぶき工業の1人の女性が愛里寿の下へ歩み寄る。黒のベリーショートヘアーの彼女は、隊長の出雲(いずも)だ。

 

「今日はどうぞよろしく。噂に聞く島田流と試合を行うことができて、とても嬉しいわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 身長差があるから仕方ないが、出雲は少しかがんで愛里寿と握手をする。

 だが、出雲のその言葉こそ、表情こそ柔らかいが、愛里寿とその後ろに控えるバミューダ三姉妹は気付いている。

 ことぶき工業は、一欠けらも大学選抜のことを侮ってはいない。年上だろうと、経験で上回っていようと、決して油断をせずに試合に挑もうとしている。武芸に通ずる者にとってそれは当たり前かもしれないが、それを徹頭徹尾貫ける者はなかなかいない。だからこそ、愛里寿たちは彼女たちをただ者ではないと悟った。

 

「お互い、悔いのない試合ができるように頑張りましょう」

「はい」

 

 その悟りを面に出さず、愛里寿は握手を交わす。

 それが終われば、両陣営とも戦車に乗り込みそれぞれのスタート地点へと移動する。

 両チームとも前日に長野入りをして整備まで済んでいるため、隊員も戦車もコンディションは最良にある。

 アズミがパーシングに乗り込むと、既に他のメンバーは各々のポジションについて準備を進めていた。

 

「みんな、準備は大丈夫?」

「オッケー」

 

 アズミが訊くと、皆の気持ちを代弁するように、鴨方がぐっと親指を立てる。その通りとばかりに、他のメンバーも頷く。

 

「いよいよですね・・・なんだかもう、緊張なんてしなくなっちゃいました」

「確かに・・・もうなるようになれって感じです」

 

 真庭と美作が苦笑し合う。確かにアズミも、昨日の夜なんて緊張のあまり寝られるかどうか不安だったが、実際はぐっすりで睡眠不足とは無縁だ。

 

「アズミ」

「何?」

()は、もう来てるの?」

 

 早島に問われて、アズミはくすっと笑う。

 

「ええ。さっきメールを貰ったわ」

「そっか」

 

 早島は前を向きながら、操縦桿を軽く動かして具合を確かめる。

 

「それじゃ、胸張れるような戦いを見せなきゃね」

「そうですね」

 

 真庭も砲弾の数を確認しつつ頷く。

 まったく、とアズミは口の中で呟きつつも静かに笑っていた。

 

 

 くろがね工業の隊長・出雲は、パンターのキューポラから上半身を出して戦場を見据えていた。目の前には田園地帯が広がっており、少し離れた場所に市街地が見える。その向こうに、今回戦う相手である大学選抜チームがいるのだ。

 隊員たちの準備ができた頃合いを見て、出雲は咽頭マイクに指をかけて全体通信を始める。

 

「皆、聞いてほしい」

 

 隊員たちの顔は窺い知れないが、アイドリング音以外の雑音が聞こえない現状で話に耳を傾けているのが分かる。

 

「相手はかの島田流の天才少女率いる強力なチームだ。これまで戦ったどことも違う、未知数の実力を持っている」

 

 ことぶき工業側は大学選抜チームを徹底的に調べたつもりだが、それでも実力を全ては見通せていない。関西地区2位のくろがね工業に勝ったこと、大洗女子学園に敗北したことも知っているが、彼女たちは戦績だけに気持ちを流されはしない。

 

「だが、恐れることは無い。私たちは事実、これまで何度も厳しい戦いを越え、勝利を手にしてきた」

 

 その結果が、関東地区2位の実績。時には敗北も味わったが、それも糧として今日まで鍛錬と実践を繰り返している。

 

「だからこそ、私たちは強い」

 

 その言葉は決して妄信ではない。そして、絶対の自信を持ってそう言える。

 

「だが、心しておけ。自信と油断は紙一重だ」

 

 その言葉の直後、ことぶき工業の戦車25輌がエンジンをふかす。今の言葉は、試合に臨む際に出雲が言う決まり文句みたいなものだった。

 

「まずは迅速に陣地を確保し、迎え撃つ体勢を取るぞ」

 

 

 試合開始を告げる号砲が、打ち上げられた。

 笠守は、モニターで両チームの戦車が動き出したのを確認すると、すぐにカメラの下へ戻り戦車を捉えにかかる。他のカメラマンも同様にカメラを構え始めた。

 

「・・・」

 

 笠守は、カメラで前進し始める大学選抜の戦車を捉える。自分にとって第一の目的は、大学選抜の戦車の活躍を写真に収めることだ。応援と優先順位はイーブンだが、こちらを先決とみなす。

 大学選抜の戦車は、スタート地点の田園地帯から市街地エリアへとゆっくりと向かっている。周りに遮蔽物がほとんど無いため戦車を撮りやすく、他のカメラマンはここで熱心にシャッターを切っている。

 笠守も何枚か撮影するが、進軍している戦車は威厳こそ感じるものの、どこか迫力に欠ける。やはり戦っている時が一番のシャッターチャンスだろう。

 しかし、以前の愛里寿の話のように、笠守自身が納得できなくとも別の誰かに刺さることはあるので、それでも撮影はする。

 また、市街地戦では写真を撮るのが難しくなるので、撮れるうちに撮っておきたかった。

 

 

加賀(かが)は北側に回って敵部隊の偵察。接敵しても発砲はするな」

『了解!』

 

 市街地が近づいてくると、愛里寿は指示を出す。センチュリオンの傍に控えていた1輌のチャーフィーが、隊列を離れて脇道に逸れ北へと向かって行く。大学選抜は東から、ことぶき工業は西からスタートしているので正面からの衝突を避けるために、偵察に向かわせたのだ。

 市街地エリアは周囲に城のような濠があり、東西南北4方向に石橋が架けられている。その4つの橋は特徴が異なり、大学選抜が近い東側の橋は一番長い。

 

「市街地は遭遇戦が起きやすい。各車、周囲への警戒を怠るな」

『了解!』

 

 市街地戦で思い出すのは、やはりあの大洗との試合。普通では考えつかないような作戦にしてやられ、精鋭揃いの大学選抜が追い詰められたあの試合は学ぶところも多かった。

 その試合で市街地戦の危険さを知ってるからこそ、愛里寿はそれを隊員に伝え再認識させる。

 やがて先頭を行くメグミ中隊が橋の手前に差し掛かると、愛里寿は全車輌に停止するよう指示した。

 

『こちら加賀。敵チームはまとまって田園地帯を東へ前進中。市街地到達まで推定7分』

「偵察を続けろ」

 

 加賀からの通信が入り、愛里寿は小さく頷いて無線用のマイクを手に取る。

 

「メグミ中隊、市街地へ進入後は北側、ルミ中隊は南側に展開。アズミ中隊は中央の大通りを見張り、メグミかルミの中隊が交戦状態になったら援護しろ」

『『『了解!』』』

 

 指示を出すと、戦車隊が前進を始める。

 だが、愛里寿のセンチュリオンだけは橋を渡らず、近くにある丘へと向かう。と言うのも、センチュリオンは全体的に性能が優れているものの、燃費が悪いため序盤からいきなり動き回ると後半で動けなくなる可能性があるからだ。だから、序盤はあまり動かずまずは状況を見る。ここからは、愛里寿が後方で指揮を執り、前線での細かい指揮は中隊長であるアズミたちが下すのだ。

 

 

 偵察を出したのはことぶき工業側も同様だった。戦いに優先するべきはまず状況を知ることだから、敵の動きをある程度でも把握しなければ何もできない。

 

『こちら諏訪(すわ)。敵チームは東側より市街地へまとまって進入。隊長車は進路を変更し、市街地には入りません』

 

 先行させて偵察に向かわせたⅢ号戦車N型から報告を受けて、出雲は少し考える。

 

「よし、退路を確保しつつ市街地へ進入して、引き続き状況を確認。万一会敵しても応戦せず速やかに撤退しろ」

『了解!』

 

 諏訪との通信が切れると、出雲は地図を取り出す。

 

「恐らくは、市街地の東側に広く展開して戦闘を有利に運びやすくしようとしているかと」

 

 隣を走るティーガーⅡの車長にして副隊長の伊勢(いせ)が具申する。

 市街地の周囲の濠に架かる東西南北の橋からは、大通りが町を4つに分けるように伸びている。また、複雑に道が張り巡らされているこの町は遭遇戦が起きやすい。だが、大通りはまっすぐ伸びているため、正面から相手を捉えやすい。

 出雲はマイクを手に取って通信を飛ばす。

 

鶴岡(つるがおか)は西の入り口から市街地へ進入。展開するまで時間を稼げ」

『了解』

 

 返事の後、先頭を行くヤークトティーガーが増速する。と言っても、ヤークトティーガーは速度がそこまで上がらないため、どうしても進軍はゆっくりだが。

 一方で、先の方を進むⅢ号戦車J型の車長・鹿島(かしま)は、周囲を双眼鏡で見渡していると、北側の斜面に不自然な盛り上がりを発見した。よく目を凝らすと、双眼鏡を構える誰かがいて、しかも擬態させられた戦車がいた。

そこを見ながら咽頭マイクのスイッチを入れる。

 

『こちら鹿島、敵戦車発見。方位10時、距離およそ900メートル』

「車種と数は?」

『大きさからしてチャーフィー、視認できる限りでは1輌。恐らくは偵察です』

 

 その報告を受けた出雲は、頭の中で敵の動きを予想しもう一度指示を出す。

 

恵比寿(えびす)、パンターを1輌北へ向かわせてチャーフィーを追撃せよ」

『了解。6号車を向かわせます』

「恵比寿中隊と鶴岡、弁財(べんざい)中隊の8から10号車は西側。それ以外は南側から市街地へ進入する」

『了解!』

 

 濠手前の十字路で、それぞれ指示通りの方向へ進み始める。

 

 

「敵中隊、西側の入口へと向かっています。恐らくは南からも向かっている模様」

 

 加賀は視認できる限りでの情報を愛里寿たちへと伝えるが、同時に1輌のパンターがこちらへ向かってきているのにも気付く。

 

「北に転進、撤退!」

 

 操縦手に指示を出し、チャーフィーは動き出す。

 

「こちら加賀、敵パンター1輌に捕捉されました。北側へ撤退します」

『北側の橋から市街地へ入って敵の動きを撹乱しろ』

「了解!」

 

 愛里寿から市街地に逃げ込むように指示を受ける。

 幸いにも、北側の橋の入り口には丁度差し掛かったところだったので迷わず橋を渡る。

 その後ろからは1輌のパンターが追ってくるが、チャーフィーの整地での最高速度は時速56キロ。パンターよりもわずかに勝っているので勝ち目はある。

 そして、北側のこの橋はカーブを描いて市街地に伸びているのでパンター側からすれば狙いを定めにくかったから生存率も希望が持てる。

 だが、パンターは石橋が見える位置で停車して、砲塔を旋回させ始めた。加賀はそんなパンターの様子を見て首を傾げる。偏差撃ちでも狙っているのだろうか。

 

「まさか」

 

 だが、加賀がある予感を抱くと同時にパンターが発砲する。

 その砲弾はチャーフィーではなく橋に命中し、着弾して少し経ってから橋が突如爆発して崩落し、チャーフィーの目の前に大きな穴が開く。

 

「榴弾・・・」

 

 カーブで狙いにくいチャーフィーではなく、橋そのものを落として足を止められた。こんな状態では町にも入れない。

 パンターは石橋を渡って近づいてきて、最早撃破は避けられない。

 

「隊長、すみません。逃げきれませんでした」

 

 マイクを取って報告したところで、パンターが発砲した。

 

 

『大学選抜、チャーフィー1輌行動不能』

 

 アナウンスが告げると、双眼鏡で笠守は状況を確かめる。市街地の北側で撃破されたようで、ここからは見にくい。それでも一部のカメラマンはその場所を狙ってシャッターを切っているが、鮮明に撮れているかどうかは疑わしい。

 

「・・・まずいなぁ」

 

 そして笠守は、不安になる。

 大学選抜の練習を遠巻きでも見ていたからこそ、こんなに早い段階で1輌撃破されるのが先行き不安でならない。ことぶき工業の強さもどのぐらいかは知っていたので、苦戦を強いられるのも予想はしたが、ここまでとは。

 

 

「加賀がやられた?」

 

 状況を確認したアズミは、苦い表情になる。偵察もそれなりに腕が立たなければできないものだし、事実加賀は偵察として優秀だった。だからこそ痛い。

 

「アズミ、前!」

 

 操縦手の早島が叫び、アズミは双眼鏡で前方を確認する。

 前方・・・町の西側から戦車の列が向かってきた。最前列にヤークトティーガーが控えていて、その後ろにどれだけの戦車がいるかはまだ確認できない。

 

「こちらアズミ。敵戦車、西側より市街地へ進入。先頭にヤークトティーガー、規模は現在確認中」

 

 アズミが報告すると、中隊の中で狙える位置にいる戦車が砲塔を西側に向ける。市街地で道が狭いため、全ての車輌で狙うことが難しいのだ。

 その時、ヤークトティーガーが発砲した。腹に響くような重い砲撃音が響き、誰もが身構える。しかし、まだ距離が開いているせいか狙いは外れて、近くの建物の外壁に直撃して瓦礫が落ちてくる。

 

 一方で、町の西側に展開していたルミは、アズミの報告と砲撃音を聞いて少し悩む。

 

「どうします?アズミさんたちと合流しますか?」

「いやー・・・数が分からないってのが悩ましいんだよ。確かにヤークトティーガーは厄介だけど、囮ってこともあるし」

 

 同時に通信を聞いていた小松が話しかけるが、ルミは承服できない。

 悩む理由は、敵の数が分からないにもかかわらず、無視できない戦力だからだ。判別するのがどうも難しい。

 

『こちらメグミ。西側の敵部隊は私達が狙うわ』

 

 北側に展開したメグミが名乗り出て、ルミもそれが良いと思った。

 北側から伸びる橋は、加賀が撃破された際にことぶき工業が落としたらしいので攻め入られる確率はほとんどない。

 そう考えてルミは、引き続き南側の警戒を続けようとしたところで。

 

『前方より敵!パンター2輌!』

 

 同じ中隊で前方に控えていた末広(すえひろ)が、矢のように鋭い報告をしたので、ルミはキューポラから半身を乗り出しその方向を見る。

 確かにパンターが2輌こちらに向けて砲を向けていた。いや、2輌だけではなくもっと多くの戦車が入ってきている。どう見てもこっちが本隊だ。

 

「アズミ、メグミ!南から敵戦車多数進入!多分こっちが本隊だ!中隊各車発砲!」

 

 アズミたちに報告しつつ、自分たちの中隊でできる限り応戦する。

 だが、相手チームはものともせずに進路を変えてルミたちの方へと向かってきた。車種はパンターとⅢ号戦車N型、そしてティーガーⅡと中々手強い。

 そんな敵車輌はじりじりと進み、その間も砲撃を続けているためルミの中隊は押されるように後退し、足元に至近弾が何度も落ちる。

 

『9号車播磨(はりま)行動不能!』

 

 先頭で迎撃していた仲間からの悲痛な報告に、ルミは歯ぎしりする。

 だが、その報告と同時に野々市が戦車の合間を縫うように発砲し、相手チームのパンターのターレットリングを撃ち抜いて白旗を揚げさせた。

 

「野々市ナイス!」

 

 ルミが反射的に野々市を褒めるが、それでも敵の猛攻は止まらず、ルミ中隊は後退しかできない。それでも迎撃は止めず、さらにもう1輌のパンターの撃破に成功した。

 

 一方でメグミは、残ったチャーフィー1輌を偵察に出し、西から進入してきた敵中隊の動きを見極めていた。

 

『敵中隊、総数10輌。市街地中央へ向かっています。時速約12キロ』

「北側に来る戦車は?」

『今のところは、確認できません』

 

 足利(あしかが)からの報告に、メグミは少し考えてからマイクを手に取った。

 

「ルミ、アズミ、北側に向かってくる敵戦車はいないわ。一度そこから退いて、北側に展開しましょう」

『了解』

『了解・・・』

「中隊各車、北側に展開!」

 

 南から侵攻を受けたルミと、西のヤークトティーガーたちを警戒していたアズミは疲弊しつつも答えて中隊を移動させる。メグミも自分の中隊に指示を出して、北側に広く展開を始めた。

 

「足利、西側の中隊に隊長車はいる?」

『・・・いえ、確認できません』

 

 相手チームの隊長車・パンターは、配下の車輌と異なり暗めのカラーリングになっている。だから他のパンターに紛れて判別できないことは無いが、いないのならば仕方がない。

 

 

 大学選抜が北側へ後退したのを確認すると、出雲は咽頭マイクのスイッチを入れる。

 

「各中隊、状況報告」

『こちら恵比寿、西側入口より進入に成功。敵戦車の姿は見えません。なお、偵察のチャーフィーを1輌撃破しました』

『弁財中隊、11号車の損失。相手チームのパーシングを1輌撃破しました』

布袋(ほてい)中隊、18号車が落伍。それ以外は健在です』

 

 報告を聞いて、出雲は満足げに頷く。

 

「2輌損失は痛いが、まずまずの滑り出しだ。敵チームは北側に?」

「はい。こちらでも移動したのを確認しました」

 

 隣に控えるティーガーⅡの車長にして、もう1人の副隊長・伏見(ふしみ)が隊員の情報を総括して報告する。

 

「よし。私と伊勢、伏見は予定通りSW地点に向かう。恵比寿中隊は西、弁財中隊は中央、布袋中隊は東に展開しろ」

『了解!』

 

 出雲の指示で各車輌が展開していく。その様子を見つつ、出雲は自分の戦車の動きに身を委ねて小さく頷いた。

 

 

『大学選抜とことぶき工業、共に順調な滑り出しと言ったところでしょうかねー』

『撃破された車輌の数は両チームとも同じですが、どうも大学選抜がやや押され気味だったような感じもしました』

 

 笠守は、ラジオで実況と解説を聞きながら双眼鏡で戦場を改めて見る。

 解説の言った通り、確かに最初の戦闘は少し大学選抜が押され気味に見えた。両チームともに2輌失っているが、撃破数だけで全てが決まるわけでもない。

 周りにいるカメラマンたちは、その撃ち合いの時にシャッターを切りまくっていた。笠守ももちろん撮っていたが、見返すと砲煙が濃くスモークがかっている。

 持ち込んだ缶コーヒーを開けて一口飲み、溜息を1つ吐く。今は写真と、試合の行く末が心配だから心の負担も倍増だ。

 

 

 大学選抜が北側、ことぶき工業が南側に広がって態勢を整えたところで仕切り直しだ。

 この市街地は建物で視界があまり利かず、道も複雑なため大通り以外は先まで見通しがきかない。このため、敵と遭遇する確率が極めて高く、迂闊に進軍すると返り討ちもあり得た。

 だからこの場では偵察が重要だが、大学選抜は既に偵察向きのチャーフィーが1輌撃破されている。残り1輌だけのチャーフィーでこの広い市街地の偵察を行うのはリスクが伴うため、少々不向きでもパーシングも偵察に出すことにした。

 

『こちら中条(なかじょう)。E15地点にパンター2輌視認。察知された気配なし』

「了解」

 

 偵察からの報告を聞いて、アズミは地図に印をつけていく。メグミとルミも同様に、それぞれの中隊から出した偵察の情報を基に、チームで共有して、敵の位置を少しずつ確かめていく。

 

「メグミ、どう見る?」

『そうねぇ・・・まあ、南側に陣取ってるのは確定だけど、どんな感じで展開してるのかいまいちつかめないのよね・・・』

 

 アズミが訊くが、メグミは悩んでいる。偵察である程度敵の位置は見えてきたが、全体像は掴めない。攻めあぐねている状態だ。

 

『とにかく、このままでいるのもジリ貧よ。試合の流れは若干向こうが握ってる感じだし』

 

 ルミの言い分も尤もである。序盤のぶつかり合い、相手チームに分があったのはアズミとメグミも分かっていた。

 ここは先に動かなければ、戦況が悪化の一途をたどる。それを認知したアズミは頷く。

 

『アズミ、ルミ、聞いて』

 

 そしてメグミも、踏ん切りがついたか指示を出すに至った。

 

 

 僅かに優位でも、ことぶき工業も相手の詳細が把握できておらず、迂闊に手出しができないのは同じだった。

 だからこそ情報収集が重要であり、積極的に偵察を出している。

 

『こちら香取(かとり)。中央交差点付近からは敵影確認できません。エンジン音もないです』

「了解、引き続き偵察を続けろ」

『はい!』

 

 弁財中隊から出しているⅢ号戦車N型の車長からの報告を聞いて、出雲は頷く。

 Ⅲ号戦車は速度がパンターに劣るが、比較的小柄で見つかりにくく、不安な足回りも腕のいい整備士のおかげで問題なく偵察に使える。仮にも撃ち合いになった場合は75ミリ砲で応戦することも可能だ。

 

「動きませんね・・・相手」

「向こうもこちらの状況が掴めないのだろう」

 

 伊勢がぼやくと、出雲は苦笑する。

 

「だが、恐らくはあちらから仕掛けてくるはずだ」

「?」

「序盤の撃ち合いは損耗こそ同数だが、流れはこちらにあると言っていいし、それは向こうも理解しているはずだ。ならば膠着状態にある今、向こうから動かなければ試合の流れはこの先掴めないと思っているだろう」

「ならば私たちは、大学選抜が動くのを待つと」

「ああ」

 

 もちろん、出雲は完全に大学選抜の思考を読んでいるわけではなく、推測で話しているだけだ。だから、狙い通りに動くとは言えないし、狙い通りに行かなければその時のこともまた考えている。

 その時、通信が入る。

 

『ES19地点、龍尾(たつお)より報告!敵戦車、東側2番路を南下中。その数3輌以上!』

『こちらWS17地点常盤(ときわ)、敵車輌が西側3番路を南へ向かっています。推定4輌』

 

 立て続けに2輌から報告を受け、出雲は『ほらな』と小さく呟く。伊勢もふっと笑った。

 

「各中隊、応戦しろ」

 

 

 メグミ中隊は西側、ルミ中隊は東側の道を1列縦隊で進軍する。

 両チームとも細い路地を通っているため、2列縦隊にはなれない。先頭の車輌がやられると後続が詰まってしまうが、パーシングの前面装甲は101ミリと決して薄くない。真正面に敵が現れても、ゼロ距離で撃ち抜かれない限りは問題ないだろう。その車輌数は、メグミ中隊、ルミ中隊ともくろがね工業が見た通り4輌ずつだ。

 

『中隊各車、前方及び側面からの強襲に注意して』

「了解」

 

 メグミからの指示に、西側の路地で先頭を行く新発田(しばた)は、頷きつつも周囲を警戒する。建物で周囲の状況は分かりにくいが、枝分かれする路地も多い。横合いから不意打ちを取られる可能性もあった。

 

「・・・」

 

 やがて脇道を見つけると、新発田の身体が緊張で強張る。

 今いる場所は、ことぶき工業が展開している南から離れているが、既にこちらまで侵攻している可能性も捨て切れない。その脇道に敵戦車が待ち伏せているかもしれなかった。

 そこへ近づくにつれて、緊張と不安が募っていく。

 操縦手にゆっくりと進むように指示し、警戒を強める。

 やがて脇道の前に来るが、そこに戦車の姿はなかった。

 

「ふぅ・・・」

 

 たまらず、安堵の息を吐く。

 しかしその直後、新発田のパーシングが衝撃と共に停車してしまった。周囲を見るが戦車の影は無いし、白旗も揚がっていない。すぐさま乗員に訊く。

 

「何があった!?」

「履帯を切られた模様です・・・前方をパンターが通り抜けて行ったのがちらっと見えて、だから恐らく・・・」

「流し撃ちか・・・」

 

 新発田たちがいる道は、戦車1輌は余裕で通れるもののそれでも狭い。そんな道の、幅数十センチ程度しかない履帯を、走りながら流し撃ちできるとは全く持って驚かされる。

 それよりも、先頭の新発田が動けなくなったことで後続の戦車が進めない。まずはメグミに報告するしかなかった。

 

「メグミ隊長、こちら新発田。履帯破損、後続戦車を後退させ―――」

 

 その通信の途中で、パーシングとは違うエンジン音が聞こえてきて、思わず通信を止めてしまうも周囲に目を配る。

 そして、先ほど見た路地の向こう側にパンターがいるのに気付いた時にはもう遅かった。

 

 

『アズミ、西の2番路に敵戦車がいるわ』

「了解」

 

 小隊規模の戦車で進軍しているのはメグミとルミの中隊で、アズミ中隊はそのバックアップを務めている。要は、どちらかの中隊の戦車が敵に倒されたら、その敵を討つ役割だ。

 メグミ中隊の新発田がやられたのは痛いが、逆に相手の戦車が尻尾を見せた。早速アズミは、自分の中隊から2輌をメグミの言う西側の道に向かわせる。

 

「ルミ、そっちはどう?」

『今のところはまだ敵が見えないらしいけど、逆に怖いわね・・・』

 

 ルミ中隊から出張った小隊はまだ会敵していないらしい。撃破されないのは嬉しいが、何もないと逆に色々と勘ぐってしまうのは、悲しい慣れだと思う。

 

『14号車佐倉(さくら)、敵パンター1輌撃破!』

『同じく16号車安中(あんなか)、パンター1輌撃破しました』

 

 仲間からの嬉々とした報告に、アズミは『お手柄よ』と小さく笑って頷く。

 これで大学選抜が数的有利に立った。このペースを維持できれば、勝機も見えてくるはずだ。

 

「佐倉、安中、敵の隊長車は見える?」

『いえ、こちらからは確認できません』

『私も・・・まだ・・・』

 

 

「恵比寿中隊の4号車と5号車が撃破された模様です」

「ふむ・・・なかなかやるな」

 

 恵比寿を通しての山科からの報告に、出雲の表情が若干曇る。

 

「どうします?中隊を再編成して、迎撃しますか」

「いや、その必要はない」

 

 伊勢の意見具申に、出雲ははっきりとNOと告げる。きっぱりとした返事に、伊勢も意表を突かれたようだ。

 

「龍尾や常盤の報告では、侵攻を試みているのは東西とも3~4輌。我々の場所と陣形を正確に把握できているのなら、最初からそれ以上の大多数で攻めるだろう。だが、そうしないのはまだ完全に私たちの位置が把握できていないからであり、同時に戦力を無駄に使いたくないということでもある」

「要は・・・向こうは及び腰になっていると?」

「そういうことだな」

 

 出雲は地図を取り出し、仲間の偵察の報告とその情報を書き記していき、次の段階の作戦を考える。

 

「ここで私たちが動くと、逆に向こうに動きを悟られるかもしれない。今は、向こうが試合の流れを掴もうとしているからこそ、大きな動きは見せたくはない」

 

 諭すように出雲が言うと、伊勢はその言い分を理解して頷く。同じくその場にいた山科も笑って頷いた。

 そして出雲は作戦を決定し、仲間との通信を始める。

 

「布袋中隊、ヤークトティーガー。榴弾装填、遅延信管準備」

『はい!』

「私の合図で、北東区域に向けて発砲しろ」

 

 

 突然、腹に響くような低く野太い砲撃音が何重にも響いた。

 アズミが辺りを見回すが、建物ばかりで変わったものは特にない。

 今の音は戦車の砲撃音以外あり得ないだろうが、砲撃音が数種類入り混じっている様にも感じだ。

 

「・・・何のつもり?」

 

 直後、北東側の市街地で大きな爆発音が鳴り響く。そしてさらに、何かが崩れるような音までもが聞こえてきた。

 

「榴弾・・・?」

 

 通常の徹甲弾では、建物に命中しても柱を折らない限り倒壊はしない。そうなると考えられるのは榴弾の炸裂によるもので、しかもあそこまで大きな崩落音がしたとなれば、複数の戦車が同時に榴弾砲を撃ったことになる。

 ここで1つ疑問に思う。

東側に展開させていた小隊はどうなったか、と。

 

橿原(かしはら)湯梨浜(ゆりはま)中条(なかじょう)、大丈夫?」

 

 東の道へバックアップに向かわせた3輌のパーシングの車長を呼ぶ。応答したのは橿原だった。

 

『大丈夫です、湯梨浜と中条も撃破されていません。ただ、来た道は塞がれてしまいました』

「・・・分かった。そこから先は、十分に気を付けて」

 

 胸が痛む。

 相手チームの榴弾攻撃の狙いは、北東側の地区を破壊し、大学選抜側の行動を大きく制限させることだった。それでアズミ中隊の3輌が本隊と分断されたのは、相手にとっても予想外だろう。どちらにせよアズミたちにとっては大きな代償だ。

 

「ルミ、あなたのところの戦車はどうだった?」

『どうにか生き埋めは避けられたみたいだから、本隊と合流するようにしたわ』

 

 ルミ中隊は被害を免れたらしく、退路も塞がれていないために戻れるらしい。それは不幸中の幸いだ。

 これでアズミ中隊の3輌も無事ならいいが、そう上手くいかないのが戦車道、勝負の世界だ。

 

『こちら橿原、敵中隊視認!パンター5輌、Ⅲ号戦車N型1輌の計6輌!』

 

 通信が入り、アズミの身が硬くなる。

 橿原たちは3輌に対し、相手チームは6輌。加えて性能は向こうがやや勝っている。数も質も向こうが上ならば迂闊な攻撃は避けて撤退した方がいいだろうが、今はその撤退する道も無い。

 

「・・・今の場所は?」

『現在、SE3地点。東西大通りのすぐ近くです』

 

 南側近くと言うことは、敵陣のすぐ近くまで来ているということ。一地域とはいえ敵の編成を暴いたのは大手柄だ。ここで戦力不足を理由に撤退しても、文句などない。

 だが、橿原達は退路が塞がれたからこそ戦うつもりでいる。

 

『アズミ、ルミ。聞いてちょうだい』

 

 判断を決めあぐねていると、今度はメグミからの無線が入る。やむなくアズミは、それに耳を傾けた。

 

『私たちは隊を二分して、中央通りと西側の道から攻め込むわよ』

 

 メグミが示したその方針を聞いて、アズミも決心がつく。

 

「橿原。私たち本隊は別方向から攻めるから、あなたたちは敵中隊を引き付けて時間稼ぎをして」

『了解!』

「けど、無茶はしないように」

 

 最後の言葉は聞こえたかどうかは分からないが、橿原達は躍起になっているようだ。

 橿原たちには、戦力が劣っているところで申し訳ないが敵中隊の足止めをしてもらう。無茶な話なのは重々承知しているが、申し訳ないとアズミは心の中で謝りつつ、早島に指示を出す。

 

 

 市街地の一角に榴弾が叩き込まれ、町が瓦礫の山と化した瞬間、笠守の近くのカメラマンたちは舞い上がるようにその瞬間を連写で捉えていた。

 笠守も何枚かその瞬間を押さえており、インパクトは相当なものだったが、それでも広報目的では使えない。そもそも戦車が豆粒ぐらいの大きさにしか写っていないので、使えるはずも無かった。

 

「どうなるかな・・・」

 

 カメラから目を離し、双眼鏡で戦場をより詳しく見る。

 今のところ試合は一進一退の様相を見せており、実況と解説も『五分五分』と評している。先ほど大学選抜がパンターを2輌撃破したはいいが、一区域を潰したことでまたことぶき工業が試合の流れを掴みかけている。

 そして、相手はあまり混乱している様子が無い。むしろ焦っているように見えるのは大学選抜の方だ。

 

 

 愛里寿のセンチュリオンは、丘の上から状況を確認していた。

 性能面で序盤は戦闘には参加しにくいが、かと言ってただ呆けて試合を観ているわけではない。ちゃんと試合を―――見える範囲でだが―――見届けて冷静に分析しつつ、バミューダ三姉妹からも情報をこまめに受け取り、総括して戦況を把握している。

 

「・・・大分、苦戦しているようですね」

「相手も強いからな」

 

 通信手の信濃(しなの)が状況をまとめつつ呟くと、操縦手の霧島(きりしま)も頷く。

 そこで、愛里寿が信濃に話しかけた。

 

「こちらの状況は?」

「現在は、市街地の西側と中央の通りから南側へ侵攻を始めています。東側は敵の榴弾攻撃で塞がれており、アズミ中隊の3輌が分断されつつも東側の中隊と交戦しています」

「残りの車輌数は?」

「総数22輌。私たちを除いてメグミ中隊とアズミ中隊が7輌ずつ、ルミ中隊が6輌、チャーフィーが1輌です」

 

 試合が始まって、間もなく2時間が経過する。ことぶき工業という強力なチームを相手に、あれだけ派手に何度もぶつかって損耗が3輌だけなら、上々と言っていい。

 

「相手チームの残りは?」

「21輌です。報告では、撃破されたのは4輌ともパンターとのことです」

「メグミたちから具体的にどう侵攻するか報告は?」

 

 愛里寿が訊いてくると、信濃は冷静に答える。

 

「西側からは、メグミ中隊とアズミ中隊がT-28を前列に据えてゆっくり進軍。中央からはルミ中隊とチャーフィーが安全な距離を保ちつつ進行中です」

 

 西側の道よりも中央通りの車輌が少ないのも、撃破を極力避けるためだ。

 東西を貫く中央通りは、市街地エリアでも一番道幅が広く、パーシングが3輌はゆうに並ぶ。だが、広いからこそ逆に狙われやすいから、狭くても西側から攻める方が安全なのだ。

 それは良いとして、愛里寿には1つ疑問があった。

 

「・・・隊長車の姿が見えない」

 

 今までの戦闘で、大学選抜は1度もことぶき工業の隊長車であるパンターを目視で来ていない。カラーリングも他と違うから見間違うこともないだろうに、なぜか見つからない。。

 

「私たちと同様に、別の場所で俯瞰しているのでは?」

「その可能性は低い。過去の試合で向こうの隊長車は、必ず本隊に近い位置で指揮を執っていた。とすれば、今もまた市街地エリアのどこかにいるに違いない」

 

 砲手の大和(やまと)が訊ねるが、愛里寿は首を横に振る。

 だが、具体的にどこにいるのかまでは愛里寿にもまだ分からず、地図を広げた。

 

 

 T-28を前方に据えたメグミ・アズミ合同中隊は、市街地西側の橋付近にある交差点手前で一度停止する。東西に伸びる大通りと交差しており、側面から攻撃されるとひとたまりもないので、用心に用心を重ねてのことだ。

 そして、交差点の向こう側にはことぶき工業の戦車が何輌かこちらの様子を窺っている。

 

『砲撃開始!』

 

 メグミが指示を出すと、T-28とその後ろに控える2輌のパーシングが発砲する。先頭に速度の遅いT-28を据えているのは、盾の役割を任せているからだ。速度は落ちるが、正面の安全は確保できたと言っていい。後ろに続く戦車が攻撃しにくくなるが、それは仕方がない。

 

『こちらルミ中隊、敵中隊と交戦開始!』

『よし、そのまま中央通りの戦車を引き付けておいて』

 

 ルミからの通信が入ると、大通りの方から砲撃音がいくつも聞こえてくる。これで、中央通川に展開している相手中隊からの攻撃は、多少軽減できるだろう。

 

『中隊、微速前進!』

 

 ルミからの合図を機に、メグミは中隊全体に進むよう指示を下す。

 そして、今度はアズミの下へ通信が届いた。

 

『中条からアズミ中隊長へ!東側の敵中隊、パンター2輌撃破!こちらは、湯梨浜が落伍しました』

「了解。西側は本隊が進軍を始めているから、引き続き相手の引付をよろしく」

『了解!』

 

 これで東側の小隊は橿原と中条の2輌。相手中隊も残りは4輌と、粘ってくれている。

 しかし、ルミ中隊もやはり広い場所で戦っているせいか狙われやすく、相手のパンターを1輌撃破したもののパーシングも1輌撃破されたとのことだ。

 

『こちら真鶴、1輌撃破』

矢巾(やはば)、1輌撃破しました!』

 

 他方、メグミ中隊のパーシングとT-28がそれぞれ1輌ずつ敵のパーシングを撃破し、これで20対16。だんだんと優位になっている。

 劣勢になりつつあることぶき工業側は、曲がり角や物陰まで後退して様子を窺いつつ発砲している。滅多矢鱈に撃つのではなく、的確に大学選抜の戦車の弱点を狙ってきている。それでも狙いにくいようで、せいぜいが掠る程度だ。

 メグミとアズミの中隊は、怯まず前進を続け、交差点を抜ける。

 だが、それを境に突然相手チームの砲撃が激しくなった。

 

「何?」

 

 アズミが周囲を見ると、どうやら脇道に隠れていた戦車が一斉に砲撃を始めたらしい。

 幸いにもT-28の側面装甲は抜かれないが、パーシングの側面装甲に若干の不安がある。事実、前を行くメグミ中隊のパーシングも1輌やられてしまっていた。

 

『こちらルミ、現在中央通りS12地点を進撃中。敵中隊の抵抗も激しくなってきてるわ』

「丁度、私達と同じぐらいの場所を進んでいるわね」

 

 ルミからの通信には、砲撃音からくるノイズが入り混じっている。

 

『でも、これだけ抵抗が強いってことは・・・』

「向こうも追い詰められてるってことかしらね」

 

 通信の最中もルミのパーシングは砲撃を止めていないらしく、さらにザリザリとノイズが混じる。

 だが、ルミとの通信が切れると別の通信がアズミの下へ来た。

 

『こちら橿原!東側の敵中隊、撤退を開始!』

 

 そこで、アズミは『ん?』と疑問を抱く。

 敵中隊の規模の方が若干勝っているはずなのに、自分から撤退するとはどういうことだろうと。

 

「彼我の車輌数は?」

『こちらは中条が撃破されて、私だけですが・・・向こうはまだ4輌残ってます』

「それなら・・・敵中隊をできる限りでいいから追跡して。どこへ向かっているか分かればそれで充分だから、むやみな発砲は控えるように」

『了解!』

 

 橿原との通信が切れると、アズミのパーシングもY字路で機を窺っていたパンターに向かって発砲する。正面装甲を徹甲弾が砕き、炎上させた。

 

 

「ここだ」

 

 愛里寿は、タブレット端末で戦場の地図を確認し、ある一点をタップする。

 

「この南側にある噴水広場に、相手の隊長車はいる」

 

 愛里寿が告げた、隊長車の位置という重大な情報に、センチュリオンの乗員が一斉に愛里寿の方を向く。

 装填手の三笠(みかさ)が手を挙げて訊ねた。

 

「根拠は?」

「根拠は3つ。まず1つに、この噴水広場付近に近づくにつれて敵の攻撃が激しくなり、私達の撃破された戦車の数も増えている。それだけこの近くに近づけないためだろう」

「・・・」

「そして、東側の中隊が数的有利を保っていたはずなのに、メグミたちがこの近くに来た途端に撤退した。やはり、こちらの守りを固めるためだと考えられる」

 

 前線から伝わる情報を総括した信濃は、情報を集めている間はそれに気付かなかったが、愛里寿に改めて指摘されると確かにと思う。他の乗員も頷いていた。

 

「第2に、この噴水広場に通じる道は3本ある。有事の際にここへ戦力を集めたり、周囲の状況を確認するには効果的な場所だ。そして、高い建物に囲まれているから発見されにくいという利点もある」

 

 愛里寿の言う通り、噴水広場には東、西、南の3方向から道が通じている。また、周囲には時計塔や教会など比較的高い建物があり、3つの道が狭いのもあって、確かにちょっとやそっとでは見つかりにくい。

 

「第3に、この噴水広場は南側の橋にほど近い場所にある。万が一攻め込まれても、ここから逃亡して体勢を立て直すことができる」

 

 その噴水広場と、ことぶき工業が入ってきた南側の入り口は直線距離で2~300メートル程度だ。そこまでの道も入り組んでいないため、迅速に撤退できる。

 根拠を欲した笠間を含め、乗員全員が感心したように頷く。理に適っている答えだし、同じ隊長であるからこそ分かるであろうその理由を、疑う余地はない。

 そして、地形と戦車の動きだけでそこまでの推測を立てたのには感服した。

 

「そこに攻め入れば、私達もより有利になれると」

「隊長車を倒せば、向こうの指揮系統をある程度乱すことができ、有利に事が運びやすくなる」

 

 大和と霧島の言葉に、信濃は少し顔を明るくしたが、すぐに陰りが差す。

 

「でも、どうやってそこへ?」

 

 現状、敵の攻撃は激しさを増しており、簡単には近づけない。

 となれば、逆に相手を誘い出すしか方法が無いのだが、具体的にどうやってそれをするかまでは、信濃達も考えがつかない。

 

「・・・」

 

 愛里寿はもう一度地図に目を落とす。

 一番いいのは、3つの道から一気に攻め込んで蜂の巣にするのだが、敵の抵抗が激しい現状を鑑みるとそれは難しい。

 そこで愛里寿は、噴水広場の周りにある建物を確認し、1つの作戦を思いついた。

 

 

「了解」

 

 愛里寿から作戦を伝えられて、メグミは頷く。聞いていたであろう他の隊員たちも頷いているに違いない。

 作戦は二段階。まず第一段階は理解できたが、第二段階は少々厄介だった。

 考えながら、メグミは通信を入れる。

 

「アズミ、ルミ」

『誰が行くかってヤツ?』

 

 開口一番にルミが反応した。メグミが何の目的があって通信を入れたのか、察しがついていたらしい。

 

「結構リスクは高いし、技術もいる。そして失敗すれば次のチャンスはないから、それなりの覚悟もいる」

 

 愛里寿から伝えられた作戦の二段階目は、やり直しのきかない責任重大な係が1輌要る。当然の帰結と言うべきか、バミューダ3姉妹から1人出すつもりだった。

 

『私が行く』

 

 そして真っ先に告げたのは、アズミだった。

 

『ルミは大通りで交戦中だから無理だし、メグミはその後の戦況で重要になる。私は中隊の後ろ側にいるから、すぐに()()へ行けるわ』

 

 アズミが理路整然と告げると、メグミは少し顔を上げて、ふっと笑う。

 

「任せていいのかしら?」

『ええ。私たちは覚悟ができているし、議論してる時間は無いでしょう?』

 

 確かに今も敵チームの砲撃は止まないし、このままでは味方がどんどん撃破されて作戦が成功する確率が指数関数的に低くなる。

 

『分かったアズミ、任せた』

『任されたわ』

 

 ルミも背中を押して、アズミに託すことにする。

 第二段階まで決まり、これで作戦を実行に移せる。メグミはマイクを手に取った。

 

「真鶴、WS4番路から進入」

『佐倉、安中、深浦(ふかうら)は私と一緒に西側の橋に出るわよ』

 

 

「N通路からT-28が侵入してきてます」

 

 伏見が報告すると、出雲はその道の方を見る。

 T-28は、300ミリの装甲を持つ鋼鉄の砦。殲滅戦では大学選抜チームを倒すうえでの大きな障害となる車輌だ。

 しかし出雲は、全く慌てること無くマイクのスイッチを入れる。

 

「伏見、やれ」

『了解』

 

 指示を受けた伏見も、動じずに戦車を動かしてT-28と向き合うようにする。

射線上に出た直後T-28が発砲するが、ティーガーⅡはそれをすいっと左に避けて躱す。

 そして、T-28が進む路面に照準を合わせるように砲手に伝えた。

 

「遅延信管よし、装填完了!」

「撃て」

 

 装填手が告げると、伏見は即座に砲撃指示を下し、ティーガーⅡが発砲する。

 すると、砲弾はまず路面に斜めに当たり、砲弾の先端の傾きで反射して上に向きが変わり、T-28の底面25ミリの装甲を撃ち抜く。

 そしてT-28のエンジンルームが炎上し、白旗が揚がった。

撃破を確認して満足げな出雲に、伏見は訊ねる。

 

「どうします?ここを離れますか?」

「・・・いや、残り2つの通路に警戒し、頃合いを見て私たちも前線に出る」

 

 すると、西側で交戦中の中隊から報告が来た。

 

『こちら恵比寿、小隊規模の敵戦車が西側の橋へ出ました。目的は不明』

「了解」

 

 恵比寿から報告を受けて、別の中隊長・弁財とヤークトティーガーの車長・鶴岡に通信を飛ばす。

 

「弁財。3輌を市街地の外、西側へ向かわせろ。鶴岡も西へ向かえ」

『『了解』』

 

 

『第一段階、クリアよ』

「了解」

 

 市街地西側にある丘の上で、メグミからの報告を聞いたアズミは頷いた。

 作戦の一段階目は、T-28で退路を1つ塞ぐこと。撃破されずに進入できれば御の字だったが、やはり向こうも侮れない。

 そして、鍵となるのはアズミが担う第二段階。

 砲手の真庭が、狙う場所へ照準を合わせる。

 一度失敗したら、やり直しは効かない。もし失敗したら、大学選抜が勝利する確率だって大きく下がり、敵に察知されれば自分たちも恐らくは撃破されてしまう。

 責任重大な役割だが、真庭は不思議と緊張していなかった。

 

「大丈夫、落ち着いて。真庭ならできるわ」

 

 それは、真庭の肩にそっと手を置いているアズミがいたからだ。

 不安を解きほぐすような、子供をあやすような優しい言葉に、真庭も自然と気持ちが落ち着く。失敗した時を考えて気持ちが暗くなるのを押さえてくれていた。

 

「・・・行きます」

 

 トリガーに指をかければ、あとは一瞬で決まった。

 砲撃音が周囲に響き渡り、草木が揺れる。

 そして放たれた砲弾は、一直線に市街地の時計塔、その頂点にある鐘の上を撃ち抜いた。

 

 

 何かが撃たれた音が聞こえた。

 

「何だ?」

「どこから・・・」

 

 しかし、周囲には何もない。伊勢や伏見もそれに気付いたのか、周囲を見回す。

 その時、ふと出雲が上を見上げると。

 

「なっ・・・!?」

 

 表情が驚愕に染まった。

 なぜならば、すぐそばに聳える時計塔の巨大な鐘が、落ちてきたからだ。

 しかもその落下地点には。

 

「伏見!」

「?」

 

 慌てて大声で叫ぶと、ようやく伏見も状況を理解したのか、戦車の中に引っ込んでティーガーⅡを後退させようとする。

 しかし間に合わず、鐘はティーガーⅡの砲身を押し潰し、白旗が揚がった。

 そして、耳をつんざく鈍く低い音が周囲に響き渡り、たまらず出雲と伊勢は耳を塞ぐ。

 

 

「当たった!」

「すごい!」

 

 アズミのパーシングの中は大喜びだ。

 何しろあんな一点を狙い澄まして撃つなどどれほど難しいことか。それをやってのけた真庭は胴上げされそうな勢いだった。

 この南西地区にある時計塔の鐘を撃ち抜くのは、センチュリオンがいる東側の丘より、西側にある丘の方が高いから、戦場の誰かが行かなければならなかったのだ。

 それはとてつもない重荷で、正確さを求められる役割だったから、喜びもひとしおだ。

 しかし忘れてはならないが、今はまだ試合中。

 

『南から敵小隊、パンター2輌、Ⅲ号N型1輌!』

 

 丘のふもとに控えていた深浦から報告が来ると、アズミのパーシングも丘を下る。

 下りたところで、敵小隊も射程に入ったらしく発砲を始めた。

 アズミたちは急いで西側に架かる橋へ向かおうとしたが、敵のパンターが榴弾砲で橋を崩落させてしまい、市街地に戻る術が無くなった。

 

「メグミ、ルミ、どうだった?」

『大成功よ、さっきの鐘の音で、敵の動きが少し鈍ったわ』

「それは良かったけど、私達は少し戻れそうにないわ・・・後はあなたたちでお願い」

『了解!』

 

 作戦が成功し、メグミとルミは活気づいている。相手の残りはどれぐらいか分からないが、アズミは今はこちらに向かってきている3輌の戦車を迎え撃つことだけを考える。数的に有利なのはアズミたちの方だ。無駄に怯えることは無い。

 パンターがこちらに向かいつつ発砲し、アズミたち4輌のパーシングはそれを避けて接近する。他のパンターとⅢ号戦車も同様に発砲し、パンターの攻撃は外れるが、Ⅲ号戦車の砲撃は1輌のパーシングの履帯を切断し、動きが止まってしまう。

 それを気にせず、アズミのパーシングはすれ違いざまにパンターを1輌側面から撃ち抜いて撃破する。

 しかし、履帯が切れて止まってしまったパーシングもまたパンターに撃ち抜かれて撃破されてしまう。

 

「焦らないで、落ち着いて」

「はい!」

 

 真庭が応えると、早島がバミューダアタックの時のようにドリフト気味に反転させ、パンターとⅢ号戦車を狙う。向こう側も同様に向きを変えるが、先にⅢ号戦車が砲塔を回して発砲、別のパーシング1輌を撃ち抜いて白旗を揚げさせられた。

 しかしながら、さらに別のパーシングがⅢ号戦車を狙い撃ち、撃破する。

 

「よし!」

 

 これで残りは、アズミともう1輌―――深浦のパーシング、そして相手のパンター。

 まず深浦のパーシングが前に出て、アズミのパーシングがその後ろに続く。パンターは正面から突進してきた。

 距離が詰まっていくが、両車ともに向きを変えようとせず、正面衝突する勢いだ。

 しかし、アズミと深浦のパーシングは同時に左右に展開し、パンターを避けるように広がる。

 パンターもある程度読んでいたのか、急いで砲塔旋回とドリフトを併用して深浦のパーシング目がけて発砲し、徹甲弾が側面装甲を貫いて撃破させる。

 そして、そこでできたパンターの隙を狙い、アズミのパーシングが発砲する。

 

「今!」

 

 アズミの指示で砲撃し、パンターの側面を撃ち抜き、撃破させた。

 これで、アズミ以外の戦車は全て撃破された。味方まで全滅してしまったのはもの悲しいが、まだ試合中なので主戦場へ戻るのが最優先だ。

 

「よし、本隊に戻るわよ」

「了解」

 

 アズミが指示すると、早島がパーシングの向きを変えようとする。

 だが、アズミが南の方角へ視線を向けると、ぽかんと口が開いた。

 

「・・・あ」

 

 道の先に、ヤークトティーガーがいるのに気付いたからだ。しかも、確実にこちらを狙っていて。

 

「・・・ごめん、メグミ、ルミ。戻れないわ」

 

 肩を落としたところで、ヤークトティーガーの鈍い音が響き、アズミのパーシングから白旗が揚がった。

 

 

「・・・・・・」

 

 撮影用の観戦席で、笠守は唇を噛む。

 アズミのパーシングが市街地の西側へ向かい、時計塔の鐘を撃ち抜いたのはばっちりと捉えていた。

 そして、アズミのパーシングが撃破されてしまったところも、くっきりと見えた。

 だからこそ、笠守は悔しい。

 アズミが、自分が好きでいる人の戦車が撃破されたのを見るのは、とても胸が痛む。怪我をしていないだろうか、特殊カーボンで守られているだろうが、心配だ。

 悔しがっていないか、不安だ。

 

『大学選抜、奇策でことぶき工業の副隊長車を撃破しましたが、中隊長の車輌が撃破されてしまいましたねー・・・』

『ですが、試合の流れは大学選抜が掴み始めてますからね。ここからが見所です』

 

 だが、試合はまだ終わっていない。解説の言う通り、ことぶき工業の副隊長車を1輌撃破したことで、流れが変わり始めた。

 今は大学選抜チームが13輌、ことぶき工業が11輌とわずかにリードしている。

 それにまだ、笠守は納得がいく写真が撮れていない。だからこの試合は、最後までしっかりと見届けなければならないのだ。

 

 

『こちら弁財、西側の別動隊全滅!』

『鶴岡、敵中隊車1輌撃破。これより南側へ帰還します』

「・・・」

 

 弁財の報告を聞いて、出雲は渋い表情になる。

 これで弁財中隊は、中隊長車以外が撃破。ヤークトティーガーが残っているのが幸いだが、戻るまで時間がかかる。

 

「隊長・・・」

 

 副隊長の伊勢が、行動不能となった伏見のティーガーⅡから視線を出雲へ移す。

 視線を受けた出雲は、伊勢を見て頷く。

 

「行くぞ」

「はい!」

 

 出雲のパーシングと伊勢のティーガーⅡが転進し、大通りへと出る。

 出雲は一度南の通路を経由して西側の道へ、伊勢は東側通路を抜けて中央通りに向かう。

 

『こちら布袋、敵パーシング1輌撃破しました』

「よし、中隊を二分してそれぞれ中央通りと西側の援護に迎え」

『了解!』

 

 東側から撤退していた中隊の布袋が、追尾してきたパーシングを撃破して合流を図っている。幸いにも、布袋中隊は4輌残っているから戦力の立て直しは十分利く。

 

 

『おいでなすったわね、敵の大将』

 

 メグミが意気揚々と告げると、ルミの唇が自然と緩む。

 愛里寿が発令した作戦は、敵の隊長車を噴水広場からいぶり出すこと。まず最初にT-28で退路を1つ塞いで焦り、疑念を生みつつ、時計塔の鐘を落としてそこが安全でないことを教え、外へと出させる。

 結果として隊長車ともう1輌の中隊長車は分かれて出てきたが、それでも噴水広場から出すことは成功した。

 ただ大学選抜も、アズミのパーシングが撃破されてしまっているので、ようやく互角の状況に持ち込めたところか。

 そしてアズミがいないせいで、バミューダアタックはもうできない。元々道が入り組んでいるせいでできるか不安だったが、そもそも1人欠けてしまうとあの連携攻撃は最早できないのだ。

 よって、メグミとルミの中隊で対処するしかなくなる。

 

「よし、中隊前進!」

 

 ルミは自分の中隊を前進させて、敵部隊に追い打ちをかける。ここにはルミを除けば、中隊のパーシング4輌とチャーフィーが1輌。今交戦しているのはパンターが2輌とⅢ号戦車N型1輌。両方とも火力が高いために侮れない。それでもこの勝機を逃すまいと、果敢に前進と砲撃を続ける。

 

『愛里寿隊長を呼ぶ?』

「隊長の出番は、最後にしよう。私達でもできるって示さなきゃ」

 

 試合は最終局面で、センチュリオンを投入しても何の問題もない。だが、ルミは愛里寿ありきで勝利するのではなく、自分達でも十分戦えるということを証明したかった。

 あの大洗との試合、最終盤で参戦したセンチュリオンが大量に戦車を仕留めたのは確かにすごかった。だが、実際あそこで愛里寿が出なければ自分たちで最後の決戦まで持ち込めたかさえも分からない。

 その時の未練とも言える気持ちと決別すべく、今回は極力愛里寿の力に頼らないでいようと、ルミは言ったのだ。

 

『確かにそうね、分かった』

 

 メグミもその意見に思うところがあるのか、同意する。

 そして通信が切れると、手始めにまずはルミのパーシングが発砲すると、相手のパンターの足元に着弾して動きを止める。そこを別のパーシングが狙い、正面装甲を砕いて撃破させる。

 すると、その後ろからティーガーⅡが姿を現した。

 

「中隊長車か」

 

 ことぶき工業に2輌しかいないその戦車に中隊長が乗っているのは既に知っている。

 ティーガーⅡは大通りに躍り出た勢いのままに発砲すると、別のパーシングを一撃で行動不能に追いやる。前々から思っていたが、やはり砲撃の精度もなかなか高かった。

 

「やってくれるわね」

 

 ルミが忌々し気に呟くと、呼応するように野々市が発砲する。狙いはティーガーⅡではなく、その傍にいるⅢ号戦車。その前面装甲はパンターと比べれば薄いし垂直なので貫通しやすかったので、砲撃は命中すると文句なしの白旗判定となった。

 

「よし、いいわよ!」

「まだまだいけます!」

 

 喜びにルミが野々市の肩を叩く。

 だが、それも束の間、パンターが反撃してきて別のパーシングがやられてしまった。

 

 

 西側の道で、メグミ中隊はことぶき工業のもう1つの中隊と戦っていた。

 メグミ中隊の残りはメグミを含めて5輌。対して、交戦している敵集団の車輌数は4輌。内訳はパンターが3輌とⅢ号戦車J型が1輌。対処できない質と量ではない。

 

「撃て!」

 

 対馬が装填を終えるやいなや、すぐさまメグミは発砲指示を出す。正面からの撃ち合いが激しい今は1秒が惜しい。平戸の砲撃は一直線に敵パンターの装甲を直撃、粉砕して炎上させた。

 

「よし、あと3輌!」

 

 通信手・生月がぐっと手を握るが、喜ぶ間もなく相手のⅢ号戦車が発砲し、別のパーシングを撃破する。

 

『すみません、メグミさん!』

「大丈夫、あとは私たちに任せて」

 

 撃破されたパーシングの車長・川棚(かわたな)が悲痛な声を上げるが、メグミはそれに自信を持って答える。

 そしてその言葉を証明するように、メグミのパーシングがそのⅢ号戦車を返り討ちにして撃破した。さらには別のパーシングもパンターを撃破し、これで相手の中隊車輌は残り1輌だ。

 

「行ける!」

 

 メグミが意気込むと、深江が道の向こう側に何かを見つける。

 

「メグミ!12時の方向にパンター1輌、多分隊長車!」

 

 メグミが弾かれるように前方を見ると、確かにそこには他とカラーリングが違うパンターがいた。

パーシングの中の全員に緊張が走る。

 そしてメグミが、何かを言おうとする前にその隊長車が発砲する。まだ少し距離が開いているのに、その砲弾は一直線に別のパーシングに直撃し、撃破させた。

 

「やるわね・・・」

 

 メグミは苦笑しつつ、平戸に発砲するよう指示する。

 その狙いは隊長車ではなく、その前にいる別のパンター。隊長車が来たことで気が緩んでいたのか、側面を晒したところを狙うと命中し、撃破に成功した。

 それを目の前にしても隊長車は怯まずゆっくり前進しつつ、発砲する。その砲撃は、的確にメグミ中隊のパーシングを狙撃し、白旗が揚がった。

 それを確認すると、メグミはマイクを取ってルミに連絡をする。

 

「ルミ、そっちはどう?」

『こっちは副隊長車相手にだいぶ苦戦してるわ・・・こっちの残りは私含めて4輌ね』

「そっちに余裕があるんならこっちに1輌回してほしいところね・・・今隊長車と戦ってるの」

『マジで?』

 

 なんて通信をしている間にも、メグミの隣にいたパーシングが撃破されてしまう。やむなくメグミは、北に向かって後退するように深江に指示する。

 

「マジよ。私の中隊はみんなやられたわ。多分、あの隊長車絶対強いし、私ひとりじゃ太刀打ちできないわ」

 

 後退すると、メグミは適当な脇道に入り迂回してルミたちと合流することにした。

 後方を確認すると、隊長車のパンターが追ってきているのが見える。

 

『なら、私達と合流した方が良いと思うわ』

「確かにね・・・それじゃ、私らは迂回して行くわ」

 

 そう言った直後、無線から大きなノイズが響き渡る。

 

『・・・今チャーフィーがやられたわ。これで、私らはあと3輌よ。ちなみに、パンターも2輌いるから難しいわね』

 

 ルミとの通信が切れる。

 そこで、周囲の状況を見ていた対馬が『あれ』と声を上げる。

 

「隊長車、いなくなりました」

「え?」

 

 メグミも思わず後ろを見るが、確かに後ろにいたパンターがいない。

 一体どこに行ったのか、視線を巡らせていると、

 

「メグミさん、前!」

 

 平戸が声を上げる。そちらを見ると、脇道から躍り出てきた隊長車が確かにそこにいた。道を変えて最短ルートを通って来たのか。

 

「撃て!」

 

 メグミが反射的に発砲指示を飛ばすが、平戸も突然すぎて照準が上手く定まらず、パンターの側面装甲を掠る形になってしまう。

 そして、無駄弾を弾いて好機と睨んだパンターが、メグミのパーシングめがけて発砲する。

 

 

「メグミまでやられたか・・・」

 

 一切メグミから連絡が無くなったことで、ルミは確信してしまう。

 だが、今は散った仲間を気に掛けるより目の前の敵に集中することが先決だ。

 目の前にいるのはパンター2輌と敵の副隊長車のティーガーⅡ1輌。まだまだ気を抜くことなどできない。

 だが、相手も激しい撃ち合いで疲弊してきているのか動きが鈍くなっており、ルミのパーシングが発砲するとまずはパーシングを1輌撃破する。

 

「みんな、まだやれる?」

「行けます!」

「モチのロン!」

 

 ルミが乗員に訊ねるが、みんな気丈な返事をしてくれる。それにルミが笑うが、その隙にティーガーⅡが発砲し、味方のパーシングが1輌撃破された。

 

「フォイア!」

 

 すると、ルミのパーシングの隣にいる、最後に残った宇城(うき)のパーシングが発砲し、最後のパンターを撃破する。

 これで残りは、副隊長車のティーガーⅡ1輌のみ。乗員の疲労も限界が近いが、ここが正念場だ。

 

『私が足止めをして、ルミ隊長にとどめをお願いします』

「分かったわ」

 

 宇城の意見具申に、ルミは頷く。

 そして2輌は同時に発進し、先にティーガーⅡは宇城の方を狙って発砲する。宇城のパーシングの方が、若干ティーガーⅡに近かったからだ。

 その砲撃を宇城は側面装甲に砲弾を流す形で避け、側面に大きな掠り傷が刻まれる。

 だが、それをものともせず宇城のパーシングはティーガーⅡに真正面から突っ込む。砲身が交わる形になってしまい、ティーガーⅡには攻撃できない。

 だが、ティーガーⅡの砲身が宇城のパーシングぶつかったおかげ向きが変わり、ルミのパーシングは側面からティーガーⅡの装甲を超至近距離で撃ち抜き、白旗をもぎ取った。

 

「よし!あとは・・・」

 

 これで脅威である副隊長車を撃破した。後は隊長車だけのはずだ。

だが、宇城のパーシングがティーガーⅡから離れ、大通りを南下しようとすると鈍い砲撃音が響き渡り、一瞬で宇城のパーシングが撃破された。

 何事かとルミが視線を巡らせると、南側の橋をヤークトティーガーが渡っているのが見えた。

 

「しまった、まだあいつが残ってた!」

 

 西側にいたアズミ中隊を撃破した帰りのヤークトティーガー。あれを相手にするのは愛里寿でもきついはずだ。隊長車までいるし、相討ちになってでもこのヤークトティーガーは倒さなければならない。

 

「榴弾装填!急いで!」

 

 装填手の小松が指示を受けると即座に装填する。

 

「野々市、あの橋の盛り上がってる部分を狙って!」

 

 そして装填完了の合図のランプが灯ると、ヤークトティーガーに狙われている問恐怖と戦いながらも、野々市はルミの指示通りの場所を狙い、トリガーを引く。

 西側に架かる橋は波のように中央が盛り上がっており、ルミはその山の部分を狙うように言ったのだ。

 野々市の砲撃は見事に橋に直撃して炸裂。崩落を始め、ヤークトティーガーも鼬の最後っ屁のように発砲するが、明後日の方向へと砲弾は飛んでいく。

 そして、ヤークトティーガーは濠の下へと落ちていき、数秒経って大きな轟音と黒煙が上がる。撃破は必至だ。

 

「アズミの仇!」

 

 ルミがガッツポーズと共に叫ぶと、後ろから砲撃を喰らう。

 そこにいたのは、色違いのパンター、隊長車だった。

 

 

「行くぞ」

 

 愛里寿が指示すると、センチュリオンは前進して丘を下り始める。

 両チームとも残っているのは隊長車のみ。愛里寿の予想では、今よりも少し前に戦線に参加するつもりでいたが、ルミたちが思っていた以上に奮戦していたので、彼女たちの成果を見極めるために敢えて参戦はしなかった。

 結果として、チームは愛里寿の力に頼らず相手チームをほぼ全滅にまで追いやったのだ。強豪相手にそこまで戦えたのは、それだけ自分のチームが強くなっていることに他ならない。くろがね工業戦での醜態、大洗女子学園戦での雪辱を帳消しにするほどだ。

 やがてセンチュリオンが東側の橋の前に辿り着くと、ちょうど反対側に色違いのパンターがいた。市街地の北、南、西の橋は全て落ちているので、残っているのはこの東側の橋だけだから、ここに来たのは必然だ。

 

「砲撃用意、私の合図で発砲しろ」

 

 長い石橋の手前でセンチュリオンが停止する。パンターも同様に市街地側で向かい合うように停車する。

 普段、大和の砲撃は任意のタイミングに任せているが、愛里寿がそのタイミングを指示するのは、絶対に外してはならない最良のタイミングは自分が判断するということだ。

 橋の上に風が吹き、明かりの消えたガス灯が揺れる。

 

「・・・」

 

 ことぶき工業の出雲が、キューポラから身体を乗り出す。その目は、愛里寿を一直線に見据えているようだった。

 愛里寿もまた、出雲を真っすぐに見据える。

 ここが、最後の戦いの場所だ。

 

 

 何台ものカメラが、橋を挟んで対峙する2輌の戦車を捕捉している。カメラを構えるカメラマンは、固唾を呑んでその様子を注視している。

 無論、笠守も同様に、三脚からカメラを外して最良のポジションと角度でカメラの準備を整えている。

あの2輌が握る試合の行く末を、試合の結末を証明する一騎打ちの瞬間を写真に収めたいと、笠守は・・・その場にいる誰もが渇望している。

 瞬きさえも忘れそうになるほど、フィルター越しの光景に集中する。

 

 

 合図もきっかけも無く、センチュリオンとパンターが同時に発進する。

 砂利道から石橋へと入り、走行音が鮮明に変わる。

 両者の距離は詰まって行き、愛里寿も出雲も、橋の中央で勝敗が決まると確信した。

 

「・・・・・・」

 

 すれ違うまで最早数秒と、距離が詰まっていく。

 砲手の大和がグリップを強く握り、装填手の三笠は拳を強く握る。通信手の信濃は唇を噛み、操縦手の霧島は瞳孔が開きそうになるほど目を見開く。

 だが、今のセンチュリオンの中には恐怖や緊張はなかった。

 絶対に勝つ、と言う自信だけがその場を支配している。

 そして、両者がすれ違う目前。

 

「撃て」

 

 センチュリオンとパンターが、ほぼ同時に発砲する。

 2つの砲声と、1つの金属音がその場に響き渡った。

 

「・・・・・・」

 

 センチュリオンとパンターは、すれ違ってから少し進んだところで停車する。

 1輌には掠り傷が刻まれ、もう1輌からは黒煙が上がっている。

 やがて、『しぱっ』と白旗の揚がる軽い音が1つ、その場で響いた。

 それは、パンターの車体から揚がったものだ。

 

 

『ことぶき工業、全車輌行動不能!』

 

 シャッターを切り終えた笠守の耳に、アナウンスが入り込んでくる。

 勝敗が決した瞬間を捉えた笠守は、浅く呼吸を繰り返して自分の中の緊張と興奮を抑えようとする。

 

『よって、大学選抜チームの勝利!!』

 

 アナウンスが告げた現実に、高揚感を抑えきれず、一周回って身体から力が抜けて柵に寄り掛かってしまう。周りのカメラマンは、激闘の結末に感動したのか両腕を上げたり喜びの声を上げたりしている。通常の観客席からは歓声まで聞こえてきた。

そしてひとしきり喜びを表現し終えたカメラマンたちは、健闘した両チームのメンバーに対して拍手を贈っている。

 笠守は、緊張の糸が切れたことで崩れ落ちそうになるのを必死に耐え、拍手を贈る。

 そして閉会式は間近で見たいと思い、力の抜けた体に鞭を打って機材を撤収し、撮影用席を後にする。

 

 

「一同、礼!」

『ありがとうございましたっ!!』

 

 観客席前で、開会式と同様に両チームがお互いに頭を下げると、観客たちから盛大な拍手が贈られる。

 その拍手を全身で受け止める中、出雲は愛里寿たちの下へと歩みより、最初と同じく右手を差し出す。

 

「おめでとう。とてもいい試合だった」

 

 愛里寿は微笑を浮かべて、出雲と握手をする。

 

「しかし、まさか鐘を落としてくるとは思わなかった。あれにはうちの隊員も度肝を抜かれたよ」

 

 はっはっは、と爽やかに笑う出雲。その後ろに控える隊員―――出雲のパンター乗員やティーガーⅡの乗員はぐったりしていたが。

 

「私たちが勝利するためには、あの方法が一番だと思い賭けてみました」

 

 そして愛里寿は、後ろに控える自分のチームの隊員を振り返る。

 

「チームのみんなのおかげで、勝利できたんです」

 

 その言葉に、控えているバミューダ三姉妹を筆頭とした大学選抜は、涙ぐみそうになる。緊張感が常に張り詰めていた激闘の後で心身とも疲れ、ぐらついている今になって敬愛する愛里寿からそんなことを言われては、平静を保てそうにない。事実、何人か声を押し殺して泣いていた。

 

「・・・君たちも、十分に強いのだな」

 

 最後に、握手する手に力をぐっと込めて、『ありがとう』と告げた出雲は手を解く。そして、ことぶき工業の仲間を連れてその場を去っていった。

 握手の瞬間、観客席から再び盛大な拍手が贈られ、一般客もデジカメやスマートフォンで写真を撮り、フラッシュが光る。

 そんな中で笠守もまた、カメラを構えてその様子を撮っていた。

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