2人のフォトフレーム   作:プロッター

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コントラスト

 イチョウの樹は未だ色鮮やかな黄色の葉で彩られており、見ていて心地良い。

 だが、11月も半ばを過ぎたので間もなく散り始めるだろう。それもまた自然の摂理だから曲げられないし、そんな季節の移ろいも味わい深い。

 笠守は、イチョウの樹を見上げながら、そう考えていた。

 

「もうすぐ冬だなー・・・」

 

 微かな風でも冷たく感じる今日この頃、笠守はコートのポケットの中でぐっと手を握る。

 そんな冷たい風に打たれながらも、この数年で見慣れた信号機の手前に佇んでいるのは、人と待ち合わせをしているからだ。それも、自分にとっては大切な人と。

 今日のことを考えるあまり、昨日の夜は寝付くのが随分と遅かった。起き上がった時は目蓋に糊でもついたように開きにくかったが、自分にとって一世一代の日だろと鼓舞してここにいる。

 

「笠守」

 

 そして、待っていた人の声が耳に流れ込む。

 振り返ってみれば、クリーム色のセーターにカーキ色のミモレ丈スカート。そして、グレーのチェスターコートと季節感ある装いのアズミがいた。

 その姿に密かに心躍った笠守は、気さくに手を挙げて挨拶を返す。

 

「おはよう、アズミ」

「早いわねぇ、まだ時間前じゃない」

 

 腕時計を横目にアズミは感心する。約束の時間まではまだ10分以上もあり、アズミは知らないが笠守はさらにその10分前に来ている。普段から5分前行動を心掛ける笠守でも、確かに早い。

 

「いやー、今日がどうにも楽しみでな。つい」

「あら、嬉しいこと言ってくれちゃって」

 

 気軽に言葉を掛け合って、2人は並んで歩き出す。

 だが、足が向くのは大学とは別の方向だ。

 

「晴れてよかったな・・・雨なんて嫌だし、曇りでもちょっとアレだから」

 

 空にはまばらに雲が浮かぶだけで、太陽はどこにも隠れず地上に光を浴びせている。アズミも心地よいのか、少しだけ背伸びをして日光を身に受け止めていた。

 

「天気に恵まれたことだし、今日は楽しみましょう?」

「・・・ああ、そうだな」

 

 アズミは、ほんの少しだけ隣を歩く笠守に近づく。

 それに気付いていても、笠守は何も言わずに少しだけ笑うにとどめておいた。

 

 

 こうして2人がデート・・・もとい出掛けているのは、ことぶき工業との試合前に約束したからだ。

 元々は大学選抜で、試合に勝てば英気を養うために休日を設ける方針だった。もし試合で負けていれば、くろがね工業の時と同様、またどこかの演習場で集中練習になっていたかもしれない。

 そうなってしまえば、こうして一緒に出掛けるのもお流れになっていたし、2人とも悔やみきれない。アズミは試合に、笠守は撮影にそれぞれ没頭して忘れかけていたが、大事な試合が終わってこの約束を思い出すと、無性に嬉しさと緊張が込み上げてきたのはお互いにとっての秘密だ。

 

 そんな2人が訪れたのは、少しの間電車に乗って移動したところにある港町だ。この町が擁する港は学園艦が停泊できるほど規模が大きいため、それに比例して町も大きい。

 

「へぇー・・・こんなになってるんだ」

 

 電車を降りて駅を出ると、まず目に入るのはバスターミナル。そこから真っすぐに伸びる道の先には海が見えた。今日はいい感じに風も吹いているので、サーフィン目当てで訪れたらしき人もちらほらいる。

 だが、アズミと笠守の目的は海ではない。

 

「お、丁度バス来てる」

「急ぎましょ?」

 

 小走りに2人で停留所にいるバスへと向かう。ちゃんと自分たちの目的の場所へ向かうのを確認してから乗り込み、空いている2人掛けの席に座った。

 程なくしてバスはゆっくりと発車し、海ではなく港町に沿うように走る。

 

「結構、賑わってる町ね」

 

 車窓から町を眺めて、アズミの表情がわずかに輝く。見える限りでも、店舗の数も種類も豊富で、ショッピングが好きなアズミにはまさに心躍る場所だろう。笠守としても、ああして多くのお店を見ると、興味が湧いてくる。

 だが、最初の目的の場所はここではない。ここに寄るのは帰りの予定なので、今はお預けだ。

 

「ちょっと意外だな、アズミが自然公園行きたいって」

「そう?」

 

 最初に向かうその公園は、アズミが行きたいと希望した場所だ。こうして近くに買い物が楽しめるエリアがあるからと、一応は納得していたが、その辺りをメインにすると思っていた。

 

「まあ、私もちょっとやってみたいことがあってね。それを最優先にしたかったから」

「やりたいこと?」

「とにかく、お楽しみにしてなさいね」

 

 上手い具合に煙に巻かれて、笠守もまあいいかと深く考えるのを止める。

 そこでアズミは、『ふぅ~』と深く長く息を吐きながら椅子に体を預けた。

 

「何かバスに乗るのも久しぶり・・・って言うか、最近はずっと戦車ずくめだったから普通の自動車が久々だわ」

「やっぱり変な感じか?戦車の後にバスだと」

 

 笠守もまた、背もたれにゆったりと寄り掛かってアズミを見る。

 その問いにアズミは、苦笑した。

 

「そうね。自分が移動してるのにあんまり揺れなくて、音もしないし・・・何かすごい新鮮な気分」

「果たしてそれは現代人の言葉なのかね・・・」

 

 妙にズレたアズミの所感に、笠守も微妙な笑みになるのを禁じ得ない。

 

「まあ、戦車道で疲れてるだろうし、今日はゆっくり楽しもう」

 

 松代で行われた激戦など微塵も感じさせないほど、世間はいつも通りの日常が流れている。その戦いの過激さは、あの時あの場所にいて、戦車に乗っていた者にしか分からないだろう。

 笠守は状況を俯瞰していたに過ぎないが、様相は分かっていた。だから、アズミに対して気休め程度でもそう言える。

 

「・・・そうね」

 

 ゆったりとアズミは笑って、静かに目を閉じる。久々のバスの乗り心地を楽しんでいるようだ。

 笠守は流れる景色を横目に見つつ、アズミに意識を向けた。

 

 

 最寄のバス停は、駅から15分ほどのところにあった。

 坂道の途中にあり、開けた眼前の景色からは海が見える。2人で『いい眺めだな~』と揃って口にしつつ、その公園に向けて歩き出した。

 バス停からさらに数分ほど歩き、お目当ての自然公園に辿り着く。中心には大きな池があり、その周囲を囲むように遊歩道が敷かれている。ちょっとした林もあり、『森林公園』の方が合致する。

 

「草木の匂いって何だか独特よね」

「ああ、それは分かる」

 

 公園に一歩足を踏み入れれば、早速木々や草花が出迎えてくれる。季節的な要因もあって少し寂しげだが、贅沢は言ってられない。

 さて、最初にここをアズミが希望したのは『やりたいこと』があるかららしいが、それはまだ教えてもらっていない。相応の理由があるだろうことは分かるが、笠守は気になった。

 そこでアズミは、嬉々としてバッグから何かを取り出そうとする。笠守は、アズミの表情と不意の行動に疑問を抱きつつ、その様子を見守る。

 すると。

 

「じゃじゃーん」

 

 取り出して見せたのは、デジタルカメラだった。

 まだ手に入れてから間もない真新しい感じがするそれを見て、笠守は『おっ』と思わず嬉しそうに声をこぼす。

 

「買ったんだ?」

「そ。ちょっと趣味の服とかを我慢してね」

 

 まだ不慣れな感じでカメラを起動させているのを見て、その言葉を聞いて、笠守は少し申し訳ない気がした。

 

「いいのか?買い物だってアズミ、好きだったんだろ?それを我慢して・・・」

「いいのよ、これで」

 

 笠守の言葉に、アズミは後悔もないと首を横に振った。

 

「笠守があれだけ熱中してるカメラがどんななのかなって気になっていたし、挑戦してみたいって思ったから」

「・・・それは、よかった」

 

 自分の行動が、何かを成し遂げた結果が、他の誰かに良い影響を与えるのはとても嬉しいことだ。

 笠守が初めてアズミと出会った時も同じだ。自分の写真にアズミは『一目惚れした』と言ってくれて、自分の写真で誰かの心を動かせたことをとても嬉しく思った。

 だから今、笠守の心では言葉以上の大きさに嬉しさが膨れ上がっている。

 

「でも、まだまだカメラは素人だし、笠守からご教授いただければなって」

「いやいや、素質は十分だし、俺から教えられることなんてもう何も」

 

 実際の話、アズミがスマートフォンで撮った写真は徐々に精度と技術が高まっている。写真を撮る時のコツも自分で吸収しているので、改めて教えられることはほとんど無い。

 

「そうか、今日ここを選んだのはそのカメラか」

「ええ。笠守も自然を撮るのが好きって言ってたし、私も色々撮ってみようかなって思ったから」

「そうかー・・・じゃあ、今日は色々撮ってみるか」

「うん」

 

 そうして2人は、池の周りの遊歩道を時計回りに歩き出す。

 その道中で、道端に咲く花や、風が吹いて波打つ池など色々なものを写真に収めていく。細かいところを笠守が教えながら撮っていく形だったが、静物ばかりなのでアズミでも撮りやすいらしく積極的にシャッターを切っていた。

 ただ、写真を撮ってる時以外は会話が無いわけではない。お互いに普段は話せていない、戦車道、サークル活動での取り留めのない話をした。戦車道のメンバーの彼氏持ちが弁当作りに集中してるとか、写真サークルで遠征を企てているとか、気の置けない会話を交わす。

 話題に挙げるのは、楽しい話はもちろん、時間が経った今となっては笑いの種になる話だ。今日の目的は戦車道の試合を頑張ったアズミを労うことだから、暗い話題を持ち出して変に落ち込ませたくは無い。笠守はそこをちゃんと理解していた。

 それから少しして、池を眺めながら歩いているとアズミが気付く。

 

「鳥がいる」

 

 池を見るアズミと同様に笠守も見れば、確かに水鳥の群れが池にいた。

 

「何だろう・・・カモかな」

「ちょっと撮ってみる」

 

 早速アズミは、池の柵に体を近づけてその水鳥の群れにデジカメを向ける。

 笠守もその隣で、カメラを構えて水鳥を捉えにかかる。

 

「・・・カモだな」

 

 レンズ越しに、独特の色合いから正体を確信した笠守は呟く。

 そして、お互いにタイミングを見計らい、アズミと笠守がシャッターを切ったのはほぼ同時だった。

 

「あ・・・ちょっと逆光が・・・」

 

 自分の撮った写真を見ながらアズミが告げると、笠守はそれを隣から覗き込む。ちょうど水面に太陽の光が反射していて、カモが少し暗めに写っていた。これをアズミは失敗だと思っているようだが、笠守はそうは思わなかった。

 

「でもこれ、太陽の光が逆に強調されてるだろ?」

「そうだけど・・・」

「それにカモだって、完全に真っ暗ってわけじゃないし、姿は見える。こういう手法は割とあるからこれも良いと思うぞ」

 

 狙ってこう撮ったわけではないが、それでも笠守から褒められた点は良しとしようとアズミは思う。

 すると、何かの拍子でカモの群れが飛び立ち、水面を舐めるように飛んできた。

 

「!」

 

 その瞬間を見た笠守は、脊髄反射でカメラを構え、カモの飛ぶ動きに合わせるようにカメラの向きを変えてシャッターを切る。連写する音がその場に響き、アズミはわずかにたじろぐが、写真を撮る笠守から目は逸らさない。

 やがて、カモの群れが高く羽ばたいて行くと、笠守もカメラを下ろした。

 

「よし、いい感じ」

 

 撮れた写真を眺めつつ、笠守は満足げにうなずく。

 アズミもそれを横から見せてもらうが、水面スレスレを羽ばたくカモは見ていて迫力があるし、躍動感も伝わってくる。

 

「すごいわね・・・ホント」

「いや、こんなのはまだまだだよ。プロなんて連写しなくてもこういうカッコいい一瞬を平気で撮れる人が多いから」

 

 笠守の写真サークルでも、動物を撮るのが上手な人は大抵1回シャッターを切るだけで出来の良い写真が撮れる。対して、植物など自然を撮るのが好きな笠守からすれば、動きが読みにくい動物を撮るのは少々苦手だ。動きが読みにくいのは戦車もそうだが、そこは方向性の違いがある。

 

「・・・?」

 

 そうして少し歩いていると、池のほとりでカメラを池に向けている人が何人もいた。三脚で固定しているのは当たり前で、中には太いパイプのような望遠レンズを接続している本格仕様のカメラもある。装いからして皆カメラマンだろうが、あれだけ大人数が一点に向けてカメラを向けているのは少し異様だ。

 

「何してるのかしら・・・」

 

 アズミも疑問に思ったらしいが、笠守はそれより先にカメラが向いている先を見る。

 そして目を凝らしてみると、彼らの狙いに気付いた。

 

「アズミ、静かに」

「え?」

 

 口元で人差し指を立てると、アズミも口をつぐむ。

 さらに笠守が無言で池のある一点を指差し、その指差す場所をアズミも注視する。

 

「あれって・・・?」

 

 あるのは、水面から突き出る木の枝。

 そしてその先端に留まっている、鮮やかな青色の鳥。その鳥はアズミも見たことが無い。だが、一目見ただけで美しいと思えるような、繊細な雰囲気のする鳥だ。

 

「・・・カワセミだ。綺麗な水辺でしか見られない、滅多に会えない鳥」

 

 笠守は声を潜めて、アズミにそう告げる。滅多に見ることができないからこそ、カメラマンたちは真剣にそれを撮ろうとし、下手に音や声を立てて飛んでいかないように細心の注意を払っている。

 笠守は、ゆっくりとカメラを構えて撮影する態勢に入る。アズミも同様に、デジカメを音を立てないようそーっと構える。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 そして2人は、ほぼ同時のタイミングでシャッターを切った。

 それぞれ写真の出来が問題ないことを確かめると、カワセミとそれを撮る人たちの邪魔をしないようにそそくさとその場を離れる。

 やがて、すぐ近くの東屋で腰を下ろして休憩することにした。

 

「あぁ緊張した・・・」

「はは・・・極力音をたてたりしないほうがいいからさ・・・」

 

 そう言うアズミと笠守の表情は楽しそうだった。貴重な鳥に計らずも出会えたこと、妙な緊迫感から解放されたことで、少し気持ちが高揚している。

 

「それにしても、あんなにたくさんの人が撮るぐらい、カワセミって有名なのね?」

「そうなんだよなー。ウチのサークルのやつも、『撮りたい撮りたい』って躍起になってるし。何より綺麗で、それでいて滅多に見られないから人気になるのも当然ってとこだ」

 

 カワセミは言った通り貴重で、休日になれば清流などでカワセミを撮ろうとカメラマンが集まるほどだ。この公園も、もしかしたら絶好の撮影スポットとして有名なのかもしれない。それに関する情報は集めきれていなかった。

 

「それで、そういう時は静かにするってことね」

「ああ・・・大体野生の動物って人の気配とか音でいなくなっちゃうからさ。撮ってる人の迷惑にならないように、最大限注意する」

 

 感心する。同じカメラマンとはいえ、そうした気配りを自然とできるのはなかなかできないことだと、アズミはそう強く思う。

 

「でも確かに、綺麗・・・」

 

 そしてアズミは、撮った写真を見る。

ズーム機能を限界まで使ってもカワセミを大写しで撮ることはできなかった。しかし、このカメラは拡大しても高画素数を保つ機能があるため、カワセミの姿も少々粗くはあれど正確に捉えている。

 

「うん、よく撮れてる」

 

 笠守も、自分の写真を見て満足している。

 そこでアズミは動物を撮り、そしてこの自然公園で色々と撮って重要なことを思い出した。

 

「・・・ねえ、笠守。気になってたんだけど・・・」

 

 カメラを一度仕舞って笠守を見る。アズミの方を見たところで、訊ねた。

 

「コンテストの結果って、出たの?」

 

 笠守の談では、参加した写真のコンテストの結果が発表されるのは11月の中旬。今日は22日だから既に中旬に達したと言える。

 既に結果が出てもおかしくない頃合いだが、笠守はそれについてまだ何も言っていない。

 

「・・・ああ、もう出てる」

「・・・どうだったの?」

 

 同じようにカメラを仕舞う笠守は、視線を合わせようとしない。

 結果が出ているのなら教えてくれてもいいのではと思い、アズミがさらに訊ねる。笠守はアズミの方を向いて、小さく笑った。

 

「・・・大丈夫。悪い結果じゃなかった」

「ホント?」

「ああ。後で見せるよ」

 

 そう言って笠守は、持ってきていた別の鞄をポンポンと叩く。

 なぜ今教えてくれないのだろう、とアズミは疑問に思った。しかし、あとで教えてくれるのであれば今執拗に聞くこともないと思い、今はこの話題を切っておく。結局言わない、と薄情なことはしないとアズミは笠守を信じている。

 

(大丈夫だ、大丈夫・・・)

 

 言った通りで、笠守はその『結果』を鞄に入れているし、それは決して悪いものではない。

 だが、この結果を教えるのは自分にとって最良のタイミングで、勇気をもって教えたい。今はまだその時ではなかった。

 だから今は、この公園で写真を撮ることを楽しもうと思う。。

 

 

 正午に差し掛かるほどまで2人でこの自然公園を見て回り、自由に写真を撮る。

 やがて自然公園を1周して最初の入り口に辿り着くと、公園を出ることにして例の港町まで下りることにした。

 学園艦が停泊できる港町は規模が大きく、かつ一般の観光客向けに商店が充実していることが多い。この港町も、確かに色々と店舗が揃っていた。

 

「結構、色々ありそうだな」

「そうね」

 

 通りの入り口から笠守がざっと眺めるが、早速アズミは気になるお店を見つけたようで視線があちこちに向けられている。やはりショッピング、あるいはこういった場所が好きなのだろう。

 その様を見て、笠守は笑った

 

「まずは、どこかで昼飯にするか?お店はその後にしよう」

「・・・うん、そうね」

 

 年甲斐もなく浮ついていたのが恥ずかしかったか、笠守の言葉にアズミは赤面する。

 冷静になったアズミの様子が可笑しくて、笠守は思わず吹き出してしまうが、アズミは軽く笠守の肩を小突くだけに済んだ。

 

 

 大衆向けのカフェで昼食(割り勘だった)の後、今日の第2のイベントであるショッピングが始まる。

 やはりアズミは『好き』と言うぐらいなので、力の入り具合は相当なものだ。先ほどの公園のカメラとどっこいどっこいぐらいだと笠守は心の中で評す。特に服飾関係の店舗をアズミは重点的に見ていて、目の色からして真剣なのが分かった。

 

「やっぱり、アルバイトのこともあるからか?服が気になるのって」

「んー・・・そうじゃなくても元々気になっていたわね。それこそ、BCに入る前からずっと」

 

 服装が気になり始めるのは性別・年齢ともに人それぞれで、アズミは早い段階から目覚めたらしい。ちなみに笠守は、そこまで服にこだわりがない。

 

「でも確かに、今日のアズミの服も決まってるし、コーディネートとかすごい上手そう」

「ありがと。でもそう、よく『服を見てほしい』ってチームメイトから頼まれることもあるわ」

「それだけ信用されてるってことだろ?すごいじゃん」

 

 他人にコーディネートを頼むのはハードルが高いと、男の笠守でも分かる。頼む相手の美的センスに絶対の信頼が無ければ、難しいからだ。その点アズミは、写真の面でもすごいと思っていたので、誰かから頼まれるのも納得できる。

 さて、いかにショッピングが好きと言っても、アズミは決して浪費家ではない。資金が無限にあるわけでもなく、手持ちの衣服にも限界があるため不用意に増やすことはできなかった。

 だからアズミが買うのは、自分が『これ』と一番強く思ったものだけだ。だから今日も、何軒か店を回っているが財布からお金を出すことはほとんど無かった。

 そして、アズミは自分の服に関しては、自分の感覚を重視している。誰かのコーディネートを任されるぐらいにはセンスがあると自負しているし、これまでの自分の経験で養った自分の感覚は決してズレてはいない自覚もあった。

 他人から服を勧められることもあるし、それはアズミもありがたい。とはいえ、やはり大切にするのは自分の感覚だ。

 

「ね、笠守」

「ん?」

「この2つなら、どっちが似合うと思う?」

 

 だから、アズミがこんなことをするのは、普段を鑑みればあり得ないことだった。もちろんこの行動に出たのに理由はあるが、笠守にはその理由など分かるはずもない。

 そして今、その質問を受けた笠守の身体は緊張で強張った。

 

(これは、俺のセンスが試されているんだな・・・)

 

 笠守はファッションに疎い。流行はおろか、女性のファッションの何たるかなど知らないし、どちらが似合うかなんて質問は素人に対しては愚問でしかない。

 それでも、笠守は『よくわからん』とあしらったり、お茶を濁そうとはしない。

 それはアズミが、少なからず笠守の人となりを信じた上で訊いてきたことに気づいたからだ。服という己を飾る重要なパーツについて訊ねて、笠守が意地悪な答えをしないと思っているからアズミは質問をしたのだと。

 そのアズミの真意が分からないにせよ、笠守は真剣に2つの選択肢を見る。

 

「・・・」

 

 選択肢は、白いデニムのパンツか、黒を基調としたフレアスカート。

 差し出された2つの服と、アズミを見比べる。両極端な2つだが、どちらもアズミが着ると問題なく着こなせそうな感じがしてならない。

 それもアズミのスタイルや顔立ちが整っているからだろう。戦車道の賜物か、それとも彼女のアルバイトによる研鑽の結果か、雰囲気からして似合わない服なんて無いのではと錯覚する。

 

 思考が少しズレはじめたので、頭を振って修正する。

 

 今考えるべきは、どちらが似合いそうかということ。

 ファッションに疎いなりに頭を回転させて、笠守は改めて考える。

 そしてその末に、指差したのはデニムのほうだ。

 

「こっち?」

「まあ・・・正直どっちも着こなせるとは思ってたけど、季節とか、アズミのイメージとかを考えるとそっちがいいと思った」

「私のイメージ?」

 

 アズミが黒のスカートを戻しながら訊ねると、笠守はうなずく。

 

「なんかこう、アズミって少し明るめの雰囲気がするんだ。それも、鮮やかな赤とかそういうのじゃなくて、透き通った感じの色が似合う雰囲気。だからそっちが良いかなって」

 

 言うと、アズミは自分の格好を確かめる。具体的には、カーキのスカートとグレーのコートを。

 

「そういう色ももちろん似合ってるし、今の時期は暖かく感じる。それでも、俺はその白のほうがアズミのイメージに一番合ってると思ったんだ」

 

 自分の発言を気にしていると察した笠守は、フォローしようとさらに言葉を続ける。

 それが効いたのか、アズミも安心したように笑ってデニムを腕の中で畳む。

 

「それじゃ、これを買おうかしら」

「え?」

「え?」

 

 そしてそのまま会計に進もうとしたので、笠守も思わず声を上げてしまった。むしろなぜ買わないと思ったのか、と言わんばかりにアズミも振り返る。

 

「そんな、いいのか?俺なんかの当てにならない意見で決めちゃって」

「いやいや、とっても貴重な意見だったわ。自分のイメージってのはなかなか分からないものだし」

 

 自分のセンスやコーディネートに自信はあるが、自分のイメージは客観的な意見の方が的を射ていて、信憑性がある。相手が強烈なリップサービスを言っていなければだが。

 だがアズミも、笠守が真剣に悩んでいるのは見て分かったし、その上で冗談を言うとは考えにくかった。だから、その言葉を信じたのだ。

 

「笠守が考えて選んでくれたんだから、買わないわけないでしょう?」

 

 そんな言葉を笑って言われては、笠守も反論はできずただアズミが会計を進めるのを眺めることしかできない。

 

「それじゃあ、()()これを着て来るわね」

 

 店を出てから、アズミは袋を掲げて笑いかける。

 その『次』が何を指すのかは笠守にも分からない。次に大学へ行く時か、あるいはまたこうして2人で出かける時か。

 理性は大学だろと言っているが、本心は後者であってほしいと願う。

 

「さあ、行きましょ?」

 

 そしてアズミは進みだして、笠守もそれに続く。

 アズミが先の二択を迫ったのは、次にこうして2人で出掛ける時に、笠守の好みの方である服を着てこようと思ったからだ。あの2着にしたのは、自分で自分に合いそうな服を選んだ結果で、最後の決定権を笠守に委ねた。

 その末に、笠守は真剣に考えてくれていたことを、アズミは嬉しく思う。

 

 

 レディース服店での一幕の後は、すぐ近くに『せんしゃ倶楽部』なる戦車道グッズ専門店があったので立ち寄ってみた。

 戦車道関連グッズに加えてミリタリー系の商品も取り扱っており、中には戦車の転輪まで陳列されている。対戦型戦車シミュレーションゲームの筐体も置かれていて、楽しめるような雰囲気だった。

 

『先週行われた大学選抜チーム対ことぶき工業の試合について、専門家が見解を示しており―――』

 

 店内のテレビではスポーツ関連のニュースが放映されており、ちょうど件の試合が報じられていた。映像には、あの市街地エリアで砲撃戦を繰り広げている様子が映っている。

 

「いやー、ホント・・・すごい試合だったな」

 

 足を止めて呟くと、アズミも隣でニュースに目を向ける。

 

「戦っていた身で言わせてもらうと、厳しい戦いだったわね・・・」

 

 序盤・中盤・終盤と、ことぶき工業には終始苦戦させられた。一進一退の攻防を繰り返し、愛里寿の力に頼らず戦えることを証明しようとしたが、隊長車だけは倒せなかった。

 それでも愛里寿は、試合後に『十分戦ってくれた』と賞賛してくれた。それだけでアズミたちの戦いと意思は無駄ではなかったと伝わったし、実力を改めて認められたと実感できた。涙もろい子は泣き出すぐらいに。

 アズミだってその時は、感極まって思わず涙ぐんでしまったが、仲間を率いる中隊長としてその場で泣き崩れはしなかった。試合後の打ち上げの時は、酒の勢いもあって誰もが大号泣だったらしいが。

 

「でも、勝ってよかった。少しでも、大学選抜の強さを知らしめることはできたかもしれないし」

 

 大洗に負けて、大学選抜の評価は下方修正されたなんて話は聞いたことがある。今回の試合はそれを挽回する目的もあったから、試合の結果が良い方向に作用したと信じたい。

 

『大学選抜チームも高校生に敗北して世間からは低い評価を当てられていましたが、今回の試合に勝ったことでその評価も改めざる得ないでしょう』

 

 テレビの中の専門家が、キャスターに向かってそう発言する。あの試合の後で発行された戦車道新聞でも『大学選抜、金星を挙げる』と報じられていたので、恐らくは大丈夫だろう。

 

「確かにな。俺も遠巻きに練習を見ていたから、報われてよかったと思うよ」

 

 笠守は戦車の写真を撮ると言う理由があり、大学選抜の練習を撮影しながらだが見てきた。練習だけでも十分厳しいのは見て取れたし、その時の努力が勝利と言う形で実を結んだのは、安心もした。

 

「戦車の写真、良いの撮れた?」

「ああ、ばっちり。家元さんにも自信を持って渡せる」

「それはよかったわ」

 

 決定的瞬間を、自信を持って『良い』と思える瞬間は捉えることができた。その写真が受けるか受けないかは定かではないが、少なくとも今は自信を持って渡すことができる。

 

『大学選抜の戦力は下馬評を覆すほどであり、プロリーグでも戦力として通じるのではないかと―――』

 

 テレビの中の有識者がそう発言すると、笠守は少し気になってアズミに訊ねる。

 

「アズミは将来、プロとか目指してるのか?」

「ええ。大学選抜自体、将来プロ入りする選手を育成するのが目的だしね。それに、ずっと前から戦車道でプロになりたいとは思ってたから」

 

 大学選抜の存在意義は笠守も知っている。プロ入りを目指して己を高める集団には、実力不足を痛感して辞める人や、後にプロになりきれない人もいると言う。

 大学選抜に入っても、必ずしもプロになれるわけではない。

 辛い現実を分かっていてもなお、アズミは強い意志を持ってプロになると宣言する。その現実と戦う道を、アズミは迷わず選ぶのだ。

 

「笠守は、どうするの?」

「俺?俺は・・・」

 

 アズミに改まって聞かれると、笠守は少し迷う。

 だが、その迷う様にアズミは少し拍子抜けした。写真に心血を注いでいる笠守なら、即座に『プロのカメラマンになる』と言うと思っていたから。

 

「まあ、普通に働いて、カメラは趣味にしようかなって」

「あら意外。てっきり、それで食べて行くのかと思った」

「それも考えたことはあるけど・・・でもこれは趣味にとどめておきたいなって」

 

 遠い目を浮かべる笠守。それなりの理由があるのだと、アズミはそれで悟った。

 

「前にも『何かの拍子に撮れなくなる』ってことを経験したから、カメラを仕事にしてまたそうなったら・・・って思うとな」

「・・・そっか」

 

 心無い言葉が刺さって、カメラを握れなくなった時期を経験している笠守。

 この先、同じようなことが無いと言い切れないし、カメラを仕事にしてそうなってしまえば、取り返しのつかないことになるだろう。

 挫折した現実を経験したからこそ、その時を考えてそこから身を引く。それが笠守の出した答えだ。

 アズミには、誰かの夢を決めつけることはできないし、笠守も考えた上の将来だからとやかく言うこともできない。

 

「ただ、趣味の写真でも、誰かが傍で見てくれればいいなとは思ってるけど」

 

 そして、将来とは少し違うささやかな夢。

 その誰かとはどんな人か、どんな存在なのか。

 横目にアズミが見ても、それは知れない。

 そして聞く勇気も、今のアズミにはなかった。

 

 

 それからは、また少しの間ウィンドウショッピングを楽しみ、最後には何となく海を見に港までやって来た。

 船舶が泊まる港ではなく、その近くにある埠頭を利用した公園には、釣り人や家族連れで遊びに来る人がいたらしい。夕暮れ時の今はあまり人気もなかった。

 

「あれはどこの学園艦かしらね?」

「分からないな・・・」

 

 どこかの学園艦がゆっくりと入港するのを、笠守とアズミは埠頭のベンチに座りながら見守る。

 港町のお店を色々と回ったが、ウィンドウショッピングがメインだったので荷物はそこまで増えていない。

 

「色々見て回ったけど、あんまり買わなくてよかったのか?」

「良いのよ、買い物だけが楽しみじゃなかったし」

 

 アズミが微笑む。午前のことを思い出して、今日はアズミにとって写真を撮るのが一番だったのかもしれないと考える。

 そこで笠守は、港の学園艦を見ながら口を開いた。

 

「・・・俺さ、こうして誰か女の人と一緒に出掛けるのって、初めてだったんだよな」

「デートが?」

 

 男女2人だけで出掛けることを、アズミはあっさりとデートと言い切った。

 笠守としてはこれが本当にそうなのかは直前まで分からなかったが、アズミとしては元々そのつもりでいたらしい。

 しかし、それが分かったところで言うことは変わらない。

 

「だから・・・これで良かったのかって思うことはある。一緒に写真を撮れたのは楽しかったし、色々見て回れたのも・・・」

「・・・?」

「アズミは、楽しかったか?」

 

 不安になって、直接笠守はアズミに訊く。

 何を言っているのやら、とアズミは首を傾げて呆れたように笑う。

 

「楽しかったわよ、もちろん」

 

 嘘も建前も混じっていない、澄んだ笑みをアズミは笠守に向けてくれる。

 

「一緒に写真を撮れたのも楽しかったし、色々見て回れたのも・・・楽しくないなんて私が思ったことは、今日1度も無いわ」

 

 それは笠守も同じだ。

 今日1日アズミと一緒に行動をして、楽しくない、不快だと思ったことは一瞬たりともない。それがアズミも同じだったのは、嬉しかった。

 

「私も同じで、男と2人で出掛けたのは初めてだったから、まあ緊張もしたけどね」

「・・・」

「でも、ありがとう。笠守と一緒に出掛けられて、良かった」

 

 その言葉で、安心した。

 決心がついた。

 

「こちらこそ、ありがとう」

 

 そして笠守は、おもむろに鞄から封筒を取り出す。

 

「それは?」

「コンテストの結果。中に入ってる」

 

 笠守が告げると、アズミの目の色が変わる。

 この中に、笠守の写真の成果が眠っている。

 既に封が切られた形跡があり、それは笠守が結果を見た時のものだろう。

 

「・・・見ても、いい?」

「もちろん」

 

 平然と封筒を渡す笠守。

 その表情の裏にはどんな気持ちが宿っているのか分からない。笠守は『良い結果』と入っていたが、実際どうだろう。

 アズミはゆっくりと、封筒の中に手を入れる。

 指先の感触で、中には1枚の紙と、写真が入っているのが分かる。

 

「・・・・・・」

 

 慎重に、繊細な氷細工を取り出すように、中にあるその2つを取り出す。

 まず目に入ったのは、写真だ。

 

「・・・これ、あの時撮った写真?」

「ああ」

「へぇ・・・写真だとまた違った感じに見える・・・」

 

 大学の昼下がりの遊歩道。

 赤く染まったモミジと、それを見上げるように木の下に立つ1人の女性。雲の合間から洩れる陽の光が、舞い散るモミジの葉と交差して地面に注がれていて、女性はその光を身に受けている。

 その女性が、アズミ自身であることは知っていた。何しろ、笠守が自分を撮りたいと言ったのだから。

 しかし、写真の出来上がりを見ると、やはりその腕が素晴らしいものだと分かる。そこらの素人とは比べ物にならないほどのカメラの腕を、笠守は有しているのだと視覚に訴えかけられる。

 またアズミの言った通り、撮ったばかりの写真を見せてもらったが、それとはまた違う感じがする。時間が経って、写真の受け取り方、見方も変わっているのだ。

 

「・・・・・・」

 

 そして手の中には、もう1枚の紙がある。恐らくはここに、結果が記されているのだろう。

 その紙を開こうとするアズミの手は、少し震えていた。

 

「・・・見るわね」

「ああ」

 

 笠守は優しそうな笑みで、アズミの言葉に応える。

 そして意を決して、紙を開いた。

 

「・・・あっ」

 

 見ると、お堅い印象の文がつらつらと並んでいる。それをアズミは最初から順に、1文字も見逃すまいと読み進める。

 そして、結果を目にした。

 

『貴殿の作品が優秀賞に選ばれたことをここに認めます』

 

 

「優秀、賞・・・」

「一番上、は無理だった。けど、上から2番目の賞が取れた」

 

 アズミは、まるで自分のことのように湧き上がる喜びを抑えきれず、表情が明るくなるのが自分でも分かる。

 写真と通知書を封筒に仕舞って返すと、笠守は静かに受け取る。

 

「・・・ありがとう、アズミ」

 

 アズミが自分の結果を見たことで、笠守は全てを打ち明けようと決めた。

 

「アズミのおかげで、やっと・・・目指してたところに辿り着いた」

 

 選ばれたのは、笠守の写真が認められたということ。誰かに、多くの人に認められて、感情を動かせたことに値する。

 それが笠守の望んでいたことであり、そこまで導いてくれたのはアズミだ。

 

「アズミと出会わなかったら、多分俺はここまで来れなかった。自分だけじゃ、どうにもできなかっただろうと思う」

 

 アズミは、笠守の方を見る。

 

「色々話をして、すごく力になってくれて・・・意識するようになって」

「・・・」

「俺は、アズミに惹かれていったんだ」

 

 ベンチに置かれたアズミの手を、笠守はそっと握る。

 

 

「好きだよ、アズミ」

 

 

 どうしようもなく真っ直ぐで、純粋で、温かい言葉を受け取って。

 その瞬間だけ、アズミは呼吸も忘れそうになった。

 

「・・・」

 

 その言葉を、心のどこかで待ち望んでいたはずなのに、いざそれを聞いても実感が持てなくて、言葉が出てこない。

 笠守に握られている手を、力なく握り返すのが精一杯だ。

 

「・・・」

 

 笠守は、何も言わない。アズミの返事を待っているようだ。

 太陽は水平線に交わろうかとしており、空を朱色に染め、2人にも夕暮れの光が注がれている。

 そんな自然の光など目もくれずに、アズミは笠守を見つめる。

 

「・・・ありがとう、笠守」

 

 夕日を背にする笠守は、アズミの返事を聞いて緊張が混じったように引き締まる。()()()()()()()()言葉に、少しの不安を抱いたのかもしれない。

 それを払拭させるために自分の正直な気持ちを伝えようと、アズミはさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「私も好きよ、笠守」

 

 

 今度は力強く、手を握り返す。

 笠守は、安堵したように口を小さく開けて、息を洩らした。

 

「・・・よかった」

 

 心の底からの、安心した言葉。

 自分の想いが届いて、無下にされず、またアズミも同じだったから、ただただ安心する。そして、もちろん嬉しい。

 

「アズミ」

「うん」

 

 顔を上げる。

 今度は、しっかりとした自信を持ってアズミを見据えて、告げる。

 

「これからも、よろしく」

「・・・ええ」

 

 アズミも、少し目元を赤くして頷き返してくれる。

 ほんの少しの間視線を合わせていると、夕陽に当てられてアズミが少し目を細めた。笠守も振り返ってみると、太陽は水平線に重なっていて、日の入りまで残りの時間も少なそうだ。

 だが、この埠頭は遮蔽物が周りに無いため、そんな太陽の様が綺麗に見える。

 そこで笠守とアズミは、お互いに同じことを思ったのか、それぞれがカメラを取り出して立ち上がる。

 

「撮ろうか」

「ええ」

 

 そして2人で、水平線に沈み行く太陽とその海を写真に収めようと構える。

 海を入れて撮りやすいポジションとなると、必然的に公園の柵近くから撮ることになる。笠守が柵に体を預け、アズミはその隣でカメラを向ける。

 ちょうど海から飛んでくるカモメの姿が、太陽に重なって影を作ってアクセントになっている。まさに今がシャッターチャンスだった。

 そして2人は、ほぼ同時にシャッターを切る。お互いに撮れた写真を見返して、良い出来であることを確認するとうなずく。

 

「ねえ、笠守」

「?」

「よければ、撮ってもらっても良い?」

 

 言いながら、アズミはデジカメを笠守に差し出す。この綺麗な景色に自分も入りたいと思ったのだろう。

 お安い御用と受け取って、笠守はカメラを構える。

 アズミは、夕陽を背景に立ち、手を後ろに組んで少しだけ小首をかしげている。可愛い、と率直に笠守は思ったが、モデルとして撮られ慣れているであろうアズミはそんな仕草を把握しているんだろうなと思いつつ、ピントを合わせる。

 構図はばっちりで、背景も申し分ない。幸いまだカモメは飛んでいるので、これも入れば立派な写真になる。

 

「よし、撮るぞー」

「ええ、お願い」

 

 一声掛けてから、笠守はシャッターを切る。

 そして視線をカメラに落し、撮れた写真を確かめる。ちょうど空にもグラデーションが懸かっていて、背景の太陽と海がコントラストを表している。

 

「うん、いい感じで―――」

 

 それを確認して、アズミに声を掛けようとしたが、それは遮られた。

 

 顔を上げた直後に、アズミに唇を塞がれたから。

 

 

「―――」

 

 不意打ちに、目を開く。

 だが、なぜか温かく、心地よい感覚が体の芯まで伝わり、自然とアズミの背中に手を回した。

 やがて、太陽が完全に沈み、辺りが暗くなっていくと、どちらからともなく唇を離す。

 

「・・・」

 

 笠守もアズミも、口が利けない。

 仕掛けたのはアズミで、受け入れたのは笠守だ。どちらにも拒否感は無く、お互いそうしたかったからこその結果だが、上手く言葉にできない。

 沈黙を挟みつつお互いの顔色をチラチラと窺っているうちに。

 

「・・・ふふっ」

 

 思わず、アズミは吹き出してしまった。お互いに初心な反応をしてしまったばかりに、可笑しかった。笠守もまた釣られて、肩を竦めて笑ってしまう。

 

「・・・そろそろ、帰ろうか」

「ええ、そうね」

 

 そして2人は、駅に向かって歩き出す。

 行きと違って、2人の手は繋がれていた。

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