休み明けに、笠守は大学の戦車道棟に呼び出されていた。
呼び出した人物をアズミから聞いた瞬間に笠守の脳を緊張が占め、午前の講義は半分も身に入ったか定かではない。
そしていざ約束の時間に戦車道棟へ来れば、アズミが大学選抜のユニフォームのままで待ってくれていた。その姿を見るだけで、ほんの少し気が楽になる。
「緊張する・・・胃が痛い・・・」
「まあまあ、リラックスよ」
これからのことに緊張するあまり胃がきりきりと悲鳴を上げるが、アズミはそんな笠守の背中を優しく撫でてくれる。それだけで少し胃の痛みも引いてきた。
案内されたのは、戦車の撮影許可をもらう時に来た応接室。
そして中にいたのは、その時と同じメンツ・・・島田愛里寿と島田千代と忘れるはずのない人物が2人。
「ごきげんよう」
「・・・お久しぶりです」
先んじて千代が頭を下げてきて、笠守もまた頭を下げる。最後に顔を合わせたのは10月半ば過ぎぐらいだったから、1か月以上経っていることになる。
そんな折に呼び出された理由など、決まりきったことだ。
「さて、いきなりで申し訳ないけれど・・・」
「はい」
「約束の写真は、どうかしら?」
それ以外の用件など、考えられなかった。
千代は以前会った時と同様に笑みを携えているが、変わらず笠守の緊張は晴れない。感情の読めない笑顔なんて、恐怖と緊張以外感じられないからだ。
だが、笠守がこの笑みを見たのはこれで2度目。変に怖気づいてしまうこともなく、最初と比べればまだ気持ちは落ち着いている方だった。
「こちらで数枚候補を挙げまして、愛里寿さんも1枚気に入っている写真が」
「ほう・・・」
ここで愛里寿の名を出したのは、どうやら正解に近いらしい。千代の笑みに、わずかに興味の色が入った。
それを見逃さず、笠守は前もって現像していたその候補写真をテーブルに並べる。
候補は全部で3枚。まず1枚目は、訓練中に撮影した縦一列に並んで一点を砲撃する訓練の様子。2枚目は、愛里寿が気に入っていた、センチュリオンの砲撃をアズミのパーシングが避けた瞬間。そして3枚目が、ことぶき工業との試合の最終局面で、愛里寿のセンチュリオンと相手の隊長車のパンターが橋の上ですれ違い砲撃したシーンだ。
「・・・どれも、悪くない写真ね」
千代は、それを笠守に言ったつもりは無いのだろうが、笠守にはばっちりと聞こえていた。島田流家元からそんな言葉を引っ張り出せただけでも十分な功績だろう。だが、本題はこの中から選ばれるかどうかだ。喜ぶにはまだ早い。
「・・・」
品定めをする千代の瞳は、まさに真剣。笠守がこれまで会ってきた人の中でも、とりわけ鋭くて、穴が開くほど写真を見つめている。
(・・・あの2枚か)
笠守は、千代の表情をよく窺っている。その視線の動きで、千代が2枚の写真に候補を絞っているのは分かった。
その2枚は、愛里寿が気に入った写真と、ことぶき工業との試合で撮った写真。笠守自身で選んだ写真には興味が無いようで残念だが、あの2点に興味を示してくれたのであれば、あとは千代の選択を待つばかりだ。
「・・・愛里寿が良いって言ったのは、こっちの写真かしら?」
「はい」
そこで千代が、愛里寿に確認をする。手に取ったのは、演習中の様子を捉えた写真で、愛里寿が気になっていたもの。どうやら娘の意見も尊重したいらしい。
時間が経つにつれて緊張感が増していく。それは笠守はもちろん、隣に座るアズミも同じだった。同じ空間にいるだけではなく、今となってはより深い仲となれた笠守の努力の成果がここで試されているのだから、不安で仕方がないのだ。
「・・・それでは、これを」
そしてついに、千代が1枚を笠守に差し出してきた。
これこそが、広報として掲載することを許可する写真であり、大学選抜の戦車を魅せる最良の1枚。
橋の上で撃ち合う、センチュリオンとパンターの写真だ。
「・・・こちらでよろしいのですか?」
確認の意図を籠めて、笠守は問いかける。
千代は、『ええ』ところころと笑いながら話し始める。
「あの試合、私も観ていましたが実に見応えのあるものでした」
千代は手の中で、パチパチと扇子を鳴らす。これはどうやら癖みたいなものらしく、隣に座るアズミの雰囲気が少し和らぐのを笠守は感じ取った。
「知っているかもしれませんが、少し前まで大学選抜の評価は・・・正直な話落ち気味でした。恥ずかしながら」
その話は笠守も以前聞いたことがある。
敗北とはいやでも悪い印象を植え付けるし、それが尾を引きずりやすい。そのうえ負けた相手は年下の高校生だから、避けられない悪印象を植え付けられて、それをどうにかしたかったのが、ことぶき工業との試合だ。
「ですが、あの試合を経て評価は見直され、『プロでも匹敵する』とも評されました」
思い出すのは、『せんしゃ倶楽部』で見た専門家のコメント。あのニュースは、千代も見ていたのか。
「私自身も、そう思っていますし」
それは、アズミも初めて聞いた千代の言葉だ。心の中で、アズミは家元に称賛された事実に舞い踊る。
「大学選抜の力を知らしめたこの瞬間を捉えた写真ならば、私は問題ないと判断したのです」
「・・・分かりました」
広報とするならば、大学選抜の実力の高さを一番表現しているこの写真が十分。千代はそう考えてその写真を選んだのだ。笠守も当然反対などせずに頭を下げて、了承し、これを掲載することに決める。
「・・・それにしても、なかなか写真の腕はいいみたいね」
写真を下げようとしたところで、千代からの言葉を浴びて動きが止まる。アズミもその意外な言葉に目を丸くした。
「・・・ええ、私もそう思います」
だが、まさかのアズミが千代側に移ったことで笠守が窮地に立たされる。
『やってくれやがったな』と笠守はアズミに向かって念を飛ばすが、黙っているわけにもいかない。
「・・・恐縮です」
笠守は、何とか言葉を捻り出す。
顔を上げた時、扇子を手にしている千代の笑みが、さっきと違う風に見えたのは気のせいだろうか。
◆
「へぇ。それじゃ、めでたく採用されたんだ」
「ああ、どうにか」
その日の昼食は、バミューダ三姉妹と一緒だった。
事の顛末を簡単に話すと、ルミが嬉しそうに言ってシチューを食べる。知人の嬉しい出来事は、自分にとっても嬉しいことなのかもしれない。
「どれぐらいでホームページに載るの?」
「んー・・・そんなすぐってわけにもいかなくてなー・・・早くても1~2週間はかかりそう」
メグミもとんかつを傍らに、興味ありげに聞いてくる。
そんな中、笠守の正面に座るアズミは心底安心したように息を吐いた。
「でも良かった・・・」
「?」
「笠守があれだけ頑張って撮ったんだから、認められなかったらどうしようって思ったから・・・」
アズミはこれまで、笠守が実際に大学選抜の戦車を撮っていた場所に居合わせていない。その撮られる戦車に乗っていたからだ。だから、どれだけ失敗を重ねたかは分からないし、どれだけ真剣な姿勢でいたのかも、全ては分からない。
だが、こと写真に関しては人一倍真面目に挑んでいるのだけはアズミも分かる。加えて―――自分で言うのも何だが―――アズミが力を貸して撮影の機会と場を笠守は得たのだから、生半可な気持ちで臨んだりはしなかったはずだ。
だからこそアズミは、笠守が写真を真剣に撮っていたと信じているし、絶対にそうだと確信している。
「・・・アズミのおかげだ。家元さんに話をしてくれたんだから。おかげで、自信が取り戻せた・・・ありがとう」
アズミの気持ちを慮り、笠守も感謝の念を言葉で返す。
少しの間良い感じの雰囲気になるが、忘れてはならない。
この場にいるのは、笠守とアズミだけではないのだ。
「あら、あらら?お2人とも随分仲がよろしいようね?」
メグミが口元に手を当てて、面白そうなものを見る目で2人を見ていた。
笠守とアズミは、慌てて味噌汁と水を手にとって口に流し込み、逃げる。
「確かに何か・・・前よりちょっと仲良くなってるって言うか、ねぇ?」
ルミも目敏く2人の変化に気づいていたらしい。
これに関して2人は、コメントしたくない。このメンバーで昼食をともにしたのは、ことぶき工業との試合前以来だ。アズミと笠守がデートをして、晴れて恋人同士になれたことなど2人は知る由も無い。
しかし、メグミとルミは薄々勘付いている。以前と比べて、笠守たちの雰囲気が変わっていて、それでいて親しげな様子。2人は元々仲が良かったのも当然知っているので、
「・・・何だか2人とも、前と比べて少し変わった?」
そして、その疑念を当然のごとくそのまま言葉にする愛里寿。その言葉は笠守とアズミのことなかれ精神を粉砕し、メグミとルミの興味に発破を掛ける十分な威力があった。
「隊長もそう思いますか?」
「うん・・・前に一緒にお昼を食べた時より、何か2人の距離感が近くなったって言うか・・・」
「ですよね、でしたりしますよね?」
笠守は心の中で舌打ちする。流石は戦車道の申し子、天才少女。洞察力も人一倍で、それは人間関係にも反映できるらしい。
チラッと笠守はアズミを見るが、これから起こることを予想してるような達観の感情が見えた。
「・・・だそうだけど実際どうなの?」
メグミがダメ押しと、改めて訊ねる。
今回は前と違う答えを期待しているぞ、と言わんばかりに目を輝かせるルミ。
アズミは今、言うか言うまいかを思い切り悩んでいた。笠守も、アズミが言ってほしい風に見えないので迂闊に口が開けない。
アズミが言うのを躊躇うのは、それを明かしてメグミたちがあれやこれやと深追いして、つつかれるのがちょっと怖いから。ただ、身内で同じようなことが起きた際は自分も囃し立てていたので、一概に拒否も難しい。
だからアズミは、自分の中で『ある言葉』を言われたら正直に答えよう、と決めていた。
「回りくどいのが性に合わないから聞いちゃうけど、あなたたちってもしかして、付き合い始めたの?」
そしてその言葉を、メグミは言ってのけた。
こうなってしまえば、アズミはもう逃げず、迷わない。視線で笠守に許可を求めると、その意図を汲んだ笠守は頷く。
「・・・ええ、付き合い始めた」
「この間の休みに、な」
観念して告げると、ルミとメグミは『ほーう』と背もたれに体を預けて、面白いものを見たと体現する。愛里寿も、両手で口元を隠しながらも、目は潤っていた。
「いやー・・・まあ、おめでとう。2人とも」
ルミがパチパチと小さく拍手をする。メグミも感慨深そうに頷いている。
「これはゴールインも間近かしらねぇ」
メグミが色々すっ飛ばした発言をしたので、アズミと笠守は俯く。顔が熱くなってきた。
愛里寿はなおも興味津々で、2人に視線を向けている。手元のハンバーグなどに目もくれない。
「さて、それじゃあどこから聞こうかしらねぇ?」
そして、獲物を捉えた獣のような目つき。これは逃げられそうにない。
観念して笠守とアズミは、質問の雨に浴びせられることを潔く認めた。
◆
ルミとメグミ、そして愛里寿の新生バミューダ三姉妹(?)の質問攻撃をどうにかやり過ごしたアズミと笠守は、何の気なしに遊歩道を訪れていた。先ほどまで色々訊かれて気疲れしたので、心を少し落ち着かせたいと思ったのもある。
「まったくあの2人は・・・」
「まあまあ・・・」
遊歩道を歩きながら、アズミは呆れたように息を吐く。先ほどの食事の席でのメグミとルミの質問は、アズミにも相当堪えたようだ。笠守にも影響は及んだが、なまじメグミたちと付き合いが長い故にアズミの方が色々聞かれた。
そんなアズミを労うように笠守は笑うが、アズミの表情はまだ晴れない。
「まあ、私もちょっと前はあっち側にいたから何とも言えないけど・・・」
「?」
「・・・いえ、何でもないわ。それより、ごめんね?あんなに色々聞かれたり言われたりして・・・」
笠守に向かって手を合わせるが、あんなのは自分に比べれば可愛いほうだ。
「大丈夫だ。うちのサークルもこの前まであんな感じ・・・いや、あれ以上だったし」
「え?」
「大学選抜って女所帯だろ?そこへ行って写真撮ってるってんで、色々大変だったから」
おかげで小突かれたりパシらされたりと大変だったので、質問攻めなんて本当に蚊に刺された程度でしかない。ちなみに一番辺りがきつかったのが矢掛部長であることは言うまでもない。
「まー・・・付き合ってるなんて知れた日にはどうなるかわからんけど」
苦笑したところで、モミジの樹の前に辿り着く。
2人にとってこの場所は、このモミジの樹は、2人が出逢い、笠守が自分の夢を1つ叶えた、特別な意味が籠もった場所だ。自然と足が向いてしまうのも、仕方ないと思う。
「・・・何か、現実味が湧かない。ただカメラしか取り柄の無い俺が、アズミみたいな人と付き合えてるのが」
紅いモミジを見上げながら口を開けば、自嘲気味に笑ってしまう。
要するに、笠守は自信が無いのだ。
「夢なら醒めないでほしいぐらいだ」
「夢じゃないわよ」
その自信を支えるように、アズミは笠守の空いた手を握る。
「あなたはカメラしかって言うけど、1つのことに真剣に取り組んで、その腕が誰かに認められるっていうのは、誰にでもできることじゃない。胸を張って誇れることよ」
アズミもまた、戦車道という武芸に打ち込んでいる。笠守と同じように、ある1つのことに熱中して取り組んでいるから、その気持ちも分かるのだ。
「そして私は、カメラを手にして、瞬間を捉えようとひたむきなあなたが好き・・・」
握る手の力が強くなる。夢ではない、現実だと言い聞かせるように。
「・・・悪い、何か不安なこと言って」
「ううん、気持ちは分かる。私も正直、まだ実感が持てないし」
アズミが苦笑する。お互い似たようなものらしくて、笠守も表情が緩んだ。
「ねぇ、笠守」
「何?」
「前に言ったでしょ?私は戦車道のプロを目指してるって」
「ああ、覚えてる」
デートをして、『せんしゃ倶楽部』で話していたことだ。誰かの夢を聞いたら、それが誰であっても、どんな夢であっても笠守は忘れない。アズミのことならなおさら。
「ことぶき工業に勝って、周りからも実力を評価されて、私は自分の夢に一歩近づけたと思う」
大洗に負けて、周りからの評価も下がってから、アズミは心のどこかで自分に自信が持てなかったのかもしれない。それを上塗りしたのが、あの試合での勝利だ。
霞みかけていた夢が、今一度はっきりと見えた。
「その夢は失くさないで、この先歩いていきたい」
アズミは、横に立つ笠守のことを見る。
笠守は、今からアズミが告げる言葉など分からないだろう。
だけど、アズミはその気持ちを絶やさないために、答えを求めて、口にする。
「私はそれを、すぐそばで、あなたに見ていてほしい」
「・・・」
「その先もずっと、私のそばにいてほしい」
その意味は、笠守にも分かるつもりだった。
ふと、メグミの『ゴールインも間近』の言葉を唐突に思い出して、それはこういうことだろうなと思う。
しかし笠守も、
「・・・ああ」
アズミのほうを見る。顔だけでなく、体を向けてアズミの正面に立つ。
アズミは、その笠守の行動から全てを察したのか、何も言わないでその顔を見つめる。
「・・・もちろん。そばで見続ける、そばにいる」
男として、重大な決断をしたと思う。
軽い気持ちで言えない言葉を口にして、自分だけでない人の人生をも左右させる発言をした。
だけど、その言葉はきまぐれではないし、後悔も無い。
笠守だってそのつもりでいたのだ。
「・・・ありがとう」
アズミは、静かに涙を流す。
それに重なるように、紅いモミジの葉がひらりと舞い落ちた。
□ □ □ □
アルバムとは、どうしてついつい開いてしまいがちなのだろう。
そう思いながらも、私はページをめくる手を止められず、飾られている写真から目を離せない。1枚1枚に思い出が詰まっているから、写真を見て思いを馳せて、そして次の写真でまたかつてを思い出す。これを繰り返しているから、抜け出せないのかもしれない。
時には笑い、時には泣いて。その瞬間を1枚1枚が捉えている。笑っていたり、楽しんでいる時の写真がほとんどなのは、あの人がそういう時を撮るのが好きだから。泣いているのだって、嬉し涙を流している時しかない。人が悲しんでいるところを、あの人は撮らない。
「・・・全然上手いじゃない」
昔のことがあるからと、『人を撮るのが苦手』なんて言っていたのに、見返してみれば下手なんてことはない。以前、
あの時は結局、自分に自信が無かっただけなんだ。
自信をつけた今は、私だけじゃなくて色んな人の写真を撮ってる。その腕は、
「・・・」
写真を見ていると、目頭が熱くなってくる。
まだ自分が学生だった頃はこんなことが無かったのに、今はしょっちゅうだ。
大人になっちゃったなぁ、と何度も思う。
「おかーさん?」
不意に、すぐ近くから声を掛けられた。
アルバムから目を上げると、私と同じようにふわっとしたミディアムヘアーが可愛らしい女の子が立っていた。
この子もまた、私が大人になった証みたいなものだ。
「どうしたの?」
「なんでかなしそうな顔してるの?」
言われて、自分の目を少し擦る。ちょっとだけ涙ぐんでいたみたいだ。
笑顔を浮かべて、我が子の頭を撫でる。
「大丈夫、ちょっと昔を思い出して」
「どうしてむかしを思い出すと泣いちゃうの?」
素朴な疑問に、ぐっと詰まる。
時に子供は真理を突くようなことを訊いてくると、育てている中で嫌と言うほど味わった。この質問も、その1つでしかない。
だのに、やっぱり答えにくいものは答えにくい。
「うーん・・・大人になったら、分かると思うわよ」
結局、お茶を濁すことにした。
「ふーん・・・それはなに?」
興味は、私が開いていたアルバムに移ったようだ。これは良かった、と気持ちが楽になる。
「アルバムよ。思い出の写真がたくさんあるの」
「へぇ~」
横から覗き込んでくる。
そう言えば、この子にはまだこれは見せたことが無かったっけ。何しろ、この子が生まれる前の写真ばかりを飾っているから。
「・・・おとーさんかおかーさんのどっちかしか写ってないね」
なるほど、観察眼はこの歳にして大分優れているらしい。
その通りで、このアルバムのほぼ全ての写真は、私かあの人のどっちかしか写っていない。
「そうね。私とお父さん、どっちかがカメラで写真を撮って、どっちかが写ってるからね」
「それじゃあさ」
言って、娘はとてとてと戸棚に向かって歩いて行くと、飾られている戦車道のトロフィーや盾の手前に置かれているあるものを手にして戻って来た。
「これはだれがとったの?おとーさんとおかーさんが2人とも写ってるけど」
それは、鳥を模した木のレリーフでできたフォトフレームに収められた写真。
白がベースのタキシードのお父さんと、ウェディングドレス姿の私を写したその写真は、他でもない結婚式で撮ってもらった写真だ。
「・・・それはね、お父さんのお友達が撮ってくれたのよ。その人も、カメラマン」
「カメラマンってたくさんいるんだね~」
その写真を撮ってもらう時、元写真サークルの部長だった彼は、『おめでとうこんちくしょう!』と、喜んでるんだか怒ってるんだか、泣きながらカメラを構えていたっけ。
その時を思い出して、また涙腺が緩みそうになったところで、玄関のドアが開いた気配がした。
それは娘も感じ取ったみたいで、真っ先に玄関へと小走りに駆けていった。
「ただいまー・・・お」
「おかえりー!」
「はい、ただいま~」
先に娘にただいまの挨拶を取られてしまった。ちょっと残念。
洗面所で手を洗ってから、ようやく姿を見せてくれた。
「ただいま」
今となっては、私にとってかけがえのない人。
プロの戦車道選手として生きる私を支えてくれる、大切な人。
彼は今日も、私に笑顔を向けてくれた。
「おかえりなさい。写真、どうだった?」
「ああ、問題ないって。使ってくれるらしいよ」
「それは良かったわ」
写真を生業にはしていないけれど、ボランティアとして、戦車の写真を撮ることは多い。特に、師範の目に留まってからは、島田流の鍛錬の様子を写真に撮ることになっていて、今日も撮って来たのだ。
「母さんはゆっくり休めた?」
「ええ、もう十分」
普通なら、私も一緒に行っていた。だけど、昨日は世界大会に向けてのイギリス代表との練習試合があったから、身体を休めた方がいいとのことで娘と2人で家でのんびりしていた。
「そうだ、手紙届いてたよ。メグミから」
「ん、ありがとね」
お父さんが手渡した、猫のイラスト入りの手紙の宛先には『笠守アズミ様』と―――意外にも―――繊細な字。イラストを見て、娘は『かわいー』と無邪気なコメントをしてくれる。
裏返して読んでみると、嬉しい便りがあった。
「メグミのトコで、今度一緒にご飯でもって。うちの子も一緒に」
「おっ、いいね」
「ルミん家の家族も誘ってるみたい」
内容は、一緒に食事でもどうかとのことだ。プロになって、それぞれが家庭を持ってから顔を合わせる機会も少し減ってしまったから、積もる話もあるし賛成だ。
「でも手紙なんて珍しいな」
「メグミって、あれで結構マメだからね」
お父さんは、手紙をテーブルの上に置いて、私の方を見ると『?』な顔をする。
「アルバムなんて持ち出して、どーしたの」
「ああ、これ?掃除してたらちょっと気になっちゃって」
アルバムを見せると、お父さんは恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。
「いやー、何かな・・・。昔撮った写真って、撮った側はすごい恥ずかしいな・・・」
「ううん、どれも今みたいに上手よ」
そこでふと、妙に痛い視線を感じた。
横を見れば、仲間外れにされて悔しいのか、ふくれっ面の娘がいた。
「ああ、ごめんな」
それをいち早く察したお父さんは、そっと屈んで頭を撫でた。
「アルバム見るか?お母さんの知らないところも見れるかもしれないぞー?」
「あっ、こら」
「ほんと?見てみたい!」
「よーし」
私をダシにされてしまった。止める間もなく、娘を抱きかかえて隣にお父さんが座る。
だが、娘の表情が明るくなったものだから、『まったく』と怒る気にも慣れない。
「さて、じゃあ最初から見ようか」
「・・・ええ、そうね」
「楽しみ~」
こうして家族3人で、昔の写真を見るのは、中々できそうでできない。
写真に撮られるのが嫌いな人もいる。メグミやルミの家族でも、あまり写真は撮らないらしい。
この子も最初は嫌がっていたけれど、今はむしろ逆に撮ってほしいとせがむぐらいだ。
「・・・・・・」
まだ結婚する前、お父さんは言っていた。
写真を撮る一番『良い』瞬間は、1度しか来ない。その瞬間を捉えたい、って。
今こうして膝の上で写真を楽しみにしている我が子も、時間が経てば大人になって、私達と同じように誰かと結婚するのかもしれない。
そうなったら、今のこの愛らしい姿は見られない。その姿をずっと忘れないために、写真を撮って形として残す。
「・・・おかーさん、また泣きそう」
「え?」
私の方を見上げた娘が言うと、お父さんも心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?イヤならやめようか?」
「・・・いいの、大丈夫。ちょっと、嬉しくて」
どうして昔の写真を見ると泣きたくなるのか。我が子の問いの答えに、今気づいた。
それはきっと、『良い』と思う瞬間が来ることは、人生ではもうないから。
この写真を撮った時には、戻れないから。
「ね、お父さん」
「ん?」
だけど、昔にしか価値がないわけではない。
今も私は、こうして家族で過ごせることが幸せだし、何より私が一番愛している人と添い遂げられたのだから。
この先も、幸せな思い出、楽しい思い出は増えていくに決まっている。
その思い出を、また撮っていこう。
「・・・写真の大切さ、教えてくれてありがとうね」
「・・・」
「これからも、たくさん写真を撮っていきましょ?」
言葉にして、伝える。
それが伝わったようで、お父さんも優しく笑ってくれた。
「・・・どういたしまして」
そっと私の髪を撫でてくれる。
そしてお父さんは、アルバムに手を掛ける。
「さてそれじゃ、見ていこうか」
「わ~」
娘も大げさに喜んでくれる。
私もつられて笑ってしまうけれど、この時間が今は幸せだ。
そして、私たち家族3人でアルバムの最初の1ページを開いた。
これにて、アズミと笠守の物語は完結です。
長い間ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
今回のテーマは、『カメラ』『写真』でした。
Varianteでアズミがモデルのアルバイトをしていると知って今回のテーマが浮かび上がり、彼女のお話を書こうと筆を執った次第です。
他にも過去作とのつながりを見せたり、戦車の試合を描いたり、そして2人の恋路を描いたりと書きたいものを書けたと思っております。
1人でも多くの方が楽しんでいただければ、筆者としてこれ以上嬉しいことはありません。
次回作を投稿する時期は未定ですが、
ガルパンの話であればBC自由学園の誰かになるかなと思います。
また、ガルパン以外の作品を題材にお話を1つ書こうかと思っておりますので、もしよろしければそちらも応援してくださると幸いです。
最後になりますが、
ここまで読んでくださった方、感想を書いてくださった方、評価を付けてくださった方、本当にありがとうございました。
また、次の機会にお会いしましょう。
ガルパンはいいぞ。