2人のフォトフレーム   作:プロッター

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アングル調整

 笠守は普段、外を出歩く時は常に周囲に気を配っている。

 それは自分の身を守るだけでなく、変わったことや面白いものに気付けるようにするためだ。

 

(何かないもんかね・・・)

 

 カメラマンという性質上、観察眼や注意力は自然と鍛えられる。加えて好奇心まで養われているので、常日頃から周りの目新しいものや新鮮なものを探すようになった。笠守がカメラにハマった原因である父も、『見慣れた風景でも必ず何か面白いものはある』と言っていたので、今や通い慣れた通学路でも探索は欠かさない。

 

「大分、色がついてきたな~」

 

 街路樹のイチョウを見上げる。夏場は鮮やかな緑色だったが、秋が深まる今は黄色が混じり黄緑色へと姿を変えている。これを見ると、秋が来たんだなぁと思えるまさに風物詩だ。

 そんなイチョウの葉の隙間から降り注ぐ陽の光は綺麗だが、カメラに収めるのはやめておく。先日、ツートンカラーのモミジの写真にダメ出しを喰らったのを覚えていて、このイチョウもあまり色が良くないと感じたからだ。

 

「・・・モミジか」

 

 思い出すのは、その微妙な色のモミジの写真のことだ。

 あの緑から赤に変わりつつあるモミジの写真は、『色合いが良くない』と部長からダメ出しを受けたが、『着眼点はいい』とも評価された。

 その時笠守は、ちゃんとしたモミジの写真を撮り直そうと、心に決めた。失敗したままでは後味が悪いので、ぜひとも色鮮やかなモミジをカメラに収めたいと思う。

 

―――私は良いと思ったんですけどね・・・

 

 そして、あのモミジの下で出会ったアズミという女性の言葉が脳裏をよぎる。

 笠守だけが良いと思っていたあのモミジを、アズミもまた同じように良く思ってくれていた。それだけで、自分と同じ感性を持っているだけで親近感を覚えるものだし、同時に嬉しくもなる。

 そのことを思い出して、笠守の口が自然とにやけてしまうが、傍から見ると不審者な感じがしてならない。もう一度イチョウを見上げて、気持ちを切り替えさせる。

 

「・・・お?」

 

 そうして観察を続けつつ歩いていると、信号の傍に1人の女性を見つけた。それだけならまだしも、その女性の後ろ姿にはどこか見覚えがある。ウェーブがかった明るい茶髪のミディアムヘアーは、つい最近見た記憶があった。

 

(・・・アズミさん?)

 

 自分の記憶を掘り当てる。まさに昨日再会し、写真を褒めてくれたアズミの姿と酷似していた。

 しかし、確証はない。いきなり話しかけて実は赤の他人なんてことになれば、恥ずかしいにもほどがある。それにまだ、多少意気投合しただけでそこまで親しい関係とも言えないので、どこかおこがましくもある。

 だから、笠守は少しだけ距離を保ったまま、信号が変わるのを待つ。

 

「あれ、笠守さん・・・?」

 

 だが、そこで声を掛けられた。その出所は、ちょうど自分の右。その明るい茶髪の女性からだ。

 笠守が、そちらに目をやると。

 

「・・・アズミさん」

「はい、おはようございます」

 

 今度ばかりは、間違えようがなかった。

 

 

 

「アズミさん、大学の近くにお住まいだったんですかー」

「ええ。もしかしたら、どこかで知らないうちに会っていたかもしれないですね」

 

 折角こうして顔を合わせたので、アズミとは一緒に大学へ向かうことになった。

 顔と口調は平然としていても、内心では焦りっぱなしである。何せ、写真サークル以外の女性、それもまだまだ親しいとは言い切れない人と一緒に歩くなど初めてだったから、緊張するなという方が難しい。

 とはいえ、お互いに住んでいる場所が近かったというのは少し驚きだ。アズミの言う通り、面識がなかっただけで以前も見かけたことがあったかもしれない。具体的な住所を訊く度胸は無かった。

 

「「・・・・・・」」

 

 そこで会話が途切れる。こんな時、笠守は『何とかしないと』と余計に焦るタイプだった。

 

(何を話すべきか・・・)

 

 一緒に歩いているのが写真サークル、あるいはカメラに興味がある人であれば話題には事欠かない。だが、アズミは昨日の話をした限りではどちらでもないように感じるので、迂闊に話せない。

 どうしたものかと悩んでいると、笠守の頭にはらりと何かが落ちてくる。摘まみ上げたそれは、落ちてきたイチョウの葉だった。

 

「もう、すっかり秋らしくなりましたね」

「・・・そうですね~」

 

 そのイチョウの葉を見て、アズミが感慨深そうにつぶやく。話の種が思わぬところにあった。

 まだ黄色ではないが、こうして色付く葉とは秋らしさを強く感じることができる。ニュースなどでも、度々秋の深さを表現するのに紅葉などは引き出されるし、季節の移り変わりを表現する代表格のようなものだ。

 そんな季節が変わっていく様子を見るのが、笠守は好きだった。

 

「アズミさんは、イチョウとかお好きですか?」

「え?」

 

 折角話題になりそうな話になったのだ。そのチャンスを生かそうとアズミに訊いてみると、話を振られたのが意外だったのか少し驚く。しかし、少しだけ考えるとふわりと笑った。

 

「そうですね・・・割と好きです。こう、秋っぽさを感じられますし、色鮮やかなのも綺麗ですから」

「本当ですか?自分も同じ感じですー」

「あら、そうなんですか?」

 

 同じと笠守が言うと、アズミは少し嬉しそうに声を弾ませる。

 共感や親近感とは、自分の価値観・考えが誰かに理解してもらえることから嬉しくなったり、安心したりする。だから今、笠守もアズミも、それぞれ相手に心を開いて安心感を抱いていた。そして、2人の間にある見えない空気が緩んで緊張感がなくなる。

 

「だからこの間も、モミジの写真を?」

「はい。結果はアレでしたが」

 

 イチョウのみならず色付く葉が笠守は好きだ。

 だからこそ、先日のようにモミジを撮りに行ったが、OKは出ず。笠守はもう苦笑することぐらいしかできない。

 

「あ、そうだ」

「?」

 

 すると、アズミが何かを思い出したように声を上げて、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 

「昨日、笠守さんの写真を見て・・・私もちょっと、写真に興味ができたんです」

「え?」

 

 スマートフォンを操作しながらのアズミの言葉に、笠守の心が強く反応する。

 自分なんかの写真で興味を持ってもらえたのなら、それ以上に嬉しいことは無い。加えて、アズミは笠守の写真に『一目惚れ』したと言っていたのだから、まさに身に余る光栄と幸せだ。

 

「それで昨日の帰りに、大学にいた野良猫を撮ってみたんですけど・・・」

 

 スマートフォンの画面を、アズミが見せてくる。

 その画面には確かに写真が表示されていたが、写っているのはブレている茶色っぽい何かだ。そのシルエットからかろうじて猫と判別できる程度で、恐らくはシャッターを切った瞬間に動いたのだろう。おまけに、植え込みの中らしいのか若干周りが暗い。

 

「どうも上手くいかなくって。写真を撮るのにそこまでこだわったことが無いから・・・」

 

 しょんぼりと笑うアズミ。笠守の写真に触発されたはいいが、あまり出来が良くなくて残念なのは分かった。

 そんなアズミを見て笠守は、力になりたいと切に思う。

 不器用なりにもアズミが写真の世界に足を踏み出そうとしていて、しかもそのきっかけは笠守の写真だ。だからこそ笠守は、アズミが写真に挑戦しようとしているのを見て、その手助けがしたいと考えた。

 

「えっと、アズミさんは写真を撮ることってそんなに無かったり?」

「ええ、まあ・・・。もう、『ちょっといいかも』って思ったものをサッと撮るぐらいしか」

「あー・・・。それだったら、最初は動かないもの・・・例えば建物とか花とかを撮って慣れるのがいいかもしれませんね。正直、猫だけじゃなくて動物を撮るのは意外と難しいんです」

 

 一部を除いて動物は動き回るものが多く、中でも猫は割と上級者向けだと笠守は思っている。家猫のようにのんびりとしているのならいいが、野生に近い活発な猫は警戒心が強いため動きが俊敏だ。だから動きを読めなくて、シャッターを切るタイミングも掴みにくい。

 この大学にいたという猫も恐らくは野良猫なので、警戒心が強い方だろう。人慣れしていないようではなお難しい。

 だから、まずは静物を撮って感覚を掴むのが練習になるのだ。

 そんな笠守の説明を聞いて、アズミは『なるほど』と感心したように息を吐く。

 

「じゃあ、笠守さんも動物を撮るのは得意だったり?」

「いやー・・・自分もそんなに得意じゃないです。サークルにそう言うのが得意な奴はいますけど」

 

 所属する写真サークルに、動物が好きでそれを専門にする部員が1人いた。そいつにかかれば、全力疾走する猫を撮るのも朝飯前らしい。

 

「得意不得意があるんですか。サークルの中でも」

「まー、それぞれの性に合ったタイプってのがありますから。不得意分野はホント、そんな大したものは撮れないって感じです」

「へぇ~・・・なら笠守さんにも、得意な分野とかが?」

 

 言われて笠守は、考える。自分が苦手とする写真はさっき言ったように動物だが、得意な分野を訊かれると少し悩む。動物を除けば、割と色々撮ってきた気がした。

 歩きながら、自分がこれまでどんな写真を撮って来たかを思い出す。

 その中で、『思い出したくないこと』にも触れかけるが、それについては考えないで答える。

 

「基本的に雑食ですけど・・・樹とか花とかの自然物が多めですかね。あとは戦車か」

「なるほど・・・」

 

 そうこうしているうちに、校門を通って大学の敷地に入る。会った当初は焦ったものだが、気付けば自然とアズミと会話することができていたし、あっという間だった。

 

「アズミさん、戦車道やってるって言ってましたけど、今日もやるんですか?」

「はい、基本毎日。週に1日休みがある程度です」

「うわー、大変そうですね・・・」

「でも、もういつものことですから」

 

 全く疲れも感じさせない笑みを浮かべるアズミ。

 戦車道については、笠守はどの戦車を見てどの機体かが分かるほどには詳しくない。とはいえ、たまに写真に撮るのでそこそこ戦車道については知っているつもりだ。だから、戦車に乗るのは大変だし疲れることも分かる。

 そんな戦車に乗ることを、アズミは『いつものこと』と笑って流す。それを笠守はすごいと素直に思った。

 

「それじゃ・・・私はこのまま戦車道なので」

「分かりました。頑張ってくださいね」

 

 朝から戦車に乗るアズミは、通常の校舎とは別にある戦車のガレージへ向かうらしい。笠守はそれとは別方向の校舎へと向かい、講義に臨む。

 だから、そこでお別れになるのだが。

 

「あ、そうだ笠守さん」

「?」

 

 アズミに呼び止められて、笠守は足を止めて振り返る。

 

「笠守さんって、歳はおいくつなんですか?」

「?21ですけど・・・」

 

 笠守が答えると、『あら』とアズミがふわっと笑う。

そこで、何を言わんとしているのかに気付いた。

 

「私と同じですね。それなら、次会った時はお堅い感じは無しにしませんか?」

 

 案の上の申し出だ。

 お堅い感じではないということは、敬語は無し、そこそこに仲のいい感じでということだろう。

 つまりアズミは、それだけ笠守のことを信用しているということ。そして、これまでのように一歩引いた形ではなく、対等な関係でありたいということでもある。

 

「・・・分かりました」

 

 そんな提案を、笠守は無下にはしなかった。

 

「それじゃ、また」

 

 頷くと、アズミは安心したように微笑み、ガレージのある方へと向かっていった。

 その後ろ姿を、笠守はしばしの間見守る。

 

「・・・はー」

 

 妙な息が口からついて出る。

 昨日の今日で、こんなにも早くアズミとまた会うことができるとは思わなかった。ましてや、先ほどのような申し出を受けるなんて頭を掠めたことさえない。

 何より嬉しかったのは、笠守の写真に影響を受けて、アズミがカメラに挑戦したということだ。その写真の出来がどうであれ、自分の写真がきっかけとなって誰かが写真に挑戦してくれるのは、とても心が満たされるような感覚だ。

 

「いいね、この気持ち」

 

 朝から実に爽快な気分だ。

 笠守は鼻歌を歌いながら、ガレージとは反対の方向にある校舎へと向かう。

 

 

 穏やかな草原に、重い金属音が響き渡る。時には腹の底に響くような衝撃を交えた砲撃の轟音が空気を揺らす。

 アズミの乗るパーシングは、そんな草原を疾走する。足元に敵チームの砲撃が着弾しようとも、速度を落とすことは無く前進し続ける。

 

「撃て!」

 

 アズミが鋭い指示を放つと、砲手の真庭(まにわ)がトリガーを引く。戦車の中が激しく揺れ、砲撃の音が車内を支配する。アズミはその音も振動も気にせず、ペリスコープで相手の戦車が撃破されるのを確認した。

 

「次、装填急いで」

「はい!」

 

 装填手の美作(みまさか)が返事をすると、砲弾を持ち上げる。敵戦車の撃破は確認できたが、まだ相手チームの車輌は残っている。気を緩める場合ではないのだ。

 そして、アズミのパーシングの右隣に、2輌のパーシングが並ぶように走る。その車体には、それぞれ赤い四角形と青い三角形のパーソナルマークが描かれていた。

 

『アズミ、無事?』

「ええ、大丈夫よ」

 

 無線から聞こえてきたのは、この大学選抜チームの副官を務めているメグミの声だ。

 

『こちらルミ、今1輌撃破したわ。これで多分、向こうは隊長だけね』

 

 続けて滑り込んできたのは、同じく副官のルミの報告。

 彼女たちが属する大学選抜チームは、メグミとルミ、そしてアズミの3人の副官がいる。3人はそれぞれ中隊を率いており、隊長のサポートも務めている。それは全国から選りすぐりの戦車乗りを集めた大学選抜チームでも、並大抵の者にはできないことであり、アズミたちの実力が高いことを証明していた。

 

『よし、バミューダアタック・パターンCを仕掛けるわよ!』

「『了解!』」

 

 そんな3人は、メグミの言う『バミューダアタック』という連携攻撃を仕掛けることから、しばしば『バミューダ三姉妹』と並び称されることがある(なお、3人の間に血縁関係は存在しない)。

 その連携攻撃のパターンは多く、戦闘する場所や陣形などの状況に応じて使い分ける。今から仕掛ける『パターンC』は、3方向から回り込んで囲み一点を攻撃するパターンで、3輌でタイミングを合わせて方向転換できるかどうかがミソだ。

 ペリスコープを覗くと、既に標的の姿が視認できる。

 漆黒に染まるその戦車は、巡航戦車・A41センチュリオン。敵チームの隊長車であり、この大学選抜チームの隊長車でもある。

 

早島(はやしま)、手筈通りにね」

「了解!」

「装填完了、いつでも大丈夫です!」

 

 アズミの言葉に、操縦手の早島は前を向いて操縦桿を握ったまま答える。さらに、美作が報告をすると、アズミは頷いた。

 試合前の打ち合わせでアズミのパーシングは、バミューダ三姉妹のリーダー格であるメグミの合図で増速し、左から標的に回り込む役割を負っている。その合図がいつ来てもいいように、早島は操縦桿を握り、美作は装填を終わらせた。

 だが、展開した後の発砲するタイミングは各車輌の車長、つまりアズミに委ねられている。アズミもまた気を引き締めるべき場面だ。

 

『増速!』

 

 メグミの指示が車内に響く。

 直後、早島がクラッチとアクセルを踏んでシフトチェンジ、加速する。車内が揺れるが、アズミたちは気にも留めない。

 スピードが上がって行き、ペリスコープから見えるセンチュリオンへと近づいていく。

 

『今!』

 

 メグミの合図。

 瞬間、早島が操縦桿を倒して、進路を右に変える。右を走るメグミとルミのパーシングは反対に左へと向きを変えるが、アズミのパーシングにはぶつかりもせず華麗に交差。センチュリオンを囲みにかかる。

 

「砲撃用意」

 

 アズミが静かに告げると、真庭は照準器を覗き込み、トリガーに指をかける。

 あのセンチュリオンに乗っているのは、大学選抜チームの隊長・島田愛里寿。天才少女と謳われる島田流の後継者、エリート集団の大学選抜を束ねる絶対的なカリスマを持つ隊長。一言でいえば、『すごい人』だ。

 さらに、彼女の手足たるセンチュリオンを動かす乗員は、エリート集団の大学選抜でもトップクラスの技量を誇る。そんなチームを相手に気を抜けば、いつの間にか撃破されるなんてこともあり得る。

 

「砲撃準備よし!」

 

 真庭が報告する。

 パーシングは、センチュリオンの左側に回り込むようにドリフトをしており、身体が横に押されるかのよう傾く。そのセンチュリオンは、メグミとルミのパーシングが回り込んだ右方向に砲塔を旋回している。

 だが、メグミたちの心配をしている暇はない。今は気を抜いたら撃破される、やるかやられるかの状況だ。

 

「撃て!」

 

 アズミが指示を飛ばし、迅速に真庭がトリガーを引き、発砲する。

 衝撃で車内が揺さぶられると同時に空の薬莢が吐き出され、放たれた砲弾はセンチュリオンめがけて突っ込む。

 だが、センチュリオンはまるで車体に目がついているように、突然超信地旋回をして車体の向きを変え、砲弾の軌道から外れた。

 

「躱された!」

 

 見た真庭が焦る。

 大学選抜チームが今の体制になり、愛里寿のセンチュリオンと戦ったことはこれまで何度もあったが、あのセンチュリオンを相手に無駄撃ちは大きな痛手だと分かっている。

 冗談のような話だが、愛里寿とそのセンチュリオンの乗員は、弾を躱すと同時にその軌道から砲撃した車輌の位置を計算し、次弾装填が終わるまでの間に回頭して反撃し確実に撃破してくる。神業と言ってもいいほどだ。

 しかし、そんなセンチュリオンを相手に、アズミたちも無謀な戦いを挑んだわけではない。

 バミューダアタックは本来、アズミたち3人のパーシングで協力して敵を翻弄しつつ撃破する戦法だ。それはもちろんセンチュリオンに対しても有効であり、いつもこの連携攻撃を仕掛けている。

 今の状況もまた、大方狙い通りだ。

 

「メグミ、ルミ!お願い!」

 

 アズミが声を張り上げる。

 一瞬でもいい、アズミの方へ注意を引き付けて、反対から回り込むメグミとルミが撃破しやすくするのも狙っていた。もちろん、最初から撃破できればなお良いのだが、それができない今は二の段に賭けるしかない。

 一方センチュリオンは、ロックオンしたように砲身をアズミのパーシングに向けて、発砲。命中し、1発で白旗判定になった。

 

「お願い・・・」

 

 擱座したパーシングの中から、アズミは試合の行方を見守る。

 だが、センチュリオンは異常な速さで回頭し、今度はルミのパーシングを狙いにかかる。その直後にルミのパーシングが発砲するが、センチュリオンは砲塔の向きを固定したまま車体だけ超信地旋回し砲弾を避けて砲撃。ルミのパーシングも撃破した。

 

「後はメグミさんだけです・・・」

 

 傍で同じように戦いを見ている装填手の美作が呟く。アズミは、固唾を飲んで見守る。

 だが、メグミのパーシングはここ最近でも大分力が伸びてきている。彼女たちならできると、アズミたちは信じていた。

 そんな彼女のパーシングは、アズミとルミの稼いだ時間を無駄にしまいとセンチュリオンに接近し、確実に撃破を狙おうとしている。

 やがてセンチュリオンがメグミのパーシングに狙いを定めようとしたところで、メグミのパーシングが発砲する。その軌道は、間違いなくセンチュリオンを捉えていたように見えた。

 だが、センチュリオンはわずかに前進して砲弾を避ける。

 そしてセンチュリオンの砲もまたメグミのパーシングを捉えており、躊躇なく砲撃して命中。白旗が揚がった。

 

『Bチーム、全車輌走行不能!Aチームの勝利!』

 

 審判係の通信が入り、アズミたちの敗北が知らされる。

 それを聞くと、ずっと張りつめていた戦車の中の空気が緩んだ気がした。負けたのが嬉しいわけではないが、試合中はずっと緊張感を持っていたので無意識に疲れが溜まっていたのだ。

 

「惜しかったですね・・・」

「やっぱり隊長も一筋縄じゃいかないなぁ」

 

 砲手の真庭、通信手の鴨方(かもがた)が肩を回しながらぼやく。分かっていたが、やはり愛里寿は強い。島田流の後継者、天才少女の名は伊達ではないのだ。

 

「でも、最近はもっと磨きがかかってるって言うか・・・」

「そりゃ、やっぱり高校生に負けたからだろうね」

 

 美作と早島の言葉に、アズミは頷く。

 今年の8月31日。大学選抜チームは大洗女子学園・・・と言うより高校戦車道連合と試合を行い、僅差で敗北を喫した。

 その試合が行われた経緯には未だ蟠りが残るが、大学生のアズミたちが高校生に負けてしまったことは変わらない。そして、その敗北は少なからず彼女たちのプライドに障った。

 大学選抜に所属するメンバーは皆、長く戦車道を続けてきて、戦車乗りとしての腕を見込まれスカウトされた精鋭だ。それでも彼女たちは驕ることなく『選ばれた者』という自負を胸に、練習を重ねてきた。その結果、社会人チームにも勝利できるほどの実力を持っている。

 だからこそ、その練習と努力の積み重ねの末に、高校生に負けたことを看過できていない。

 その敗北に対する悔しさが、大学選抜チーム全体の意欲を高め、練習の激しさを増している。今では全体的に、大学選抜の練度は上昇傾向にあった。

 

「それに、あの西住流にしてやられたんだもの。なおさら悔しいわ」

 

 ただでさえべらぼうに強い愛里寿がより高みを目指している理由を、アズミを含め大学選抜の全員は分かっているつもりだ。

 あの大洗連合との戦いで、愛里寿は島田流と双璧を成す流派・西住流の姉妹と戦い、そして負けた。

 それは島田流として、(飛び級とは言え)大学生として、何より戦車乗りとして、当然ながら無視できない敗北だ。だから愛里寿も、その敗北を成長の糧として、強くなろうと練習にも真剣に励んでいる。

 そのような背景があるから、今のセンチュリオンはほとんど誰にも手出しができないほど強くなっていた。

 

「さて、そろそろ反省会に行きましょうか」

『はーい』

 

 話はそれくらいにして、とアズミが仕切る。

 他の乗員が降りる準備をしている間、アズミはキューポラから身を乗り出して戦車の様子を確かめる。

 

「結構やられちゃったわね・・・」

 

 車体には土ぼこりや掠り傷ついていて、さらにはセンチュリオンの砲弾がめり込んでいる。痛々しい有様だが、同時に誇らしくも思う。それだけこのパーシングが奮戦した証だし、いわば勲章のようなものだ。

 そして視線を戦車から上げると、練習場外の林が見えた。その近くには、敷地を区切るフェンスもある。

 

(・・・彼は、今日も撮っていたのかしら?)

 

 奇妙な出会いを果たした、写真サークルの笠守という男。

 アズミが一目惚れした、あのパーシングの写真をきっかけに交流を始めた男だが、戦車の写真を撮るらしい彼は今日も来ているのだろうか。

 試合中は考えなかったが、落ち着いた今そのことを思うと、妙に穏やかな気分になる。

 

「アズミさん、どうかしましたか?」

「あ、ううん。何でもないわ」

 

 早島たちは既に戦車を降り、アズミを見上げていた。物思いに耽っていたのを隠しつつ返事をすると、安心したのか早島たちは反省会をする会議室へと向かう。

 アズミも戦車を降りて、彼女たちの後を追おうとしたが、そこでふと足を止めた。

 

「・・・・・・」

 

 改めて、パーシングを見上げる。

 掠り傷や土ぼこり、めり込んだ砲弾は、痛々しくも試合の激しさを物語り、無機質な鉄の車体は近づいてみると威圧感を醸し出していた。

 そんなパーシングを見てアズミは、おもむろにポケットからスマートフォンを取り出す。

 そして、カメラ機能を立ち上げた。

 

「こんな・・・感じ、かしら・・・」

 

 ただ真横から撮るのではなく、下から見上げるようなアングルで撮ると良いかもしれない。アズミはそう思い、身体を少し屈めてカメラの向きを調整する。

 

―――最初は動かないもの・・・例えば建物とか花とかを撮って慣れるのがいいかもしれませんね。

 

 頭をよぎるのは、今朝の笠守の言葉。

 あの時アズミが写真を見せたのは、別に何かを狙ったわけでもない、単なる雑談のつもりだった。笠守の写真に興味を持って、それから自分も撮ってみようかなと、軽い気持ちであの猫の写真を撮っただけ。それ以上の気持ちなんてなかった。

 だが、それでも笠守は助言をしてくれた。そこにどんな理由があったのかは知らないが、それを聞いたまま活かさないのは、アドバイスを受けた身としてアズミも失礼だと思う。

 

「・・・っ」

 

 画面をタップし、小気味よいシャッター音が響く。

 体を起こして、撮った写真を確認する。空は丁度晴れていて、戦車を見上げる感じのアングルが重厚感を表現できているし、傷やほこりもパーシングが果敢に戦ったことを表していると思う。

 

「・・・初めてね、こんなの」

 

 こうしてアングルや被写体のイメージを意識して、写真を撮ること。それは、アズミの記憶している限りでは無いと思う。スマートフォンのアルバムを見ても、やはりこういう『こだわり抜いた1枚』的な写真は無い。

 今、パーシングの写真を撮ったのは、笠守のアドバイスもそうだが、アズミがこのパーシングを『良い』と思ったからだ。

 もしも展覧会などに出展するなら、自分の観点だけで撮るのはダメだと笠守のモミジの写真で理解している。しかし、これはあくまで自分の趣味で撮っただけのものだ。自分の気持ちを優先していいだろう。

 

「アズミさん?」

 

 その時、声を掛けられた。

 慌ててスマートフォンを仕舞って振り返ると、真庭がキョトンとした顔で立っていた。

 

「真庭、どうしたの?」

「いえ、戦車の中に帽子を忘れてしまって・・・アズミさんはどうしたんですか?カメラなんて・・・」

「私?私は・・・ちょっと写真を撮ってたの」

 

 別にそれ自体は隠すことでもないので素直に明かす。

 だが、真庭の疑問は晴れないらしい。

 

「写真ですか・・・何だか珍しいですね」

「・・・そうね。でも、何か『良い』って思ったのよ」

「はぁ・・・」

 

 正直、アズミはこのパーシングを撮った理由は、それを『良い』と思ったからでしかない。それに、これまでこうして戦車の写真を撮ったこともない。だから、真庭の反応は至極当然だ。

 

「・・・SNSにアップとかはやめてくださいね」

「分かってるわよ、それぐらいは」

 

 真庭は深く考えるのを止めたのか、忠告だけをする。アズミだって、その辺についてはもちろん考えているし、そのために写真を撮ったわけではないのだ。

 

(・・・そう言えば)

 

 納得したらしい真庭は、『反省会、遅れちゃいますよ~』と言いながら戦車の中を覗き込む。

 その姿を見上げながら、アズミは思う。

 

(彼は・・・いつも何を考えて写真を撮ってるんだろう)

 

 どうして笠守は、写真という趣味に目覚めたのだろう。

 どうして笠守は、戦車を撮ろうと思ったのだろう。

 そして笠守は、何を思って写真を撮っているのだろう。

 それが気になったアズミは、次に会った時に訊いてみようかなと、少しだけ考えた。

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