2人のフォトフレーム   作:プロッター

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シャッタータイムラグ

 朝の冷気を感じると、いよいよ秋も深まって来たと感じる。

 いそいそと戸棚からコートを取り出した笠守は、袖を通してまた季節が変わったんだなと実感する。秋の名物と言えば紅葉と月だが、『涼しい』を通り越して『寒い』と感じるのもまた醍醐味だろう。

 そして鞄を肩に掛けて部屋を出ると、じわりと寒さが体に染み込んでくる。

 

「・・・さむっ」

 

 そう言わずにはいられない。空は曇って陽の光は届かず、いい感じの風も吹いていて冷え込んでいる。天気予報では『珍しく12月下旬並みの寒さ』と言っていたし、おまけについこの間まで暑かったものだから、寒暖差でどうにかなってしまいそうだ。

 だが、この程度で足踏みしては越冬できないので、ポケットにカイロと手を突っ込んで歩き出す。

 

「おはよう、笠守」

「おはよー・・・寒いな・・・」

 

 そして、すっかり待ち合わせ場所と化した信号に来れば、アズミが待っていてくれた。

 そんな彼女は、全く寒そうにしていない。それは着ている服のおかげでもあるのだろうか。上は白のタートルドロップショルダーニットに、下は薄桃色の丈が長いフレアスカート。薄い紫のストールがより暖かさを際立たせている。

 

「アズミ、暖かそうだな・・・」

「そういう笠守はちょっと薄着じゃないかしら・・・?」

「ここまで寒いとは思わなかったんだよ・・・それに、服にはそこまで拘らないしな・・・」

 

 笠守はファッションに強いこだわりを持ってはいない。人前に出られる程度の、自分の好みに合った服を着るスタンスで、見せつけようと思ったことは無い。

 

「もったいないわね・・・もっと着飾れば見栄えが良くなると思うのに・・・」

「俺はファッションとかはてんで分からないからな・・・アズミは結構決まってるように見えるけど」

「ありがとう。洋服には結構気を遣ってるし、ファッション系のバイトもしてるから自信はあるのよ?」

「へー・・・」

 

 誇らしげなアズミの表情に、笠守も具体的にどんなアルバイトか少し気になった。

 

「ファッション系のってどんな?」

「モデル」

「え、モデル?」

 

 聞き慣れないバイトに、思わず訊き返さざるを得ない。アズミはその反応を見て、嘘じゃないとでも言うように頷く。

 

「雑誌でコーディネートの見本として写真に載ったり、エキストラとして参加したりね」

「はー・・・すごいな・・・」

「それと、『婦人公輪』って言う戦車道の雑誌でも、1回だけ表紙になったことがあるわ」

「もうバイトの域超えてないか?」

 

 表紙を飾った時のことを思い出したのか、アズミは小さく笑った。

 対して笠守は、納得したかのように腕を組む。

 

「だったら、アズミが写真のセンスあるのも納得だ。そーいうところで知らないうちに感覚を掴んでたのかもしれない」

「そうかしら・・・?」

 

 ただ写真を撮られるだけでは、写真を撮る技術は向上しないだろうとアズミは思う。

 だが、笠守は『いや』と可能性を示した。

 

「写真を撮られるってことは、自然とカメラの方を意識するだろ?」

「それはもちろんよ。むしろガンガン意識するよう言われてるし」

「そーいう現場で写真を撮る人は大体プロだ。だから、そうやってカメラを意識しているうちに、プロの構え方とかを見て学んでいたんじゃないかって俺は思うな」

「んー・・・なるほど・・・」

 

 カメラにとどまらず、その人やものの動作を見ているうちに感覚を無意識に掴んでいく、とはよくある話だった。戦車道でも、操縦手の足さばきを傍で見ていた砲手が操縦手に転向して力を開花させた、と言う話も聞いたことがある。だから、アズミもその話をすんなりと受け入れられた。

 

「じゃあ、お父さんを見てきたって言う笠守も、腕は親譲りなのかしら?」

「いやー・・・父さんと比べたら俺なんて」

 

 笠守の父は、雑誌の写真投稿懸賞で何度か入選しているし、コンテストにも佳作として選ばれたことが何度かある程度には写真が上手い。対して、笠守は入選・入賞経験ゼロ。譲られたのは写真への興味で、腕は別だったようだ。

 それを話すと、アズミは肩を落としてくれる。

 

「あんなに上手いのに・・・その腕が羨ましいわ」

 

 その言葉に、笠守は心を針でつつかれたような感じがした。

 

「・・・ホント、上手くなんてないよ。どうしようもない失敗だってしたし」

「え?」

 

 『失敗』という言葉に、アズミの食指が動く。

 だが、深く訊ねてくる直前で冷たい北風が2人の身体を掠める。それは流石に冷たかったのか、アズミも開きかけた口を閉じた。

 

「・・・しっかし、寒いな・・・」

「一気に秋らしくなった感じね・・・。今日だけなのが幸いだけど・・・」

 

 話題が風にさらわれるが、笠守もアズミも固執はしない。

 さて、それなりに着込んでいるアズミでも、やはりこの寒さは堪えるらしい。とはいえ、明日にはまた穏やかな気候に戻るらしいので、それがせめてもの救いだ。まだ秋も半ばなのに一気に寒くなるようでは、この冬を乗り切れるかが不安だから。

 

「戦車の中って、冬は寒いのか?」

「そうね・・・結構冷えるかな。夏は熱が籠るけど、秋冬は少し寒くなる感じ」

 

 エンジンが温まると多少マシになるが、本当にその程度でしかない。じっと待機する時間なんて、まさに冬の田んぼに立つカカシの気分だ。

 

「それならさ・・・」

 

 アズミの言葉を聞くと、笠守は自分の鞄から未使用のカイロを1つ取り出して、それを差し出した。

 

「これ、良かったら使ってくれ」

「え?」

「少しでも温かくした方がいいから」

 

 差し出されたカイロを、アズミはおずおずと受け取る。

 だが、それをすぐには仕舞わずに笠守の方を見てきたので、首を横に振った。

 

「あー、気にしなくて大丈夫。自分の分もあるから」

「それじゃ・・・ありがたく貰うわね」

 

 安心したように、アズミはポケットにカイロを仕舞う。

 笠守がカイロを渡したのに、下心は無い。あるのは、寒い戦車に乗るアズミが気がかりと言う気持ちだけだ。

 しかしながら、アズミの微笑みに、笠守の心が今度は少し温まったような気がする。

 

「・・・それじゃあ、戦車道頑張ってな」

「あ、うん」

 

 気がつけば、昨日と同じ別れる場所だった。

 その心の温かい気持ちが照れ臭くて、それから逃げるように笠守は背を向けようとする。

 

「また今日も、良ければ一緒にお昼でいい?」

「ああ、いいよ」

 

 そこへ、今度はアズミの方から昼食を誘ってきてくれた。それを笠守はありがたく思いつつ、手を振って別れる。

 だが、その心はどこか得体の知れない感情から逃げるような感覚だった。

 

 

 服装とは、自分の気持ちを切り替えるスイッチのようだとアズミは思う。

 身に着ける服が変わることで、そこから先は気持ちを改めなければならないと自分に言い聞かせるようだからだ。特に制服や格式ばったスーツはそれが強く、否が応でも気持ちを正さなければならなくなる。

 だから今、控室で大学選抜チームのユニフォームに着替えたアズミは、鏡に映る自分を見て頷いた。

 

「・・・さて、今日も頑張りましょうか」

 

 独り言つと、後ろから真庭が近寄って来た。

 

「張り切ってますね、アズミさん」

「え、そう?」

「はい。何だか、普段よりも力が入ってるっていうか・・・」

 

 言われてアズミは、自分の顔に手をやる。さっき鏡を見た時は普通だったはずなのに、他人の目にはそう映ってしまうのか。

 

「彼氏さんからパワーでも貰ったのかしら?」

「あははっ、まさか」

 

 傍にいた鴨方がからかうように言うと、アズミは軽く笑い飛ばす。

 

「・・・・・・って、ちょっと待ちなさい。彼氏って何よ」

 

 思わず流してしまいそうになったが、およそ今のアズミとは無縁の言葉を今さら思い出す。言った本人たる鴨方は『しらばっくれちゃって』とニヤニヤ笑いながら、指をくるくると振る。

 

「昨日、男と仲良さそ~に昼ご飯食べてたじゃない」

「あ、鴨方たちも見てたんだ。私も見た」

 

 早島が会話に加わり、さらには美作も『私も~』と加わり多勢に無勢。

 とにかくまずは、誤解を解くのが先だとアズミは判断して首を横に振る。

 

「最初に言っておくけど、彼氏じゃないわよ。最近仲良くなった人」

「ほー・・・きっかけは?」

 

 促す早島。それぐらいなら答えるか、とアズミは嘆息して口を開く。

 

「大学の遊歩道、あるじゃない?あそこをちょっと散歩してたら偶然ね」

「ふむ、それで?」

 

 なお問いかける鴨方。彼女だけでなく、4人ともきっかけを聞くだけでは満足しないらしい。こういうところはどこも同じかと、アズミは内心で呆れを通り越して安心する。

 

「まあ・・・落とし物を拾ったのよ。その人のヤツをね」

「ほほう」

「なるほどなるほど・・・」

 

 何に納得しているのか、真庭と美作がゆっくりと頷いている。

 それはともかく、これで満足だろうとアズミはさらに念押しで伝えておく。

 

「とにかく、仲のいい友達だから。あなたたちの期待するようなことは何もないからね」

「・・・そうやって頑なに否定する辺り逆に怪しいわね・・・」

 

 早島が微笑ましそうに笑うと、アズミは肩を竦める。ああ言えばこう言うような性格なのよね、と咎めるのも諦めた。

 

「はいそこー、そろそろ打ち合わせ始めるわよー」

 

 そこで、軽く手を叩きながらルミと、片手にクリップボードを持つメグミがやって来た。2人とも話が聞こえていたのだろうか、妙ににんまり顔だった。

 それはともかく、打ち合わせが始まるのを好機と睨んだアズミは、早島たちに『行くわよ』とミーティングルームに移動するよう促す。

 今アズミたちがいるのは、戦車道に関する施設をひとまとめにしたような棟だ。地下1階、地上2階建ての構造で、1階部分は戦車のガレージ、2階部分にはミーティングルームや控室などがある。地下には、戦車のパーツや整備器具などが保管されている。

 一大学にこのような施設と設備が整っているのは、この大学が大学選抜チームの本拠地扱いであり、その大学選抜の母体である戦車道の名家・島田流が後援としてバックについているからだ。大学選抜の皆もその恩恵にはしっかりとあずかっている。

 

「まず、今日の模擬戦だけど・・・」

 

 そして今、今回の模擬戦に参加するメグミたちバミューダ三姉妹のチームのメンバーは、ミーティングルームで作戦会議を始めたところだ。

 模擬戦はほぼ毎日の訓練後半で行われ、10~15輌のチーム同士で戦う。その片方がバミューダ三姉妹の率いるチームで、もう一方は隊長の愛里寿が率いるチームだ。

 もちろん、それぞれのチームの作戦会議は別々のミーティングルームで行われ、相手がどんな作戦で出るのかは分からないようになっている。

 

「知っての通り、愛里寿隊長はここ最近で随分力をつけてる。模擬戦だけとはいえ、向こうのチームも強力よ」

 

 夏の終わりの大洗連合との試合、そしてその敗北は誰もが覚えているし、忘れるなどできない。それを糧に、愛里寿を含め大学選抜は研鑽を重ねていたのだから。

 

「愛里寿隊長以外の車輌は、各中隊で分担して撃破しましょう」

『了解』

「勝負の肝は、後半。愛里寿隊長をどうするかよ」

 

 メグミの言葉に、メンバー全員が小さく頷く。

 相手チームは皆強力だが、とりわけ厄介なのが愛里寿のセンチュリオン。あれは、まさに難攻不落の黒鉄の砦のようだ。

 

「これまでも、愛里寿隊長だけにまで追い詰めたことはできたけど、それでもまだ届かない」

 

 そう語るメグミのパーシングは、以前の模擬戦でたった一度だけ、センチュリオンに命中弾を浴びせたことがある。それは当時の大学選抜でも初めてだったから、誰もが覚えていた。そんな彼女の言葉だからこそ、説得力がある。

 

「最終局面、愛里寿隊長とサシでやり合うのは無謀、バミューダアタックで攻めるのが大前提よ」

「けど、メグミはそれだけじゃだめって言いたいの?」

「ええ、そうよ」

 

 ルミが問うと、メグミは頷く。

 あのセンチュリオンに単騎で挑むのはまさに負け戦。件の大洗連合との試合でも、名門・西住流の姉妹であっても、2輌がかりでようやく愛里寿に勝てたのだから。その強さは半端ではない。

 

「愛里寿隊長を相手にする時は、アズミとルミで先制攻撃を仕掛けて、私が仕留めてきた。でもそれは、もう向こうも分かっている。だからこの手はもう通じないと思っていいわ」

 

 大洗に負けて躍起になっていると思ったが、それだけではない。

 メグミたちの攻撃の順序がパターン化してしまったのだ。それを愛里寿は見切り、隙を突くのも難しいどころかほぼ不可能に陥っている。

 

「だから、私がラストはもうできないわね」

「なら、どうするの?」

 

 今度はアズミが訊ねると、メグミは指を差し返して。

 

「アズミ、あなたが締めよ」

「・・・・・・」

 

 アズミは真剣にメグミを見る。なぜ自分なのか、と無言で問うていたのは、メグミはもちろんその場にいた全員が分かった。

 

「アズミとルミで先制攻撃って言ったけど、割合的にはアズミが一番最初に仕掛けることが多い。その裏をかいて、アズミにとどめを任せるわ。ルミは初段でお願い。私が次に攻めるから」

「OK」

 

 ルミがサムズアップをする。メグミが一番最初に攻撃を仕掛けないのは、ギリギリまで愛里寿をできるだけ欺くつもりだからだ。

 

「・・・で、あとはアズミがこの提案を飲むかで決まるけど」

 

 笑いかけるメグミ。今言った作戦は、アズミが承諾しない限りは成立しない。それでもメグミは、愛里寿に勝ちたいという気持ちはアズミも同じだから、アズミがこの役を受けると確信していた。

 そんなアズミは今一度、自分のパーシングに乗る4人の仲間を見る。

 

『・・・・・・・・・』

 

 覚悟が決まっている顔をしていた。そんな彼女たちを見れば、自然とアズミの出す答えは1つになる。

 

「・・・分かったわ」

 

 作戦は決まった。

 あとはそれまで、何事もなく戦いを切り抜けるだけだ。

 

 

 

「とは言ったものの・・・どうなるかね」

 

 戦場を走るパーシングの中でそう呟くのはルミ。その口調は、試合の行く末を案じているようだ。

 

「心配なの?」

「まあ、ちょっとね。信頼してないわけじゃないけど」

 

 砲手・野々市(ののいち)の問いかけには、苦笑して答える。

 仲間を信じなければチームでの勝利など到底不可能だ。これまでだって、ルミは一度たりともチームメイトの力を疑ったことなどない。

 だが、心配と疑念はまた違う。

 

「メグミの案は良いと思うし、パターンが読まれてるってのもその通りだと思う。けど、愛里寿隊長にそれが読まれてたらってね」

「あり得ますね・・・何せ、あの愛里寿隊長ですし」

 

 砲弾を装填しつつ同調するのは、装填手の小松(こまつ)

 愛里寿の実力は、最早言うに及ばず。そんな彼女相手に、連携攻撃の順序を変える程度の作戦が通用するかが分からない。そこが心配なのだ。

 

『こちらアズミ、敵戦車撃破。向こうはあと愛里寿隊長だけね』

「了解」

 

 通信を受けて、外を見る。少し離れた場所で黒煙が上がっており、さらにその近くからアズミのパーシングが姿を現した。

 

「・・・アズミも躍起になってるみたいだし、今は心配している暇は無いか」

「そうですね・・・私たちも、頑張らなきゃです」

 

 小松の言う『頑張る』には、この模擬戦を頑張るのと、大学選抜全体の中で頑張る、の二通りがある。

 あの大洗連合との戦いで、ルミのパーシングは最終盤まで残ったものの、バミューダ三姉妹の中で一番最初に落伍した。大洗のポルシェティーガーの型破りな強化にしてやられたとはいえ、バミューダ三姉妹の一角が削れたのは大きな損失だった。結果、西住姉妹との決戦でバミューダアタックを仕掛けられず、愛里寿まで撃破されて、ルミたちは少なからず責任を感じているのだ。

 だから自分たちは、とりわけ頑張らなければならないのだと言い聞かせている。大学選抜チームの中隊長車・副官と言う責務を背負っているのだから、半端な実力なんて自分で許せない。

 

「そろそろ仕掛ける頃合いだ。準備して」

『はい!』

 

 ルミが声をかけると、4人が力強く返事をする。

 

 

 同じころ、アズミのパーシングの中は不安などには満ちておらず、むしろ冷静なものだった。

 

「初めてのフィニッシャーだから、気を引き締めていきましょう」

『了解!』

 

 センチュリオンを見据えながら、アズミが告げる。全員がそれぞれの役目を果たそうと砲弾を携え、照準器を見据え、通信機に手を掛け、操縦桿を握る。

 だが、操縦する早島だけは、アズミの方を振り向く。

 

「白星挙げて、彼氏候補生に自慢できると良いねぇ」

「試合に集中なさい。あと、ミーティングでは覚えときなさいよ」

 

 声が1トーン下がるのにも怯まず、早島は『はいはい』と前を見る。曲がりなりにも中隊長車の操縦手、ちゃんと状況は分かったうえで茶化したのだ。

 まったく、と呟きつつアズミは正面に待ち受けるセンチュリオンを見据える。計算が間違っていなければ、相手チームの残りは愛里寿のセンチュリオンのみだ。とは言え、アズミたちのチームもバミューダ三姉妹しか残っていないので戦力比はさほど変わらない。最終盤がこうなってしまうのも、いつものことだ。誰もが全力で戦っているし、腕が立つのも分かっているが実力が拮抗するとこうなってしまう。

 

『バミューダアタック、パターンAで行くわよ!』

「『了解!』」

 

 メグミの合図に、アズミはルミと共に溌溂と応じる。

 今、3輌のパーシングは横並びに走っており、左からアズミ、メグミ、ルミの順。

 そして、これから仕掛ける『パターンA』は3輌がメグミの合図で進路を右前方と左前方、変わらず直進と交わるように進路を変えて敵に肉薄し、撃破を狙うパターンだ。

 左を走るアズミのパーシングは、合図で右前方に進路を変える。ルミのパーシングが直進、メグミのパーシングが左前方に進路変更をする予定だ。

 そこでさらに、メグミのパーシングがセンチュリオンへと近づいて注意を引き付け、アズミが仕留める。そういう手筈だった。

 

「・・・・・・」

 

 アズミはポケットに手を入れる。その中は、とても温かい。

 それは今朝、笠守からもらったカイロが入っているからだ。おかげで元々肌寒い戦車の中でも、体はぽかぽかと暖かかった。

 

―――彼氏候補生に自慢できると良いねぇ

 

 不意に、先の早島の言葉が頭をよぎる。

 アズミの口が、自然と引き締められる。その言葉を噛みしめるかのように、ではなく。

 

(・・・今は試合中よ。余計なことは考えないようにしないと)

 

 気を逸らしてはならない。なぜ今になって笠守のこと、早島の言葉が一緒に頭に浮かんでしまうのかは後回しだ。

 

『今!』

 

 メグミの合図が緊張を裂く。

 早島が操縦桿を倒し、パーシングが右に転進する。その前をメグミのパーシングが交差するが、ぶつかるなんて初歩的なミスはしない。さらにルミのパーシングが横切り、センチュリオンに向けて突進する。

 そしてセンチュリオンが砲塔を回し始めた。

 

「・・・」

 

 誰を狙うのかが重要な、緊張の一瞬。

 まずセンチュリオンが狙いを定めたのは、ルミのパーシングだ。直線的に突っ込んでくるのは良くも悪くも危険なので、まずはそれを止めるつもりらしい。だが、とどめの役を負うアズミを狙わなかったのは良しとする。

 ルミのパーシングが発砲するが、センチュリオンは砲塔旋回を一瞬止めてタイミングをずらし、砲撃を躱す。そして、一旦体勢を立て直そうと離脱を狙うルミのパーシングを返り討ちにした。

 

「お願い、メグミ・・・」

 

 様子を窺いながらアズミは呟く。

 メグミのパーシングは打ち合わせ通り愛里寿のセンチュリオンに向かって接近する。センチュリオンは狙い通りに、接近するメグミを脅威と踏んで砲身をメグミのパーシングに向けた。

 

「これは・・・マズいですね・・・」

 

 だが、真庭が照準器を覗き込みながらこぼす。

 センチュリオンは、砲身をメグミのパーシングに向けつつも、アズミのパーシングに近づこうと前進を始めていた。つまり愛里寿は、メグミを狙いつつアズミも見逃しはせずに倒すということ。

 そうこうしているうちに、メグミのパーシングが発砲する。だが、移動しているせいで照準が上手く定まらなかったのか砲弾は空を裂いてしまい、逆にやられてしまった。

 

「早島、敵戦車に接近して!早く!」

 

 アズミが指示を飛ばすと、早島はパーシングを左に向きを変えて正対するようにする。もう少し回り込んでから狙うつもりだったが、近づいてきている今ではそれもできるか分からない。ならば、少しでもチャンスを狙うべきだと踏んだのだ。

 

「用意!」

 

 装填は美作が済ませている。後は真庭が照準を定め引き金を引けば砲撃できる。

 

「撃て!」

 

 向かい合うセンチュリオンの砲口から、光が発する。

それと同時にアズミが指示を出し、砲弾が放たれた。

 

 

 

「・・・で、負けちゃったのか」

「ええ・・・惜しくもね」

 

 昼休みに笠守は、食堂でアズミから今日の模擬戦の顛末を聞いた。

 

「せっかくフィニッシャーを任されたのに、これじゃあね・・・」

「いや、でも勝負は時の運って言うし」

 

 笠守は自分で戦車の写真を撮っているし好きとも言うが、戦車道に関する知識は戦車の型が違うのが分かる程度で、素人レベルで浅い。それでもアズミは、その点を踏まえて笠守にも分かりやすく噛み砕いて説明してくれたので、状況は把握できた。今度戦車道のことを勉強し直そうかと、笠守は思う。

 それはともかく、顛末を大まかにだが分かったからこそ、素人なりにもアズミを励ますことはできる。

 

「大トリに抜擢されたってことは、アズミの戦車もそこそこ強いってことだろ?」

「どうかしら・・・メグミは、いつも私が最初に仕掛けるからその裏をかく、ってつもりだったけど」

「それもあるだろうけど・・・やっぱり力がないと大役は任せられない、と俺は素人目線で思う」

 

 無策に戦っても勝ち目は薄いから、作戦は当然重要だ。しかし、それを実行するにも実力が伴っていなければ成立しないと笠守は思う。実際、アズミはエリート集団の大学選抜チームで副官を務めているぐらいだから、アズミも十分に強いはずだと言ったのだ。

 

「・・・そうなのかしら」

「そうだと思うなー、少なくとも俺は」

 

 励ましが効いたのか、アズミは少しだけ笑ってカツを一切れ口に含む。サクッと軽い音が鳴ると、笠守も自然と笑って唐揚げを口に放り込む。美味い。

 

「しかし、戦車道もやっぱり大変そうだよなー・・・どんなに強くても負けることがあるってんだから」

「それは戦車道だけじゃないわ。武芸ならどこも同じよ」

 

 武芸の世界で、勝利と敗北は表裏一体。強いから勝ち続けられるという理屈が存在するかも微妙なところだ。

 アズミだって、副官の今に至るまで何度敗北してきたかなど数えきれない。それに、チームで勝利できても自分の戦車が負けてしまったこともある。この世界で敗北とは、嫌でもついて回るものだ。

 

「でも、それが悔しいのは俺も分かるよ」

 

 みそ汁を飲んでいたアズミが視線を上げる。笠守の声に、無念の情が含まれているのに気付いたのだ。

 笠守は、特段スポーツなどに身を入れてはいない。せいぜいが学校の体育の授業で取り組んだぐらいで、部活でも文化部一筋だったから勝負の世界とは縁遠い。それでも、負けることの悔しさは分かる。

 

「写真の世界だと、試合の代わりにコンテストってのがある。それは勝ち負けじゃなくて、入選と落選って形に分かれる。それで、選ばれなかった時はやっぱり悔しいよ」

「じゃあ、笠守もコンテストに出たことがあるの?」

「ああ。まー、鳴かず飛ばずだけど」

 

 それと、と笠守はみそ汁を啜って付け加える。

 

「良いと思う『瞬間』を撮るのが楽しいって言ったの、覚えてる?」

「うん」

「その瞬間を撮り逃した時も、結構悔しいんだ。だって、自分で良いって思った瞬間はもう二度と来ないんだから」

 

 写真を撮る魅力を語った時、笠守はその『良いと思う瞬間』を追うのが好きだと言っていたし、それを見極めるのもまた面白いと告げた。だからこそ、それを逃してしまった時の悔しさは筆舌に尽くしがたい。

 そして、それが原因で、誰かに責められることだってあるのだ。

 

「・・・・・・」

 

 その時のことを思い出して、笠守の視線が少し下がってしまう。その仕草に気付いたのか、アズミの表情が『おや』と変わる。

 

「どうかしたの?」

「・・・ちょっと、昔を思い出してな」

「・・・聞いてもいい?」

 

 懐古の情を抱く笠守に何があったのか、アズミは興味があるようだ。

 笠守としては口に出すのも憚られるほどの出来事でもないので、箸を置いて話すことにする。

 

「・・・言ったかと思うけど、カメラを始めたのって小学校低学年ぐらいだったんだよな」

「確か、お父さんの影響、だったわよね?」

「ああ。でも最初の頃は、今みたいな一眼レフなんて持たせてもらえなくて、使い捨てカメラしか持たせてもらえなかった」

 

 その時の親の気持ちが、アズミには何となく分かる。カメラの市場価値は詳しくないが、本格的なカメラが二束三文では買えないのは想像できた。そんな高価なものを、まだ年端も行かない息子に持たせるのが不安だったのだろう。

 

「けど、一眼レフがカッコよくて、俺はどーしても欲しかったから、小遣い貯めて絶対買うんだって意気込んでた」

 

 腕を組んで、昔に想いを馳せる笠守の表情が面白く見えたらしい。アズミがくすっと笑う。

 

「使い捨てのヤツでも、遠出する時とかはいつも持ち歩いてた。写真を撮って、それを写真屋さんで現像して出来上がりを見るのが、すっごく楽しみだった」

 

 使い捨てカメラは、デジカメのように撮った写真がその場で見れない。だから現像するまで、写真の出来上がりは分からないのだ。それが笠守は、不安でもあり同時に楽しみでもあった。

 しかし、笠守は自分の表情に陰りを帯びたのが分かる。アズミもその表情の変化を読み取ったらしく、嬉しそうな表情が引っ込み真剣なものへと変わる。

 

「・・・で、中学3年の時の修学旅行でも、自分用に使い捨てカメラを持って行ってた。その修学旅行は2泊3日だったんだけど、中日はクラスのチームごとに自由行動の日だったんだよ」

 

 そう言えば修学旅行はそんな日があったなと、アズミは妙な親近感をちらっと抱く。

 

「まあ、俺は自己紹介で『カメラが好き』って言ったぐらいだったし、クラスでも結構カメラを頼まれることが多かった。実際、修学旅行でもよく言われたよ。別にお金を取ってたわけじゃないし、タダで写真を渡してたから重宝されてた」

 

 学校行事にはプロのカメラマンが同行することが多く、修学旅行の後で写真が小銭2~3枚程度の値段で売られることも多い。だが、笠守は無償提供だったので、知っている人には割と人気でもあった。

 それを思い出した笠守の手に、自然と力が籠ってくる。誰かに頼まれることを嬉しく思い、同時にその時の出来事を思い出して辛い気持ちが噴出し始めていたから。

 

「・・・それで、その自由行動中に、チームメイトの女の子が『写真を撮ってほしい』って言ってきたんだ。場所はどこだったかうろ覚えだけど、綺麗な景色のところで」

「・・・」

「でも、俺や他のみんなは、乗る予定の電車がもうすぐ出るって分かってた。それを逃したら後の予定もどんどんズレてくから、なるべく電車には乗り遅れたくない」

 

 話の雲行きが怪しくなってきたのを、アズミは敏感に感じ取ったらしい。形のいい眉が垂れてきている。

 

「だからあまり乗り気じゃなかったけど、その子はどうしてもって言うから急いで撮ろうってことになって、もう1分足らずで撮ったと思う。俺も少し、急いでた」

 

 あ、とアズミの口が小さく開かれる。何が起きたか、おおよその見当がついたようだ。

 

「で、修学旅行から帰って、写真を現像したら・・・その女の子だけ、目を閉じてた」

 

 溜息を吐く笠守。

 カメラは、シャッターを押したらコンマ一秒のズレもなく写真が撮れるわけではない。シャッターを押して、ほんのわずかな若干のタイムラグを挟んでから、写真になるのだ。それを笠守は、あの時焦ったせいで考えていなかった。

 写真を撮る最良のタイミングは、人生でそう二度とは来ない。そのタイミングを笠守は逃してしまい、撮れたのは最悪のタイミングだった。

 

「それでも『現像したのは渡す』って言ったから隠せなくて。で、それで謝ったうえで渡したら・・・もんのすごいキレられた」

「・・・」

「・・・『信じられない、役立たず』って言われた」

 

 アズミの眉が、わずかに顰められる。心無い言葉に、怒ってくれているのだろうか。

 

「その子の気持ちは俺でも分かる。だって『修学旅行』って行事はもう二度と来ないんだから。大切な思い出を写すはずの写真が、そんなのだったんだから」

「・・・」

「俺は、ただ謝ることしかできなかった。周りのみんなも『あの時は急いでたから仕方ない』って言ってくれて、事なきを得た感じだけど・・・」

 

 それで一件落着、と言うわけではない。

 

「・・・それからしばらくの間、カメラを持とうとすると、あの子から言われた言葉、怒られたのを思い出して。気付いたら、もう数か月もカメラに触れなかった」

「・・・じゃあ、今も写真を撮ってるのは・・・?」

 

 それで笠守のカメラマンとしての人生が幕を閉じてはいない。今もまだ、笠守はカメラを握り、写真を撮り続けている。そして、アズミの心を動かすほどの写真まで撮れるに至ったのだ。

 ならば、今までの間に何があったのかを、アズミは知りたいのだろう。

 

「・・・カメラに触らなくなってからは、友達と遊んだり、受験勉強を頑張ったりで、カメラ以外は別に何も変えなかったんだ」

「・・・」

「けど、それから少しして、何かどーにも・・・毎日がつまんないって思うようになった」

 

 何もすることが無くてつまらないのではない。普段通りに過ごす日々の中で、物足りないと思い始めるようになった。

 

「それがカメラを辞めたからだってことにはすぐ気づけた。だけど、それでもカメラを握るとあの時のことを思い出して、やっぱり無理ってことが多かった」

 

 笠守は、自分の手を見る。

ここにはないが、その目にはあの時握っていた使い捨てカメラ、そして今使っている一眼レフカメラが克明に映っている。

 

「でもさ、雨上がりのある日に虹を見かけたんだよ。それも、ものすごくはっきりと浮かび上がってたやつ」

「・・・」

「それを見て、『撮りたい』ってカメラ好きとして血が騒いだ」

 

 アズミが微笑んだのを、笠守は見逃さない。その時の気持ちが何となく伝わったのか、それとも笠守の語調に嬉しさが含まれているのに気付いたのか。

 それでも、話を続ける。

 

「その時は、もうあの時の怖さとか、辛いこととか頭になかった。ただ撮りたいってものを前にして、考えるより先にカメラを持ち出して、シャッターを切ってた」

 

 自分の表情が明るくなっているのが分かる。その時の昂りを、心地よさを昨日のことのように思い出せる。

 

「出来上がった写真に綺麗な虹が写ってて・・・ああ、俺はやっぱり『これ』が好きなんだって思い出した」

 

 力が入っていた手を下ろして、テーブルに置く。

 

「・・・結局、俺はカメラが好きだった。だから、心を動かされるようなものを見れば写真に撮りたくなる。それぐらい、熱中してるんだ」

「・・・へぇ」

 

 肩を竦めて、笠守は水を飲む。既に氷は解けて、ぬるくなっていた。

 

「つまり、もうカメラは俺の人生のパーツの1つだな。だからきっと、この先やめることは無いだろうよ」

 

 最後の1個の唐揚げを食べる笠守。

 

「・・・と言っても、やっぱり人を撮るのは苦手だ。あの修学旅行のことを吹っ切れたわけでもないし、難しいよ」

「・・・・・・でも」

 

 アズミが口を挟む。

 

「その時のことを忘れないで、カメラが好きって気持ちもずっと忘れないで、失敗しても続けてるのはすごいと思う」

 

 真っすぐに褒められて、笠守は照れ臭くなって視線を逸らす。水を一気に呷るが何にもならない。

 

「あなたは・・・素敵なカメラマンだわ」

 

 そういうアズミの顔は、まさしく笠守にとっては優しい笑みだった。

 そして、その顔を見て、言葉を聞いて、顔がじんわりと熱くなってくる。『・・・どうも』と視線を逸らして答えるのが精いっぱいだ。

 

(なんだこれ・・・)

 

 今までも、似たような言葉は言われてきたはずなのに、アズミから聞いた言葉はどうしてか、鐘の音のように強く長く響くものだった。それがどうしてなのかさえ、笠守には掴めない。

 

「・・・長話して悪かったな。食べちゃおう」

「そうね、でもいい話だったわ」

 

 食事に意識を戻させる。そこでもアズミは一言付け加えてきて、全く油断も隙も無い。

 

「ああ、ところで笠守」

「?」

「今朝くれたカイロ、ありがとね。おかげで試合中も暖かかったわ」

「礼なんてそんな。大したことはしてないし」

 

 謙遜ではなく、本当に礼を言われるほどのことでもない。

 あれくらいでこうしてお礼が言われるならお安い御用だ。

 

「土日どこか行くの?」

「んー・・・猫カフェかなぁ」

 

 近くの席でそんな会話が聞こえてくる。明日から土曜日曜で、カレンダー上では休みだ。

 

「・・・アズミって、土日は何か予定ある?」

「んー・・・残念ながら。明日はまた戦車道だし、日曜はショッピングよ」

「休日も戦車道かー・・・大変だな」

 

 そう訊いたのに、深い意味はない。近くの席の会話を聞いてふと思って訊いただけだ。

 

「そしてショッピングか・・・」

「私たちの隊長、もうすぐ誕生日だからみんなで何か買おうってことになったのよ」

「へー・・・」

 

 隊員たちからプレゼントを贈られるということは、それだけ慕われているのだろう。指導者としても、部下にそれだけ慕われるのは嬉しいのかもしれない。

 

「笠守は?」

「あー、両日ともに予定があるな。どっちもカメラ繋がりで」

「あら・・・そう」

 

 そこで、会話が途切れる。

 だがこの時、笠守は心の中に別の気持ち・・・『残念』という感情が宿っていた。

 

(なんだ、何が残念なんだ・・・?)

 

 自分の気持ちに答えが見出せない。

 自分は何に対して残念と思い、そしてどのような答えを望んでいたのか。

 奇妙な感覚に陥ったまま、2人の昼食の時間は過ぎていく。

 

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