『うお~!やってやるぜ~!!』
腕を吊ったり絆創膏を貼ったりと痛々しい姿のクマが、血気盛んな声を上げて駆け出す。
そんなクマ―――ボコられグマのボコは、目つきの悪いペンギンたちの群れへと勇んで突き進み、ものの見事に返り討ちに遭ってしまった。
『くっ、このっ・・・みんな、おいらに力をくれ~!!』
いや先に喧嘩を吹っかけたのはあなたでしょ、とアズミは冷静に心の中でツッコむ。蛮勇とはまさにこのことだろう。
なすすべもなくボコボコにされるボコは結局ペンギンたちの気が済むまで足蹴にされて、最後に『次は頑張るぞ!』と意気込んだところで映像は終わった。
「・・・好きだねぇ、隊長も」
そんな映像を見上げながら、隣にいた早島が苦笑する。アズミもそれには同感だ。
彼女たちがいるのは、市内のショッピングモールの一角。その中の『ファンシーボコ』という、このボコられグマのボコのグッズを扱うショップだ。店内には軽快なメロディとは裏腹に物騒な歌詞のテーマソングが流れていて、陳列されているボコグッズは割と種類が豊富だ。
「みんな、どれにするか決まった?」
「このボールペンとかいいんじゃない?ノックの部分がボコの頭だし」
「誕生日プレゼントにしては安っぽいと思いますけど・・・」
鴨方が持つボールペンを前に、真庭が首を傾げる。
たまの休日、アズミとそのパーシングの乗員4人でここまで来た理由は、彼女たちを率いる隊長・愛里寿への誕生日プレゼントを買うためだ。愛里寿がボコの大ファンなのは、大学選抜内では一般教養レベル。誕生日プレゼントはやっぱりこれ、と満場一致で決まったためこうして来ているわけである。
「しかし何か・・・こういうお店って恥ずかしいね・・・」
鴨方が、店内を見渡しながらぼやく。
ずっと幼い時分だったら、こういうファンシーショップには喜んで出向いていただろうに、今となってはどうにも気恥ずかしい。アズミたちが心身共に大人になり、幼い子供たち向けのテンションについていけなくなったからだろう。
それでも、(ボコはともかく)こうした作品が一部の大人に人気があるのも事実だ。その人たちが成長できていないとは思わないが、アズミたちは少なくともこの手の作品はもう卒業した段階だ。故にこのようなお店にいるのが恥ずかしい。
「アズミさんはどれにします?」
「そうねぇ・・・このベレー帽なんて良いと思うけど」
美作に訊かれて見せたのは、ボコの耳がついたベレー帽だ。愛里寿の外見に合うような可愛らしい色合いだし、人形のように華奢な愛里寿には似合うだろう。
「愛里寿隊長が既に持っていたら、ちょっとあれですけどね・・・」
「それもあり得るけど・・・何も用意しないよりはましだと思うわ」
愛里寿のボコへの入れ込み具合は、『コア』と評しても過言ではない。新商品の情報は細大漏らさず把握し、購入できる範囲で可能な限りグッズを買い揃えている。アズミが選んだそれも持っている可能性が高い。とは言え、本当に何もプレゼントを渡さないよりはいいだろう。
やがて、各々メモ帳やらクッションやらアップリケやらを持って会計を済ます。実用性がありつつ愛里寿の好みにも合っているので、嫌な顔はされないだろう。
「隊長、喜んでくれると良いですね」
「喜ぶわよ、きっと」
真庭が、自分の手にあるボコのアップリケの入った袋を見る。自分の買ったプレゼントを気に入ってくれるか、という当然の不安を抱いている彼女の肩を、アズミはそっと撫でた。
「あー、お腹空いた・・・」
「じゃあごはんにする?」
鴨方がお腹に手をやると、アズミは時計を見る。時刻は正午を回っており、いい具合にお昼時だった。それを意識すると、自然とお腹も空いてくる。
どこで食べるか5人で相談した結果ファミレスになったが、お昼時に加えて今日が休日なのもあって大分並んでいた。仕方なく、大人しく順番待ちをしながらどれを頼むかを考える。
「この後どうする?」
「そうね・・・もう当初の目的は果たしたし・・・」
早島が訊くと、アズミは首を傾げる。
今日最大の目的は、愛里寿への誕生日プレゼントを買うこと。午前中でそれは成し遂げられたので、後の時間は自由だ。かといって、せっかく休日にこうして集まったのに即刻解散と言うのも面白くない。
「あ・・・ちょっと電器屋さんに寄ってもいいですか?イヤホンが壊れちゃって・・・」
「OK、じゃあ後でそこへ行きましょうか」
美作が控えめに手を挙げると、アズミは頷く。
この後の予定が決まったところで順番が回ってくるが、席の都合で二組に分かれなければならなくなった。適当に分かれ結果、アズミと美作、鴨方と真庭と早島のグループに分かれる。
「はぁ、落ち着いた・・・」
席に着きあらかじめ決めた注文をしたところで、アズミは軽く腕を伸ばす。先の『ボコファンシー』にそこそこ長い時間滞在していて、無意識に体が凝ってしまっていた。
自分だけだろうか、とアズミが向かいに座る美作を見ると、逆に彼女は膝の上の『ボコファンシー』の袋に視線を落としている。
「アズミさん」
「?」
「こんな時に訊くのは何ですけど・・・」
その普段とは少し違う様子を訝しんでいると、美作の方から話しかけてきた。鴨方たち3人のテーブルは既にそれぞれの話題で盛り上がっていたが、どう見ても美作の表情は底抜けに楽しい話題を切り出すものだ。
「この先・・・私たちで愛里寿隊長に勝てるでしょうか」
そして案の定、和やかな昼食の席に落とされたのは深刻な話題だ。アズミも否応なしに表情が引き締まる。
「・・・それ、どういう意味?」
「最近になって、愛里寿隊長と戦う時、私たちがフィニッシャーになったじゃないですか・・・」
先日の模擬戦で、メグミからバミューダアタックのトリを任されて以来、アズミたちのパーシングは最後の対センチュリオンの場面でフィニッシャーになるようになった。
初日から動きを読まれたのでそれっきりかと思ったが、メグミはバミューダ三姉妹でもそれぞれが柔軟に対応できなければならないと方針を掲げ、フィニッシャーの位置は変わっていない。
だが、あれ以来アズミのパーシングはセンチュリオンを撃破どころか弾が掠りもしないのが現状だ。
「改めて戦ってみて分かりました・・・。隊長は、別次元の強さです」
膝の上に置かれている、『ボコファンシー』の袋を強く握る美作。
その意見にはアズミも賛成だ。何せ初めて彼女に会った時、彼女の強さを見た時、彼女は果たして自分たちと同じ人なのかどうかさえ分からなくなったのだから。
「だから今のことを考えて、この先隊長に勝つなんて、できるのかって思ったんです」
カラン、とコップの水に浮かぶ氷が音を立てる。
「・・・結論から言うと、勝てるかどうかは『分からない』わ」
負け続ける、とは言わない。
絶対勝てる、とも言わない。
どちらとも言えないアズミの答えに、美作が視線を上げる。
「覚えてるかしら?メグミのパーシングが、センチュリオンに命中弾をお見舞いしたの」
美作はもちろん、それを覚えている。あの時のメグミの命中弾は、恐らく愛里寿を含め、あの場所にいた全員の予想をはるかに上回る出来事だった。
「ああなるまでのメグミも、今の私たちと同じだったわ。コテンパンにやられて、勝負の後は悩みに悩んで、勝てるのかって悩んでた」
「・・・」
「でも彼女たちは、何かがきっかけで変わった」
その『何か』の正体について、一部の人間は気付いている。アズミもその1人で、美作だって多分知っているはずだ。
「つまり、勝負の世界では何が起きるか分からない。全てを予想するなんてことは不可能よ。そして可能性の話を断言して、その結果を悪い方向に裏切られたら、それこそ戦う意欲なんてなくなる」
だからアズミは、考えなしに『勝てる』とは断言しないし、『勝てない』とも決めつけない。自分の発言で、自分の仲間を裏切ってしまうことを良しとはしないから。
「けど、そうなりたいって目標は捨てちゃダメよ。そこに向かって進もうとしている限り、私たちは強くなり続ける。愛里寿隊長に勝てるかは分からないけど、成長することはできるから」
美作は、袋を握っていた手の力を緩める。
アズミに諭されて、自分の中の不安な黒い影が薄れたような、負担が少し軽くなったような感じだ。
「・・・ありがとう、ございます」
そこで、店員が料理を持ってきてくれた。アズミのはパエリア、美作はドリアだ。
難しい話はそこまで、と言わんばかりにアズミがスプーンを手に取る。美作もつられてスプーンを取り出した。
「今日は折角のお休みなんだし、少し戦車道から離れてみた方がいいかもね」
「はあ・・・」
「私はよく、そうしてる。思い悩んだりしたら、一度それから離れる。そうしていると気持ちが落ち着いて、ぽろっとアイデアが降ってきたりするわ」
アズミが『いただきます』とパエリアを食べ始めると、美作も納得したようにドリアを食べ始める。
ふと視線を感じると、隣のテーブルの鴨方たちがいつの間にか話を中断して、アズミたちの方を見て頷いていた。どうやら、先ほどの美作との話が聞こえていたらしく、また表情も穏やかだったので、彼女たちも美作と同じように思うところがあったようだ。
(なんか恥ずかしいわね・・・)
個人に聞かれるだけならまだしも、意図せずとはいえ他の人に聞かれたのはどうも恥ずかしい。何も間違ったことは言っていないと思うが、気まずく感じてしまいパエリアに視線を落として食べることに集中する。
だが、その脇を食事を終えたと思しき男女2人が歩いて行く。大胆にも手まで繋いでいるし、おまけに楽しそうに次はどこへ行こうなどと話している。恐らくはデートだろう。
―――結局、俺はカメラが好きだった。だから、心を動かされるようなものを見れば写真に撮りたくなる。それぐらい、熱中してるんだ。
ふと、アズミの脳裏に笠守の顔がよぎる。
先ほど美作に『思い悩んだらそこから一度離れて、気持ちを落ち着かせる』と言ったが、それは今のアズミにも当てはまることだ。
そしてそれは戦車道に関してもそうだが、笠守のことについても同じである。
先日の昼食の場で、笠守のカメラマンとしての失敗と、そこから立ち直った時の話を聞いた。その時の笠守の話と表情からは、彼がどれほどカメラに心血を注ぎ、そして好きでいるのかがひしひしと伝わってきた。そして、笠守の話を聞いたアズミは、自然と嬉しくなった。何かに熱中していることや、それを本当に楽しんでいること、立ち直れたことを聞くと自分も不思議と嬉しくなる。
だが、ただアズミは嬉しいだけではない。それとは別の、何か違った笠守に対する気持ちを自覚し始めていた。
そして、そのことを思い浮かべると、どうにも顔がじわりと熱くなってくる。
「アズミさん?」
「・・・え?」
「どうしたんです?スプーン持ったまま固まって」
美作に指摘されて気付けば、パエリアを食べる手と口が止まってしまっていた。こちらの異変に気付いたのか、鴨方たちもアズミの方を見ている。
「・・・何でもないわ。ちょっと考え事をね」
「そうですか・・・何か悩んでいるようだだったら、言ってくださいね。私は相談に乗ってもらった身ですから」
美作の微笑みに、アズミは『ありがとう』と答えてパエリアを一口食べる。
しかし、男のことで悩んでいる、なんて素直に言ったらどうなるかは茶化され始めた最近を考えれば目に見える。今は言うべきではないとアズミは思い、パエリアを口に運ぶ。
美作の純粋な心配の視線が、地味に痛かった。
昼食の後は、希望通り家電量販店にやって来た。
電器屋とは明るいイメージで、機械製品を主に販売しているにもかかわらず、ごてごてとし感じがあまりしない。不思議な場所だとアズミは思う。
「イヤホンだっけ?どこだろうなー」
「こういうお店は広くて困りますね~・・・」
店内図を見ながら早島と真庭がぼやく。この大手家電量販店はモール内にあるので、独立した店舗と比べればまだ規模は小さい方だが、それでも十分広い。やがて見取り図でイヤホン―――オーディオ製品売り場を見つけてそこへ向かって歩き出す。
しかしその途中で、アズミはあるコーナーを目にした。
「ね、ちょっと私も見てきていい?」
「大丈夫ですよ。それじゃあ、店の入り口で待ち合わせにしましょうか」
各々自由行動になると、皆それぞれが興味のあるコーナーへと歩き出す。
そんな中でアズミが向かったのは、デジタルカメラが並ぶコーナーだった。
「色々、あるのねぇ・・・」
思わずそう呟く程度には、多くのデジカメがそこにあった。どれだけズームしても高画質を保つもの、手ブレ補正を自動でするもの、暗がりでも鮮明な写真を撮れるものなど高性能なものがほとんどだ。
アズミはこういったデジカメの類を持っていない。スマートフォンのカメラで事足りると思っているし、機械オンチとまではいかないがデジタル系が少し苦手なのもあって興味もそこまでなかった。
だが、ここ最近はカメラに情熱を注ぐ笠守と出会ってから、こういったものに次第に興味を持ち始めていた。笠守の人生のピースの1つであるカメラとはどんなものなのか、と。
「・・・でも、お高いのよねぇ」
そこでネックになるのは、やはり値段だ。ピンからキリまであるが、どれも気軽に買えるような値段ではなく、長考を要する。
アズミは自分でもショッピングが好きだと思っているが、衝動買いまではしない。じっくりと考えてから財布を取り出すタイプである。
だが今、アズミの心はぐらついていた。
カメラを手にすれば、写真を撮ることを愛している笠守の気持ちが、少しでも分かるのではないかと。
カメラを手にすれば、写真を撮ることを愛している笠守に少しでも近づけるのではないかと。
「アズミ~」
横合いから声を掛けられて、自然と伸びそうになった手をアズミは止める。
アズミは、平静を装ってその声のした方を向くと、鴨方がいた。
「・・・どうかした?」
「いやー、デジカメコーナーで何してるのかなって」
家電量販店で気になったのがデジカメなのが、不思議に見えたらしい。普段アズミも、こういうものに興味を示すことがほとんどなかったから、尚更だろう。
先ほどの美作の時と同様、素直に言えば角が立つのは想像に難くないので、これも隠すことにした。
「家電量販店にカメラって、何か珍しいって思ったのよ。で、鴨方は?」
「え?私は・・・おばーちゃんがデジカメほしいって言うから、軽く見繕っておこうと思って。何せ機械オンチでさっぱりだって言うから」
鴨方は深く疑いもせず、並んでいるカメラを物色しだす。
アズミは安心する一方で、カメラに手を伸ばそうとした自分の気持ちを見直す。
笠守のことは親しい人だと思っているし、カメラを好いている彼のことを悪く思ってはいない。
しかし、今のアズミにとっての笠守の認識は、ただの仲の良い人ではないように自分で思う。
「・・・一体どうしちゃったのかしらね」
口でそうぽつりとアズミだが、表情はどこか嬉しそうだったのは自分でも分かる。
鴨方は最終的に面倒くさくなったのか、無料のカタログを持ち帰ることにしたようだ。
家電量販店を後にして、次はどうしようかと言う段階で。
「近くにイチョウの並木道があるみたいですよ。今が見ごろだとか」
「へ~、それならせっかくだし行ってみよっか」
真庭が提案すると、アズミを含め全員が頷いた。いつ調べたのかと思ったが、どうやら先ほどの昼食の時間に、料理を待っている間に調べていたようだ。何の話をしていたのかと思ったが、それのことかとアズミは納得する。
モールから出て、爽やかな秋晴れの空の下、5人で目的の場所へと目指す。先導するのはその場所を見つけた真庭だ。
イチョウ並木とはどんなものなのか。アズミも気になりつつ足を進める。
(イチョウか・・・)
そして思い出すのは、自分が大学の日に通う道の並木。あそこにも、イチョウの樹が植えられていた。昨日あたりにやっと黄色く染まってきた頃合いだったが、これから行くところはどうなのだろう。
そして、いつも見るイチョウを思い出すと、笠守のことを同時に思い出す。最近になって、あのイチョウを見るのは笠守と一緒の時が多くなったから。大学へ行く時だけだが、それでも十分な時間だ。
「・・・・・・」
まただ。
気づけば、笠守のことを考えるようになってしまっている。
しかもそれが嫌になっているわけではない。どころか、考えるたびに自分の心の中が温まっていくような感じになる。それはとても心地よくて、この気持ちをずっと抱いたままでいたいとさえ思えた。
「アズミ、おーい?」
「・・・え、あ、何?」
「いや、近くにケーキバイキングのお店があるから、後で行こうって話」
「あー・・・そうね、うん。行きましょうか」
考え事の途中で鴨方に話しかけられて、反応が鈍くなる。
取り繕うアズミだが、それでも猜疑の念を抱かずにはいられなかったらしい。
「何か今日、アズミって考え事してるの多くない?」
「そう?」
「確かにですね・・・。もしかして、色々抱え込んでます?」
アズミが大学選抜の中隊長・副官と言う立場は、鴨方や真庭たちも理解している。中隊長車の乗員というだけの自分たちとは、背負うものの大きさが違うことも分かっているつもりだ。
だが、今のアズミから感じられるのは、そう言った責任だとか重圧だとか、暗澹としたものではない。むしろ、それを考えているのを楽しそうにしている風に見える。だから尚更、鴨方たちはそれが不思議に思えてならない。
「大丈夫よ、うん。そんなに深刻なことじゃないから」
「一体何に悩んでるんだか・・・」
笑って振舞うアズミ。あくまでアズミ個人の問題であり、早島たちに迷惑が掛かるものではないので、本当に深刻でもない。
しかし早島は、『ああ』と何かに気付いたように声を上げる。
「もしかして、アズミ。あれなの?あの、最近仲良くなった男のこと?」
言い当てられた。しかし慌てふためくなんてヘマはしない。
「まさか、違うわよ」
笑って否定するアズミ。
だが、早島たち4人は『あ、図星だこれ』と察する。伊達に何年も同じ戦車に乗ってコンビネーションを組んではいないから、些細な変化―――特に色恋関連なら―――にも敏感になる。
かといって、アズミがそれについて悩んでいるのであれば、あまりとやかく茶化すのも得策とは言えないので、敢えてスルーすることにする。
「あっ、あれじゃない?」
鴨方が先を指差すと、確かにそこにはイチョウの樹がちらっと見えた。さらに目を凝らすと、そちらの方へ人が流れて行っている気がする。どうやら人気のスポットに違いはないらしい。
さらに歩くと、目的のイチョウ並木に到着した。ショッピングモールから、およそ10分程度だった。
「わ・・・綺麗・・・!」
その並木を目にした瞬間、真庭が感嘆の声を洩らす。
そこには、山吹色に染まった枝葉を広げるイチョウの並木道があった。樹の枝は空を覆うほど広がっており、太陽の光が当たった木の葉は色濃く染まっている。
並木道はまっすぐ伸びており、その先には大学のレトロな校舎が建っていて、それがアクセントとなってより良い雰囲気を作っている。
極めつけには、枝から落ちたイチョウの葉が地面に積もり、まるで絨毯のように道を淡い黄色に染めていた。
「これは・・・まさに絶景だね・・・」
「そうね・・・」
鴨方が感心したように呟くと、アズミも頷く。確かにこの景色は、まさに絶景、まさに圧巻。秋らしさをこれでもかと言うほど見せつけてくる。
真庭や美作は、スマートフォンを取り出してこの光景を写真に撮っている。鴨方と早島もそれを見て、同じようにスマートフォンでこの景色を写真に収めた。
「私も撮ろうかしら」
アズミも、やはりこの景色は1枚写真に収めたいと思ってカメラ機能を立ち上げる。
だが、美作たちがサッと撮るのとは反対に、アズミはまず構図から拘り始める。左右対称では面白くない、だから斜めから撮ってみようかと道の真ん中から少し脇へと移動する。町もこの綺麗な景色を多くの人に見せたいのか、歩行者天国になっているのが幸いだった。
(こんな感じ・・・?)
真正面からではなく、少し斜めから撮る。
次に、やや空を見上げるようにカメラを向けることで、広がる枝のイチョウの葉が陽の光に照らされて色が変わる様子を撮ることができる。
そして、アズミの思うちょうどいいタイミングでシャッターを切った。
「・・・イイ感じじゃない」
撮れた写真を見て、自分で評価する。逆光もなく、広く見渡している感じで撮れている。ぼやけたりせず、イチョウの鮮やかな山吹色を写しているので悪くない出来だ。
自分で撮った写真に頷いていると、美作たちが自分に向けて奇異の視線を向けているのに気付いた。
「なに?」
「いや、アズミってそんな写真撮る時こだわってたっけ・・・?」
鴨方に訊かれて、アズミは内心『しまった』と焦る。笠守に色々教わって、無意識にその辺りを注意するようになってしまっていた。いや、それは何も悪くはないが、彼女たちの前でそれを悟らされてしまったのは色々と厄介だ。
「本当にアズミさん・・・最近少し変わりましたよね・・・」
「ええ、それもいい方向に・・・なんででしょう?」
焦るアズミをよそに、美作と真庭で話し始める。
そして、早島が。
「いや、これはもうアレしかないでしょ」
すべてを理解したかのように腕を組んで、笑みをアズミに向けてくる。
その目は、何かを確信したかのような、自信に満ちているものだとアズミは感じた。
「この前見た、あの男の人でしょ」
どうだこの名推理、とばかりにドヤ顔を見せる早島。参ったことにビンゴだ。
だがアズミは、的中しているからこそ素直に答えるのが憚られた。かといって、何か他の言い訳を考えてもしらを切り通せる気がしない。
そんなことを悶々と考えているうちに、『沈黙は肯定』と捉えられてしまったのか、美作たちも同調しだす。
「やっぱりそうですよね・・・様子が変わったのって、あの謎の男の人と一緒にいるの見かけた時からかも」
「そう言えば、前にアズミさん、模擬戦の後で戦車を撮ってましたね」
「ははーん、さっきカメラ見ていたのはそういう・・・」
4人から安心と羨望の入り混じった視線を向けられて、アズミもぐぬぬと口を閉ざす。推測から一気に信憑性のある話へと変わってしまい、退路は断たれたも同然だ。
「で、アズミ。実際のところどうなのよ?」
「素直に話した方が楽になると思いますよ?」
鴨方と美作に問い詰められる。早島と真庭も興味深そうな視線を向けていて、まさに孤立無援。
もはやこれまでか、とアズミは嘆息して口を開いた。
「・・・そうよ。カメラにちょっとこだわりだしたのは、その仲良くなった人がカメラ好きだから」
「はー、なるほどねぇ・・・」
白状すると、早島が納得したように頷く。
立ち止まって話をするのも何だったので、5人は歩きながら話すことにした。歩行者天国の恩恵に与り、イチョウ並木の下を悠々と歩く。
「では、アズミさんはその人のことが気になっていると?」
「そんなこと・・・」
無いとは言い切れない。現に今日、アズミの頭を笠守のことが何度掠めたことか。
つまりは真庭の言う通りで、アズミは笠守のことが気になっていたのだ。
「悪い意味で気になってるの?ムカつくとか、気に食わないとか」
「それは無いわ」
鴨方の質問には淀みなく答える。笠守のことを思うほどにアズミの心は穏やかになっていくし、一度だって笠守のことを悪く思ったことはない。
では、アズミは根本的に笠守のことをどう思っているのか?
「なるほどなるほど、アズミさんはその人のことを悪く思ってはいないと・・・」
「それってさぁ、ねえ~・・・?」
美作と早島の言いたいことは分かる。アズミもそうだが、ここにいる全員二十歳を過ぎて人生の酸いも甘いもある程度分かってきたものだから、この気持ちが何なのか皆目見当がつかないわけでもない。
だが、だからこそアズミはすぐに結論を下せなかった。
アズミは今、確かに笠守のことを悪く思ってはいないし、彼のことを思い浮かべて気持ちが穏やかになるのも否定しない。
しかし、それが果たして純粋に
「分からないわ、正直。自分の気持ちが」
「そうですか・・・でも、焦って結論を急がないようにした方が良いですね」
「ええ、そうね」
自分の気持ちにかかわる大きな問題だ。真庭の言う通り、ここは慎重に考えるべきだろう。
「しかし、大学で写真つながりってことは・・・写真サークル?」
「知ってるの?」
「うん。ウチの大学のホームページの写真、あれもあそこが撮ってるって話だよ」
「え、そうなの?」
鴨方がもたらした意外な情報に、アズミは目を丸くする。ホームページなんて看板のようなものだから、まさに責任重大ではないか。
「知らなかったの?」
「ええ・・・そういう話もしなかったし・・・」
「へえ~、意外にその人シャイなのかもね」
鴨方がにっと笑う。
笠守もシャイな方なのかな、と思いつつアズミはイチョウ並木を改めて眺める。
イチョウはどこを見ても色褪せていないが、並木道を歩き進んでいるとだんだんと青く澄んだ空が見えてくる。やがて太陽の光は直接道に降り注がれ、木の葉のシルエットで縁取られた日向を作り出していた。
そして、やはりここは有名な紅葉スポットだからか、多くの手段でこの光景を形に残そうとする人が多い。スケッチしたり、スマホで動画を撮影したり、そしてカメラで写真に収めようとしている。
「案外、アズミのその気になる人もいたりして」
「それはあるかも・・・でもそんな偶然・・・」
カメラを構えている人を見て早島が冗談っぽく告げると、アズミも苦笑する。
笠守は自然物を撮るのが好きと言っていたし、こうした景色も気に入りそうだ。とは言え、こんな場所で偶然出会う可能性など相当低いだろう。
そんなことを思いながら、1本のイチョウの樹の傍を通り過ぎようとすると。
「あれ、アズミ?」
横合いから突然声を掛けられて、光のような速さで振り向くと、そこにいたのはまさかの笠守だった。その特徴である少し跳ねた前髪は間違えようもないし、声だって本人のものだ。さらにその手に持っているカメラは、前に見たものと同じ。紛うことなき本人だ。
「笠守・・・」
「奇遇だな、こんなトコで」
「ええ、そうね・・・」
まさか、笠守のことを口にしたところで、いきなり出くわすなど夢にも思わなかった。
そして今、後ろにいる鴨方たちはどんな顔をしているのだろうか。『おお、偶然だね~』とか『こんなことってあるんですねぇ・・・』と言っているうえにその口調が嬉しそうなので、見るまでもないが。
「えっと・・・」
そんな彼女たちが見えただろう笠守が、遠慮がちに表情を窺う。アズミは突然の遭遇に驚きながらも紹介すべきだと思い至る。
「ああ、4人とも私と同じパーシングに乗ってる仲間よ」
『こんにちは~』
鴨方たちは愛想よく挨拶をする。本当は笠守にアズミとの関係やら何やらを根掘り葉掘り聞きたいだろうに、とアズミは内心で苦笑する。
と、思いきや。
「それじゃあアズミ、また後でね」
「え、え?」
何を思ったのか、早島が一旦別れようと宣った。それには流石にアズミも驚くが、鴨方たち4人は最初からそのつもりだったように自然な流れでその場を離れようとする。
その間際、真庭が右手の人差し指と小指を立てて自分の耳元で手を揺らした。それが『後で連絡を寄こせ』というジェスチャーなのは分かったし、彼女たちはアズミと笠守を2人きりにしようと画策したのだとようやく気づいた。
「えーと、お邪魔だったのか・・・?」
「いや、そんなことは無いわよ、うん・・・」
違和感のある別行動に、笠守も疑念を抱かずにはいられない。先ほどまで共に行動していただろうアズミでさえ状況が把握できていなさそうだからなおさらだ。
しかしながら、このギクシャクした雰囲気のままなのは気まずいので、笠守はアズミの手にあるファンシーショップのものと思しき袋に注目した。
「・・・アズミは、あれか。隊長への誕生日プレゼントを買いに行ったんだっけか」
「あ、ええ・・・そうよ。隊長、この『ボコられグマのボコ』って言うキャラクターが大好きでね」
「ボコねぇ・・・」
訊かれてアズミは袋を掲げる。笠守の反応からして、ボコのことを知らないのはその反応から分かった。アズミでさえ、愛里寿に会うまでボコの存在自体知らなかったぐらいには、ボコと言うキャラはマイナーなものだ。
さて、早島たちに置いてけぼりにされたのは予想外だが、こうして笠守に出会い、話が進みだしたのは僥倖でもあった。それに笠守から話しかけてきたおかげで、少し気まずさも薄れているので、アズミも気になったことを訊ねてみる。
「笠守は、やっぱりこの並木道を?」
「ああ。コンテストが近いし、いいかなって」
「そういえば前に言ってたわね。笠守も参加するのかしら?」
「ああ、そのつもりだ」
笠守はカメラを携え、自信を持って頷く。
何かに挑戦しようとする姿勢は、見ているだけで自然と応援したくなる。アズミだって、笠守のことを応援したい。そんな気持ちだ。
「それで、どんな写真が撮れたの?」
「ああ、えっと・・・」
アズミは、そのコンテストに向けた写真がどんなものかが気になって問いかける。それに応えて笠守も、カメラのメモリーを見返す。
「こんな感じのやつだけど・・・」
「見てもいい?」
「ああ、もちろん」
笠守がアズミにも見やすいように画面を向けると、それをアズミが覗き込む。
(・・・迂闊だった)
笠守がそう思ったのは、アズミが覗き込んだ途端にその距離が一気に詰まったからだ。おかげで甘い香りとか柔らかい雰囲気とか、目に見えないものさえも近くに感じられてしまう。
それに、アズミが近くにいると、笠守の鼓動が早鐘を打つ。その音がアズミに聞こえやしないかと不安になる。
そして笠守は、自分の身体のことのはずなのに、どうしてそうなるのかが自分で分からない。
「やっぱり綺麗ね~」
そんな笠守の状態など知る由もないアズミは、その画面の中の写真を見て感心する。
アズミが撮ったこのイチョウ並木を、道の端から通りの奥まで見えるような構図で撮っている。突き当りにある大学の古風な校舎も入るように写しているので、この並木道の長さを上手く表現できている、とアズミは思った。
「私のなんか比べ物にならないわ・・・」
「アズミも撮ったんだ?」
「ええ、まあ」
「へー、ちょっと見せてもらっても?」
「いいけど・・・」
これ幸いと、笠守はアズミの写真を見せてもらうことにした。妙に気まずい雰囲気から少し離れたかったし、筋が良いと思うアズミがどんな写真を撮ったのかも気になった。
アズミはスマートフォンを操作して、画面を笠守に見せる。笠守は先ほどの失敗を基に、スマートフォンを慎重に受け取ってその写真を見ることにした。
「どれどれ・・・」
そして自然と、笠守は写真を見るときはそれに没頭できる。頭の中から余計な気持ちが抜けて、その写真だけに集中しようと自分で意識を切り替えられる。
だから今、笠守は先ほどのアズミとのやり取りで感じた気恥ずかしさなど、頭の片隅にもない。
そして、写真を見る笠守をアズミがじっと見つめていることにも気付けない。
(・・・・・・)
アズミが笠守を見つめている理由は、ただ『目を逸らせられないから』だ。
笠守は今、アズミが見せた写真を食い入るように眺めている。値踏みするようではなく、純粋に写真を楽しんでいるかのように。何より真剣に。
そんな笠守の今の様子は、他人から見れば何の変哲もない。
だがアズミには、今の笠守の様子に見惚れていた。それも、最初に笠守の写真―――パーシングの写真に見惚れた時とは違う気持ちを今は抱いている。
その気持ちは、一体何だろう?
アズミが自分の中の気持ちに触れようとしたその瞬間。
「うん・・・すごく、いい写真だ」
笠守の声で、現実に引き戻される。
そこには、スマートフォンを差し出す笠守の姿があった。
「構図はいいし、アングルもイチョウの葉を見上げる感じで悪くない。前言ったみたいな逆光も入ってないし・・・本当、いい写真だ」
「それは・・・褒めすぎじゃない?」
「いやいや、上手いよ」
あまり褒めちぎられることもないのでアズミは照れ臭い。だが、笠守が嘘やおべんちゃらを並べたりしている風には見えない。恐らくは本心から、アズミのことを褒めてくれている。
ただ、そうして真っ当な言葉と視線を向けられたままでいると、胸の鼓動が早まってくる。
そして笠守に対して意識が強く激しく注がれている。
「同じような構図なのに、どうして違うのかしらね・・・」
しかし気になるのは、やはり写真だ。
自分みたいな駆け出しが笠守のような経験者と比べるのもおこがましいが、どうしてこうも違うのかは気になる。同じような向きで、同じような構図なのに、何かが違う。
「んー、何って言われると悩むけど・・・俺は遠近感には気をつけてるかな」
「遠近感?」
「ああ、これって結構重要でさ・・・」
言って笠守は、再びカメラを取り出して、先ほどアズミにも見せた写真を表示させる。
「この写真、向こうの通りの交差点の方から撮ったんだ。で、突き当りの大学まで見えるように角度を調節して、イチョウ並木がどれだけ長いかって言うのを表現できるようにしたんだよ」
確かに言われてみれば、確かにアズミの写真は並木道のごく一部を切り取ったような写真だ。だから、どれだけこのイチョウ並木が続いているかが分からず、ただそこら中にある街路樹を撮っているような感じになっていた。つまり、この場所特有の景色を撮れていなかったのだ。
「そっか・・・それじゃ・・・」
アズミは『ちょっとごめんね』と断りを入れてから再びカメラを起動して、再び並木道を撮ろうとする。ただし、今度は歩いて来た道が写るように角度を変え、さらに気を付けるべき点に留意してシャッターを切る。
「こんな感じってこと・・・?」
「お?」
アズミが撮った写真を見せてくる。
並木道が奥の方まで写っていて、先ほど指摘した遠近感をちゃんと取り入れている。奥に写っているのはごく普通の交差点と、古風な大学の校舎と比べればインパクトに欠けるが、それでも十分上手い。
「へー、もうちゃんと写真に組み込むなんて。アズミ、ホントにすごいなー・・・」
「それほどでも」
笠守が褒めると、アズミは満更でもなさそうに画面を閉じて笠守に向き直る。
「で、さっきコンテストがあるって言ってたけど、笠守はさっきの写真を?」
「いや、出さないよ」
「え?」
首を横に振った笠守に、思わず聞き返す。あれだけ綺麗に撮れたのに、出さないのかと。
「俺の写真って、よく『パンチが足りない』って言われるんだよ。基本はいいけど、あと何か1つアクセントが欲しいって感じ。そんなわけで入選したことが一度もない」
そして笠守はもう一度、先ほど撮った並木道の写真を見せる。
「この写真も、確かに自分でもよく撮れてると思う。けど、やっぱり何か後1つほしいって自分でも思ってるんだ」
アクセント、とは時と場合によって異なる。例えばこのイチョウ並木も、空に群れなす鳥が飛んでいたり、あるいは空が夕焼けであれば違った印象を付けられる。今の快晴の空は確かに映えるが、それだけでは足りないのだ。
「それに、こういう有名な場所は大体他の人が目星をつけて撮りに来てるからなー。ダブったりすると写真の腕で優劣が決まるし、そうなるとちょっと厳しくなるし」
まだ笠守は、誰にも負けないほどの写真の腕を持っているとは思えない。被写体がダブってしまったら、決め手になるのは写真の出来栄えだ。それで自分の写真が生き残る自信が無いから、こうした場所で撮った写真をコンテストに出すのが笠守はできなかった。
「じゃあ、この前見たような戦車の写真はどう?笠守、ああいうのも好きって言ってたじゃない」
「いや、今回のコンテストのテーマは『自然』でなー・・・戦車みたいな人工物をメインにはできないんだ」
写真の条件には、人工物は写真の中で数パーセントと決められているので、戦車をメインにするのは当然不可能だ。
では戦車をアクセントにすればどうかと言う話になるが、それも好ましくないと笠守は思う。戦車とは、その武骨な見た目や質感を間近で見てこそ力強さが伝わってくるものだ。それを遠巻きに写すだけではその魅力も損なわれてしまうだろうから、あまり得策とは言えなかった。
「こりゃもう、山にでも登るしかないか・・・」
「山って・・・」
「いや、割と本気で結構登ることが多いんだ。やっぱり山は自然の宝庫だし、リラックスすることもできるから。サークルのみんなで行くことも多い」
「へー・・・」
アズミは山と言う風景を思い浮かべる。確かに緑あふれる場所だし、多くの自然に癒されることもあるだろう。運が良ければ、動物だって見られるかもしれない。まさに、自然を撮ることが好きな笠守にとっては最良の環境と言えるだろう。
そして、そんな山を登りつつカメラを構える笠守を想像すると、中々絵になる。
「・・・なんて言うか、私もまだまだよね」
「?」
「笠守、そうやって好きな写真のことならすごく真剣に打ち込んで・・・。駆け出しの私のこと、笠守は褒めてくれるけど、私なんてまだまだド素人だから」
アズミは、落ち込んでいるわけではない。笠守が写真にどれだけ情熱を注いでいるのか、それを楽しんでいるのかを、改めて思い知らされたのだ。だからこそ、笠守に対して
「アズミだって、十分頑張ってるよ。カメラも、戦車道も」
アズミが笠守の顔を見る。笠守は、カメラを下ろしてアズミのことを見据える。
「ほとんど毎日戦車に愚痴も言わず乗って戦って、大学選抜チームの副隊長なんだろ?それだけだってアズミは思っていても、俺からすれば立派だと思う」
それと、と笠守はカメラを掲げる。
「写真もそうだ。俺と出会ってまだあんまり日にちは経ってないけど、アズミは飲み込みが早い。もっと誇ってもいいぐらいだ」
「・・・」
「そして俺の写真を気に入ってくれたのも、俺にとっては一番うれしいことだ」
え、とアズミの口から声が洩れる。
「俺はコンテストで入選したことも無くて、伸び悩んでるところもあった。けど、アズミがこの前俺の写真を褒めて『一目惚れした』って言ってくれたのは、すっごく嬉しかった」
だから、と言って、続ける。
「俺はアズミと出会えて、本当に良かったと思ってるよ」
笠守と別れた後、アズミはイチョウ並木を引き返してスマートフォンを取り出す。
別れ際の真庭のジェスチャー通りに連絡をすると、ケーキバイキングの店の前で落ち合うことになった。
そして案の定『どうだった?』と訊かれた。何に対する質問なのかは聞くに及ばなかったし、話しても話さなくてもこの後ケーキを傍らに色々聞かれるのは目に見えたので、今同行しても無駄だと判断したからだ。
電話を切ると、丁度交差点の赤信号に引っかかって足を止める。
少し考えてから、スマートフォンの画面をスライドしてアルバムを開く。そこにあるのは、ここ最近で増えてきたいろいろな写真だ。
「・・・・・・」
その写真を見て、先ほどの・・・これまでの笠守との思い出が頭をよぎる。
彼から言われた言葉、撮った写真、見せてもらった写真は全てがアズミの記憶に鮮明に残っている。これまでも、笠守との思い出は思い出すほどに温かくなれるようなものばかりだったが、今日できた思い出は違う。より克明に残るものだ。
そうなる理由には、気付きかけていた。だが、積み重ねた年齢と経験によってそうと軽率に決めるのを避けていた。
しかし、笠守と話をして自分の気持ちがはっきりした今は、それを認めざるを得ない。
いや、違う。認めたい。
この気持ちは、認めたいと願いたいほどに大きく強く自分の中で静かに育っていた。
信号が変わり、人々が道路を渡り始める。
アズミもまた、踏み出す。自分の中の新しい気持ちに向き合うように。
笠守のことが好きだという気持ちに。